第1話.ハンターというお仕事5.エレーラつながりの再会翌朝、怪盗エレーラ・ド・シンの予告状が町長の家で発見された。 『今晩、月が高く昇る頃、貴宅のスタールビーを頂きに参ります。 怪盗エレーラ・ド・シン』
「ほぉら、私の予想、大当たりぃ!」 と、意気揚々とディアナがリジィと共に町長の家へ向かったのは、昼をかなり過ぎた頃だった。 「これはこれは……ハンターの方ですか」 応対に出た、困り顔の執事に案内される間、目に映るのは金のツボに高価な額縁の絵、そして踏むたびに足が沈むような毛足の長いじゅうたんだった。 「ねぇ、リジィちゃん。町長ってぇ、こんなに儲かるのぉ?」 執事が部屋を出たのを確認してから、ディアナが口を開いた。その姿はいつもと変わらぬフリフリのワンピースである。 「やり方次第じゃないの?」 悪趣味な金ピカの調度類を眺めつつ、リジィがおざなりに答える。こちらは、身体にぴったりした黒いレザーに身を固めている。そこいらのチンピラと変わらない服装にも思えるが、不思議と安っぽく見えないのは、さすがと言うべきだろう。 「エレーラが狙うのもむりないな……」 リジィがそう呟いたとき、扉がガチャリと開いた。 そちらに向き直った二人の視界に入って来たのは、ぼさぼさの黒髪。そして腰に無造作にくくりつけたカタール。カタールというのは手の甲に刃物をつけたような武器である。刃物と言っても、短剣程度の長さでしかないため、リーチが短く、使用する者はほとんどいない。姉弟も、カタールを使うハンターなど、彼の他に知らなかった。 「あ……」 小さく声をあげたのはリジィ。だが、向こうは完全無視で執事の話を聞いている。 もう少々お待ち下さい、と執事が部屋を出て、その足音が聞こえなくなってから、彼はようやく二人の方に振り向いた。 「よぉ、久しぶり。未来の弟よ」 男は軽く片手をあげてニヤニヤとアイサツをする。 「何が未来の弟だっ!」 言いつつ、姉を隠すようにリジィは立ち位置を変えた。 「フェリオ、お久しぶりねぇ?」 ひょこん、とリジィの背中から顔を出して、ディアナが声をかける。 「三ヶ月も逢えなくて寂しかったぜ、ディアナ。相変わらずその服装なんだな」 指摘されたディアナは「当たり前でしょぉ?」と胸を張って答える。 彼女のこのフリルたっぷりのスカートは、『アンティークドール』という服飾ブランドのもので、縁あってそのモデル――というよりは動く広報塔となっているディアナは行く先々の支店で新作を支給されてはそれを着る毎日である。まるでお人形のような容貌の彼女はハンターというミスマッチな職業もあって人気があり、今では彼女の名前を使ったシリーズまで作られるようになった。 とはいえ、ハンターという職業に、外見重視の、機動性など二の次の服装はマイナスにしかならない。だが、元々このブランドが好きだったという彼女は毎日嬉々として服に袖を通し、仕事場にも着ていくという気に入りぶりだった。 「好きな服着てるだけでぇ、お金になるんだからいいじゃないぃ?」 ディアナの3ヶ月前と変わらぬ答えに、フェリオは軽く肩をすくめた。 「なんだ、結局それか。ま、しょうがねぇか。……そういや、ここしばらくどこに隠れてたんだ?」 気さくなお兄さん風にフェリオが一歩、近づく。 「温泉でのんびりしてただけよぉ? フェリオこそ、せっかくもうすぐランクBにあがりそうだったのにぃ、レザーロープぅ……」 「わりぃな。でも、あっちが酒場で隣に座って来たんだぜ?」 そりゃ捕まえるさ、とあくまで軽い口調のフェリオに、リジィが冷ややかな視線を浴びせた。 「姉さん。そいつと話すとバカがうつるからやめなよ」 「おいおい、そりゃねぇだろ? オレはランクBのハンターだぜ。二人ともランクCだろ? 一コ上だぞ一コ上!」 フェリオが親指で自分を指してぐぐっと胸を張る。 