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 例えばそんな灰かぶり


 さて、あたしの話をしようか。

 あたしの親父は、この国でも結構有名な商人だ。商品にこだわらず手広くやっているせいで、本人も国のあちこちに出張&出張の毎日で、ほとんどウチに帰って来やしない。
 母さんは3年前に死んだ。
 親父がいない分、あたしに愛情を注いでくれて、親父と文の遣り取りをしながら、時には商売の差配もしていたみたいだけど、娘のあたしからしてみれば、単なる過労。働き過ぎ。
 別に親父の部下はたくさんいるんだからさ、商売まで口出ししなくても良かったんだと思うよ。
 まぁ、その母さんを一桁の年齢の頃から手伝っていたあたしが言えたことじゃないんだけどさ。

 で、2年半前に親父は再婚した。

 なんかさ、娘ながら冷え切った夫婦間だったのかな、って思う。喪に服した期間は、僅か半年だよ。半年!
 いくら年に十回ぐらいしか顔を合わせないとは言っても、もう少しやりようがあると思うね。
 親父が言うには、あたしが寂しくないように、とか、あたしを育てるために、っていう理由付けらしい。なんだそりゃ。誰も頼んでないっての。

 はっきり言うよ?
 母さんね、家事がほんとにダメだったの。
 十二の頃から、あたしが家の中を取り仕切ってたの。
 親父が一回商売で下手打って、使用人を解雇しなきゃならなくなった時があったでしょ。あの時からずぅっと。

 あとね、親父。
 アンタの再婚相手もヒドいよ?
 もうイイ年齢の親父に嫁ぐぐらいだから、連れ子がいるのはいいよ? お姉さんが二人もできるんだ。わーい。って思ったよ?
 でもさ、やって来た女3人が全員、家事音痴ってどういうことなのさ! ついでに、かっこいい結婚相手を見つけるのよ、なんてフワフワした脳みそで、ガンガン浪費するしさ。
 商会の留守居役やってるベナンドさんに説教してもらっちゃったよ。あの後、すごい不貞腐れてて大変だったんだから。

 あぁ、母さん。
 散々母さんのことをこき下ろしていた時期もあったけどさ、うん、母さんの方がマシだったわ。
 この2年半、色々と我慢してみたけど、やっぱりそろそろ無理かもしんない。


 珍しく誰もいない家の中を、あたしはうろつきまわっていた。継母が来てから強制引越しさせられた屋根裏部屋の、寝転がるとギシギシ言う粗末なベッドの上には、あたしの服が3組と、護身用のナイフ、親父が昔着ていた外套、履き古したサンダルなんかが広がっている。

「あとは、カンテラも必要かな。うーん、やっぱりお金はもうちょっと欲しいよなぁ」

 継母+二人の姉は、今朝方ばたばたと綺麗なドレスに身を包み、これでもかと化粧を施し、ついでに髪を複雑に結ってから外出した。
 あたしも手伝わされたから、かなり疲れているけど、このチャンスを逃したくはなかった。

「っかしーなー、大姉ちゃんと小姉ちゃんの部屋に、絶対にヘソクリあると思ったのに」

 まさか、今日の外出に持っていった、なんてことはないはずだ。……いや、待て。

「あー……あの見慣れないアクセサリーに化けたかな」

 そう言えば、姉は二人とも見たことのない装飾品を付けていた。それなりにあっただろうヘソクリがそれに化けたのなら、納得だ。今日の外出はそれほど大事なものみたいだったから。

「あーあ、他にすぐ換金できそうなもん、あったかな」

 さすがに食費に手を出すのは気が引ける。まぁ、あたしが居なくなれば、あの食費で遣り繰りできるはずもないんだけどさ。
 この数年、食費も被服費もイヤというほど切り詰めて生活しているのを、あの3人は知ってるんだろーか? ま、知るはずないか。家計簿見せたら留守居役のベナンドさんも感心してたしな。

 あたしは、屋根裏から見える城を眺めた。
 今日は大舞踏会。
 なんでも、王子の嫁探しをするらしく、貴族だけでなく商人の娘にまで招待状が届いていた。

 まったく、人騒がせなことをする。
 自分の奥さんぐらい自分で探せよ。金の無駄遣いだっつの。いや、逆か? 貴族・商人に金を使わせるためにやってんの?

