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 クラスの女子からもらった箱は


「これ、橋ノ下にあげるね。……あ、でも、明後日になってから開けて欲しいな」

 そう言って渡されたのは金曜の放課後だった。
 他に誰もいないタイミングを見計らって同級生から渡されたのは、片手で持てるぐらいの箱だった。折しも日付は2月12日。明後日になってから、と言われれば、もちろんオレとしては期待するわけで。

「これ、やっぱチョコだよなー……」

 明らかに義理ではないサイズ。否が応にでも期待は高まる。そうか、木幡って、オレのこと好きだったのかー。よく話しかけて来るもんな。こないだも「橋ノ下ぁ、髪がぺたんと寄っててハゲてるみたい」なんて言って、いきなり写真撮ってオレの地肌が出てるのを見せてきたり、「こないだのテストどうだったー? あ、あたし、そこは合ってる。やった、橋ノ下に勝った」なんて、点数は全然オレの方が勝ってるのに、オレが凡ミスしたところを自分が正解してたからって、自慢してきたりした。

 あれ、もしかして、本気で?
 やばい、どうしよう。顔がニヤけてる。オレ絶対顔ニヤけてる。自分の部屋で良かった。

 机の上に置いた箱をちらりと確認する。茶色の包装紙にクリーム色のリボンがかけられている。
 手にしたスマホの画面を見る。今は13日の23時55分。あと5分で日付が変わる。日付が変わったら、開けてもいいよな? もう14日だもんな?

 箱の大きさから言えば、トリュフが20個ぐらい入っているかな? どのぐらいの値段するものなんだろう。あ、お返しとかも考えないといけないんだよな。それより前に、まずは週明けにお礼と、味の感想と、……返事?
 そうだ、返事! 返事だよ!
 オレは、木幡のこと、どう思ってるんだ?
 いや、だって、何か妙に構ってくるよな、ぐらいにしか思ってなかったし! いきなり言われても困る!
 やっぱ、付き合おう、とかなるのかな、コレ。
 べ、別に、木幡のことが嫌いなわけじゃない。明るいし、笑うと可愛くないこともないし、胸も……って違う! 何考えてんだオレ!

 いや、落ち着け。
 高校生男子たるもの、同級生の女子の胸にちょっとぐらい興味があってもおかしくないはずだ。おかしくない、よな?

 ちらり、とスマホの画面に視線を落とす。

『23:59』

 惜しい! あと1分! いや、もうすぐ変わるだろうから、包装紙を破るぐらいはいいだろ。いい、よな?
 いや、一応、日付指定で開けるように言われたから、やっぱりちゃんと2月14日まで待つべきだろう。こういうのは大事だ。

「橋ノ下はそういうとこ、ほんっと律儀だよね。感心するわ」

 あ、だめだ。木幡の声で幻聴が聞こえた。
 本気でそんなこと言って来そうだから困る。……って、こんなことを考えられるぐらいに、オレ、実は木幡のこと気になってた?

 いや、別に木幡が好きだとかそういうんじゃなくて、やっぱりよく話す仲だから、なんとなく想像つくっていうのはよくあることだと思う。……そう思う。

 3度目の正直とはよく言ったもので、スマホの時計はとっくに0時を越えていた。
 オレは慎重に包装を開ける。包装紙を破らないように気をつけながら、テープで止められた部分をぺりぺりと剥がす。一応、これ、とっておこうかな。本命チョコなんて、初めてもらったわけだし。いや、初めてじゃないか。中学の時に一度もらったっけ。阿部ちゃん、元気かな。高校が離れてから、全く合わないもんな。中3のバレンタインに告白と同時にくれてもさ、高校が違うとやっぱり無理があると思うよ、阿部ちゃん。

 そんなことを考えながらようやく裸になった箱を目の前にする。ブランド名は一切書いてない。もしかして……手作り、か?
 ごくり、と唾を飲み込んだ。
 オレはそっと蓋に手をかけて、箱の中身を―――

「……」

 蓋を閉めた。

 おかしい。
 ……おかしい。
 …………おかしいのは、オレの目か?

 大きく深呼吸をする。そう、あれは幻覚だ。
 もう一度、箱の蓋を持ち上げて……さっきと変わらない中身に愕然とした。

 中に入っていたのは、真っ白な木綿の布。持ち上げてみても、底にも何も入っていない。二つ折りにされていたカードがあったので、それを開いてみると。

『初心者でも分かる ふんどしのしめ方(図解)』

 ふんどし。
 FU・N・DO・SHI!

 え? なんで? いや、ここチョコが入ってるところだろ? 手作りでちょっと不格好なトリュフとかが入ってて、オレはそれをつまんで「木幡も不器用だな」とか言いながら食べるところだよな?

 それなのに、なんで、ふんどし。

 オレは震える手でスマホをタップし、LINEを起動させる。

『箱、開けた、何あれ』

 待ちかまえていたのか、木幡からは人を指さして笑うスタンプが返ってくる。この反応、もしかして、日付が変わると同時に開けることを予想していたのか。

『橋ノ下に似合うと思って』
『な・ん・で・だ!』
『え? 特に理由はないけど。なんとなく?』

 ダメだ。木幡に敵う気がしない。
 これはいつものアレだ。オレをからかって楽しんでるんだ。

『こんど締めて来てよ』
『誰がやるか』

 オレはそのままスマホを放置し、ベッドに入った。
 くっそ、またやられた!
 オレはアレか! 木幡のおもちゃか!



 翌朝、木幡名義でクール便が届くことを、オレはまだ知らない。




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