「フェリオぉ……、一応私もBなんだけどぉ~」 「あ、しまった! いや、あの頃と別人格だからな、ディーは」 「ディーってぇ、呼ばないでってぇ、言ったじゃないぃ?」 「あ、これまたすまん! つい、クセでな?」 その親しげなやりとりに、リジィが鋭い一言を放った。 「フェリオ、わざとやってんじゃねぇの?」 図星を指されたフェリオの方は、はははと乾いた笑いを洩らす。 「今はぁ、リジィちゃんがぁ、楽させてくれるからぁ、これでいいのぉ」 「オレが楽させてやるよ、な?」 「お前、なに勝手なこと言ってんだ!」 「私はぁ、リジィちゃんがいいのぉ!」 ツルの一声で勝敗の分かれるリジィとフェリオ。がっくりと肩を落としたフェリオの背中でノックの音が響いた。 「こちらでお待ち下さい。……皆様方、だんな様はアンダースン警部とお話中です。あと半時ほどお待ち下さい」 やはり地顔なのか、困り顔の執事がさらに、もう一人のハンターを案内してきた。 執事が去り、扉が閉められた後、その赤毛のハンターは、ひとなつっこい笑顔を浮かべて、どうも、と軽く頭を下げた。 「いやぁ、みなさんお揃いで……」 一般小市民を絵に描いたようなその男は、革の胸当てをつけ、脇にピックを刺している。このピックという武器は、棒に直角に短剣をくくりつけたような形状で、一見するとただの鎌でしかないが、チェインメイルぐらいならあっさり破砕できるような物騒なシロモノである。 「ダファー!」 リジィとフェリオが同時に声を上げた。 「懲りずにエレーラ・ド・シンを追ってきたのか!」 「このハイエナ記者! まだハンター証がきれてねぇのか!」 一瞬、二人の罵声にのけぞったダファー・コンヴェル二七歳。しかし、微笑を顔に張り付けたまま、すぐに口を開いた。 「それは、もちろん。わたしは『正義新聞』の雇われ記者ですから。ハンター証がなければ取材できない場所もありますので、ちゃんと有効期限ぎりぎりに手近なのを捕まえてますよ?」 「最近ではぁ、ランクDのぉ、イサト・アジャンタよねぇ」 ディアナの後押しに、ダファーが「よく覚えてますね」と感嘆の言葉を洩らす。 「ほんっと賢いよな、ディアナ。そういう所は昔と変わんねぇよ」 「まるで今の姉さんをバカ扱いしてるような物言いだよな」 重箱の隅をつつくようにトゲトゲしい言葉を吐くリジィに、フェリオの方は余裕の笑みを返した。 「ちゃあんと分かってるさ。……お、いいところにいいモンがあるじゃん?」 フェリオが応接間の壁に掛けられたダーツの的(まと)に気づき、そこから一本だけ矢を抜いた。 「ほい、ディアナ。これ持って」 「えー? 私はぁ、ダーツやんないわよぉ?」 文句を言いながら矢を受け取ったディアナは、手の中でそれをもてあそぶ。 一方、フェリオはそんな彼女を見ながらポケットからコインを取り出し、それを何やらいじくっていたかと思うと、ピィンと高くと弾き上げた。 「さぁて、と」 今度は靴紐を直そうとしゃがむフェリオ。そして、何かに気づいて声を上げた。 「ディアナ、お前の後ろにクモが下りて来てるぞ」 クモの単語が出たとたん、ディアナが短く悲鳴をあげた。 そして、後ろを振り向いた彼女はそれを視認するや否や、手にしていたダーツの矢を投げつける。 すぐ隣に居たリジィとダファーの二人とも、どこにクモがいたのかさえ確認できないほどの早さであった。 「おぉ、すげぇすげぇ」 手にくるくると何かを巻き取る仕草をしながら立ち上がったフェリオは、ダーツの矢が刺さった壁まで歩いていく。 「おぉ、ド真ん中」 おどけた声を上げながら矢を抜いた彼の手には、小指の先程の小さなクモの体、その中心にダーツが刺さっていた。 「……これ、おもちゃじゃないのか?」 穴のあいたクモを見て、リジィが指摘した。 「そ、ゴム製のヤツ。そこにトラップ用の細い透明な糸くっつけて、上のシャンデリアを軸につるしてただけ。