第2話.山賊ポルカ2.その姉、まだ不機嫌につき「いや、残念ながら、情報は入っていない」 カウンターに腰かけた男にマスターが答えた。 「ちっ。逃がしたか……っ!」 苛立たしげに煙草を吸う男に、さっきまでショックを受けつつもダインをボコにしていたディアナが声をかけた。 「あのぉ……、エイトン・イーダーさんですかぁ?」 「確かに俺はエイトンだが。あんたは?」 エイトンと呼ばれたその男はじろじろと無遠慮にディアナを見た。ピンクのフリフリを来た女がギルドにいるのが珍しいらしい。 「ドールハウス……。ディアナ・キーズか?」 「あ、知ってらしたんですかぁ、光栄です~」 「こんな服ばっか作ってる服飾メーカーの広報塔になったハンターの話は有名だ」 にっこりと微笑むディアナはその表情のまま話を切りだした。 「誰かを追って来たんですかぁ?」 「……情報なら売らないぜ。先を越されちまうからな」 「そうですかぁ。じゃ、いいですぅ。先にこっちから言っちゃいますねぇ~?」 ほやほやとした喋り方に苛つきながら、エイトンは先を促した。 「実はぁ、近くの山に盗賊団があるみたいなんですけどぉ、そこに逃げ込んだんじゃありませんかぁ?」 にこにこと笑みを崩さないディアナのセリフにエイトンの顔色が変わった。 「……どこに?」 「マスター?」 言われてエイトンはマスターを振りかえり、マスターも情報を口にする。先ほどディアナとリジィに話した盗賊団壊滅の依頼の話だ。 「……可能性はあるな。だが、オレも盗賊団なんてものにゃ関わってらんねぇ」 邪魔したな、とエイトンが店を出る。その途中、ディアナに耳打ちをした。ディアナはこくり、と頷いた。それを確認もしないまま彼は店を出ていく。 「姉さん?」 「うん? なぁにぃ?」 「今、何か……」 「そうねぇ、やっぱり盗賊団の依頼をぉ、受けた方がいいみたいぃ~。オマケもあるかもしれないしぃ~」 「―――二人で?」 「う~ん」 と、酒場のドアが、今度はゆっくりと開いた。自然とその場の全員の視線がそちらに向く。 入ってきたのは―――― 「お、ディアナじゃねぇか」 「フェリオ!」 答えたのは姉ではなく、弟の方だった。 「三人でならぁ、いいよねぇ?」 ディアナはフェリオを指差した。 ![]() 「まったく、なんでお前がいるんだろうなぁ?」 「それはこっちのセリフだよ。邪魔なのはフェリオの方だろ!」 夜の山道に男二人のケンカ声が響く。 「だいたい、姉さんと一緒に動いてるのは僕の方なんだから、ここにいて当たり前じゃないか! そういうそっちこそ、案外、姉さんを追っかけて来たんじゃないのか?」 「あったりまえだろう! 正義新聞を見てエレーラがいそうな場所を目指しつつ、賞金首狩ってるんだからな!」 「はんっ! どーだか! おおかた僕らの後をつけて……」 「なにをーっ!」 「やるかっ?」 二人が足を止め、お互いを睨みつける。 「や~め~な~さ~いぃ!」 ディアナが間に入って、二人の頭をこづいた。 「もう、どぉしてケンカするのぉ? 一緒に動くチームなんだからぁ、仲良くしなさいぃ!」 「……」 「……」 二人は黙ったまま下を向いた。 「返事はぁ?」 「……はい」 「……おう」 よし、と頷いたディアナは、しばらくそこで待ってるように言いつけ、一人で森の奥に踏み込んでいった。 「ちょっとぉ、頭冷やしておいてねぇ?」 ディアナの背中が見えなくなると、先にリジィが口を出した。 「―――フェリオ」 「なんだ?」 「昔の姉さんと、今の姉さん。服についてはどっちの方が似合ってると思う?」 「……なんだぁ? 変なこと聞くなぁ」 「昔、姉さんにちょっかい出して返り討ちに遭ったハンターがあの酒場にいたんだ。シーグとか言ったっけな」 「シーグ……ねぇ。知らねぇなぁ。―――んで、どっちがいいかって? お前はどうなんだ?」 「姉さんは、昔からドールハウスの服が好きだったんだ。だから、家ではああいう服しか見たことがない」 「へぇ、じゃぁ、願ったり叶ったりじゃねぇか。あっこの服は高いんだ。着れて稼げるんだからいいじゃねぇか」 「……そうだね」 その服がいかにハンターに向いていないかということはさておいて。 「そんなに昔のツンケンしてた頃のディアナのことが知りたいのか?」 「そんなんじゃないけど。やっぱり、ずっと一緒に暮らしてても、知らない部分はあるんだな、って思っただけだよ」 「ふぅん。やけに今日は素直じゃねぇか。何かあったか?」 「別に。ただ、フェリオに何を言っても無駄だって悟っただけさ」 (どうせ姉さんは僕の方を選ぶからね) 後半のセリフは声には出さず、心のなかで呟く。 「はっはーん。さてはディアナに何か言われたな?」 「いや、別に。僕だって寛容になるときぐらいあるさ。今はチームを組んでいる身だしね」 「なるほどな。……そういや、ディアナはこの依頼、何か考えがあるとか言ってたが、聞いてるか?」 「いや、聞いてないよ。