「はー、舞踏会、ね」

 あたしは、しみじみと呟いた。

「行きたいかい?」

 返事なんて、期待していなかった。

―――誰?
 いつの間にか、そこに黒いぶかぶかのマントだかローブだかを羽織ったおばあさんが立っていた。

「えぇと、どこの誰か知らないけど、ここウチの敷地だから」
「ああら、何てこと」

 にこにこと微笑むおばあさんは、どこから侵入したんだろう。ここ屋根裏。ウチは3階建て。
 窓から侵入とは考えにくいから、まさか、ずっとどこかに潜んでいたとか? 何それ怖い!

「とりあえず、出てって。でないと人呼ぶから」
「ちょ、ちょっと待って。あなた、エレノアの娘でしょう?」
「……母さんの名前は確かにエレノアだけど、母さんは3年前に」
「え、えぇ、知っていますとも。わたしは生前のエレノアにあなたのことを頼まれていたのよ?」

 ……はぁ?
 生前、頼まれていた?
 胡散臭い。
 いや、百歩譲って、このおばあさんの言うことが本当だとしても、頼まれていたのに、この状況を放置していたって、どうよ? この2年半、あたしは継母と二人の姉の「使用人」に成り下がっていたんだけど?

「ハァ、ソウデスカ」
「あ、あの、何だか随分と平坦な口調だけど、大丈夫かしら?」
「ハイ、ソレデ、ナニカヨウデスカ?」
「……まぁ、良いでしょう。わたしが、お城の舞踏会に連れて行ってあげます」
「え、いらない」
「え?」
「え?」

 驚いた様子のおばあさんに、あたしも驚いた。
 いや、だって、行きたくないし。

「舞踏会よ? 王子様のお嫁さん探しよ?」
「いや、普通に考えて、王族の嫁なんて窮屈そうだし、忙しそうだし、なりたくない」
「……で、でも、王子様だけじゃなくて、あらゆる貴族の適齢期の独身男性も同じように集まっているのよ?」
「あーあー、王子だけじゃなく、そういった人も嫁探しデスカ。大変デスネ。……貴族も王子も似たようなものじゃん。領地管理とか貴族同士の付き合いとか面倒臭そう」

 あれ、おばあさんが震えてる。
 あー、屋根裏寒いもんね。慣れないと厳しいよね。

「だから、舞踏会に行く代わりに、お金ください。それでいいです」
「……エレノアはね、あなたにこの靴を履いて舞踏会に出て欲しいと願っていたのよ」

 強引に話を戻された。
 そうしておばあさんが取り出したものを見て、あたしの口がカパーンと開いた。

 母さん。あなたの思考回路はどうなっていたんですか。

「これを履いて、綺麗なドレスを着て、カッコイイ殿方とダンスをするの。どう? 素敵でしょう?」
「―――ちなみにドレスというのは」
「わたしが魔法で作り出すのよ。こんなのなんてどうかしら?」

 ボゥン、なんて音と目に染みない煙が出て、いつの間にか目の前には、月と星の輝きを集めたような素晴らしいドレスを着たマネキンが立っていた。
 うわぁ、こんな高く売りつけられそうな商品作れたら、親父喜ぶだろうな。

「……って、魔法?」
「そう、魔法。わたし、魔法使いなの」

 母さん。センスも疑うところだけど、交友関係も疑うわ。アンタ何してたん?