いやぁ、糸に切れ目入れとかなかったら、オレの手の方が切れてたな」 すごい勢いだよなぁ、と笑うフェリオの手には、近くで目を凝らさなければ見えないぐらいに細く透明な糸が巻いてあった。どうやらトラップ用の糸のようだ。 「フェ~リぃ~オぉ~?」 うらみがましい声に、ようやくフェリオは「しまった」という顔になる。 「いやぁ、相変わらずの命中率でオレは嬉しいよ。どうやらクモ嫌いも相変わらず……」 ディアナは問答無用でゲンコツを使った。 「フェリオのぉ……ばかぁ!」 「そんなこと言ったって、ディアナ。お前むかしは投げナイフ使ってたじゃないか」 「もうやめたのぉ! 今はぁ、ロングソードだけぇ」 むーむーと不満を連ねるディアナを、フェリオは「すまんすまん」と口だけの謝罪であしらう。 「いや、でも、もったいないぞ」 「……本当にもったいないウデですよ」 「姉さん、悪いけど僕もそう思う」 三人に次々と非難され、ディアナがいじけた。 「ふん、だ。どーせ、どーせぇ……」 ソファーに座って、テーブルに「の」の字を書き始めたディアナに、フォローを入れたのはダファーだった。 「でも、その投げナイフのウデを放っておいて使うロングソード。興味深いですね」 おいおい、といった目でリジィとフェリオ。 「どうです? ディアナさん、ウチの新聞社で働きませんか?」 「……って、ここで勧誘すんなよ!」 そうリジィが怒鳴り声を上げたとき、遠慮がちなノックの音が響いた。 「失礼いたします」 困り顔の執事が二人の男を連れて入って来た。 一人は仕立ての良さげな服を着た老年の男だった。前から頂点までハゲあがった頭と、鼻の下でうまくカールしたヒゲが特徴的だ。もう一人はくたびれたトレンチコートに身を包んだ中年の男で、無精ヒゲを生やし、コートの下には濃紺のヤードの制服を着ている。 「……この四人か。エレーラの予告状に引き寄せられたハンターは」 先に声を出したのは、老年のハゲの方だった。 「一人2万イギンだ。もし捕らえたら100万イギンを出そう。もちろん賞金はお前たちのものだ」 やたら高圧的な態度にフェリオとリジィがムッとした表情になる。 「警備の配置については、このアンダースン警部と話してくれ。私はスタールビーの方へ戻るからな」 言いたいことだけを言って、依頼主は去っていった。その後ろを執事が追っていく。 バタン! 荒々しくドアが閉まる音に、てめぇみたいなのがヤツに狙われんだよ、と思わずフェリオが吐き捨てた。 「まったくじゃ。ワシももう少し『イイ被害者』を担当してみたいもんじゃい」 アンダースンもそう同意した。 「お久しぶりです、アンダースン警部」 「エレーラ・ド・シンの担当だものぉ。被害者がぁ、あ~ゆ~人なのはぁ、仕方ないですよねぇ?」 「おぉ、姉ちゃんキーズに弟キーズか。毎度毎度抜け目がないのぉ」 エレーラを追いかけている二人には仕事場で何度も顔を合わせているためか、にこやかに笑いかけるアンダースン。 「アンダースン警部こそ、ここに駆けつけられる距離にいらっしゃったんですよね。本当にその洞察力・推理力には敬服します」 だが、お世辞を並べ立てたダファーに対し、警部は眉を吊り上げた。 「ダファー、貴様もかぎつけたんかい。三流新聞の犬がぁ!」 「三流新聞はないですよ。せめて二流にして下さい」 ダファーを雇っている『正義新聞』は、数名の雇われハンターに、悪どく稼ぐ金貸しや各国の上層部の汚職などを調査させ、それを公表する記事を手がける異色の新聞である。 ……とはいえ、毎回そんな記事が出せるわけもなく、三回に二回はうさんくさい謎の生命体の記事だったりもする。 元々マイナーな三流紙だったが、怪盗エレーラ・ド・シンの標的となるような相手を記事にすることや、記事の翌日にエレーラが盗みに入ることもしばしばあるため、今では発行部数も伸びてきた。エレーラ様々というわけだ。 