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第3話.ニックネームはスワン

 5.目には目を。ランクAには…


(……おんやぁ?)
 孤児院の敷地の外を巡回していたフェリオは同業者の影を見出し、足を止めた。何人かのハンターがこの孤児院に来ていることは知っていたが、ヤードはそれぞれがスタンバイする位置を尋ねるとそうそうに追い払ってしまっていたので、他のハンターとは会わなかったのだ。……強行に木像のある部屋へ行くとしがみついていたダファーを除いて。
 普通、ハンターはヤードと共に仕事をすることを嫌う。ヤードはハンターにしてみれば『おぼっちゃんの集団』で、足手まとい以外の何者でもないからだ。そこに望んで行くのは、エレーラではなくエレーラの記事のネタを掴みたいダファーぐらいのものだろう。何しろ、ヤードが記者を追い払っているため、ハンターとしてもぐりこむしかないからだ。とは言え、ハンターが記者をするというのはプライドの問題もあって実行に移す人間は少ない。よほど金に困ったハンターかダファーのようなプライドのない人間しかやらないだろう。
―――と、フェリオは考えている。
 彼が同業者の姿を見出し、足を止めたのは、その人影が特別な感じがしたからだ。
(まさか、エレーラ……のわけないよな)
 目を凝らすと、それは壮年の男性であった。無論、ハンターに定年なんてものはないから、壮年のハンターがいてもおかしくない。だが、体力勝負のこの世界で長いことハンターをする人間は自然と限られてくる。
(まさか……)
 フェリオには、その人影に覚えがあった。一度、姿を見たことがあっただけだが、その強烈な印象は忘れることができない。
―――アイゼン・エンピア。『スネークエンパイア』の通り名で知られるランクAのハンターだ。その二つ名に相応しく、彼愛用の鎖鎌は、まるで蛇が生きているようにうねり、賞金首を狩る。
「なんだ、同業者か」
 彼が口を開いた。その手には鎖鎌が握られ、すでに臨戦態勢をとっている。
「同業者と言っても、あんたみたいなランクAにはかなわねぇけどな」
 カタールをはめた右手をさすりながら、フェリオは答えた。内心、丁寧な言葉使いをしていない自分にひやひやしている。
「ランクB、だったな。まぁ、ランクAなんて誉められたもんじゃねぇ。運が良かっただけさ」
 怒る様子も見せず、彼はにやりと笑った。
 目の前のランクAハンターに、渋みとか、年をとった物だけが得られる魅力を感じ、フェリオの中に憧れが芽生える。だが、そうやって、ほのぼのしていて良いはずがない。
「今回は、譲れねぇから、邪魔するぜ」
「……あったりまえよ、ハンターのくせに譲る譲らねぇはあると思うな、ひよっこ」
 と、そこまで口にして、アイゼンの目が険しく光った。つられてフェリオは耳をすませる。
「……さっきまで、あれだけ子供の騒ぐ声が聞こえてたってのに」
 フェリオのつぶやきにアイゼンの口に笑みが浮かんだ。「Bは伊達じゃねぇな」と自分にしか聞こえないぐらいにつぶやいた。
「ちっ!」
 フェリオが手近な民家の塀に飛びあがった。続いて、アイゼンも飛ぶ。
 二人の目に孤児院の方角から屋根をつたって向かって来る、エレーラの姿が映った。
「エレーラ! 雪辱戦だっ!」
 隠れて奇襲することも考えないのか、それともそれを否としているのか、フェリオが大声をあげた。
 闇に浮かぶ黒い肢体が気づき、その足を止めた。孤児院から二、三軒離れた民家の屋根の上で二人が対峙する。
「あら? 誰かと思えば、このあいだのハンターさん?」
 動じる様子もなく、エレーラが微笑んだ。その腰には神像がくくりつけられている。
「……でも、今日は、そっちのオジサマを相手にしなきゃならないみたいね」
 エレーラはフェリオを視界に入れつつ、アイゼンの方へ向き直った。鎖鎌をびゅんびゅんとうならせ、彼が構えの体勢をとっている。
「なんだ、ニセモノかと思ったら、ホンモノでやんの」
 おもしろくもなさそうに、アイゼンが吐く。
「あら~? もしかしてランクAのスネークさんかしら? おっかしいわね、ランクAはあたしなんて狙わないと思ってたのに」
 すっと目を細め、エレーラが半歩あとずさり、右のブーツに手を置いた。
「お前が義賊気取りでやってれば、文句はねぇさ。だがな、そんなボロっちぃ孤児院なんか狙った日にゃぁ、俺だって黙ってねぇよ。 ただ、狩るのみだ!」
 言うが早いか、アイゼンが飛ぶ。エレーラはブーツからムチを取りだし、構えた!
