TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 49.それは、備忘録だったのです。


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9月1×日
世話をしている狼のことについて、ちゃんと管理記録を付けようと思い立つ。
とりあえず、以下は今までの備忘録

5月下旬
兎、試験で難儀している狼に筆記用具を貸す。
最初に狼に認識されたのはこの時らしい

6月中旬
公園でけがをした狼に遭遇。迎えの連絡をし、到着まで一緒に待つ。

7月1×日
狼の世話係に着任。初日から膝枕。

7月2×日
狼がけがをして帰って来る。打ち身と裂傷。

7月2×日
兎、風呂上りの狼に遭遇。びっくりした。

7月2×日
VIPルームに狼と狐が来る。結局、楽しめたんだろうか。

7月2×日
兎、狼の巣に同居することになる。
ゴーヤのおかか和えを食べていた。ゴーヤは嫌いじゃない?

8月×日
狐に呼ばれたら暴れまわる狼と、マムシに会う。
狼の強さを改めて認識。何人倒したのか。数えるのも怖い。しかも武器は使ってなかったっぽい。強さが意味不明。

8月1×日
下校時に狼の後ろにのっけてもらう。怖かった。
法定速度を守っているのか、要確認事項。
梨を剥いたそばから食べられた。

8月1×日
兎がニシキヘビに拉致される。狼が助ける。
狼に本当に感謝。どれだけ感謝しても足りない。
ニシキヘビとマムシの間に立つとか、今考えただけで悪寒が走る。もう勘弁して欲しい。

8月2×日
兎の墓参り。おじいちゃんは狼が好きじゃないらしい。
アナコンダとチワワに電話越しだけど初めて会う。外見すごい。

9月×日
アナコンダとチワワの住処に兎と狼が訪問。
アナコンダは蛇だった。
アナコンダ嫁の妊娠発覚。もう少しいろいろと自重して欲しい。

9月×日
兎、呼び出しされる。狼が意外と人気ものだと判明。

9月1×日
兎と狼、月見をする。狼、月見団子を瞬殺。
この日、狼が少し落ち込んだ様子だったのは、マムシにいじめられたのか?

以上、本日までの備忘録まとめ。思い出したら順次情報追加予定。


改めて本日。
兎、狼にクッキーを作る。クッキーも瞬殺。甘い物が好きなのか?

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9月1×日
狼、ドライフルーツ入りのパウンドケーキは好きでないらしい。やたらと兎に食わせてくる。
逆に抹茶味は自分で食べていた。こっちの方が好き?

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9月2×日
狼、腕を腫らして帰る。他にも痣多数。塗り薬を嫌がるので、湿布のみ。

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9月2×日
簡易キッチンの戸棚にプロテイン発見。狼のもの? バナナ味。

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9月2×日
兎、狼のことで猫に怒られる。
狼係認定。

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9月2×日
兎、夜中に目を覚まして狼に怒られる。
狼は夜中に足音を忍ばせるとかえって目が覚める奇特な性質らしい。

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9月2×日
狼が食事中に渋い顔をしていた。原因は蕪と柿の酢の物?

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9月3×日
猫が兎の裁縫の腕を褒める。
兎、狐に騙されてマムシの前に。

今日も風呂上りには水滴だらけ。床を拭くのが大変。狼はちゃんと水気を拭うつもりはあるんだろうか。何か抜本的な対策を練らないと。

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10月×日
狼に兎の嘘がばれる。怒った狼は怖かった。

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10月×日
狼と兎、仲直り。猫の貸してくれたカチューシャを狼が気に入る。

狐がウサギのカチューシャを買ってくる。狼の指示らしい。
さらに狐がバニースーツ一式を勧めてくる。セクハラで慰謝料取れるか?

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10月×日
兎、ストーカーから狼に助けられる。
なぜかその報酬は耳かき。しかもお腹を揉んできた。
お腹の贅肉が好き? 狼はデブ専なんだろうか。

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10月×日
アルコールフリーのビールの空き缶をキッチンにて発見。
狐が飲んだのか、それとも狼が飲んだのか?

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10月1×日
兎、シロクマに襲われる。狼に助けられる。
トイプードルや柴犬も乱闘に参戦。
トイプードルはお盆に会ったときと変わらなかったけど、今度は味方だった。
柴犬は9月はじめに遭遇済。相変わらずピアスじゃらじゃら。

狼と兎、屋上で一緒する。

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10月1×日
兎が狼に土産をねだられる。泡盛、シーサー、ウミブドウ、サーターアンダギー。やっぱり甘いもの好き?

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10月1×日
リクライニングソファで寝ていた狼が寝言。「オレのだ触んじゃねぇ壊れる」夢の中で模型でも作っていたのか?