「えぇと、これを着て、その靴を履いて、舞踏会でくるくる踊れと」
「そうよ。きっと色々な殿方の目に留まるわ」

 ……。
 ………。
 よし、見なかったことにしよう。

 あたしは親父の部屋から引っ張り出した斜めがけの鞄に、ベッドに広げていた着替えやら道具やらを突っ込んだ。

「ちょ、ちょっと、何やってるのよ」
「あーはいはい。母さんとどれだけ親交深かったか分かんないけど、あたし、とっととこの家出るからさ。うん。あぁ、母さんのお墓、教会にあるから、挨拶だけしてってよ。そしたらきっと喜ぶから」
「いやいやいやいや、舞踏会に行くでしょ?」
「いやいやいやいや、行く意味ないでしょ」

 荷物を詰め終えて、あたしは鞄を斜めに引っ掛ける。先立つものは心もとないが仕方がない。とにかく、あの三人が帰って来る前に家を出ないと。

「ちょっと、エレノアの憧れの靴はどうするの? 供養と思って履いてあげるところでしょう?」

 手にした靴をあたしに差し出すおばあさん。なかなか押しが強い。

「そもそもその靴が有り得ないんだっての! それガラスでしょ? 割れたらどうすんのさ」
「大丈夫よ。ちょっとやそっとじゃ割れない…はず…だから」
「今、『はず』って言った」
「言ってないわよ」

 えぇい、その靴を押し付けようとするな!

「だいたい、そんな硬い靴履いたら、絶対靴擦れ起こすよ。それで踊る? ないない」
「それならせめて、一度足に通してみてもらえないかしら? そしたらエレノアも満足するわ」
「……それぐらいなら、―――って、どうして杖構えてんのさ! 履いた瞬間、何か魔法かける気じゃないの? 脱げなくなる呪いとかさ」
「ちっ」
「ちょ、今、ちっ、て図星かよ! ふざけんなっての!」

 あー、時間の損だ。とっとと出よう!

「待って! じゃぁ、ドレスは? こんな綺麗なドレスを着る機会なんてないでしょう?」
「……継母さんとさ、二人の姉が舞踏会に行ってんの」
「正体がバレたくないなら」
「違う」

 あたしは、はぁ、と額に手を当ててため息をついた。

「3人のドレス縫ったのあたしだよ! そりゃもう頑張ったよ! 直前まで刺繍がどうだのフリルがどうだの言って来やがってさ!」
「……えぇと、それで」
「何が言いたいかって言うと、そんなドレスはもう見たくもないっていうこと!」

 バン!と手を寝台に叩きつけ、大きな音を立てれば、おばあさんは俯いて黙り込んだ。
 少しだけ、言い過ぎたかもしんない?
 いや、そんなことないか。
 最初からケチついちゃったけど、とっとと出よう。

「ふ、ふふ、ふふふふ……」

 不気味な笑い声があたしの耳に届いた。

「あのエレノアの娘が、ここまで歪んで育ってるなんて」
「失礼な。歪んでるのは、むしろ母さんのセンスの」
「エレノアの代わりに、わたしが矯正させるべきよね」

 ぞわり、と鳥肌が立った。
 ヤバい。
 こんなイヤな予感がするのは、大姉ちゃんがヒドい失恋して酔っ払って帰って来た時以来だ。あの時は、酒場からの請求書と、酒が回ったまま購入した宝飾品の請求書が死神の鎌に見えた。

「とりあえず、時間もないし、とっとと舞踏会に行きなさいっ!」

 ボウン、と視界が真っ白な煙で覆われた。
 煙が晴れたと思った瞬間、あたしは見たことのない庭園に立っていた。
 少し離れた所から聞こえてくるワルツの音、さざめく笑い声。
 恐る恐るそちらを見れば、屋根裏から遠くに見えていた城がそびえたっていた。

 あんの、くそババア!

