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第3話.ニックネームはスワン

 7.種を蒔く男


 正義新聞が発行され、人々の手に渡った朝。同じ新聞を手にしたハンターが宿屋のドアをノックした。
「ディアナ? 入るぜ」
 返事も聞かず、ドアを開けたのはフェリオ。昨晩こてんぱんにやられたのを引きずってか、まだ暗い顔をしている。
「ちょっとぉ? いきなり入ってくるなんてぇ、ダメよぉ?」
 おっとりとしたディアナの声が最初に響いた。
「……なんだ、それ。お前、俺のディアナに何してんだーっ!」
 フェリオの目に映ったのはベッドの隣のイスに腰かけたディアナと、その足を包み込むように触れているダファーの姿だった。ベッドに半身起こしたリジィなどはアウトオブ眼中である。
「何って……、何してるんでしょうね?」
 ダファーは困ったような顔を浮かべ、ディアナに尋ねた。
「えぇとぉ、激しく勘違いぃ? みたいな~」
 ディアナが口元に人差し指をあて、首を傾げた。
「フェリオ。誤解のないように言うけどな。ダファーは姉さんに包帯巻いてるだけだぞ?」
 冷めた声のリジィに言われ、フェリオはまじまじと目の前の光景を見なおして、……やおら、ぽむっと手を打った。
「なんだ、お前もいたのか、弟よ」
「誰がお前の弟だ……つーか俺のディアナって誰のことだよっ!」
 声に多少ノイズが入るものの、至って元気になったリジィが叫ぶ。
「んで? なんでケガなんてしてんだ?」
「あー……。そのぉ、寝不足って言うかぁ~……」
 ディアナはもじもじと指を動かした。どうやら話したくないらしい。
「今朝、僕の朝食を取りに行こうとして、階段から転げ落ちたんだよ」
 ずばり、と暴露する弟に「えぇ~? 知ってたのぉ?」と驚く姉。
「『にゃっ!』って悲鳴をあげるのは、僕は残念ながら姉さんしか知らない」
「にゃ、ですか。それは希少価値ですね」
 ダファーが何を思ったか、うんうん、と頷いた。その手は淀みなく動き、きゅっと包帯の先を縛っている。
「……あー、そうか。足、大丈夫か? 歩けるのか?」
 『右足首』に巻かれた痛々しい包帯に目をやりながら、フェリオが尋ねる。
「もちろんよぉ? どっちにしろ、今日いっぱいはぁ、リジィちゃんを寝かしつけるからぁ、たいして動かないし~」
 ディアナが「ありがとぉ」とダファーにお礼を言うと、自分の右足をぽんぽん、と床に押しつけてみる。
「そっか、なら大丈夫だな」
 言うが早いか、フェリオがイスに座っていたディアナを抱き上げた。俗に言う、お姫様だっこである。
「にゃぁっ! 何するのぉ!」
「それじゃ、ダファー、リジィの世話はよろしくなっ!」
 とは言いつつも、ダファーではなくリジィに向け、軽くウィンクをするフェリオ。
「おい、待て、フェリオっ!」
「ちょっとぉ、何を勝手に決めてるの~!」
 姉弟の抗議もむなしく、フェリオはドアの向こうに消えた。
「……よろしくな、と言われましてもねぇ?」
「いや、あの様子だと―――」
 リジィが何かを言いかけ、耳をすました。
 宿屋の階段あたりから、バタバタと物音がする。
バタンッ!
「リジィちゃん、今日はぁ、フェリオの絡み酒に付きあうことになるみたいだからぁ、ちゃんとおとなしく寝てなさいねぇっ!」
「うん、それは分かったけど、そのフェリオは?」
 疑問を口にした時、恨めしそうなフェリオの顔が開け放しのドアから覗いた。
「ディアナ~、そりゃねぇだろ~?」
 スネを押さえているということは、蹴られたのか、それとも柱か何かにぶつけさせられたのか。なんとなく後者だろうな、とリジィは思った。
 この姉の場合、二つ選択肢があったらエグい方が正解である。
「あとぉ、コンヴェルさん?」
