その3:最近の失恋話に心が乱されること。おそらく、一生分とまでは言わないが、一年分ぐらいの勇気を使って告白した。 後藤くんは、顔こそユジィの指摘通り人並みより劣るぐらいだが、根暗でもなく、人を笑わせようとして冴えないギャグを口にするような、面白い人だった。 彼を気にするようになったきっかけは、また別のことだったけど、彼を観察し、新しい面を見つけるたびに、彼のことが好きになっていった。 ―――だから、告白したのに。 「お前、藤谷にコクられたんだって?」 「げ、後藤ちん、マジで?」 「っていうか、あのコンピュータ、告白なんて機能ついてたんだー」 放課後の教室。聞こえてしまった会話。 「んで、後藤ちん、どうやってフったの?」 「あー……、びっくりして、思わず保留って」 とたんに爆笑が響きわたった。 「すげー、後藤ちん。ドSだわ」 「イエスかノーのコマンド入力待ちのコンピュータに、保留って!」 ゲラゲラと笑う男子の声。 「っつーか、藤谷とか、マジないわー。後藤ちん、かわいそ」 耐えきれなくなった私は、カバンを取りに来たことも忘れて、逃げるように廊下を歩きだした。 こんなことなら、告白するんじゃなかった。 そもそも、変なあだ名で呼ばれないようにしておくんだった。 もっと人目につかないような場所を探しておくんだった。 好きにならなければ良かった? うぅん、それは違う。 もう、いっそのこと、本当にコンピュータだったら良かったのに―――! ![]() 『落ち着いたか?』 「―――うん」 まだグスグスと鼻をならしながら、私は頷いた。 ここへ呼んだエディへの怒り。 色仕掛けを提案するユジィへの怒り。 自分を笑いものにした男子たちへの怒り。 告白を笑われた悲しみ。 親の言いなりで、ひたすら良い子を演じた自分への怒り。 それでも親を悪く言えないもどかしさ。 全てを混乱したままに呻き、泣きながら、それでも全部吐き出したことに爽快感があった。 「ありがとう、ユジィさん。すごく、すっきりしました」 『あぁ、そいつは何よりだ』 肩をすくめるような動きを見せた毛玉は、大きく息をついた。 『それで? これからどうする?』 「ゴドーと砂時計をどうにかして、帰ります」 『どうやって?』 「とりあえず、こっそり近づけないか偵察して、それから考えます。ナイフで実力行使か、説得か、……一応、色仕掛けも視野に入れて」 私がいろいろと吹っ切れたのが分かったのだろう。ユジィは反論もせずに『おうよ』と頷いてくれた。 生徒手帳、ナイフ、ハンカチをポケットにしまう。 『それ、羽織ってけや』 ユジィの勧めに従って、エディさんのマントを借りる。さすがに大きくて、顔も隠れるぐらいの有様だったが、かえって好都合だとユジィは頷いた。 『最初からイイ女だと分かってるより、間近で、女! しかもカワイイ!ってなった方が、より相手の懐に飛び込めるってもんだろ』 よく分からない理屈だったが、まぁ、ユジィの言うことに従うことにした。 ―――太陽は、ここでも変わらず照っていた。思ったよりも日差しが強くて、姿を隠す目的がなくても、マントは必要だったと思う。 おそらく、時間が止まったのは本当に突然だったんだろう。怯えた表情の石像が、そこかしこに立っている。自分を見下ろして嘆く人、何かから逃げようとする人、それは、昨日の一瞬を切り取っていた。 『エディは、いち早く気がついて防御の魔術を行使したんだ。それでも、一日しか保たなかった』 悔しそうに話すユジィを、そっと撫でる。 「……うん、頑張りましょう」 私は、ユジィに先行してもらいながら、聖遺物が納められていたという神殿を目指した。 『そろそろ見えて―――あぁ、あれだ』 神殿と言うからには、それこそアテネのパルテノン神殿のようなものを想像していたのだけど、それは見事に裏切られた。 丘の上、等間隔で植えられた常緑樹の間に、丸太を3本組み合わせただけの粗末な門が見える。 『あの門の向こうに、……見えるはずだったんだけどなぁ』 門の内側には、大小様々な異形の獣が闊歩していた。 深緑の毛並みのライオン……かと思えば、下半身は鱗に覆われていたり、トカゲのような顔のゴリラがいたり、無数のカエルが寄り集まって鳥の形をしていたり…… 「あれ……?」 『どうした?』 私は、とうていあり得ない異形の獣、魔獣たちをどこかで見たことがあるような気がして、首を傾げた。 (でも、名前が出てくるわけじゃないから、動物園とか図鑑じゃない、……というか、実在するわけないし) 『おい、隠れろ!』 