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Ⅶ.かごの鳥

 2.だけど恐れる


ガシャーンッ!
 陽光を取り入れていた窓が大きな音を立てて割れる。
「なんでここニ……!」
「くず鳥、いい加減にしろ」
 あたしは目を疑った。灰色の毛並。ぴん、と立った三角の耳。犬歯を覗かせる口元。爛々と赤く光る瞳。太くたくましい手足。ふさふさとした尻尾。凶暴に輝く爪。
(ラス……!)
「オレもそろそろ我慢の限界だ。ここらで引導渡してやる。―――歌い手を壊すクセは相変わらずだな」
 後半はあたしの様子を一瞥してのセリフだった。相変わらずという言葉に、この扱いがデフォルトなのだと知って、身震いをする。
「ま、待ちなさいヨ。アタシを殺すつもリ?」
「そう聞こえなかったか?」
 低くこもった声は、怒気を孕み、隣で聞いているあたしですら、その畏怖で膝が笑いそうになる。
 ガラスの破片が散らかる中、ゆっくりとラスが近づいてくる。
「ア、アタシを殺したら、どうなるか分かってるノ? 影響は全ての鳥に……」
「詭弁だな。そんなのは一時的なことだ。すぐに新しい王が現れる。昔、カエルを屠ったお前が知らないわけはないだろう」
「こ、こっちに来ないデ。こいつがどうなってもいいノ?」
 突然、鎖をぐいっと引っ張られ、あたしはよろけて咽る。ぴたり、とラスの足が止まった。
「その様子を見ると、一度も歌ってもらえてはいないようだな、間抜け鳥」
「ふん、どう思っても勝手ヨ。……さぁ、どうするノ?」
「バカ鳥め。お前の手にその歌い手を渡したまま、大人しく帰るとでも思っているのか?」
「貴重な人間の歌い手ヨ? こんな些細な小競り合いでムダにするノ?」
「……」
「……」
 無言の睨み合いが続く中、あたしは自分から裏切った負い目から、ラスを真っ直ぐに見ることができなかった。もう、いっそのこと、ここで殺して欲しいぐらいだ。
「……だからお前はバカ鳥なんだよ」
 呆れたように呟くのと、あたしの耳元でガィンッと金属音がしたのは、ほぼ同時だった。
「なっ!」
 鎖が切断され、あたしはぺたり、とその場に座り込んだ。どんな刃物を使ったのか知らないが、細いとはいえ金属の鎖が綺麗に断ち切られている。
 あたしとハルピュイアの間に、カラクリ人形が一体、立っていた。
「さて、これで心置きなく、ボコれるな」
 ラスはその獰猛な口元を歪めた。


 正直、目を覆いたくなるような光景だった。
 割れて散らばった窓ガラスを覆うように、たくさんの白い羽根が舞い落ちている。
「思ったよりしぶとかったな」
 そう呟くラスの口元には、赤いしみがついている。両手の先にある爪も同じように赤く染まっていた。
 その足元には、赤白まだらのものが丸まっている。
 ハルピュイアだ。
 腕があらぬ方向に曲がり、優雅な羽根はむしられ、血に染まった無残な状態でうずくまっている。生きているのかも分からない。ただ、時々、その体が痙攣するのが見えるだけだ。
 あたしは籠の中で座り込んだまま、彼らの戦い、というより、ラスの一方的な殺戮を見せつけられていた。
 ラスがハルピュイアに背を向け、こちらへと歩いてくる。
 あたしは恐怖になすすべもなく、ただそれを眺めていた。
「思ったより頑丈そうだな。―――仕方ない、鍵を探すか」
 その言葉に、ずっとあたしの傍にいたカラクリ人形が動いて、室内のあちこちを漁り始めた。
「結構ひどくやられたな。大丈夫か?」
 あたしは、極力目を合わせないようにしながら、かろうじて頷いた。
 その様子に、ようやく気付いたのだろう。ラスが低く小さく「元の木阿弥だな」と呟いたのが聞き取れた。
 ラスはあたしに背を向けると、カラクリ人形を別の部屋へと探しに行かせ、自身であちこち探し始める。
 あたしは恐怖と後悔と申し訳なさでぐちゃぐちゃになった感情を持て余したまま、その様子をぼんやり見ていた。
 結局、あたしは最悪の状態で、あの屋敷に戻ることになるんだ。
 溢れそうな涙を指でぬぐおうとして、耳に刺さりっぱなしだった羽根に気付いた。指で触れるとずきんと痛むが、このままにしておいても、頭を動かすたびに痛みが増すだけだ。痛みを堪え、なんとか指で羽根を引っこ抜く。
 服越しに刺さっていた羽根もどうにか引っこ抜くと、あたしはその羽根を見つめた。全部で5本。綺麗ではあるが、これに傷つけられたと思うと、ムカムカしてくる。
 と、突然、その羽根をつまむ指に、刺されたような痛みが走った。
「きゃっ!」
 慌てて手放すと、その羽根がじわじわと赤くなっていく。まるで、火にくべた炭のように、ゆるゆると赤く光っていた。

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