「はい、なんでしょう。ダファーと呼んでもらって結構です、と前回も言ったと思うんですが。……私は彼に世話をよろしくと頼まれましたので、ここに残りますよ。ご心配なく」
「だめぇっ! あなたの『ご心配なく』って言うのはぁ、絶対心配なのぉ~!」
 はぁ、と曖昧な返事をするダファーに、リジィが疑問を口にした。
「絶対心配って。姉さん、それは言いすぎなんじゃ―――」
「リジィちゃんっ! そんなに信用しちゃダメよぉ~」
 ディアナはベッドに歩み寄ると、ダファーからリジィを隠すように立ちはだかった。
「手は出さない?」
「……そんな、人をなんだと思ってるんですか」
「ゲイ」
「いや、そんなにはっきり言われても……」
 困りましたねぇ、と笑うダファーに、リジィとフェリオが凍りついた。
「手は出さないってぇ、約束できるぅ?」
「あー……、はい、手は出しません」
 両手を上げて降参のポーズをとるダファー。
「約束ねぇ? 破ったらぁ……」
 ディアナは顔をぐっとダファーに寄せた。
「―――八つ裂きにして豚畜生に食わせてやるから」
 低い声で凄む。ドアから見ていたフェリオが「げ」とつぶやいた。紛れもなく昔のディアナの口調だと。
「はいはい。分かりました。もし手を出したら本当にやりかねませんからね、あなたは」
 あははは、と笑って受け流すダファー・コンヴェル。意外と大物である。
「じゃぁ、行ってくるからぁ」
 リジィに向かって微笑みかけると、とてとてとドアの向こうへ消えていった。慌ててその後をフェリオが追う。
 しばらくしてリジィが声を出した。
「……ダファーって、ゲイなのか?」
「いいえ?」
 あからさまにリジィがほっと胸を撫で下ろした。
「バイセクシャルですよ」
 リジィは心の中で「早くこいつを追い返そう」と決心した。
「―――ところで、あなたと二人で話せる機会は、もうしばらくはないでしょうから」
 言っておきますね、とダファーがぐっとベッドの上のリジィに迫った。
「な、ちょっとまて、お前、手は出さないって―――」
「そういうことではありませんよ。あなた、先ほどディアナさんが凄んだときに、たいして驚きもありませんでしたね」
「……え? そりゃ、姉さんは本気の時はああなるから」
「果たして、あなたはどこまで姉のことを知っているんでしょうか。……あぁ、これに答える必要はありませんよ。ただ、リジィさんはディアナさんのことを、どこまで理解しているのか、と思っただけですから」
「それは、まるでダファー、お前が僕の知らない姉さんを知っているみたいな口ぶりだな」
「さて? わたしはあなたがどこまで知っているかを知りませんから、答えることはできません」
 すい、とベッドから離れ、ダファーはドアに向かった。
「では、これで失礼しますよ。本当は、新聞を持ってきただけでしたからね」
「待て! ダファー!」
 ベッドからリジィが這いだし、ドアの前に立ち塞がった。
「まだ病みあがりですから、おとなしくしていたほうがいいですよ」
「……お前は、何がしたくて僕にそんなことを言うんだ」
 低い声で、リジィがつぶやいた。ダファーはにこにこと微笑んでその様子を見る。
「あなたは、知っているはずなのに口にしなかった。階段でつまづく前に、ディアナさんはびっこを引いていませんでしたか? 昨晩あなたが目を覚ましたときに、ディアナさんは隣にいましたか?」
 リジィの呼吸が止まった。
「あなたがどこまでも『姉を溺愛する弟』を演じるというのであれば、この話は忘れてください。どうしても忘れられないようであれば、正義新聞の社長を訪ねたらいい。社長の居場所は、わたしか、ディアナさんに聞いていただければ」
 それだけ言うと、固まったままのリジィの脇を通り抜け、ダファーは背中を向けた。


―――残されたリジィは、ただ、立ち尽くしていた。


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