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 特産品のコンボと彼女の笑顔


 荷物を背負って雪山を歩きながら、出所不明な憤りを感じる。
(まったく、我ながら何をやっているんでしょうね)
 軍務でフェンデルに赴くこととなり、そのついでに渡せばいいと思っていたこの荷物は、無駄にかさばるし、柔らかいので取り扱いに注意しなければならない。
(あぁ、ここまで寒ければ、凍っているかもしれません)
 彼女ともフェンデルで会えるだろうと思っていたのに、とんだ肩すかしをくらってしまった。
 事前に連絡をとっておけば良かったが、驚いた顔が見たいと思ったのがいけなかったのか。
「まったく、タイミングが、悪いにも、程が、あるでしょう、ね!」
 弾む呼吸のまま、悪態をつくも、どうにも格好がつかない。まったく、あの人が絡むと、どうしてこうなってしまうんだろう。
(―――それにしても)
「遠い!」
 ようやく見えた転移門に、疲労と安堵と苛立ちを混ぜ込んで怒鳴りつける。
 転移する前に、大きく深呼吸して息を、胸を落ち着ける。
 小さく拳を握りしめ、一歩足を踏み出した。

「あら、誰かと思えば……」
 目的の家の前で、彼女の「お姉ちゃん」と遭遇してしまった。
 理由は考えたくないが、マリクとこの人は、僕を見るたびにニヤニヤと笑みを浮かべる。まったく腹立たしいことだ。
「ふふーん、パスカルに用事かしら?」
 そう問いかける彼女の顔に「わざわざここまで?」と書いてある。本当に腹立たしいことだ。
「えぇ、軍務でフェンデルまで来ましたので、そのついでです。―――何か?」
 メガネを押し上げ、軽く睨みつける。
「うぅん? 別にー?」
 彼女は口元をほころばせると、くるり、と前に立って彼女の家のドアを叩いた。
「パスカルー?」
「ん、お姉ちゃん? なにー?」
 突き抜けるような明るい声に、心臓がざわめいた。前に会ったのはいつだっただろうか。旅をしている時は毎日のように声を聞いていたというのに、少し離れただけでこの有様だ。もう少し平静を保てないものかと自分が情けなくなる。
 そんなことを考えていたからだろう、いきなり腕を引っ張られ、体勢を崩された。
「じゃ、ごゆっくりー」
 弾んだ声で尻を蹴られる。勢いを殺しきれず、彼女の家へと転ぶように足を踏み入れてしまった。
(まったく、何をするんで……)
 思考が止まる。
 目の前にパスカルさんがいた。
 家の中は、いつもどおり雑然としていて足の踏み場を探すような有様だ。
 部屋の真ん中に、人ぐらいの大きさの何かを組み立てているパスカルさんが、その大きい目をまん丸にして僕の方を見ていた。
「ヒュー、くん?」

―――!

 一瞬、頭が真っ白になった。
 工具片手にしゃがんでいたパスカルさんが、
 こっちを振り向いて上目遣いになったパスカルさんが、
 小首を傾げたパスカルさんが、

 名前を呼んだ。それだけなのに。

「ひ、久しぶりですね。お元気でしたか」
「うん、元気元気~。でも、ヒューくんてばどしたのー? っていうか、お姉ちゃんは?」
「僕を蹴りいれてどこかに行ってしまいましたよ」
「えぇ~? ひどいなお姉ちゃんてば。せっかくヒューくんに内緒にしてたのにさー」
 内緒、と言われて、まじまじと製作途中のソレを見る。
「……これは」
「ソフィがね、『ヒューバートも作ってあげて。アスベルとお揃いがいい』なんて言うからさ~」
 そこに立っていたのはメカアスベルならぬ、メカヒューバートだった。
「なかなかヒューくんらしさが出ないんだよねー。……やっぱ、ヒューくんとこの子を並べて、どっちが本物でしょーか?なんてやりたいんだけど、ねぇ、どこが違うんだと思う?」
 そんなことをいきなり言われても、と作りかけの自分(?)を見つめる。
『こういうときは、パスカルさんのことを好きな僕は1人で十分です、で決まりだな!』
 マリクの幻聴が聞こえた。
 バカな。そんなことを口にできるわけがない。
「他の人から見た僕のイメージなんて、僕自身が答えられるわけがないでしょう」
「そっか~、ざんねん。でも、言われてみればそーだよねー」
 あーあ、と手にした工具をポイっと無造作に投げると、不思議とそれは少し離れた工具箱に乗っかった。
(まさか、いつもそうやって片付けているのか?)
 疑惑を口に出そうか悩んでいると、いつの間にかパスカルさんが目の前に立っていた。
「んで、ヒューくんは、どうしてここまで? 通信機が壊れちゃった、とか?」
 直すよー、と無邪気な表情で、何故か両手をわきわきさせる彼女に、僕は大きくため息をついた。
「軍務でフェンデルに来るので、お土産を持って来たんですよ。まったく、こっちにいるとは思いませんでした」
 背負っていた荷物を下ろすと、その中から包みを取り出す。
「くんくん、この匂いは、もしかして……?」
 犬ですか、とツッコミたくなる気持ちをぐっとこらえる。
「やっぱり! ストラタバナナだー!」
 両手を挙げてはしゃぐ彼女に、こちらも思わず笑みがこぼれる。
「いやー、丁度おなか空いてたんだよねー。前に食事したのもいつだったっけ」
 と、ためらいもなくバナナを剥こうとした手を、慌てて止めた。
「ちょっと待ってください」
「えー? くれるんじゃないのー?」
「忘れたんですか? 以前あなたが『チョコと一緒に食べたらもっとおいしいかも』と言ったから、わざわざ持って来たんですよ」
「お、そうだったー! チョコでコーティングしてみたらもっと美味しいと思ったんだよねー」
 それなら、味を比較するために、素材そのままを味わわないと、とやはりパクリとバナナに食いついてしまった。
「やっぱ、おいしいよねー。……ねぇ、ヒューくんも、バナナチョコ試していくよね? あ、チョコバナナの方が語呂がいいかなぁ?」
 満面の笑みを浮かべる彼女に、こちらも頬の筋肉が緩みっぱなしになってしまう。
「ここまで来たんですから、そのつもりです。あぁ、味を比較するために、りんごやぶどうなんかも持って来ていますよ」
「お、ヒューくんやる気だね? よぉっし、チョコバナナにチョコりんご、チョコぶどうも早速試そうよ!」
 甘いものはそんなに得意ではないけれど、彼女と二人きりで味見をしていくのは悪くない。きっとパスカルさんのことだ、ほっぺたにチョコをつけたりして、一生懸命食べるんだろう。それなら僕は―――

「あ、お姉ちゃんも呼んでくるね。こーゆーのは人数多い方が色々な意見も聞けるし!」

 無邪気なそのセリフに、思わずガクリと膝をつきそうになった。
 だけど、まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしい。
(仕方がありませんね)
 惚れた弱みというやつだろう、素敵な笑顔を浮かべっぱなしの彼女の表情を曇らせることはしたくない。
 僕は、涙をこらえてニヤニヤされる覚悟を決めた。
2年ぐらい前に書いた没SS。
依頼主からラブ度が足りないとダメ出しをくらったので1から書き直しました。
個人的にはこのカップルは周囲からニヨニヨされてナンボだと思っているんだけどなぁ。見解の不一致ってヤツです。


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