 先に手を出したのはアイゼン。鎖鎌の分銅がエレーラめがけて一直線に飛んだ!
「いやん」
 エレーラのムチの柄に絡まるかと思いきや、柄が確実に分銅を叩き落とす。
「いった~い。やだ、すごい威力」
 ムチを持った右手を軽く振りながら、弱音を吐くエレーラ。だが、次の瞬間、彼女の左手に魔法のように銀のカードが現れ、対峙する二人めがけて放たれた。
 フェリオがカタールで軌道を逸らし、分銅を回収したアイゼンはその鎖を回転させ、軽くはじく。と、そのまま、今度は鎌が彼の手を離れ、エレーラに向かった。まるで流れるような無駄のない動作だ。
「きゃぁっ」
 すんでの所で鎌をかわしたエレーラもその直後に放たれたフェリオのコインまでは避けきれず―――
カンッ
 乾いた音を立ててクリーンヒットした神像が、くくりつけられていた腰から落ちた。そして、ぱっかりと二つに割れる。
「げ、やっちまった」
 弁済する必要があるかどうかを考えながら、フェリオがコインを繰りだす手を止める。
「あぁん、せっかくくっつけたのに」
 慌てて拾うエレーラ。隙だらけの筈のその姿に、なぜかアイゼンは手を出さなかった。
「その、木像は、まさか……」
「あら、バレちゃった?」
 何も分からず、見守るフェリオ。
「中身はどうした?」
「えー? だって中身まで盗るなんて予告状には書かなかったわよ?」
「なるほどな。そういうことか。お前はただ、気づかせるためだけに……!」
 鎌を引き寄せ、再び右手におさめる。
「それで、分かったら退いてもらえるのかしら?」
 媚びるような目を向けたエレーラに、アイゼンが「はんっ」と鼻で笑う。
「一度始めた以上は後には引けねぇ。残念ながら、男ってのはそういうもんさ!」
 ひゅんひゅんひゅんひゅん……と鎖をぶん回して再び臨戦態勢をとったアイゼンに、エレーラも再び顔を引き締めた。今度はもう、その口元から笑みが消えている。
 だが、先に動いたのはフェリオだった。
「いやんっ」
 予想外の行動にエレーラの反応が一瞬遅れる。だが、カタールの最初の一撃をなんとかかわし、二撃目、三撃目をムチの柄で受け流す。
「前回と、それほど変わってないわよ? むしろ足場が悪いから力入ってないみたい」
 余裕の笑みを浮かべるエレーラ。
「ひよっこ、邪魔だっ!」
「ランクAハンターが欲張んなよっ! オレぁランクAになったら好きなオンナにコクろうとしてんだから、よっ!」
 ガキィン、とエレーラに力で押し返し、フェリオが肩で息をつく。
「あら? あたしじゃなくても、ランクAはたくさんいるわよ?」
 その向かいで息ひとつ乱さずエレーラが答えた。
(くっそ、バケモンかよ。この女……!)
「お前が一番都合がいいんだよっ! あいつもお前を追ってるんだからっ!」
 再びエレーラに向かってカタールを繰り出すフェリオ。  だが、エレーラは今度は受け流す体勢すらとらず、ただ棒立ちになってその拳を待つ。
「……残念ね」
 彼女にしては珍しく低い声でつぶやいた。次の瞬間、フェリオの視界からエレーラが消える。
「また上かっ?」
 もはや反射だけでカタールをつけた右拳を上に向けるフェリオ。
「残念、下でした」
 明るい声で囁くと、そのままドカンと腹を蹴る。無防備な状態でくらったフェリオはそのまま屋根から転げ落ちた。
「さて、お待たせしましたわね、オジサマ」
「別に待っちゃいないがな。まぁ、若ぇのもいなくなったことだし、これでゆっくり……ん?」
 アイゼンの耳に、近づいて来るヤードの足音とアンダースン警部のダミ声が届いた。
「……ちゃっちゃと決着つけようや」
「あら、せっかちさんね」
 屋根の上で、二人が対峙した。だが、お互いに手は出さずじりじりと間を狭めるだけだ。そうしている間にもアンダースン警部の声は着実に近くなってきている。
キィンッ!
 どちらの武器のものでもない、甲高い音が全てを決した。
 復活してきたフェリオの放ったコインに気を取られた一瞬の隙にアイゼンの鎖がエレーラの右足をとらえた!