 自分の身体を見下ろせば、月と星の光を集めて織り込んだようなドレスを着ているし、裾を持ち上げれば、今にもパリンと割れそうなガラスの靴を履いている。そっと頭に手をやれば、あたしの髪は結い上げられているようだった。

 やられた。
 魔法使いというのは本当だったらしい。
 母さん、アンタの交友関係どうなってるの。

 幸い、あのババアも焦ってたんだろう。足元には親父の部屋から失敬した鞄が転がっていた。一緒に持って来られたらしい。うん、中身もちゃんと入ってる。

 城の窓から差し込む光を頼りに、鞄をごそごそと漁り、履きなれたサンダルを見つける。履いて出ようと思っていた革靴が万が一、靴擦れなんかを起こした時に、と入れておいたのが役立った。
 速攻でサンダルに履き替え、代わりにガラスの靴を鞄に押し込む。さすがにこんな不審物をお城に放置しちゃまずいだろ。

 あのババアの言う通りに舞踏会とやらに出る気はさらさらない。結婚相手は、もっと小市民でいいんだ。幸いに家事スキルは平均以上にある。育児は分からんが、料理・掃除・家計の遣り繰りは大得意だ。嫁の行き先ぐらいは見つかるだろう。

 そうと決まれば、とあたしは城から離れて庭園の奥へと向かう。
 しばらく庭園でやり過ごし、舞踏会が終わる頃合に、こっそり他の主席者と一緒に出ればいいだろう。うん、そうしよう。


 甘かった。
 まさか、王族・貴族かこんなに乱れているとは思わなかった。家計を遣り繰りして納めた税金返せ。

 さっきから、隠れるのに丁度良さそうな茂みを見つけるたびに、先客がいるのはどういうことだ。
 しかも、アハンウフンな情事の最中だ。ふざけんな。
 うっかり大姉ちゃんとか小姉ちゃんとか混ざってないよな。もし混ざってたら気まず過ぎる。

「……にをなさるの!」
「う……さい。こ……付いて来た……そういうつもり……」
「やめて!」

 あー、前方にアハンウフン警報。
 しかもモメてるっぽいね。うん、方向を変えてやり過ごそう。

「……にをしている! イヤがっているだろう!」
「――んだお前は」

 あれ、雲行きがおかしい。
 アハンウフン警報解除。代わりに厄介事警報発令。

 あたしは、小道を外れて木の陰に身を隠した。
 ほどなく、可憐なお嬢さんが前方から駆けて来るのが見えた。胸元を押さえている様子なのは、相手に何かされたからかな。うまく逃げられたようで何より。

 お嬢さんの背中が見えなくなるまで見送った頃には、モメていた様子の声も聞こえなくなっていた。
 うまいことケンカ別れしたのか、それとも場所を移動したのか。
 どちらにしろ、人の気配もなくなったようだから、とあたしは再び小道に戻って歩き出した。

―――残念ながら小道の先、少し開けたところで厄介事は続いてた。

 整えられた芝生に倒れている人影A。その近くで、力なくしゃがみ込んでいる人影B。

「……そんな、こんなことで―――誰だっ!」

 人影Bが地面に向かってぶつぶつ呟いているのをいいことに、回れ右しようとしたら、何故か気配を察知された。
 機敏に反応した人影Bは、あたしの首に何かを突きつけている。月光にきらりと反射するそれが短剣の類だと気付いたら、思わず気が遠くなった。

 おいババア! 舞踏会で命の危険たぁ、どういうことだ!

 とりあえず、全部あの魔法使いのせいにしておこう。その方が気が楽だ。

「……っ、すまない。だが、ここで見たことは内密に」

 あたしよりも頭2つ分は背の高い人影Bは、二十代ぐらいの男だった。着てる服を見れば、まぁ、舞踏会の出席者なんだろうと見当はつく。

 問題はそこじゃない。

 倒れているのは、これまた仕立ての良さそうな服を着た青年。自然とその胸元に目が吸い寄せられた。
 金糸で縫い付けられたのは、この国の紋章。それがどういう意味なのかは、家の中であれやこれやと働いていたあたしにだって分かる。

「……王族」

 ぼそりと呟けば、あたしに短剣を突きつけたままの青年の肩が震えた。
 ちょ、この状態で手を揺らすとかありえないから!

「違う! オレは、大人しそうな令嬢を無理やり引きずって行くのが見えたから、止めようと……」

 狼狽した青年が、頼んでもいないのに状況を説明してくる。
 やめろ。知ったら共犯扱いになるだろ。

 ん、共犯?

