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第5話.橋のある川

 1.川面の闇


「姉さん!」
 悲鳴とともに伸ばした手は、とても届かない距離だった。
 それでも宙を掻く手の向こうに、ゆっくりと倒れて行く姉の姿。
 まるでこの時間だけを切り取ったかのようなスローモーションで、姉と、仕留めるべき賞金首はひとつになって橋から落ちていった。
「―――っっっ!」
 ドボン、と重い音がした。
「何やってんだよ。あれじゃ賞金首を捕らえたことにならないじゃないか!」
 橋を見下ろす邸のバルコニーに、一人の男とその取り巻きの姿があった。
「そこのハンター。アレと一緒に落ちた女の仲間だったよな。ボクが褒美あげるよ。あ、それとも『殉職』手当てになるかな」
 高みから放り投げられた革袋がじゃりん、と重い音を立てて落ちてくる。
「……っこの」
 クソ野郎と叫びかけた弟の口を、もう一人の大柄なハンターが押さえた。
「ありがたく頂戴しとくぜ。……それと、今落ちたヤツの捜索の邪魔まではもちろんしないだろうな?」
 大柄な男は窓の人物に向けて軽く肩をすくめてみせた。そこに『仲間』をやられたことに対する憤りは微塵も感じられない。
(フェリオ、なんでこんなヤツらに……っ)
(リジィ、お前は黙ってろ)
 怒りを隠そうともしないリジィを、フェリオは力ずくで押さえこんだ。
 抵抗を見せるリジィだったが、フェリオの拳が白くなるぐらいに握りしめられているのを見て、ぴたりと動きを止める。
「そこまで野暮なことするもんか。たとえ仲間じゃなくて怪盗エレーラを引き上げたとしてもね。……そうそう、万が一エレーラの死体を引き上げても、こっちに報告すんなよな。ボクの配下は気が荒いヤツが多いから」
 つまり、それは横取りされても知らないということ。
「あぁ、そりゃありがたいこった。そんじゃ、失礼するぜ」
 何気ない動作で――それでも窓の上の男と取り巻きに気を配りながら金の詰まった袋を拾い上げると、フェリオはリジィの腕を掴んでゆっくりと邸に背を向けて歩き出した。
 そして、窓の男が中に引っ込んだ気配と同時に、ぐっとリジィの耳に口を寄せる。
「オレは向こう岸を探す。ここから下流に沿って探すんだ。見つけたら互いにカンテラで合図」
 それだけ言うと、フェリオは再び橋に駆け戻った。
 リジィは自分のカバンからカンテラを取り出しながら、橋の下に入る。
 川面は暗く、全てのものを飲みこむようにざわざわと流れている。
 油断すると、じわりとにじんでくる涙を乱暴に拭うと、彼はゆっくり川岸を歩き出した。
―――どうして、こんなことになってしまったんだろう。

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