第1話.ハンターというお仕事6.ばったり遭遇、即席チーム満月が明るく街を照らしている。たいまつやカンテラなどいらないほどの明るさに浮かび上がっているのは2人の男の影だ。 「……なぁ、フェリオ」 「なんだ弟よ。……って、待て。武器を構えるな!」 「姉さんって昔、そんなに―――」 「いい女だったよ」 即答したフェリオはふっと空を見上げた。月の明るさで星々はかすんで見えにくい。 「なんだ、昔のディーのこと知りたいのか?」 「別に、そういうわけでもないけど。……今日、姉さんがダーツ使ったの初めて見たし」 自分の知らない姉の話を不器用に聞きだそうとするリジィに、フェリオは懐かしいものでも見るかのように目を細めた。 「初めて会った時は、すごく生意気な女に見えた。自分よりランクの低いハンターは見下してたな、あれは」 「……」 「一人で生きてる感じがしたよ。ハンターなんてやってる女は少なかったから野郎に結構声かけられてた。だいたいは、ひとにらみで引き下がらせてたけどな」 オレも初めて会った時はひどい扱いだった、とフェリオは呟いた。 ―――へぇ、女のハンターなんて珍しいじゃん。しかもランクC? ―――……。 ―――なんだよ、シカトかよ。つれねぇなぁ。 ―――……。 ―――おい、フェリオ。やめとけって。 ―――あぁ? なんでだよ。 ―――こないだ、クロがそいつにコナかけてひでぇ目にあってんだよ。 ―――へぇ、どんな? ―――蹴り上げ。 ―――うわぁ、それほんと? お嬢ちゃん。 ―――……。 ―――きれいな顔して、まさかしゃべれないってワケじゃねぇんだろ? ―――うざい。邪魔だ。消えろ、カス。 初対面の時の会話を思い出して、フェリオはちょびっとだけ切ない気持ちになった。 (初対面でアレはねーよな。アレは) 初対面で『蹴り上げ』られた同業者に比べれば遥かにマシだとは思うが。 思い出にひたるフェリオの隣で、想像できない、とリジィが呟いた。 「オレも想像だにしなかったさ。一年近くハンター休んでた時は、結婚退職かな、とか思ったのに。いきなり『ほややん』になってんだからな」 フェリオが月に手をかざす。そうすると、満月に消されていた星が瞬いているのが見えた。 「―――何があったんだ?」 真剣な眼差しで夜空をにらみつけたまま、答えを待つ。 「僕の知ってる姉さんは今の姉さんだ。そんな姉さん……知らない」 「本当に、何も知らないのか?」 上を見上げたままのフェリオから無言のプレッシャーがリジィを襲う。 「……あぁ、何も。……思い当たることはないよ」 多少、ためらいを見せたリジィに、何かを感じたのか、フェリオは相手を真っ直ぐに見据えた。 「本当に、何も知らないのか?」 「出たぞーっ! エレーラだぁー!」 二人はハッと耳をすませたが、コイガール町長の必死の叫びと慌てて動く警官隊の気配しか感じ取れない。 「ちっ、こっちじゃねぇのか?」 右腕にカタールをはめつつ、フェリオが舌打ちしたその時、影が二人の上を飛んだ。 ―――先に反応したのはフェリオの方だった。素早くポケットに手を突っ込み、取り出したコインを影に向かって弾き飛ばす。 「やぁだ、いったーいっ!」 響く女の声。それに一瞬遅れて、リジィが相手を視認した。全身を密着して覆う黒いスーツ。黒いロングブーツに黒い革手袋。頭には黒い頭巾が巻かれ、ゴーグルをかけているため顔の上半分が分からないが、口元は艶やかに光っている。何よりも、月明かりに露わになったシルエットが、彼女を彼女たらしめていた。 「エレーラ・ド・シン?」 「あら、見たことある顔ね」 ドキッとするほど妖艶な声にリジィがややひるむ。こうして対峙したのは初めてではないが、久しぶりにその声を聞くと、やはり緊張してしまう。 彼女はそんなリジィを笑うかのように、腰にゆるめにかかったベルトに手を置いた。そのままベルトにかけられたポーチに手をすべらせると、そこから『何か』を取り出す。 「でも……、そちらのお兄さんを先に相手しないといけないみたいね」 その言葉に、じりじりと隙をうかがっていたフェリオが笑みを浮かべた。 「きれいなお姉さんにご指名されるのは嬉しいね」 フェリオはカタールをはめた右腕を前に、武闘家のような構えをとる。 「それじゃ、ボーヤは待っててね」 目はフェリオに向けたまま、エレーラは小物入れから出した『何か』をリジィに投げつけた。 