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第6話.戦士ではなく怪盗として

 3.2度目の夜


「あれ、フェリオさんだけですか」
 宿屋一階の食堂で突っ伏していた彼が顔を上げると、そこにはいつもと変わらぬ微笑を浮かべたヤツがいた。
「なんだ、お前か。何か手がかりでも―――」
 言い終えるより先に、彼はフェリオの向かいに座った。にこにこと掴み所のない笑みを浮かべ、相手の出方をじっくり待つイメージがあったのだが、違ったのだろうか。
「リジィさんはどうしました?」
 問われて「あー」とどうでもいい返事を口にするフェリオ。
「あいつは、寝てる。探しモンが見つからなくてな」
「そうですか、そちらでもディアナさんは見つかっていないんですね」
 あっさりと淡い期待を打ち砕かれ、フェリオがむっとした表情を見せた。
「そういや、あの社長が事情知ってたのは、お前か?」
「わたしと言えばわたしですが、私兵の方に多少ツテがあるものですから。―――フェリオさんも顔色が悪いですよ。一睡もしてないんじゃないですか」
「徹夜ぐらいはよくあるさ。それにちょっと仮眠もとったし、問題ねぇよ。リジィのやつは、ほれ、身体弱ぇから」
 お前になんか心配されたくねぇや、と視線で答え、フェリオは再びテーブルに顔を伏せた。
「それが人に当て身くらわせたヤツの言うことかよ」
 その不機嫌な声は全く別の方向からした。
 今まさに階段を下りてきた彼は、食堂のカウンターで濃いお茶を頼む。
「……リジィさん。今のはどういう?」
「マックスさんの所に行った後にね、そこで沈んでるヤツに拳くらって、気づいたらベッドの中だよ」
「あんな状態で探したって見つかるもんも見つかんねぇだろうが。むしろ感謝して欲しいくらいだぜ」
 リジィは湯気の立つお茶を片手に、ゆっくりと2人の座るテーブルへ向かって来る。
「それで、用もなく来るってことはないんだろ」
 座ったリジィはいきなりダファーに切り出した。
「……どうやら、そこまで疲れているわけではないようですね」
 ダファーは、ふぅ、と息を吐く。
「これは良い知らせなのかどうかは知りませんが、エレーラが再度予告状を出したようです。……指定は今夜」
 彼の言葉を聞いた2人の表情がこわばった。
「それは、ホンモノか?」
「さぁ、ヤードが筆跡鑑定をしたわけでもないので確証はありませんが。前回の予告状を見た内部の人間が捏造するには、ちょっと時間が足りませんし」
「そうだね、ホンモノの予告状が手元にあるんだから、見比べても遜色ないものでないといけないもんね」
 リジィがずずっとお茶をすする。
「つまり、ホンモノと仮定すれば、エレーラはピンシャンしてる、ってことか」
「……それはないんじゃないかな。まず、あれで無傷なんてことはありえないだろうし」
「そうだな。一度闘ってよく分かったけどな、アレはかなりプライド高いぞ。ニセモノを許さないのがいい例だ。こけにされたなら、とことんやり返すだろ」
 見事な洞察力にダファーは舌を巻いた。
(残念ながら、まだ真実までは至ってないみたいですけど)
 どちらにしろ、昔の彼女を知るこの男なら、いずれ真実に辿りついてしまうだろう。何とか早目に引き離す方法を模索しないと。
「わたしからはそれだけです。……では、まだ仕事がありますので」
 ダファーは、ほほえみを消して立ちあがり、口の中で軽く呻いた。
「おい、お前の方こそ顔色悪いんじゃねぇのか?」
「……そりゃもちろん」
(腹に穴が空いてますから)
「怪盗エレーラの素顔を知るチャンスを逃したくありませんでしたので、わたしも徹夜で川さらってましたよ。そういえば、会いませんでしたね」
 さらさらと流れるような嘘をつくと、ダファーはくるりと2人に背を向けた。
「……あぁ、そういうこと、な」
「千載一遇のチャンスだったわけだもんね」
 リジィは何かを考え込むように、再び茶をすすった。
「……フェリオは、今夜も行くの?」
「そりゃ行くさ。エレーラがあの坊っちゃんに一泡吹かすところも見てぇし、一緒に落ちたエレーラに聞くってのもアリかもしれねぇしな。なにせ、警備の人間にまで手加減するような念の入った『義賊』だからな」
 大きくアクビをするフェリオに、なるほどね、とリジィが頷く。まさか狙っている賞金首から情報をもぎ取るなどと、リジィには考えもつかなかった。
「僕は、もう一度探しに行って来る。川岸の足跡探すんじゃなくて、川沿いに住んでる人に聞きこみを―――」
 と、いきなりフェリオはリジィの頭をポカリと殴りつけた。
「アホか、お前は。そういう手間を省くために正義新聞なんて行ったんじゃねぇか。ちっとは目ぇ覚ませどアホ」
「じっとしてるよりは、そっちの方がいいんだよ」
「だからお前はアホだってんだよ。正義新聞の方に情報が入れば、まずここに流れて来るだろうが。やるべきことは全部やった。後は果報は寝て待て、だろ?」
「……」
「なんだ? 俺に惚れたか?」
「フェリオは、姉さんが心配じゃないの?」
「こういうのは、信頼なんだよ。エレーラが生きてる以上、ディアナが生きてる可能性はある。だいたい、こんなことでディーがくたばるワケがねぇ」
(たとえ、あの位置関係で、エレーラよりも痛手を受けてたとしても?)
 自信満々に見せたフェリオも、心配していないわけではなかった。万が一のことを考えたらそれこそぶちキレそうなぐらいに。
「だいたい、お前にここでダウンされちゃ困んだよ。お前はエレーラから情報取り出せなかった場合の切り札なんだから」
「切り札?」
「もし、ディーが見つからなければ、お前を理由にしてあの邸ぶっ潰してやる」


