14.花嫁は不可抗力に弄ばれる「―――怖かったんだろ?」その言葉は、不思議とユーディリアの心の中に、素直に沁み込んでいった。 よくある言葉なのに、彼の口から飛び出すだけで、『王族の心得』で作り上げた壁を壊してしまう。 「……こ」 「こ?」 「怖くなかったわけがないじゃないですか。殺されるだけならまだしも、あの泥棒さんは、わたしをいたぶるように、ドレスだけを切り裂いたんですよ? わたし、……何されるか、あそこで、あの泥棒さんが油断してくれてなかったら―――」 ぼろぼろと涙をこぼすユーディリアの頭を、リカッロは優しく撫でた。 「……まるで、子供扱いされているようですわ。たった六歳しか変わりませんのに」 「阿呆。不自由なく城で育ったお前と、戦場で何度も指揮をとっているオレとじゃ、たとえ同じ年齢だったとしても経験が違い過ぎる」 「……そういうものなのでしょうか」 不思議そうに見上げてくるユーディリアがようやく落ち着いてきたと知ると、リカッロは指で乱暴に残った涙を拭った。 「ケガは、なかったんだろうな?」 「……えぇ、たぶん」 明るい場所できちんと確認したわけではないが、痛みもないし大丈夫だろうと思っていたユーディリアは、突然、体を引き離され、びっくりしてリカッロを見上げた 「見せてみろ」 「え、や、だめです!」 慌てて服を押さえようとするユーディリアの行動は予想通りだったのだろう。リカッロは難なく彼女の両手首を掴んだ。 「自分で確かめます、から、やめてください!」 両腕を封じられたユーディリアの襟元からウエストにかけて裂かれたドレスは、Vの字に彼女自身の白い肌を覗かせていた。 「うるせぇ、抵抗すんな」 両手を頭の上で一つにまとめ、片手で押さえ込もうとしたリカッロだったが、ユーディリアの抵抗に遭い、容易にはできなかった。 「抵抗しま、す! 言いたいことがあれば、言うようにおっしゃったのは、リカッロ殿下ではないですか!」 再び目尻に涙をためて、ぷるぷると震える腕に力を込めるユーディリアは、顔を真っ赤にしてリカッロを睨みつけた。 「あー、いい顔になったじゃねぇか。―――でもな」 両手首を掴んだまま、前後に揺さぶりをかけたリカッロは体勢を崩したユーディリアと場所を交換すると、そのまま扉にユーディリアを押し付ける。 「オレに逆らえると思うなよ?」 額を突き合わせるように顔を近づけ、からかうような笑みを浮かべると、リカッロは腰をかがめた。 「い、やっ!」 ユーディリアの悲鳴を無視し、リカッロの顔が首筋へと降り、そして間近でその白く滑らかな肌を凝視したまま、胸元へと移っていく。リカッロの吐息が肌をなぞる感触に、ユーディリアの肌が羞恥に赤く染まった。 「……傷はないみたいだな」 折っていた膝を伸ばし、立ち上がったリカッロは、今にも泣きだしそうなユーディリアを見て、呆れたように笑った。そして、掴みっぱなしだった手首を解放する。 「悪いな、赤くなっちまった。―――なんだ?」 とにかく離れろとばかりに両手でぐぐーっと押されたリカッロは抵抗もせず、二、三歩後ろに下がる。 「寝間着に着替えるだけです」 キッと睨みつけるようにリカッロを見上げたユーディリアは、チェストの方へと歩き出し…… 「ひゃっ!」 背中を見せた途端、後ろから抱きしめられた。 「何をなさるんですか。……放してください」 「……あ~、やべぇな」 弱り切った声を出したリカッロに、とにかく早く寝間着に着替えたかったユーディリアは、動揺するまいと二度三度と深呼吸をしてから、「何かあったんですか?」と尋ねた。 「あぁ、ちょっとな……。どうすっかなぁ」 腕を振り払おうにも、がっしりと力を入れられていてピクリともしない。将軍に頼もうかと思って室内に目を遣ると何事かをヒソヒソと話している将軍とベリンダ、そしてその足元にリッキーがいるのを見つけた。 向こうもこちらが見ていることに気付いたのだろう、将軍とベリンダが顔を見合わせて発言を譲り合っているようだった。 「まぁ、それでもいいっちゃ、いいのか?」 ぶつくさと何かを悩んでいる様子のリカッロを無視し、口の動きだけで将軍とベリンダの名前を呼ぶと、ジャンケンで負けた将軍が声をかけてきた。 『あー、悪いがな、その問題はお前自身が解決するしかない。儂らの助太刀は当てにせんでくれ』 いつも余裕綽々の将軍には似つかわしくない、非常に歯切れの悪い口調でそう言うと、リッキーの首根っこをむんず、と掴んだ。 『まぁ、代わりと言ってはなんだが、儂らは消えておこう』 言うなりベリンダも一緒に、すぅっとその姿が霧のように消えてなくなった。 (ちょ、ちょっと、どういうことよ……) かつてない三人の行動に、ユーディリアは口をぽかんと開けて、ついさっきまで三人がいた場所を見つめていた。 「―――悪いな、やっぱ押さえられそうにねぇわ」 耳元でリカッロの諦めたような声が聞こえた瞬間、足払いをかけられた感触とともに、ユーディリアの身体が、ふわり、と浮き上がった。 「きゃぁっ」 いわゆるお姫様抱っこの体勢になったユーディリアは、開きかけたドレスの前を慌てて合わせ直した。 リカッロはそんなユーディリアの慌てぶりに気を留めることもなく、寝台へと彼女を運び、やや乱暴な手つきでごろり、と転がした。 「まぁ、よく考えたら、お前も覚悟があるとかどうとか言ってたし、大丈夫だろ?」 慌てて上半身を起こしたユーディリアだったが、目の前にどこか興奮している様子のリカッロの瞳の輝きをみて、身をすくませた。 (何、を、言ってるの……) 何をおいても味方だと思っていた三人に逃げられたショックから立ち直れず、リカッロが何をしようとしているのさえ、理解ができない。 「……お前、初めてだよなぁ。まぁ、できるだけ気を遣ってやるから、そう怖がるな」 リカッロは、ぺたりと寝台に座り込んでいる彼女の肩に手をかける。ドレスの肩口をぐいっとずり降ろされそうになり、ユーディリアは慌てて両手でそれを押しとどめた。 そこで、ようやく、リカッロが何をしようとしているのか合点がいく。 「あ、あなた、こんな時になにを―――」 震える反論の言葉を無理やり唇で塞がれ、ユーディリアは湿った呻き声を洩らした。逃れようにも頭を後ろから押さえられていて、身動きがとれない。 「ふ、んんんっ」 力をどう込めようが、リカッロは唇を離す気配がない。じたばたともがくユーディリアが酸欠になって抵抗が薄れた頃に、ようやく唇を解放した。 酸素を求め喘ぐ唇が、リカッロの名前を呼び、その潤んだ瞳が彼を弱々しく睨みつけるのを目にして、リカッロの黒い瞳にギラリと炎が燃え上がる。 「―――噛むなよ」 そう囁くと、酸素を求めていた口が再び塞がれた。 「……んっ!」 開いていた口から、熱く濡れたものが差し込まれる。驚愕に目をぎゅっと閉じたユーディリアだが、差し込まれたものが舌だと分かると、自らの舌でリカッロの舌を押し返す。 すると、その反応に気を良くしたのか、リカッロは舌を引きざま、ユーディリアの舌を軽く吸った。 「な、にを、なさるんですかっっ!」 狼狽しきったユーディリアに、リカッロは余裕の笑みさえ浮かべて答える。 「セクリアに攻め入ってからこっち、自覚はなかったが、相当たまってたみたいでな。部下どもと同じように城下で発散するわけにもいかねぇし。……ちょうどいいとこに、ちょうどいい嫁がいるのを思い出したのさ」 「ちょうどいい……って」 わなわなと唇を震わせるユーディリア。 「もう少し落ち着くまで自制できる自信もあったんだが、まぁ、あれだけ近くに女の肌身を感じたら、なぁ?」 まるでいたずら小僧が企みを暴露するような気安さで、とんでもないことを口にしたリカッロ。ユーディリアは肩までずり下がったドレスを引き上げようとして、あっさり阻まれた。 「まぁ、お前も最初から覚悟はあったようだし、予定は狂ったが、もう大丈夫だろう? あぁ、心配するな。あの元王子よりは上手い自信がある」 リカッロはのけぞったユーディリアの首元に唇を押し付け、強く吸う。鉄錆色の短い髪がユーディリアの首筋をくすぐり、彼女は身をよじらせた。 (大丈夫、大丈夫って何が?) 嫁入り前は、ハルベルトに抱かれる覚悟はあったはずだ。その相手がリカッロに変わり、無理やりそういうことをされるかもしれない、という不安は常にあった。 一夜目を回避したことで、気の緩みがあったのもまた、否定できない。けれど、寝所をともにしていることもあり、傍目に見て、ユーディリアは既にキズモノにはなっている。 結局のところ、逃げる手段など、とうにない。逃げるに足る理由もない。それが分かっていたからこそ、将軍やベリンダがリッキーを連れて姿を消したのだろう。道徳的な配慮というやつか。 青黒くなっていた右肩のあざに唇を押し当てていたリカッロは、相手の力が緩んだのに気づき、「納得したか?」と尋ねてきた。 「……えぇ、抵抗しても意味がないということは」 そのセリフに満足げな笑みを浮かべたリカッロは、引き裂かれたドレスを引きずりおろし、ユーディリアの白い裸身を露わにした。 | |
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