「んー……、もっと細かく記録するべきなのでしょうか。でも、毎食のおかずまで記録するのは面倒ですしねぇ」

 勉強中に集中力が切れてしまった私は、スマホでぽちぽちと打っていた備忘録を読み返していました。
 まだまだ情報が足りないのです。
 もっと業務日報みたいに定型のフォーマットを作って、事細かにメモをしていった方がよいのでしょうか。破格の時給であることに変わりはないのですから、そこまでしても良いですよね。

コンコン

「はい」
「喉乾いた」
「はい、ちょっと待っててください」

 私は机の上にノートを広げたまま立ち上がります。ちょっと休憩入れたら、また再開しましょう。

「勉強中だったのか」
「あ、大丈夫ですよ。ちょうど少し集中切れたところでしたから」

 ドアの前で立っていたトキくんは、私の頭越しに部屋の中を見たみたいです。……あれ、ここ、プライバシーの侵害ですって怒ってよいことなのでしょうか?

「何か、飲みたいものありますか?」
「カフェイン」
「……そのまま摂取したらまずいのですよ? お茶とコーヒーだったらどちらが良いですか?」

 カフェインて、致死量どのぐらいでしたっけ、なんてブラックなことを考えながら茶化して尋ねると、目を細めてこちらを睨みつけるトキくんに気がつきました。怖いです。

「アンタはどっちがいい?」
「はい?」
「お茶とコーヒー」
「えぇと、コーヒー、でしょうか? 先日、徳益さんが新しいコーヒー豆を持って来てくれましたので、ちょっと気になっていたのですよ。……えっと、何コーヒーでしたっけ」
「コナだろ。ハワイコナ」
「あ、そうでした。最初、『粉』だと思って、『粉』なのに『豆』ってどういうことなんでしょう、って不思議だったのです」

 初めて聞いたコーヒーの種類だったものですから、ちょっと戸惑ってしまったのですよ。でも、音が同じだからよくある間違い、ですよね?

 あれ、珍しい。なんだかトキくんが口元を押さえて震えています。……って!

「もう! 笑うのなら、堪えずに笑ってくれてかまいませんよ?」

 途端にトキくんが「ぶはっ」と吹き出しました。
 自分でもおかしい勘違いだと思っているのですから、笑ってくれた方がこっちも気が楽なのですよ。

「アンタ、それハヤトの前で言うなよ?」
「どうしてですか?」
「アイツ、コーヒー党だからな。アンタがカフェでバイトしてるから、たいていのものは分かるだろうって最近、色々と持って来るが、コナコーヒー知らねぇって分かったら、これ没収されるわ」
「え? そんなに有名なコーヒーなのですか?」
「そうだ。ついでに高い。だから下手なこと言うなよ?」

 それは知りませんでした。あとで『コナコーヒー』で検索をかけてみましょう。
 それにしても、もし美味しかったらカフェ・ゾンダーリングの店長に、メニュー導入をお願いしようと思っていたのに、それならダメなのです。

「オレが豆挽いてやる」
「あ、ありがとうございます」
「元々、オレが頼んだんだしな。別に構わねぇ」

 うーむ、もしかして豆を挽くのが嫌いなのを見抜かれているのでしょうか。最初は楽しかったのですけど、正直、面倒だなと思うことが多いのです。きっと挽きたての方が美味しいのでしょうけど、残念ながら私の舌はそこまで繊細ではないので。

 ゴリゴリという音をバックに、私はお湯を沸かしたり、カップを出したり、ドリップの準備をしたりします。

「ミオ、ネルの方だ」

 ゴリゴリやってるトキくんから指示が出ました。
 紙のフィルターではだめですか。そうですか。
 あの折り折りするのが好きなのですけど。
 そんなことを思いながら、出していたドリッパーを片づけて冷蔵庫を開けます。小さいタッパーからネルドリッパーを取り出して、あれ、前回煮沸したのいつでしたっけ? まぁ、ぬめりもないし大丈夫でしょう。
 コーヒーセーバーもお湯であたため、ぬるま湯で軽くすすいで水気をきったネルドリッパーを設置しました。

「トキくん、こっちは準備できました」
「おう」

 どうやら挽き終わっていたみたいで、トキくんがドリッパーに挽きたての粉をざらっと入れます。
 私はドリッパーをかるく揺らして表面を平らにすると、ポット片手に「よし」と気合を入れました。
 まずは少しのお湯で粉を蒸らして三十秒。ふわりとコーヒーのよい香りが広がります。
 そして、本格的にお湯を注ぐのです。くるくると円を描くように、内から外へ、外から内へ。表面がぽこりと盛り上がったら、ちょっと落ちるのを待って、再びくるくると。

「アンタ、ほんっとにコーヒー淹れる時はイイ顔するよな」
「はい?」

 二人分のコーヒーを無事に淹れ終わった私に、トキくんがそんなふうに声をかけてきました。

「自覚ねぇの?」
「そんなに妙な顔をしているのですか?」

 あれ、なんだか呆れた表情なのです。

「蒸らしてる時は、時計と見比べて、やたらと緩んだ顔してるし」

 うぐ、そんなに締まりのない表情なのですか。でも、蒸らしている時が一番好きなのです。コーヒーの香りがいっぱいに広がっていくのって、楽しくないですか?