「もみ合って、倒れ込んだだけなんだ。まさか、庭石に頭をぶつけるなんて」

 言い募る青年の話を聞き流しながら、あたしは考える。
 いけるか? でも、そもそもこの人の素性が問題か。

「日頃から素行が悪いことで有名とは言え、これでも王族の末席に身を連ねる男。こんな男のせいで、オレの人生―――」
「アンタの名前は?」
「? は、はは……、やっぱり衛兵に突き出すよな。そうだよな」
「いいから、名前。あと身分」
「オレはフェリペ・ルチャル。国境警備の任に就いている騎士だ。報告のために王都に来たが、舞踏会に無理やり上司に出席させられた」

 国境警備か。都からは随分と離れるな。
 一介の騎士なら、それほど身分も高くないだろう。辺境に飛ばされるぐらいなら、尚更だ。この十年、周辺諸国との関係は取り立てて悪くはないし、戦なんて聞いたこともない。
 ……よし、イケる。
 あたしは頭の中でゴーサインを出した。

「とりあえず、物騒なものしまってよ」
「え、あ……すまない」

 フェリペさんはゆっくりと短剣を収めてくれた。うん、気が動転していたとは言っても、見知らぬ女性に対してマズいことをやらかしていた自覚はあるらしい。

「アンタ、独身?」
「え? あぁ。罪に問われても、いない妻には迷惑はかからない。確かにそれは良いことかもな」

 もごもごと呟く後半は、あたしの耳に入っちゃいない。独身か既婚か、それだけが重要だった。まぁ、舞踏会に出席するぐらいだから、独身だろうとは思ったけど、一応確認は必要だ。
 あたしはドレスにそぐわない、斜めがけした鞄の口を開けると、中から忌々しいそれを取り出した。

「この人、死んじゃってんのは確かめたんだよね?」
「あぁ。心臓は動いていない」

 よし、きちんと確かめたのなら問題ないだろう。
 あたしは手にしたそれを振りかぶり、倒れた男の頭目掛けて投げつけた。

カシャーン

 透明な破片が、飛び散る。
 ガラスの靴はあっけなく割れた。

 ……。
 うん、割れた。

 あのババア! 適当なこと言いやがって!
 簡単に割れたじゃねぇか! どんな危ないもの履かせようとしてるんだ! いや、そもそもババアじゃなく、母さんが問題なのか!

「何を―――」

 もう片方の靴は、倒れた男の頭の横に転がしておく。

「フェリペさん。お願いがあるんだけど」
「あ、あぁ……?」

 目の前の展開についていけないのか、呆然としていた青年=フェリペさんがあたしを見下ろした。

「このまま、あたしを連れて帰って」
「え、うぇ?」

 あたしの意図を図りかねたフェリペさんが、変な声を上げた。

 あたしは、自分が商家の娘であること。血の繋がらない家族から使用人同然の扱いを受けていること。今日も無理やり舞踏会に連れて来られたけど、一度もホールに顔を出していないことを口早に説明した。

「で、でも、そんな冷遇されている人が着るようなドレスじゃ――」
「サイズの合わない姉のドレスを着ていたあたしを見かけた親切な人が、着替えさせてくれた」

 すらすらと嘘を並べれば、混乱しきっているフェリペさんは、とりあえず納得した様子を見せた。きっと、冷静な状態では嘘だと看破されたに違いない。

「だ、だが、そもそもどうして、あんなことを―――」

―――苛々が頂点に達してやった。後悔はしていない。
 そんな本音を洩らすわけにはいかない。

「こうしておけば、令嬢に不埒な真似を仕掛けて、不幸な返り討ちに遭ったように見えるよね?」
「オレを助けるために―――?」
「違う。純粋に助けようと思ったわけじゃない。そこは誤解しないで」

 そこまで嘘をつけるほど、あたしの面の皮は厚くない。

「あたしはアンタを利用しようとしてる」

 じっと顔を見上げる。あ、意外と顔は悪くないな、この人。

「アンタにしてもらいたいことは2つだけ。あたしをエスコートして城から出ることと、あたしをアンタの任地まで連れて行くこと」
「任地? って、おい、随分と距離があるぞ」
「構うもんか。ここから離れられるなら、どこだっていい」

