TOPページへ    小説トップへ    アオいハルの練習曲

Film01.転入生は突然に ―SAYAKA’S EYE―


「ねぇ、さゆり。きいた?」
 あたくしは、隣でノートを広げている『梶原さゆり』に声をかけたわ。だって、一応、親友だもの。
 クラスでただ一人、この話を知らない彼女がどのような反応をするかを楽しんでいたわけではないのよ。
 ええ、決して。
「えっ……と? ううん、さやちゃん」
 ほらね。さゆりはいつもこんなふうにまわり周囲のことを気にしないの。
 あら、失礼。あたくしは『津堂沙弥香』。普段はみんなから『お嬢』と呼ばれているの。まぁ、あたくしの品格が自然とそうさせてしまうのね。あたくしって罪だわ……
「さやちゃん?」
 あぁ、さゆりだけは例外。この子はいつもこう呼んでいるの。
 さゆりったら気が弱くって、やたら真面目で、無口で。あたくしの十分の一でも才覚があればねぇ……、ふ、ふふふ、おーっほっほっほっほ!
「え、と。さやちゃん?」
「そうなのよ、かわいそうにね、さゆり……」
 彼女の手を握って、あたくしはさゆりのない才能を憐れんだ。
「何やってんだ、お嬢」
 その声が聞こえるのと前後して、なにやらスパーンッとここち心地よい音と共にあたくしの頭に軽い衝撃が疾ったわ。そう、まるではたかれたように……
「って、何するのよ、イッペー! あたくしの高貴な脳を何だと思って?」
「そうなんだよ、梶原。このクラスに転入生が来るらしいんだけどさ」
「え……あ、うん」
 あたくしの頭をハリセンで叩いたイッペーはいつの間にか、さゆりに話しかけていたわ。しかも、あたくしが言おうとしたことを……!
「イッペー! アンタってヤツはぁ……っ!」
 あたくしはイッペーの持っていたハリセンをもぎとり、すばやく二回はたいたわ。
 だって一回じゃとても足りなかったから。あと、さゆりがイッペーにいきなり話しかけられて、困って赤面しちゃったし。……あとあと、三日前にあたくしのお弁当のたこさんウィンナーを、食べちゃったし、それからそれから……(以下略)
 そう、こいつがあたくしの天敵『白石一平』。
 いつからか、どこかのバスケ漫画に陶酔して、その主人公、確か「梅木尾道」とかいうのと髪型を一緒にして、真っ赤な髪でスポーツ刈りしてるのよ。やたらと声を張り上げて、下品なことこの上ないわ。下品と言えば、制服のタイもだらしなく緩めて……
「いってぇっ! この暴力お嬢! ホントはヤクザのお嬢だろーっ!」
「なんですって! もう一度言ってごらん!」
 バシバシバシッとあたくしとイッペーの間に火花が散って――さゆりがおろおろとしていたのは知っていたわ。でも、これは一触即発の真剣勝負なのよ。言うなれば喰うか喰われるかってところ。そんなときに隙を見せるわけにはいかないのよ!
「来るぞっ!」
 あたしとイッペー天敵の戦いに水を差したのは週番の警報だった。
 今まであたくしとイッペー他1名に注意を向けていた級友達は我先にと自分の席に戻って行き、あたくしもさゆりの隣に座ったわ。ほんの数秒であたくしたち2-Bの生徒は一人残らず臨戦態勢、つまり担任を迎え撃つ状態になったってわけ。
 もちろん、警報は担任が近づいて来たことを知らせるためのもので、常に週番が見張り役をしているのよ。
ガララッ
「起立!」
 担任が入ってくるのと同時に、級長が号令をかけ、あたくしたちは全員それに従ったわ。一糸乱れぬ様子とはまさにこのこと。
「礼! 着席!」
 一人の男子生徒を伴って入って来た我らが担任は、少し怪訝そうな顔をして見せた。
「少し騒いでいたようだったが、気のせいか」
 どきり、とあたくしは身体を強ばらせた。たぶんイッペーも同じような状況の筈よ。
 どうしてこれほどまであたくしたちがこの担任を怖がるかには理由があるの。
 この先生、フルネームを『九十九晃太郎』というのだけれど、とにかく厳しい先生なのよ。スパルタ教育を地でいく前世紀の遺物。だからって、年配の先生ではないのよ。オールバックにした髪と、いかにもな眼鏡はあるものの、その性格さえなかったらモテるくらいの顔はあるし、たぶん、20代後半ぐらいじゃないかしら?
  ただ、なぜかさゆりにだけは優しいのよ。本人は分け隔てなく接していると思っているのだろうけれども、厳しさの檻に囲まれたあたくしたちには、はっきりとわかるのよね。以前に男子がさゆりにその理由を聞こうとしたけれど、さゆりは男子とはほとんど口も聞かないから、いまだに謎のままなのよね。ま、口をきかないっていうのは、男子に話しかけられると赤面しちゃって話せなくなるからなんだけどね。
 そして、あたくしたちの注目は転入してきた男子に集まったわ。だって、当たり前でしょう? 転入生だもの。
 あたくしの第一印象としては、75点ってところだったわ。減点法だけどね。
 ちゃんと黒髪のままなのはいいけれども、くせっ毛混じりなのがマイナス5点。
 目尻が吊り上っていて、凛々しいと言うより、単に目つきが悪くなっているからマイナス10。
 あたくしはピアスをしている人を根本的に信用しないんだけど、ピアスはばっちりやっているからマイナス10。
 あとはまぁ、及第点ってところね。イッペーとは違って、制服もちゃんと着てるし。あ、それは転入してきたばかりってこともあるのかもしれないけど。
 それで計マイナス25点。よって75点。
「京都から来た三沢直人だ。今日からこのクラスの一員となる。以前にこの辺に住んでいたらしいから、別に京語を話すわけでもない」
 担任が淡々と彼のことを話すけど、あたくしには全く関係ないことだわ。
「三沢です。よろしく」
 彼は緊張しているのか、ぶっきらぼうにそう言った。高校まで来て、今更、転入の挨拶なんてそんなものよ。
「級長、白石。起立」
 担任の声に呼ばれた二人がガタッと席を立った。ビシッとせすじ背筋を伸ばしているのは、全て担任の教育方針のせいよ。
「三沢。級長の顔は最初に覚えておけ。席は白石の隣だ」
 転入生君は「はい」と短く返事をして、今朝新しく作られた席に座った。それと同時に立っていた二人も席につく。
 あたくしはこんな担任のいるクラスに編入することになってしまった彼を少し憐れんだわ。ま、あたくしは気配りができるから、こんなことよくあるのだけどね、ほーっほっほっほっほ……

>>Film02.想いは口の外に


TOPページへ    小説トップへ    アオいハルの練習曲