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第4話.美少女怪盗の有名税

 4.解決には新たな予感で


「……ちょっとぉ~、卑怯よぉ!」
「うっせい!」
 コンパスの差か、服装の差か、ディアナを追い越したフェリオが見たのは、小道に立つ、黒い影だった。
「エレーラ、本物かっ!」
 影は答えない。足元に転がる2つの塊をつい、と指差すと、そのままくるりと背中を向けた。
「ち、待ちやが―――」
「八十万イギン!」
 ディアナの迫力に、フェリオの足が躊躇を見せる。その間に、エレーラの姿はかき消えていた。
「間違いないわぁ~。盗賊団・桂の頭領とぉ、副頭領までいるぅ~」
「そこの女! あたくしをその名前で呼ばないでよっ!」
 ムユーロの巨体の下敷きになっていたタリサが声をあげた。
「えぇ~? だってぇ、後継いだのよねぇ?」
「だからって、『カツラ』の頭領だなんて呼ばないでって言ってるのっ!」
 ぐぐ、と何とかムユーロの身体の下から這い出そうと試みるものの、あえなく、べしょん、と潰れる。
「だいたいっ! うちは木のカツラであって、頭のカツラじゃないっていうのにぃっ!」
 その主張に、あぁ、と納得するディアナとフェリオ。
「こんな若い乙女がカツラのわきゃないっての! ムユーロだってスキンヘッドになんかしてるから、余計に桂=カツラ疑惑が出てくるのよぉっ!」
 ヤケになっているのか、大声で喚きたてるタリサ。
「だいたいぃ、エレーラの名前使うからぁ、こうなるんじゃないぃ~?」
 ディアナがちょこん、とタリサの近くに座りこんで会話する体勢をとるのを見たフェリオは、やれやれ、と頭をぼりぼりと掻いた。
「うるさいわね! あのスタイルに憧れてたんだからいいでしょっ! こんな、こんなオヤジばっかりの盗賊団なんてぇ~!」
 耳を押さえつつ、ディアナは自分のポーチから細めのロープを取り出した。
「ねぇ、フェリオぉ?」
「あぁ? ……上のヤツ運べとか言うんじゃねぇだろうな」
「あったりぃ~! それともぉ、あたしに運ばせるのぉ?」
「ちょっと、アンタたちっ! こんだけ全部白状してるんだから、見逃すのがスジってもんじゃないのっ?」
 タリサの言葉に、ディアナはきょとん、と振り向いた。
「えぇ~? だってぇ、あなたも四十万イギンよぉ?」
 ディアナはにっこりと極悪な笑みを浮かべた。
「……」
 黙りこんでしまったタリサを横目に、大きなため息をついたフェリオはディアナの手からロープを受け取った。
「……くそ、エレーラの野郎」
 小さな声で悪態をつく。  その無力さ加減に微笑ましささえ覚えつつ、
(野郎じゃないんだけどなぁ~)
 などと思うディアナである。
「ねぇ、フェリオぉ?」
「なんだ?」
「もしかしてぇ、悔しがってるぅ?」
 意識を失ったままのムユーロの手首を縛っていたフェリオの動きがぴたり、と止まる。
「な、別にそんな、コイツをあっさりやっちまったからって……」
「あれぇ? エレーラ逃がしたことじゃないのぉ?」
「な、あっ、……」
 フェリオは答えるのをやめて作業に没頭する。
「まぁ、ランクCにしては強かったみたいだけどぉ~。元々残虐非道でもないしねぇ~」
「ちょっと、誰が残虐非道だって言うのさ!」
 黙りこんでいたタリサが聞き捨てならないと口を挟んできた。
「違うわよぉ~? 賞金首のランクと腕っぷしはぁ、比例じゃないって話だからぁ」
「ったりまえでしょ! あ~、もう、ホントなら今ごろ財宝探ししてるハズだったのにっ!」
「財宝?」
「んなもんあるのか?」
 ディアナだけでなくフェリオまでもその単語に食いつく。
「ふふんだ。教えて欲しかったら、あたくしたちを見逃すことね」
 ワケもなくエラそうな態度を見せるタリサ。どうやら、チャンスと見てとったようだ。
「聖女ギルヴィアに心酔したぁ、どっかの盗賊さんが隠したって話~?」
「……」
 どうやらチャンスの女神はあっさり彼女の前を走り去って行った模様。さすがに絶体絶命の窮地から彼女の前髪を掴むのは無理があったようだ。
「でも~、伝説通りの聖女様だったらぁ……、その存在知ったらすぐにぃ、いろんな人に施し与えておしまいよねぇ?」
「あっ……」
 その考えに思い至らなかったのか、声をあげるタリサ。
「どっちにしてもぉ、ヤードに引き渡されるあなたには無縁の話よね~?」
 再び極悪な笑みを見せられたタリサは、ばったりと倒れた。まるで熊に出くわしたような死にっぷりで。
 それを苦笑いを浮かべながらフェリオが見ていた。


