第10話.シンデレラの三人の義兄1.3人のバッドモーニング夏のあの日も雨が降っていた。 やっぱり、今日みたいにざあざあと降り続いて、それなのにじっとりと汗ばんでくる。 それは、まるで、あの時の二人の涙みたいに。 あの時の悔しさと、行き場のない憤りを、きっと忘れることなんてないんだろう。 「何見てんだ?」 「ううん。ただ、雨だなぁって」 「……大丈夫か?」 「うん。大丈夫よ? 全く、心配性なんだから」 「それで、……それでも、続けていいんだな?」 「あったりまえよぉ。その為に、全部話しに来たんでしょ? しっかりしてよ」 「ほいよ。それで、今後の潜伏だけどな……」 「……」 「弟のことが、気になるんだろ」 「別にぃ?」 「バレバレだ」 「……いじわるね」 ![]() 昼を過ぎても、雨はやむ気配すら見せなかった。それどころか、いっそう激しく降り続いていた。 「あーあ。……でも、まぁ、ピーカンに晴れてるよりはいいか」 宿の窓から外を眺め、フェリオはぐぐっと伸びをした。夜遅くに戻ってきた上に、ガラにもなく考え込んでしまったために、睡眠時間は著しく少ない。それでも、起きなければ、という脅迫観念にかられて、のそのそとベッドから這い出てきたのだ。 「さて、隣はどうしてっかな」 隣で同じように悩みの夜を過ごした筈のリジィを思い浮かべ、くつくつと笑う。 「ま、どうなってるか知らねぇけどな」 少なくとも悩み過ぎで自殺するようなタマではないことは確かだ。そう思って、フェリオは手早くボサボサの髪を整え、廊下に踏み出した。 「腹減ったなー」 ボヤきながら、一階の食堂へ降りていく。昼を過ぎた時間でも何か作ってくれるだろう。 向かった食堂には、カッパを着たままお茶をすすっている男がいる以外には、誰もいなかった。 「おーい。何かゴハンあるかい?」 カウンターの中に声を飛ばすと、すぐさま「あいにくA定しかできないよ」と威勢のいいおばさんの声が戻ってきた。 『A定食……焼きメシと大根スープ』 幸いにも、彼の嫌いな「アレ」は入っていなさそうなメニューだった。 「んじゃ、A定よろしく」 「あいよっ」 フェリオはぐるりと食堂内を見渡し、どこに陣取ろうかと考える。そこで、例のカッパ男が小さく手を振っているのに気づいた。 「……なんだ。お前かよ」 「別にわたしでもいいじゃないですか」 カッパ男、ダファーは正義新聞を一部差し出して「どうぞ」とのたまった。 フェリオはジャラジャラと鳴るポケットから硬貨を取り出してダファーに渡す。定期購読を申し込んでからは、いつ来るか分からない新聞のために、百イギン硬貨を、ポケットに入れておくのが習慣になってしまった。 「まいど、ありがとうございます」 「ふん」 広げた正義新聞の一面にはデカデカと『托字系教団ライフストリームの過去と今!』と安っぽいレタリングの文字が踊っていた。 「ほいよ、A定あがったよ」 フェリオは新聞を読みながらA定食を取りに向かう。右手に新聞を広げ、左手にトレイを持って、すぐにカッパ男の向かいに座った。 「そんで? どれが昨日、ディアナが掴んだネタなんだ?」 焼きメシを頬張りつつ、新聞を読みながらダファーに問いかけた。 「昨日、手伝っていただいたのは、過去の方ですよ。いやぁ、なかなか帳簿が見つかりませんで、結構時間がかかっちゃいましたよ」 あはは、と笑うダファーは「ところで、ディアナさんはどこにいるのか知りませんか? 先ほど、部屋まで訪ねたんですけど」とフェリオに向かって尋ねた。 「……あー」 なんと答えればいいのか分からず、フェリオは「懐かしいのが出てるな、おい」と話を逸らした。 「アイヴァンか。へー、それを教団作る元手にしたのか」 「そうそう、その証拠を昨日、ディアナさんと一緒に探したんですよ」 ―――数年前、人々を恐怖の底に突き落とした感染病があった。その名前は、AAA。本当はおそろしく長い名前ではあるが、頭文字をとってトリプルエーと呼ばれる。その病気は発症すれば九割の確率で死亡するという恐ろしいものだった。 以前は、とても発症しにくい病気で、さしたる知名度もなかったものだったが、あるとき、突然変異により、その感染率をぐん、と高めたのをきっかけに、またたく間に蔓延した。これを逃れたのは、その前年に流行ったある病にかかった者。運良く発症しなかった者、そしてアイヴァンを手に入れた者だけだった。 アイヴァンはそのトリプルエーの唯一の特効薬であった。元々アイヴァンさえ手に入れば死ぬことはない病気だったが、蔓延し始めた頃に、それを買い占めた者達がいた。彼らさえいなければ、死亡人数は数えるほどで済んだのかもしれない。そう語る専門家もいる。 「あちこち渡り歩くハンターにゃ、縁遠い病気だったな」 「その頃は、もうハンターだったんですか?」 「……なりたて、だったかな。その前の年に流行ったBBTにかかってたからな」 フェリオは大根スープをすすった。 「BBTが流行らなかった地域にいた人達は悲惨なものだったそうですね」 「まぁ、べらぼうに高かったらしいからな。命の値段っちゃぁ、それまでだけどな」 と、そこまでしゃべくり、フェリオはハッと気づいた。 (なんで、オレはダファー相手に話してんだ?) 「珍しい取り合わせだね」 後方から声がしたのは、丁度その時だった。 「ちょうどいいところに。ディアナさんはどこにいますか?」 「……姉さん? あぁ、新聞か」 リジィは(しらじらしい)と呆れかえりながら、ことのほか、何でもないことのように振舞い、フェリオの隣に座った。 「……そういえばさ、姉さん名義の新聞購読を僕名義にすることってできるか? あと、旅先で受け取る方法について教えてほしいんだけど」 「名義を変えるのでしたら、一応、両者の合意が必要です。……ディアナさんとケンカでもしたんですか?」 フェリオの手前、まどろっこしいやり取りを止めるわけにはいかなかった。 「まぁ、そんなところかな。ちょっと、姉さんが……行方不明になってね。ふらりと出ていったみたいだ」 「……そうなんですか? それは、困りましたね」 ダファーは茶封筒をリジィに差しだした。 「では、リジィさんが受けとってください。昨日の謝礼です」 「……いや、姉さんがそのうちひょっこりと行くだろうから。お金に関しては忘れないからね」 そうですか、と封筒をカバンに戻すダファー。 「あ、そうだ。あと……マックスさんに会いたいんだけど。今はどこにいるの?」 「社長ですか? 一応、このリルアタにはい居ますけど」 「会えるかな」 「まぁ、いくらでも連れていきますよ。……どうせ、ロクでもない記事で悩んでるんでしょうから」 ダファーが立ちあがるのを見て、リジィも立ちあがった。 「ふぁっふぁ!」 フェリオが慌てて声をあげた。口の中には焼きメシがぎゅうぎゅう詰めになっている。 「ふぉふぇも……ん、オレも行く」 「フェリオ、マックスさんと会って、大丈夫なんだ?」 ―――『妹』にコナかけてる男が。 「……まぁ、何とかなるさ」 | |
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