 あ、一番大事な要求を伝えそびれた。
 しまったー。
 た、試しに追加してみても、いいよね。

「ホントは、アンタの奥さんにして欲しいんだけど、……ゴメン、そこまで無茶は言えないよね」

 真面目な顔に戻って来ていたのに、ポカンとバカみたいに口を開けられてしまったので、あたしは慌てて撤回した。
 やっぱりちょっと、発想が飛びすぎたな。うん。
 まぁ、国境まで行けば、他の新しい出会いもあるかもしれないし、そこは急がなくてもいいや。

「お前、……名前は」
「――『灰かぶり』」
「それ、名前じゃないだろう」
「あぁ、そうか。親父の再婚からこっち、そんな風にしか呼ばれてないから忘れてた」

 暖炉の灰の始末してたら、髪の毛に灰がかぶって白髪みたいになってたってんで、大姉ちゃんがそう呼んだのが始まりだった。
 いや、のんきに呼んでる場合じゃなくて、灰の始末を怠ると大変なことになるんだよ。
 そんな風にツッコミたかったけど、既に家庭内最底辺の地位を受け入れてたあたしは、反論することはしなかった。

「……で」
「?」
「名前は?」

 えぇと、何だっけ。

「フロル」
「花、か」

 母さんの趣味バリバリの名前だったよね。今思えば。

 ぼんやりとそんなことを思っていたから、フェリペさんの行動を追うことができなかった。
 な、なんでいきなり膝ついてるのこの人……っ!

「花の名を持つ可憐なお嬢さん。もし叶うのなら、オレの妻になっていただけないだろうか」
「……ぇ? ええええぇぇぇぇっ!」

 いけない、あまり大声はまずい。
 足元では相変わらず王族の恥さらしが死んでるんだから。

「えぇと、そんな監視しなくても、あたしを国境まで運んでくれれば、バラしたりしないよ?」
「いや、惚れたんだ。こんな豪気な嫁なら大歓迎だ」

 豪気。それは乙女にとって誉め言葉かな?

「いや、それは、惚れてもらえたなら嬉しいけど、じゃない、死体の前でデリカシーが、じゃなくて、えぇと……」

 やばい、あたしが混乱してどうする。
 しかも顔が熱い。うわぁ。ちょっと待とう。

「そうだな、これの前で求婚するのは勿体無い」

 慌てるあたしとは正反対に立ち直ったフェリペさんが、自然な動作で腰に手を回して来た。

「人ごみに酔ったと言って早めに帰ろうか」
「あ、うん、そうだね」


 うまいこと王都を出るアシを見つけたあたしは、そのままフェリペさんが泊まっている宿へとお持ち帰りされた。あのドレスを換金したかったけど、脱いだ途端に消えてしまったんじゃ仕方がない。ち、ババアめ。
 さらに彼の任地までの道中で、何やかやと口説き倒されて、あれよあれよと言う間に結婚することになってしまった。
 彼いわく、「料理も裁縫もできて、金銭感覚がばっちりで、豪気な共犯者の嫁を逃すはずがない。あとカワイイし。」とのこと。カワイイが後付けのようで気に食わないが、あたしもフェリペさんのことをそう悪く思っているわけじゃない。

「そうなんだ?」
「そうだよ。権力はあり過ぎず、正義感はあって、職業も安定している上に体力も申し分ないし、あとカッコイイ」
「……何か後付けっぽいのが気になるな」
「気にしないで」

 あたしは宥めるように彼にキスをした。

 え、ガラスの靴?
 なんか、王族殺人事件の物証として、舞踏会に出席した女性全員に履かせるとかアホなことしたみたい。
 もちろん該当者が何人も居て、ついでにそこまでしなくとも自業自得だから、ってことで有耶無耶になったと聞いた。

 え、そっちじゃなくて、あの魔法使いのババアのこと?
―――知るか!


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