ユジィの言葉に、私は慌てて横道に入った。ほどなく、地響きのような足音とともに、魔獣が近づいてくるのが分かった。 呼吸すらはばかられるような緊張の中、様子を伺うユジィの隣で、再び記憶を揺り起こした。 (どこで見たんだろう。うん、「見た」はずなんだよ……) あのライオンもどきも、トカゲ頭のゴリラも、カエルでできた鳥も、……他にも、首が細くて長いワニとか、頭と背中にチンアナゴが生えたサンショウウオとか、鶏のような細い足を持ったティラノサウルスとか、どこかグロテスクな印象を受ける獣たちが居たはずだ。 ズシン、ズシン、と足音が遠ざかったのを確認して、私は隣のユジィに小声で問いかけた。 「どんな魔獣でした?」 『―――どんな? 足だけ折れそうに細い、巨大な爬虫類だったが』 やっぱり、と分からないながらも思う。 私は、見たことがあるんだ。 コケ――――ッ 突然聞こえた怪声に、私は体を震わせた。 『くそ、見つかっちまった! 逃げるぞ! ―――おい?』 私は怪声の主、ニワトリ頭のプテラノドンを呆然と見つめていた。ユジィに声を掛けられて我に返ったものの、既に怪鳥の爪が目の前に迫っていた。 『危ない!』 ユジィの声は遠く、私はプテラもどきに肩を掴まれ、空高く舞い上がっていた。 胃がひっくり返るほどの重力と、目を開けるのもためらうほどの風圧の果て、私は地上から何メートルあるか分からないぐらいの高さを運ばれていた。 (何、で、痛くないの) プテラもどきの爪は鋭く輝き、私の肩に突き刺さっているように見える。だが、私に痛みはない。 (もしかして、時間停止に巻き込まれないのと同じ理屈、なのかな?) その理屈なら、ここで爪を振りほどいて落下しても無事ということになりそうだが、とても試す勇気はなかった。今の景色だけで、お腹の奥がすぅっと冷える心持ちなのに、自由落下とか考えたくはない。 (腹を、決めないと) ぐんぐんと神殿は近づいてくる。ぐるりと円形に植えられた木の中央に、上下を切り離されて無残に転がる砂時計が見えた。たぶん、あれが聖遺物とやらなんだろう。そして、その傍らに、モスグリーンの長衣を着た人間らしき人影が見える。大小様々な魔獣達の中で、一人だけ見慣れた姿形だからか、すぐに見つけることができた。 (説得か、ナイフか、―――色仕掛けか?) とりあえず、風圧に負けてはためくマントを掴み、自分の姿を精一杯隠す。 「―――っ!」 突然、急降下されて、口から心臓が飛び出るほど驚いた。何とか、悲鳴だけは飲み込んだけれど、心臓の音はバクバクとうるさい。 ジェットコースターもほとんど乗ったことのない私だけれど、こんな経験をしてしまったら、普通のジェットーコースターはきっとつまらなく感じてしまうだろう。 などと考えていたら、物凄い速さで地面が近づいて来た。 (ぶつかる―――!) 私の心配をよそに、ふわり、と直前で低空飛行したプテラもどきは、私の身体を放り出すと、ゴドーと思しき人影の前に着陸した。 私はと言えば、着地に失敗して派手に転んでいた。 「何があった? それは何?」 その声に、耳を疑った。 おそらくゴドーの声なのだろうが、後藤くんと良く似ている。骨格が似ていると声も似ると聞いたことがあるけれど、今、この声は聞きたくなかった。 昨日のことを思い出し、つきり、と肺のあたりが軋む。 (平常心、平常心) そうだ、コンピュータなんて呼ばれる私だもの。冷静になるんだ。 私は自分の身体をさりげなくマントに包み直しながら立ち上がった。 「まさか、人間か?」 動ける人間などいないはずだ、とゴドーが私に近づいて来た。 (説得か、ナイフか、色仕掛けか、……どれ?) さっきの急降下の衝撃が残っているのか、呼吸が乱れて心臓がうるさい。膝もカクカクしそうになるのを必死に押さえている有様だ。 (コンピュータなんて、なれるわけないし!) 追い詰められた私の選択は、混乱した頭でも何とかなりそうな、ナイフだった。 マントの中でポケットに忍ばせたナイフを握り締め、ゴドーが近づいて来るのを待つ。 (顔は見ない。お腹か腕あたりを狙う) 呼吸を力づくで整えて、ただ、待つ。 「お前、……なんで動けるんだ?」 問いかけながら、ゴドーはすたすたと私に近寄って来る。 ゴドーの手が、私の羽織ったマントに伸びて――― (今だっ!) ガラ空きのわき腹めがけて、私はナイフを突き出した。 ドンッ! 「!」 その衝撃に、私は言葉を失った。 | |
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