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第3話.ニックネームはスワン

 3.仕事前夜~ハンター~


「おい、ディアナ、入るぞー」
 問題のスタンリー孤児院にほどよく近い宿屋。その一室にノックもせずに男が入り込んだ。彼の名はフェリオ・ドナーテル。れっきとしたBランクのハンターである。愛用のカタールをベルトに引っ掛けているその姿は近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。
「あー、フェリオぉ。どうしたのぉ?」
 それを出迎えたのはピンクのフリフリのワンピースに身を包んだかわいらしい女性。ふわふわとした金髪の巻き毛が、彼女をいっそうアンティークドールのように見せている。ディアナ・キーズ。これでもフェリオと同じくBランクのハンターだ。
「どうしたのぉって、そりゃこっちのセリフだ。なんで準備もしてねーんだよ」
「だってぇ、行かないもん~」
 ディアナは奥のベッドに寝ている男を見た。つられてフェリオを視線を移す。
「……風邪か?」
「わかんない~。もうすぐぅ、お医者さんが来るはずなんだけどぉ」
 顔立ちがディアナにそっくりの男が、苦しそうにベッドに横たわっていた。息は荒く、汗で前髪が額に張りついている。
「姉さん、僕はいいから、行ってきなよ……」
 薄目を開けて、彼が声を出した。声と言ってもガラガラにヒビ割れた小さなつぶやきのようであったが。
「だぁめっ! 病気はぁ、甘く見たらいけないのぉっ!」
「でも、エレーラが……」
「エレーラじゃない可能性があるんだからぁ、いいのぉ。リジィちゃんはちゃんと寝てなさいぃ~」
 リジィと呼ばれた弟もCランクのハンターである。だが、この有様では何の役にも立ちそうにない。
「ディアナ、本当に行かないのか?」
「当たり前じゃないぃ。だってぇ、看病放りだしてぇ、エレーラでなかったらぁ、ど~するのぉ?」
 それはそうだが、と頬をかくフェリオ。
「だからぁ、報告待ってるからねぇ?」
「姉さん、行かなきゃだめだって……」
 リジィが尚も食い下がる。
「リジィちゃんはぁ、おとなしくぅ、寝てなさいぃ~」
 上半身を起きあがらせようとした彼に、姉は素早く当て身をくらわせた。
 くたり、とベッドに倒れ込むリジィ。
 げ、とフェリオが声を上げた。
「……ということでぇ、いってらっしゃいぃ~」
 振り返ったディアナは満面の笑みを浮かべていた。その笑顔を見た瞬間、フェリオの頭の中にはディアナを連れていくという選択肢はきれいさっぱり消えていた。
「あぁ、行ってくるわ。看病、がんばってな」
(短気なところは全然かわんねーな、おい)
 フェリオは少しだけリジィに同情した。
――――へぇ、女のハンターなんて珍しいじゃん。しかもCランク?
――――……。
――――なんだよ、シカトかよ。つれねぇなぁ。
――――……。
――――おい、フェリオ、やめとけって。
――――あぁ? なんでだよ。
――――こないだ、クロがそいつにコナかけてひでぇ目にあってんだよ
――――へぇ、どんな?
――――蹴り上げ。
――――うわぁ。それほんと? お嬢ちゃん。
――――……。
――――きれいな顔して、まさかしゃべれないってワケじゃないだろ?
――――うざい。邪魔だ。消えろ。
 初対面の会話を思いだして、フェリオはちょぴっとだけ切ない気持ちになった。
(初対面でアレはねーよな。アレは)
 初対面で『蹴り上げ』られた同業者に比べれば遥かにマシだとは思うが。
(なーんで、あんなにピリピリしてたんだろーな。っつーか、なんであそこまで変わったかなー)
 本質はあまり変わっていないようだが、本当に何があったんだろうかと首を傾げる。
(ま、いっか)
 考えるのも無駄な気がして、すぐにその思考を切り捨てた。今まで散々考えて分からなかったものがいきなり分かるわけもない。
(エレーラを今度こそ……!)

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