だが、ヤードを出し抜くさまざまな記事に、アンダースンも良い顔をするわけがなく、こうして厄介者扱いするのだが、なまじハンター証を持っているだけに『記者お断り』にも当てはまらず、アンダースンら警察としては『忍』の一字に尽きるのである。 「おんどれがハンター証さえ持っていなければ……」 すぐにでもつまみ出してやるのに、と拳を震わせたアンダースンは、ふい、とダファーから目を離した。 「……おや、久しぶりじゃのぅ、ドナーテルさん。まだ恋路は実らんのかいな?」 「どうも門に猛犬がいまして、なかなか通してくれないんですよ」 フェリオの言葉に警部はちらりと弟キーズの方に目をやった。 「なるほど、心中お察ししときますわ。―――ほんじゃ、みなさん。警備の方じゃが……」 おどけた顔を一気に引き締めたアンダースンに四人のハンターもすぐさま仕事用の顔になる。 「コイガール町長の意向もあって、二人ずつのチームを組んで巡回してもらいますわ」 警部の説明に、リジィが軽く手をあげた。 「……すいません、アンダースン警部?」 「なんじゃい?」 「それは、ハンターはスタールビーの近くにいないで欲しいということですか?」 「……そういうことになるのぅ。悪いが、あの通りじゃ、ハンターを信用してないフシがあってのぉ」 忌々しげに舌打ちするリジィを落ち着かせるようにディアナが口を開く。 「じゃぁ、チーム分けしなきゃねぇ?」 「あ、オレはディアナとな?」 「何言ってんだよ。姉さんは僕と組むって決まってんだからな」 火花を散らすフェリオとリジィなど眼中に入れず、ディアナはアンダースンに何かを伝えた。 「おぉ、そうか。まぁ、ハンターのランク的にもバランスはとれてるしのぉ」 「わたしも特に文句はありません」 「それじゃぁ~、そういうことで~」 用意が出来次第、見回りしてくれや、と言い置いて、アンダースンは部屋を出ていく。 「おい、ディアナ?」 「なぁにぃ、フェリオぉ?」 荷物から自分の愛刀を取り出しながらディアナはおっとりとした声で返す。鞘から抜き放った刀身をチェックして再び戻すディアナの心は、既に巡回コースのことしかない。 「結局、どういうチーム分けに? いや、オレはディアナを信じてるぞ? でも、一応、確認のためにだな……」 「姉さん、まさかこんなヤツと組もうなんて思わないよね? やっぱり姉さんはいつも通り僕と……」 「私はぁ。一番いい組み合わせにぃ、しただけよぉ?」 フリフリのドレスには似合わない革のベルトをつけ、そこに長剣を差したディアナはなんともちぐはぐな印象だった。 「ディアナさんとわたし。フェリオさんとリジィさんという組み合わせですよ?」 にこにこと笑顔のままでダファー。こちらも自分のピックを点検している。 「あぁん?」 「えっ?」 二人がお互いを指さし、イヤそうな顔をした。 「だってぇ、二人とも仲良くケンカしてるしぃ、ダファーさんのことぉ、嫌ってるんだもん。嫌いな人とぉ、チームプレイはできないでしょぉ?」 「姉さん、言いたいことは分かるけど、僕だってフェリオなんて―――」 「それはオレのセリフだ。たとえ未来の弟とはいえ―――」 「えっと、ディアナさん。わたしのことは『ダファー』と呼び捨てで構いませんよ?」 「う~る~さ~い~っ!」 口ゲンカに再び突入しそうになった二人と、いらぬ口を挟んだダファーをディアナが黙らせた。 「そんなにぃ、語り合うことがあるならぁ、見回りの間にでもぉ、相互理解につとめなさいぃ!」 それでものんびりとした口調で二人を叱りつけ、ディアナは準備の終わっていたダファーの手を引っ張って、一足先に見回りへと出ていった。 残った男二人は苦々しくパートナーを見る。 「「はぁぁ……」」 同時に大きなため息をつくと、互いに外に出る支度を始めた。痛いほどの無言で。 | |
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