「お湯注いでるときは、真剣そのもので、むしろこっちが笑いそうになる」
「人が真剣にコーヒー淹れているのに、笑うのですか?」
「アンタがまじめ過ぎんだ」

 だって、お湯を少しずつ連続して注ぐのって難しくないですか? 傾ける角度で、どばっと出てしまうこともありますし、少なすぎて注ぎ口から伝い落ちてしまうこともありますし、加減が命なのですよ?

 いかに難しくて気を遣う作業なのか滔々と語ってみたら、また笑われてしまったのです。釈然としません。

「……トキくんも、お勉強中だったのですか?」

 リビングのテーブルには、何やらノートとプリントのたくさん挟まったファイルが乗っかっていました。

「危険物取扱者試験、甲種?」

 ファイルの背表紙にはそんなタイトルがきれいにラべリングされていました。トキくんがそんな几帳面なことはしないと思うので、職場で共有しているファイルなのでしょう。

「あぁ、ようやく受験資格を満たしたからな」

 これは、深く尋ねてみるべきなのでしょうか。狼のお世話に関する備忘録に不足を感じたわけですし、本当は詳しく聞き出してみたほうが良いのでしょう。
 ですが、これは狼のお世話に直接関係ない気がします! 聞いたところで藪をつつくだけの気がするので、スルーしましょう!
 ちなみに、後で調べてみたら、甲種ってその下位の乙種資格をとってから二年の実務とか、一定の大学を出るとかそんな感じでないと受験できないみたいでした。本当に謎なのです。

「アンタは何勉強してたんだ?」
「日本史の復習をしていたのです。中間テストも控えてますし」

 はぁ、とため息が漏れてしまいました。

「アンタ、日本史嫌いなのか?」
「そこまで嫌いではないのですけど、担任の瀬田先生の担当教科ですし、悪い点は取りたくないのです」

 そんな理由で安土桃山時代から江戸時代あたりの復習を、ノート作りをしながらやっていたのですけど……。

「何度か、耐えがたい睡魔に襲われまして、気づいたらノートに不思議な誤字が踊っていたのですよ」
「へぇ、どんな?」

 深く突っ込んで尋ねて来たトキくんに、『太閤検地』が『太閤検事』になってたりとか、『天保の大飢饉』が『享保の大飢饉』になっていたりとか、あまつさえ『下剋上』が『下剋城』になっていた話をすると、思い切り笑われてしまいました。

「下剋上が、城って……!」
「眠かっただけなのですよ。ちゃんと分かっているのですよ?」

 そこまで笑わなくてもいいではないですか。全部睡魔のせいなのですよ!

「アンタ、ほんっとに面白ぇなぁ」
「褒められている気がしないのです」

 あと、容赦なく頭をわしわしっと撫でられると、首がもげそうなので、もう少し力の加減をお願いします。



【おまけ】~数時間後~

トキ「なんだ? ゴミか?」
ミオ「わわわっ、捨てないで欲しいのです」(がしっ)
トキ「さっきのコーヒーカスだろ?」
ミオ「まだ使えるのですよ」
トキ「そんな出し殻飲む気か?」
ミオ「いくら私でも飲まないのですよ! 何だと思っているのですか」
トキ「じゃ、ゴミだろ」
ミオ(再びがしっとしがみつく)「ですから、捨てないで欲しいのですっ」
トキ(小動物がジャレてんな)「こんなカスどうすんだよ」
ミオ「消臭剤にするのです?」
トキ「はぁ?」
ミオ「消臭剤になるのですよ!」
トキ「貧乏臭ぇな、消臭剤ぐらい買えよ」
ミオ「失礼なのです。そこまで臭わないのですよ、……たぶん」
トキ「あぁ? どこに置く気だよ」
ミオ「わ、私の部屋なのです」
トキ「空気清浄器あんだろうが」
ミオ(ぐっ、袋ラーメンとかご飯の匂いを消したいとか言えない)「こ、こういうのは鰯の頭も信心からなのですよ!」

ミオ、乾かしておいたコーヒーカスを回収し自室に戻る。

トキ「……なんだ、ありゃ」

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