ただ、すごくいい方法がある、って自信満々に言ってたけど―――」 「その言い方、何か含んでる気がするんだよなぁ」 「……そういや、姉さん、遅いね」 「―――まさか、な」 二人は顔を見合わせた。先に口を開いたのはリジィだ。 「服が枝にひっかかってもたついてる、に一票」 「……いや、三つ編みが絡まっている、に一票だ」 お互いがお互いの意見を聞いて、むぅ、と考え込む。と、そのとき、 「いやぁん、誰かぁ、たすけてぇ~!」 遠くの声から、なんとも間の抜けた悲鳴が響いてきた。それは助けを呼ぶというより、敵側の援軍の方を呼んでしまいそうだが。 「姉さん!」 腰のベルトにくくりつけたロングソードを掴み、リジィが立ち上がった。 と、それをフェリオが押さえた。 「バカ、早まるな」 低い声でたしなめる。 「でも、今のは姉さんの声―――」 「『誰の名前も呼ばなかった』。そうだろ?」 フェリオは一語一語区切って注意した。リジィはその意味を汲み取ろうとしばし考える。 「……まさか、おとり?」 「たぶんな。あの格好で女が一人歩きしてりゃ、イヤでも食いつく。盗賊団のアジトまで行って、ヤツらを釘付けにするってぇ算段だろ」 「……フェリオは、心配しないんだね」 「心配じゃなくて、信頼してるからな」 「ふ~ん。まぁ、二、三十人でも姉さんが負けるわけないか。……あ」 「なんだよ」 「……ランクCの賞金首が、こっちに来てる可能性があるんだった」 リジィはエイトンとかいうハンターから姉が聞き出した情報を思い出した。 「ランクCか。そりゃうかうかしてらんねぇな。一応、気づかれないように追うか」 フェリオが立ちあがる。ランクCが加勢しては、さすがのディアナも苦戦する、と読んでのことだろうか。 「……必要ねぇとは思うけどな」 (なんだかんだ言って、女の武器の使い方知ってるからなぁ) やれやれ、とフェリオは肩をすくめた。 ![]() 「ひっどぉい。ど~して、そういうことするのぉ?」 両腕を掴まれたディアナが非難の声を上げた。その目線の先には酒場で言葉を交わしたあのハンター、エイトン・イーダーがボロ布のようになって転がっている。 「そりゃ、ハンターなんかに狩られるわけにゃいかねぇからなぁ」 答えたのは頭目と思われる男。首に巻いたボロボロのスカーフがいかにも盗賊っぽい。その隣にはスマートな、と言ってもヒゲもじゃな顔の暑苦しい男が立っている。 「せっかく『センセイ』がうちの盗賊団に来たってぇのに、狩られちゃかなわねぇからよ」 頭目のセリフに周りにいる盗賊達がうんうんと頷いた。一人だけ頷かない細身のひげもじゃが『センセイ』なのだろう。 「ま、俺らを捕まえるには少なくとも同じ数のハンター揃えてもらわないとな」 盗賊の一人の言葉に「そうだそうだ!」と声があがる。 「だからってぇ~……」 「おいおい、ひとさまの心配する前に、自分の心配したらどうだ、嬢ちゃん?」 頭目がディアナに近づき、あごに手をかける。 (え~と、こういうときはぁ……) ディアナは、とりあえず男の手にがぶっと噛みついた。 「いってぇ! おいおい、やけに気の強いお嬢ちゃんだなぁ」 「おかしら、情けねぇなぁ」 腕を掴んでいる一人が笑う。つられてディアナの周囲を取り囲む盗賊たちがどっと笑った。 「ちゃんとしつけしてやんな」 「別に無傷で返す言われはねぇしな!」 そんなヤジが飛ぶ中、頭目は自分を睨みつけるディアナを視界に入れながら怒鳴った。 「黙れ黙れ、とりあえず家柄を聞いてからだ! あんまり格がたけぇと、こっちの首が締まっちまうからな」 「それもそうだ。人間、ほどほどが一番だ、頭目」 頭目の半歩後ろに控えた『センセイ』が言葉を次いだ。 「ほら、センセイもこう言いなすってる。嬢ちゃん、お名前教えてもらおうか」 あごを掴んだまま顔を近づける頭目。その口からむわぁっと悪臭が漂い、ディアナは顔をしかめた。 「い~や! 誰がぁ、あなたみたいな口の臭い人にぃ、自己紹介するって言うのぉ?」 息を止めて迫力なく睨むディアナに、再び周囲を取り囲んだ盗賊達が笑う。 「言われちまったよ、おかしらー」 「ちょっとヤニ吸いすぎだろって、嬢ちゃん言ってやれや」 もはや、楽しいその雰囲気に見張り以外はディアナを取り囲む格好になっているようだ。 「この、もう怒ったぞ! 全員の前でそのきれ~な服を引っぱがしてやる! おい、手ぇ放せ」 ぐいっと腕をまくりあげる頭目に、逆らう気もなく、ディアナの手を自由にする盗賊。 「やれやれ~!」 「いいぞ、おかしら~!」 もはや、この展開を待ってましたと、二人を取り囲んでちょっとした円を作る盗賊達。センセイなど特等席に陣取った。 一方、いきなり解放されたディアナは恐がるそぶりを見せながらそっと掴まれていた手首をさする。 (うぅん、ちょっと困った……かなぁ?) 円陣となった盗賊をざっと数えると、二十五人だった。 | |
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