「と、いうことでぇ、めでたく百二十万イギン獲得ぅ~!」
 やったぁ、とはしゃぎまくるディアナ。
「フェリオはいいの? 運んで来たんだから、多少は要求してもいいと思うんだけど」
「いいんだよ。他人の手柄ぶんどる真似はしたくねぇからな」
 ひらひらと手を振るフェリオに、リジィは「意外」と表情に出す。
「それに、メリダのあんな顔見れただけでも楽しかったしよ」
「あぁ、警部補さんね。確かに面白かったね」

―――ハンター嫌いの警部補は、ずるずると引きずられてきたタリサとムユーロに、明らかにイヤな顔をした。
「捕まえてきましたぁ~」
 いつも通りのほややんな口調でタリサを引っ張って来るディアナと、ムユーロの巨漢を引きずって来るフェリオ。
 その周囲には未だ倒れ伏している自分の部下たち。
「姉さん、早かったね。……それで、どっちがやったの?」
 出迎えるリジィの方は明らかに安堵の表情を浮かべている。どうやら、待っている間、ずっと愚痴られていたらしい。テーマは「ヤードにおけるキャリア組と叩き上げの人間との確執について」というところだろう。
「えぇっとぉ……」
「ディアナ一人だよ。残念ながらな」
 苦い顔で呟くフェリオを、「え?」と見上げるディアナ。だが、すぐさまメリダに向き直った。
「えぇっとぉ、そういうことなんでぇ、賞金首の引き渡しをしたいんですけどぉ~」
 その言葉に、メリダ警部補の顔色を伺いながら、意識を保っている数少ないヤードのうち1人が「それでは、手続きを……」とディアナを別室に案内する。
「メリダ警部補、ヤードの方の人員が確保できるまではこいつらの見張りにいるけど、問題ねぇよな」
 警部補はそれこそ握り締めた警棒を折りかねない雰囲気ではあったが、ありがたいその申し出に「頼む」と短く答えたのだった。

