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Film17.本音はカーテンの向こう ―SAYURI’S EYE―


(あぁ……、もう、何やってるのかな、私)
 自分の部屋で一人、勉強机に突っ伏していた私は、大きくため息をついた。
 保健室に入った途端、さやちゃんと直くんの二人と目があった。さやちゃんの方は真っ赤な顔をしていた。
 バスケの試合、さやちゃんが抜けた後、四人で勝てたことを知らせて、逃げるように体育館へ戻ってしまった。
(あー……。絶対、邪魔しちゃったよねぇ……)
 さやちゃんは、保健室のことを何も話してくれない。明らかにその話題を避けているみたいだった。
(昨日のことでも怒ってたみたいだし……)
 嫌われちゃってるのかな、私? 弱気なことを考えて、ぐすんと鼻をならす。
(でも――――)
 直くんと他の誰かが親しげにしているのを端から見ているのは、何か、イヤ。そういう気もした。
(子供の頃と何も変わってないのね、私って)
 まだ直くんがお隣に住んでいたときも、男の子同士でばっか遊んでいるのがイヤで、私も頑張ってその中に混じって、やっぱり最終的にお荷物になっていたんだよね。
 顔を上げ、私は一番上の鍵付き引き出しを開けた。
 滅多に使わない、マニキュアやリップがごちゃごちゃとある。そして、その奥にそっと置いてあった思い出の物を、私は取り出した。
――――私が小学生の頃、とても流行っていたものがあった。それはミニ四駆とビックリマンシール。私が引き出しの奥に、隠すように入れたのもそれらだった。
 ビックリマンシールは私が集めていたもの。
 そして、改造の施された、このミニ四駆は……
(もう、あの時と同じことしちゃダメ)
 昔を思い出しながら、私は自分に言い聞かせる。
「いいか? オレは絶対に戻ってくるから」
 困った顔の小さな直くん。そう、これは、引っ越しの日。
「でも、お引っ越しって、遠くに行っちゃうことでしょ?」
 涙声で尋ね返したのは私。結局、泣き虫なのはこの頃から変わらないまま。
「京都に行くっていっても、同じ日本の中だろ?」
「……直くん。私を置いてっちゃうんだ?」
 直くんは、ちょっと考えて、何も言わずに引っ越しの荷物の方へ行ってしまった。
 とうとう愛想を尽かされたと思った私は、お母さんに、わーんと泣きつく。
「あらあら、困ったわねぇ」
 お母さんはまるきり他人事のように呟いた。
「おい、こっち向けよ」
 ぶっきらぼうな声に振り向くと、いつの間にかすぐそこに直くんが戻って来ていた。
「いいか? オレが戻ってくるまで、これ預かってろよ」
 ぐい、と突き出されたのは、ミニ四駆。炎をかたどったマークのあるその車体には見覚えがあった。
「これ、直くんがずっと大事にしてた……」
「そうだ、改造済みのオレのスペシャル仕様だ。絶対取り返しに来るから、それまで預かってろよ」
 私はそっと手を伸ばし、それを受け取った。
 そして、まだ預かっている。
 私は自分の手の中のミニ四駆を裏返した。電池を入れる部分に三つのいびつな穴があいている。車体を軽くするために直くんが改造したんだろうね。
 私は手頃な紙袋を探し、そこにそっとミニ四駆を入れた。他の人に見られるのは恥ずかしいので、その上に布をかぶせる。これで袋を覗かれても布しか見えないはず。
 私は、大きく深呼吸した。


「え? お弁当作ってるのは、お母様ではないの?」
 さやちゃんが驚いたように私を見た。
「うん、私とお母さんで分担作業してるの」
「へぇ、じゃあ梶原って、結構料理できるんだ?」
 今度は白石くんが私に尋ねる。いつの間にか、四人で昼食を共にするようになってしまっていた。
(まぁ、さやちゃんは直くんと一緒にいられて嬉しそうだから、いいんだけど)
「……うん、大学が遠くになったら、一人暮らしすることになるからって、お母さんにやらされてる……」
 白石くんには慣れてきたから、今は受け答えも大丈夫になりつつあるけど、やっぱり声は小さくなってしまう。
(直さなきゃいけないとは思ってるんだけどなぁ……)
 私は机の横にかけた紙袋を横目で確認して、直くんの方に顔を向けた。
「三沢くん。放課後、あいてる?」
 その声を上げた後、右隣に座っていたさやちゃんの顔が視界に入った。
(あ……。違うのよ。さやちゃん。違うの)
 心の中で弁解しても仕方ないとは思いながら、私は直くんの返答を待つ。
「別に? 何かあるのか?」
「うん、ちょっと、付き合ってもらいたい場所があって……」
 ちくちくとさやちゃんの視線が突き刺さる。
(でも、ミニ四駆を返すだけなんて、言えないよ……)
 うまい嘘の言い訳も思いつかず、私はさやちゃんの方を怖くて見れなかった。
「ふぅん? まぁ、変質者の話もあったしな。そんなに時間がかかんねぇなら、かまわねぇよ」
「あ、ありがとう」
(さやちゃん、ごめん~)


「ここか?」
 直くんを連れてやってきたのは、以前に不幸の手紙で呼び出されそうになった、体育館裏のイチョウの木だった。
 実際に来て分かったのは、本当に人気のない場所だということ。
(あの時、ここに来なくてよかったぁ)
 変なところで安堵のため息をもらした私に、直くんが声をかける。
「本当は、何かオレに言いたいことでもあったんだろ?」
 図星を指され、私は暴れ出した鼓動を抑えるように、胸に手を当てた。
「うん……、ごめんね」
 謝るものの、我ながらこの期に及んで往生際が悪く、続く言葉がなかなか出ない。
 直くんがいらいらし始めたのが分かったけど、何をどういえば――――
「その……」
「――――お前、いい加減にしろよな!」
 いきなり怒鳴られて、私は出しかけていた言葉を引っ込めた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ! その性格だけは昔から変わんねーのな!」
 相変わらずの正直すぎるキツイ物言いに、私の目に涙が浮かんでくる。
「昔みたいにオレにひっついて、泣けば何とかなると思って……甘い考えしすぎなんだよ! あの頃と同じようになんてやってけるわけねぇだろ! あれからもう、何年もたってんだ!」
(その甘い考えを変えるために――――)
 話をする前に、全く同じ内容を先に言われて、私は自分の心が袋小路に追いつめられてしまったのを感じた。
 
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