「……くっ!」 リジィはそれをロングソードで弾く。キィン、と響いたかん高い音は対峙する二人のゴングとなった。 フェリオは左手でコインを弾きつつ、間を詰めようと大きく踏み出す。 その一方で、エレーラはコインを、右手に持った『何か』で弾きながら、後ろに下がる。 「カード……?」 月光にきらりと銀の輝きを返すそれは、カボチャの馬車を模したマークの入ったカードだった。リジィは自分が弾いたものと同じものだと知る。エレーラの武器であり予告状だ。 「いやん、積極的ね」 エレーラが両手にカードを持って微笑んだ。 「そりゃ、相手がきれいなお姉サマともなればな」 「やん、うれしいわ。じゃ、あたしも積極的になってあ・げ・る」 今度はエレーラの方が駆け出した。 (なんて無謀なっ!) リジィは心の中で叫んだ。フェリオの扱うカタールは接近戦用の武器。それに金属でコーティングしただけのカードで戦うなんて! 「何か考えでもあんのか?」 ノってやろうじゃねぇか、とフェリオも駆け出す。 そして、二人が撃ち合う瞬間! リジィの目にはカタールを紙一重で避けたエレーラがフェリオの肩に手を置き、彼を飛び越えただけのように見えた。だが、いつの間にかフェリオの背中――と言ってもレザーアーマーだが――にカードが突き刺さっていた。いつの間にそこに刺さったのかは見ていたリジィにも分からなかった。それが彼の死角で行われたのか、それとも見落としたのか。それすらもリジィには伺い知ることはできない。 「フェリオ!」 リジィの悲鳴に合わせたかのように、エレーラの黒装束の頭巾がはらり、と舞い落ちた。それと同時に金色の波打つ流れが月明かりの下に広がる。 「ランクBだからって、甘く見たかしら?」 エレーラは長い金髪をかきあげ、足元におちた頭巾を拾うと、フェリオの方に向き直った。 「ちょっと本気出さないといけないみたいね」 エレーラはごく自然な動作で、ひざまで覆うロングブーツに右手を置く。すると次の瞬間、その手に魔法のようにムチが現れた。 「女王様にムチを出させたってことは、オレもランクAハンターに近くなったって思っていいんだろうな?」 フェリオは再び構え直す。その顔からは既に余裕の色が消え失せていた。背中にカードを刺されたのは、感触と、相手の手からカードが1枚消えていたことから悟っていた。だが、その瞬間を捉えきれなかったことが、彼の自分自身に対する憤りと、目の前のエレーラに対する敗北感を増大させている。 (相手は人を傷つけることを極力避ける相手。なら、いい遊び相手じゃねぇか) 気持ちを切り替えるように、右腕をぐっと握り、エレーラをにらみつけた。 「あたしのゴーグルも取るぐらいだったら、そうかもね」 余裕の笑みを浮かべたエレーラが、しぼみかけていたフェリオの闘志に火をつけた。 「その言葉、確かに聞いたぜっ!」 フェリオが再びコインで牽制するが、エレーラのムチの柄が難なくそれをはじいた。さすがにカードとは違い、余裕の笑みが消えることはない。 その隙に間合いを詰めたフェリオが一撃を繰り出そうと構えるが、風を切ってうなるムチに、再び間合いの外に追いやられる。 その一方で、さっきのやり取りでは傍観していたリジィが、今度はフェリオの援護の為に、エレーラの後方に廻ろうと足をずらし始めた。 「ボーヤ、悪いけどバレバレよ?」 左手にカードを構えるエレーラ。 (いや、一瞬の隙さえあれば!) リジィが走る。まるでレベルが違う二人の戦いには割り込めないが、隙を作るぐらいはできるはずだと。 案の定、カードをリジィに向かって投げる一瞬をフェリオは逃さなかった。 「とった!」 フェリオのカタールがエレーラを貫いた――――ように見えた。 「残念、惜しかったわね」 エレーラはなんとムチの柄でカタールを流していた。勢いをつけた拳を、難なく片手で。 「……っつぁっ!」 勢いそのままに2、3歩たたらを踏んだフェリオが振り向き様にコインを放つ。至近距離のその攻撃にエレーラは後ろに飛びのいた。 「ったぁいっ!」 さすがに避けきることはできずに、エレーラの頬と肩にコインが当たる。 「せいっ!」 そこに後ろで待ち構えていたリジィがロングソードで斬りかかった! ―――避けられるはずのないタイミングだった。少なくともリジィは、そう確信していた。 「……えっ?」 彼が感じたのは何かを斬った手ごたえではなく、浮遊感。