 フェリオの憤りをよそに、ディアナはいつもの怪盗エレーラのスタイル――黒装束にゴーグルと頭巾――で邸内の一室にいた。やたらと乱雑に物の置かれた、倉庫代わりになっている部屋である。
「やっぱり、ないわね」
 予告状を残す前に確認はしたが、やはり、竪琴はそこになかった。
 一人、邸に戻って来たエレーラは真っ先にこの部屋へ足を運んだ。前回、同じように潜入したダファーと待ち合わせをした場所だ。ダファーの言う協力者に竪琴と集めた証拠品を持ち出させることにして、ここにそれらを紛れ込ませたのだった。
「でも、こっちはあるのよねぇ」
 カモフラージュのためにエレーラ捜索に加わっていた協力者に、彼女は直接会っていない。
「まだ、望みはあるってことかな?」
 たとえ竪琴が奪われても、彼女にとってはたいした問題ではなかった。あくまで竪琴は『悪事の証拠』の副産物なのだから。
「……とりあえず、これはこのままでいいかな」
 エレーラは、アイヴァンの犠牲者というその協力者を信じることにして、書類の束を元の場所に戻した。
「とりあえず、竪琴、なんだけど」
 エレーラは軽く舌打ちをする。
(ちょっと、甘く見てたかしら)
 昨晩と同じように私兵がうろうろとしているだろうから、その警備の流れから竪琴の位置を把握できるだろうと予測していたのだが。
「ぜんっぜん、警備らしきことしてないみたいなのよね」
 予告状は、玄関ホールに飾られた現当主の父親、ワイク・アルレーテの肖像画なんていう目立つ所に置いたのだから、発見されていない、なんてことはない筈だ。
(まぁ、誰かが握り潰してなければ、の話なんだけど)
 予定の時間まで、数時間。まさか邸内を片っ端から探すわけにもいかない。とすると、選択は自然と限られる。
(どっちにしよう、かな)
 この邸の主人を探すか、それとも警備を一任されてるっぽい、私兵のリーダーを探すか。
(とりあえずは、先に見つけた方でいっか)
 エレーラはあっさりと判断を下し、ひょい、と天井裏に潜り込んだ。
―――ディアナとしてこの邸にやってきたときに通された応接間に向かおうとした彼女が、それに気付くまでには大した時間は必要なかった。
(これは……)
 人の出す雑音に混じって微かに聞こえるのは、ポロン、ポロンと爪弾かれる弦の音色。
(おびきよせようってわけ?)
 罠だと感じとりながら、彼女はそこに向かう。見取り図から言えば、それはクリス・アルレーテの私室。
(……どっちにしろ、竪琴は奪っていかないといけないんだし)
 エレーラは狭い天井裏の中で方向を変え、ゆっくりと動き出した。
 
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