「今日はぁ、豪勢に食べようねぇ?」
 にこにこと、本当に上機嫌でリジィに話しかけるディアナに「うん、そうだね」と答えるリジィ。
「じゃぁ、あたしは行くところがあるからぁ、二人でお店決めておいてねぇ?」
 え、とお互いを指差すフェリオとリジィに即座に頷くと、ディアナはくるりと背を向けて、パタパタと走り出す。
「ちょっと、姉さん?」
「おい、ディアナ?」
 二人の困惑する声を無視して、彼女は迷うことなく、狭い路地に駆け込んだ。
 ちらりと後ろを振り返って、二人が付いて来る事がないと確認すると、ディアナはふぅ、と息を吐いた。
(さすがに、こればっかりはね)
 それまでの可愛らしい走り方を、一瞬で変え、音もしないぐらいの優しい動きで、駆け始めた彼女の顔からはいつもの穏やかな印象が消え失せていた。
 完全にエレーラの顔になった彼女は、待ち合わせ場所の屋台へ急ぐ。
―――数分後、彼女の前には大柄の筋肉マッチョと呼んで差し支えないような逞しい男が座っていた。
「よ」
 無精髭を撫でながら、その男は軽く手を上げた。
「……気楽なものね」
 はぁ、とため息をついて、ディアナは彼の向かいに腰掛けた。
「そうか? これでも一仕事したんだけどな」
 彼はにやにやと笑いながら立ち上がると、少し離れた屋台まで飲み物を買いに行く。
(毎度のことながら、本当に勝手なんだから)
 ディアナは彼ほど我が道を行く人間を見たことがない。面白ければ何でもあり、みたいなスローガンで彼が会社を作ったのはもうとても昔に思えた。
「ダファーは? もう、この町から離れたの?」
 二つのコップを持って戻って来た彼に、頬杖をついたディアナが尋ねる。
「あぁ、もう女装も身代わりもイヤです、とか言ってたな。まったく、初めてじゃあるまいし、もう少し辛抱しろってのになぁ」
 男の言葉にディアナは苦笑いを浮かべた。
 たとえ女顔で身体の線が細くて、なおかつ顔の半分以上を隠していても、女装というものが精神的に与えるダメージは大きいだろうに。
「残念ながら、あたしもあまり、させたくないわ」
 ディアナの意見に、男が目を丸くする。
「へぇ。そろそろ誤魔化すのもツラくなってきたかぁ? ま、いいけどよー」
「……それで、社長。わざわざ来てるからには、何か理由があるのよね?」
 社長と呼ばれた男は、ニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべた。彼こそ、正義新聞の社長であり、ディアナ=エレーラの協力者である。
「たいした用でもなかったんだけどな。ちょっと墓掘りに」
 ディアナは社長の言葉に、ピンと来るものがあった。
「まさかとは思うけど、聖女ギルヴィア?」
 男は答えない。だが、答えないことこそ正解の証であることを十分に知っていた。それでいて何も言わないのは、正解ではあるが、解答が十分でないということ。
「隠し財宝?」
 脳裏に浮かんだのは、タリサの言葉だった。聖女像を盗んで財宝探しをする、と彼女は言っていた。
「せーかい。いやぁ、苦労したぜ。何しろすんげぇ複雑な暗号でよ」
 社長が満面の笑みで口を開く。
「アンティークな装飾品が多くてなー、ありゃ底値で売りさばいても1億イギンはいくだろうな」
 ディアナは大きくため息をついて、額を押さえた。
「……タリサもかわいそうにね。こんな人に財宝横取りなんて」
「あ、ひでぇな。俺ぐらいでなきゃあんな暗号解けねぇってのに」
 だから始末に負えないのよ、とディアナは呟いてコップの中の液体をくいっと飲む。
 社長は呟きに気付いているのか、ダファーに今回のニセモノ記事と財宝盗掘の記事を持たせて印刷に行かせたと話している。
 どうやら、盗掘された財宝の隠し場所を弊紙記者が発見し云々という記事を本気で載せるつもりらしい。とことん悪である。
「それで? わざわざ呼び出した理由はそれだけじゃないんでしょ?」
 記事の内容について語っていた彼の口がピタリと止まった。
「……次の仕事だ」
「そう。で、社長自らが来るってことは、大きいところなのかしら?」
 ディアナの問いに、彼は少し言いにくそうに視線を泳がせた。率直過ぎる物言いが特徴の彼らしくない行動だ。不審に思ったディアナが再度、問い詰めるより先に彼は口を動かした。
「アイヴァンだ」
 小さく、だがはっきりとした声で彼が搾り出した単語に、ディアナの表情が凍りついた。だが、その目だけがギラギラと、まるで砂漠でオアシスを探すかのように、情報を欲して飢えていた。
「どこ」
「パク・テトラだ。ここからなら、まぁ3日もありゃ着くだろ」
「いつ? いつやれるの?」
「そう焦るな。あそこはちょっと特殊でな、準備と情報収集に時間がかかる。2週間待て」
「……でも」
「待て」
 ディアナがじっと社長を見つめた。
「……」
「―――分かった。隠し財宝から1つ好きなの選ばせてやっから、それで我慢しろよー?」
 そういうことじゃない、とディアナが見つめるが、どうやら譲歩は引き出せそうになかった。
「本当に厄介なんだよ。あの町は。失敗ナシで動きたいなら尚更だ。おとなしく待ってろ。なんだったら憂さ晴らしにどうでもいい悪党紹介してやっから」
 社長はポンポン、とまるで幼い子供にそうするかのようにディアナの頭を軽く叩いた。
「……分かったわ。それじゃ、今度会ったときに、隠し財宝とやら見せてね」
 再びコップをぐい、とあおると、ディアナは立ち上がった。
「なんだ、用事あんのか」
「そう。リジィちゃんと、フェリオっていうハンターと一緒に食事。せっかくお金が入ったから」
 フェリオ、という見知らぬハンターの名前に社長はやや苦い顔をするが、それでも「それなら仕方ねぇか」と同様に立ち上がった。
「準備ができたらすぐに知らせるよ」
「えぇ、お願いね」
 ディアナは大きく息を吸うと、そのまま社長に背中を向けた。その足取りはいつものディアナのものだった。
 彼女の小さな背中が人ごみに消えるまで、男は見守っていた。


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