そして衝撃。 「残念ね」 上からエレーラの声を聞いて、ようやく自分が投げられたことに気付く。まさか、背中から斬りかかったのに、相手は後ろに飛びのいていたのに、そのまま背中からふところに飛び込まれるとは予想だにしなかった。 (この女、背中に目でもあんのかよ) 正面で見ていたフェリオも、信じられないものでも見たかのように目を丸くしていた。 対するエレーラは笑みを浮かべたままでムチを構えている。平然としているところを見ると、本当に背中にも目がついている気さえするから恐ろしい。 「エレーラ・ド・シンはどこだーっ!」 近づいてきた警官隊の声にエレーラはそろそろ頃合いね、と呟いた。 「もう少し遊びたかったわ」 赤く紅を引いた唇がいたずらっぽくほほえむ。 「ちぃっ、逃がすかよっ!」 フェリオがエレーラに向かって駆け出した。だが、彼女は特に避けるでもなく、相手が向かってくるのを待っている。 そして、エレーラは誰も予想だにしなかった行動に出た。 フェリオのカタールをムチでからめて防ぐと、自分の体を相手の方にぐっと寄せたのだ。 「また、そのうち逢えるといいわね」 フェリオの耳元でささやいた唇が頬に触れる。 「じゃ、ボーヤも元気でね」 突然のことに硬直しているフェリオの隙をついて、エレーラが一気に塀まで跳躍した。 「エレーラぁ! おりてこんかーい!」 駆けつけたアンダースンが、だみ声を張り上げる。 「いやん、もう追ってきちゃったの? アンダースンさんも、もうイイ年なんだから無理な運動は良くないわよ?」 「おんどれが捕まれば、何の問題もないんじゃーっ!」 あら、と一言呟いたエレーラは、顔を真っ赤にして怒鳴るアンダースン警部に投げキスをすると、塀の向こうへ消えて行った。 「追えーっ! 今日こそ捕まえるんじゃー!」 命令と共に警官隊がわらわらと塀を乗り越えて行く。警部自身も下から押し上げてもらって、塀の向こう側に飛び下りた。 そして、フェリオとリジィの二人が月明かりの下に取り残された。 「フェリオ、背中の、抜こうか?」 何となく気まずい感じがして、リジィがそっと声をかけた。 「わりぃな」 リジィはフェリオのレザーアーマーに刺さったカードを抜いた。そして、カードをじっと見る。銀色ににぶく輝くカードに自分が不細工に映った。――――触れることすらできなかった。 「あぁ、くそっ! ランクAは遠いなぁ」 フェリオにも聞こえるように呟いて、リジィはカードをぽいっと投げ捨てた。 「僕は先に姉さんに合流する。フェリオは一度、鏡を見てから来なよ。左頬だよ」 言いたいことだけ言って、リジィは月影に消えていく。 「……ざまぁねぇな」 カタールの刃に自分の顔を映し、フェリオは淋しく笑った。 ―――注意を受けた左頬にはエレーラの残したキスマークがついていた。 ![]() 「今回は、ちょっと手こずったみたいですね」 「そうね、油断したかもしれないわ」 「頭巾は、……これはちょっと直せないですね。新調しますか」 「それじゃ、手配頼める?」 「はい、社長に何か言われるかもしれませんけどね」 「……ねぇ、化粧ちゃんと落ちた?」 「えぇ、大丈夫ですよ。元のあなたに戻ってます」 「そう。……スカートもヘンになってない?」 「少し乱れてますけど、『下の鞄』の形は出てません。……その格好は本当に役立ちますね」 「パニエをつけても不自然じゃないからね」 「ハンターにあるまじき格好ですけどね」 「あら、リジィちゃんが頑張ってくれるからいいのよ」 「はいはい、うるわしい兄弟愛で」 「ところで、明日、間に合う?」 「朝はちょっとキツイですね。昼までには出します。号外という形になりますが。……そういえば、ルビーやお金はどうしたんですか?」 「フェリオがいるからマズいかな、って思って途中で隠したわ」 「ですから、いまどこに?」 「……邸の屋根飾りの裏に放ってあるわ」 「また、微妙な場所ですね。分かりました。後で回収します」 「手間かけちゃって、ごめんね」 「いえいえ、……おや、リジィさんがきましたね。一人ですか?」 「少しぃ、フェリオはぁ、からかいすぎたみたいぃ」 「気の毒に。―――では、明日の昼に、届けに行きます」 「わかったぁ」 | |
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