第9話.シンデレラの涙4.外と内~交錯する気持ち~「んで、結局のところ、こうなるわけだな」 エレーラの予告時刻を待ちながら、ぼんやり呟いたのはフェリオだった。 「しょうがないだろ。僕だってイヤに決まってるじゃないか」 隣にいるのはリジィだ。ライフストリーム総本部の白い壁に体を預け、耳をすませている。 二人が何度目かの共同戦線を張っているのには、理由があった。見取り図を手にしてあれやこれやとエレーラの逃走ルートについて宿で議論しているところを、アンダースン警部と研修生スワンに見られ、ここにあるルートを除いた全てをヤードに押さえられてしまったのだ。 「まぁ、運がいいことを祈っておくか」 フェリオは気軽に言うものの、リジィはこの逃走ルートに確信があった。これまでのエレーラの逃走ルートから言えば、確実にヤードが展開している位置なのだが、それは、教団本部を出た後の逃走しやすさに重きを置いたルートだった。 (でも、今回は……) ヤードを中に入れないこの教団、よほど自信があるのだろう。……とすれば、本部内から逃げやすいルートを行くに違いない、とリジィは思っていた。 「なぁ、リジィ」 「なんだよ」 「……俺とエレーラとディアナ。誰が一番強いと思う?」 「知るか」 (姉さんと、エレーラか。やっぱり関係があるんだろうなぁ) 実を言えば、ダファーにあんなことを言ったものの、リジィは本当は何も分かっていなかった。いや、材料を目の前にして分かろうとしなかっただけなのだろうが。 (ダファーは、姉さんの何を知ってるんだろう) いつだったか、エレーラの出没地点を地図上で追っていた時に、リジィはあることに気づいた。それに気づいてからは、エレーラを本気で捕まえたいとは思わなくなってしまったのだ。姉はやっきになって、あのポーチを取り返そうとしているようだけど。 「なぁ、フェリオ。エレーラは義賊って言われてるけど、それでも捕まえたいもんか?」 「? 良心の話か? 俺は自分のけじめと、きっかけと、ついでに金のために捕まえたいと思ってるだけだ。いちいちそんなこと考えてたら、この仕事できねぇし」 「……」 (エレーラの目的は、僕の予想が正しければ、こことあと一ヵ所で終わる。……その前に捕まえてしまっていいんだろうか) 「たとえばだ、こないだのアカ詐欺。ガキの頃に親なくして、だから人を騙して生きてきたって言ったよな。それを許していいかどうかって話だ」 忘れたかった出来事がまざまざとよみがえり、リジィの全身に鳥肌が立った。 「ハンナ……いや、アナ・グリーブズのこと?」 「そうだ。あれをお前は捕まえたくないと思うか?」 嫌な顔をするリジィをニヤニヤと眺めたフェリオは、自分の武器を取りだし、刃の部分を月光にかざした。 「それはないよ。それを言うなら、姉さんや僕も同じ条件にあてはま……いや、なんでもない。僕が言いたいのは、エレーラに少なからず共感している僕がいるってことだ」 「悪い者いじめがか? そりゃ、考え方の問題だな。なんだ? この仕事降りるのか?」 「そうじゃない。ただ―――」 何かを言いかけたリジィは、うまく言葉にできず、口を閉じた。それを見て、フェリオがさらに言葉を続ける。 「たとえば、エレーラが狙うような悪いヤツらは、自分の為に私腹を肥やす。エレーラは、まぁ何かヤツなりの理由があるのかもしれねぇが、たとえば名声のために悪いヤツを狙う。俺らは賞金と名誉のためにエレーラを狩る。そういうことだろ?」 ―――誰もが、自分のために。 フェリオの言葉は、そう聞こえた。 「てめぇのやりたいことをやってりゃいいんだよ」 ニヤついた顔のままで、考え込むリジィの頭をポンポンと叩いた。 「ま、悩め悩め。若い時に悩んでおいた方が、バカな大人になれるさ」 「フェリオ……僕を何歳だと思ってるんだ」 「ディアナのおかげで、あんまり悩まずにこの仕事についたんだろ? だったら、その分のツケを今払うってもんだ」 「……」 目の前のフェリオを大人だと思ってしまう自分に腹が立ったのか、リジィはフェリオの背中に軽く蹴りを入れた。 「とりあえず、僕だって捕まえたいさ。