「いったーい!」
 とても痛そうに聞こえないその声に、アンダースンのダミ声が「そっちかぁ!」と返事をした。
 アイゼンは獲物を逃がさぬように、じりじりと鎖を引っ張っていく。
「その目は観念してねぇな」
 エレーラは「あったりまえでしょ」と口にする。ちらり、とフェリオの位置を確認した。彼は屋根ではなく隣の塀の上に陣取っている。逃げたところを捕まえようという算段か。
「だって、捕まるわけにはいかないしっ!」
 エレーラは何を思ったか屋根のヘリに向けて駆ける! と言っても、鎖に繋がっているのでアイゼンの陣取るすぐ下方に向かって走ることになる。
「血迷いやがったか!」
 鎖を持つ手に力を込め、アイゼンが叫んだ。
 エレーラは屋根のふちに両手をつき、勢いそのままにぐるっと一回転して屋根から飛び降りようとしている。エレーラの掴んだ屋根のふちを中心に鎖付きの右足が孤を描き―――
「ぬっ!」
 アイゼンはその反動に耐えられず、二、三歩たたらを踏んだ。そのとき、鎖が一瞬、たわみを見せる。
「よっ!」
 エレーラが屋根を掴んだ片方の手を放し、自分の右足にあった鎖を外す。一瞬でもアイゼンの持ち直しが早ければできない、それにしても軽業師も舌を巻くほどの芸当だった。
「っ!」
 アイゼンが改めて鎖を引っ張った時には、その先からエレーラの重みは消えていた。
「逃がすかっ!」
 動いたのはフェリオ。地面に着地したエレーラにコインを撃ち、間を詰める。
「いやん」
 エレーラが彼の予測に反し、真っ向からフェリオに向かって走った。
 二人の影が重なる一瞬、エレーラは微笑みすら見せなかった。
「ごめんあそばせっ!」
 フェリオのカタールを紙一重でかわし、そのまま塀の向こうへ飛ぶ!
「ちっ」
 アイゼンは追わない。フェリオが構わず追った。
 塀の向こうでは、エレーラをアンダースン率いるヤードの警官達が待ち伏せていた。丁度、彼らの目の前に着地したエレーラが、少しだけ右足を庇うように立ち上がった。
「エレーラっ!」
 アンダースンのダミ声が夜の街中に響く。
「あら、アンダースンさん。お早いお着きね? さすがキャリア君の推理力ってところかしら?」
 アンダースンの隣にいたスワンがハッと何かに気づいた顔をした。その唇が「まさか」とつぶやく。
「じゃかぁしぃわっ! 幸い足もケガしとるようじゃし、とっとと捕まらんかい!」
 アンダースンがヤードの標準装備、警棒を構えた。続いて後ろの警官達も同様に構える。
「あらぁ? バレちゃったの? じゃ、足がイタくて手加減できないのも分かるでしょ?」
 うふ、と艶っぽく笑ったエレーラの顔を隠していたゴーグルのバンドがぶつり、と切れ、そのままカランと落ちた。
「そうそう甘く見てもらっちゃ、困るんだよ!」
 後ろの塀にフェリオが立っていた。
「あらあら、素顔を見られちゃうわ、ねぇ?」
 フェリオに振り向くことはせず、エレーラがアンダースン警部に同意を求める。
「ゴーグルの下に目隠ししといてなにぬかすっ!」
 エレーラの目に黒いバンダナが巻きつけられ、その目元にだけ穴があいていた。
「実は二重構造だったのよ」
 ようやくフェリオに振り向いて、微笑む。
「だからと言って、袋のねずみじゃねぇかっ!」
 フェリオが塀から飛び降り、エレーラの前に立ちはだかった。だが、エレーラは余裕の笑みを浮かべたままだ。
「残念でしたっ」
 左手が腰のポーチをすべり、何かを取りだす。ダイナマイトにも似た数本のそれを、手に持ち、エレーラがヤードの集団めがけて走る! その動きは右足を負傷していることなど微塵も感じさせない。
「捕まえろっ!」
 アンダースンの号令もむなしく、エレーラはその手をかいくぐり、警官の一人から灯りを取り上げた。
「火種ゲット! それじゃ、また今度ね」
 言うが早いか手にしたダイナマイト状のものに火をつけ、ぽいぽいっと四方に放り投げた。慌てて逃げる警官達。そして、そんな警官をかわしてまっすぐにエレーラに向かうフェリオ。
 ダイナマイト状のそれからは、もくもくと白い煙があふれ出て、あたりを真っ白に染め上げた。
「んなっ!」
「警部! これではエレーラを視認できません!」
「へたに武器を振るえば同士討ちの可能性が……!」
 煙の中、慌てふためく警官を、屋根の上からアイゼンが見下ろしていた。
「木を隠すにゃ森の中か。こうなっちゃ、俺にも、どれがエレーラだかわかんねぇな」
 つぶやくと、ふい、と姿を消した。

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