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Film18.罵倒は変革の引き金 ―NAOTO’S EYE―


(やべ……、またオレ言い過ぎたか?)
 うつむいたさゆりを見て、オレは後悔を覚えた。しかし同時に、昔と同じパターンで泣くさゆりに憤りもわき上がる。
(泣けば済むと思ってんのかよ!)
 ぐっと拳を握りしめてみるものの、やはり泣かせてしまった罪悪感が強い。
 自分はそんなに悪くないと、信じつつ、謝ろうと、声をかけようと、オレはさゆりを見た。
 そんなオレの気を知ってか知らずか、さゆりが顔を上げてまっすぐにオレを見た。目は涙に潤んだままだ。
「……そんなこと、思ってない! 私は……昔みたいじゃダメだからって思って」
 さゆりはぐしぐしと乱暴に袖で涙を拭いた。そして、ずっと右手に持っていた紙袋をオレに突き出す。
「これ、返すために!」
 まるで睨むようなさゆりと見比べ、オレは紙袋を受け取った。そして、すぐに中を見てみる。
(あれ……?)
 見覚えがあった。いや、思い出した!
 袋の中に入っていたのは、懐かしのミニ四駆だった。アバンテ、いや、違う。エンペラーだ。
 思わず袋から取り出したオレは、それをくりっと裏返す。ボディに空いた、三つの穴。間違いない。これはオレのミニ四駆だ。
「お前、これ……まだ、持ってたんだな」
 オレはしみじみとそう言った。
 あの時、泣きじゃくるさゆりをどうにかするために、泣く泣くこれを預けた。
 今思えば、なんてこたない。オレも、もう一度会う理由が欲しかっただけだ。
「最近、みんな、おかしくて……」
 さゆりが、涙をこらえもせずに流す。そして、いっきにまくしたてた。
「……さやちゃんはピリピリしてるし、白石くんは直くんを時々睨んでるし、直くんだって――――」
 言葉を止めて、もう一度涙をぬぐうさゆり。変なところでちゃんと鋭い。
「私に冷たいし」
 小さく呟いた言葉は、聞き逃しそうなほどだった。だけど、オレは聞こえてしまった。
「私が動けば、何か変わるかなって。元に戻るかもしれない……そう思って」
 さゆりは鼻をぐすぐす言わせながら、ちゃんと自分の言葉を口にする。昔では考えられない強さに、オレはヒナに巣立たれてしまった親鳥の気持ちを少しだけ味わった。
「そのミニ四駆。ずっと……、私の心の支えだったのを、返せば、私も自分……引っ込み思案な自分、変えられるって――――」
 そこまで言って、とうとう堪えきれなくなったのか、くるりと後ろを向いて走り去ってしまった。
 残されたオレは呆然と立ち尽くしていた。
 オレは、こんな風にあいつの泣き顔ばかり見ていた気がする。いつも、何回も、あいつのことを邪険にして、邪魔者扱いして、弱虫扱いしていたけど、やっぱり、何か、放っとけなくて……。
(でも、笑うと、オレは絶対に負けてたっけな)
 泣かれては負け、笑顔を見せられては負け……。
 オレは、なんだかんだ言っても――――


 夕食も食べ終わり、オレは、部屋でぼんやりとしていた。
 さゆりのあの顔がチラついて、頭から離れない。
 何か言わなきゃ。謝らなきゃ。とは思うが、なかなか行動に移せないでいる。
(あんなさゆり、初めて見た)
 あいつはあいつなりに、ギスギスした空気を感じ取っていたんだろう。それで、何かしら行動を起こそうとして……
「あー、もう!」
 何で、向こうから言う前に怒鳴るなんてこと、したんだろ。
「悩むのはもうやめだ、やめっ!」
 オレはケータイ携帯を手に取り……いや、その近くにあった電話の子機を手に取った。
 驚くことに、オレの指はまだ、あの番号を覚えていた。
「もしもし? 三沢ですけど」
『あら? 直くん? お久しぶり ……え? さゆり? 何か、帰って来るなり、部屋に閉じこもっちゃってねぇ』
 困ったわぁ、といつもの他人事のような口調で言うおばさんに、オレは懐かしさを少し感じる。
「あ、それなら」
 いいです、と言おうとすると、低い怒気をはらんだ男の声が聞こえた。
『三沢か? お前、何でゆーちゃんがあんなことになったのか、何か知ってるだろっ!』
 一瞬、おじさんと勘違いしそうになったが、おじさんはこんな怒りっぽい人じゃないし、第一「ゆーちゃん」とは言わない。
「……なんだ、晃兄ちゃんか」
『そうだ! お前、その呼び方いったいどこで……』
 慌てている「晃兄ちゃん」の声にオレは面食らう。そして、あることに思い当たり、顔をにやけさせた。
「忘れてるんだ、晃兄ちゃん? 俺のいない間、お前がゆーちゃんを見てろよ、泣かすなよってさんざん言いつけておいて?」
 受話器の向こうで沈黙が横たわった。
『何を……、いや、待てよ? お前、直人……ナオ? お前、ナオか?』
「忘れてたんだ。本気で」
 オレはとうとう笑いをこらえきれずに吹き出した。晃兄ちゃんはよく、さゆりのうちに遊びに来ていたようで、オレも一緒に遊んでもらったことが、少なくとも十回はある。
 ミニ四駆の改造でボディに穴をあけるときも、手伝ってくれたりしたこともあった。
(あの時は、さゆりも頼んでくれたからだろうけどな)
 あの頃からさゆりにベタ甘だったと記憶している。
『いやー、お前の名前は、てっきり直也だと思ってたからなぁ』
 あっはっはと軽く笑う晃兄ちゃんの声を聞きながら、ようやくオレはさゆりのことを思い出した。
「っと、そうだ。さゆりは部屋から出てこないのか?」
『あぁ、どうしたもんか、困っているんだが――――』
「分かった」
 オレは短く答えて、速攻で電話をきった。これ以上話していても、オレが放課後のことを話さなきゃいけなくなるだけだ。そう判断した。
 しかし、どうする?
 さゆりは携帯を持っているはずだが、オレはその番号を知らない。第一、番号を知っていても、向こうはオレからの電話はとらないだろう。
 オレは、思案の末、携帯を手に取った。
 かける相手は、さゆりではなく――――
 
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