……姉さんの手を放すためにね」 「お、シスコン卒業か? 安心しとけ、あとは俺が面倒見てやっから」 「……とりあえず、フェリオだけは認めないよ。義理の兄なんてまっぴらだ」 「へん、いつもの調子が出てきたじゃねぇか。ほれ、いい加減、時間になるぜ」 「望むところだ」 ![]() 「えぇっと、そろそろ……かしら?」 天井に空いた通気孔から中の様子を伺えば、瞑想室のド真ん中に、そわそわとし始めた尊師サマがいた。 (こんな静かな部屋じゃ、懐中時計も確認できないしねぇ?) 本堂の上に位置する鐘の音が合図になる……予定なのだが、何しろ、いつもはそこかしこに張り込んでいるヤードの挙動から時間を見ていたのに、今日はその姿が一つもない。 「むぅ……」 小さく唸りながら、尊師はきょろきょろと周囲を気にしだした。両手で握りしめているのは、紛れもなく『シンデレラの瞳』である。 (うっわ~。ちょっと、汗でギトギトになってるの盗まなきゃいけないの?) ボディラインもあらわになるほどぴったりとした黒装束に、同色の皮手袋をはめているエレーラだったが、その手袋越しにじっとりと生温かい感触が伝わってくるかと思うとゲンナリした。 ゴーン ゴーン ゴーン…… (鳴ったっ!) 体中に満ちてくる緊張に笑みすら浮かべ、エレーラが通気孔から瞑想室に降り立った。 「お、お前はっ!」 ゴーグル越しに見える尊師は目を白黒させてエレーラを見た。 「……う、噂には聞いていたが、いい体じゃないかっ!」 (このエロ尊師っ!) 心の中でツッコミを入れるものの、外見上は笑みを浮かべたままで尊師と対峙する。 「あたしのことを知っているなら話は早いわ♥ ―――それをいただける?」 「盗人にくれてやるために買ったのではないわっ! まぁ、一晩で売っても良いが……」 じっくりと、まるで舐めるようにエレーラの体を見る尊師に、彼女の怒りゲージがぐぐっと上がる。 「あらぁ、残念ね♥ 尊師サマはあたしの好みのタイプじゃないの」 ゆっくりと、まるでエモノを追い詰めるように、一歩、二歩と間合いを詰めるエレーラに、尊師が慌てて言葉を重ねた。 「待て、金か? 金が欲しいんだな?」 「あなたのお金じゃないでしょ♥ 悪徳教団も程度に寄りけりだと思わない?」 「何を言う、『信者』と書いて『儲け』と読む! これがわしの信条じゃわい」 「……サイテー」 付き合ってられない、とばかりに一気に間合いを詰めるエレーラ。それよりも早く尊師が『シンデレラの瞳』をささげ持ち、それを口に――― 「じょうだんでしょっ!」 ためらうヒマすら惜しんで、エレーラは右手を尊師の口に突っ込んだ! 「んがっ、……ぐぁほっ」 喉の奥に転がり込む寸前、エレーラの手がそれを掴む。 「シャレんなんないわ♥」 取り出したのは、ヨダレででろでろになったダイヤモンド。 エレーラはゆっくりと、目の前で咳き込む尊師を見る。 「……あんたがロクでもないこと考えるから」 その視線に気づいた尊師が凍りついた。 「いや、待て、話せば、きっと、……わかるはずじゃわい」 「……もんどうむよう」 『シンデレラの瞳』をぽいっと床に落とし、エレーラが右の拳を尊師の腹に叩き込む。 「ぐほっ!」 くの字に折れ曲がった尊師の体を包むローブに手をかけると、エレーラはそのままローブをまくり上げた。正視に堪えない太鼓腹があらわになる。 今度は左手でポーチをさぐり、ロープを取りだすと、そのまま尊師の頭の上でまくりあげたローブをきゅっと縛った。 「茶巾ずしのできあがり♥」 ローブに通した腕ごと縛られているので、もがもがと動くも、ほどける様子はない。 エレーラは落ちつき払って、よだれまみれの右手をローブの裾でぬぐい、落ちていた『シンデレラの瞳』も同様にふいた。 「さて、これで良し」 もがもがと何かを叫ぶ茶巾ずしに背中を向け、エレーラは堂々と扉に向かう。 (人目をひきながら帰らないとね) ダファーが証拠品を持ちかえるまでは。 | |
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