第10話.シンデレラの三人の義兄3.チェーンデスマッチ!フェリオVSダファー「シツレイしマス」 シーアがフェリオの左腕に手錠をはめた。 「ルールは……どうしよっかなぁ。使いものにならなくなんのも困るしなぁ」 フェリオの手錠は鎖に繋がれていて、その先にはダファーが右腕にはめた手錠がある。鎖の長さは肩幅程度。相手の攻撃を避けるにはツライ長さだ。 「シャチョサン。フウセン、ありマス」 「そんなんあったっけ? あぁ、祭用のか。シーア、ちょっくら膨らましてこいや。……二個でいーや」 言われてパタパタと出ていくシーア。 「ところで、マックスさん。僕も見て行っていいですか?」 「あぁ、見たきゃ見てけ。お前もダファーの闘う所は見てねぇだろ」 「ダファーの姿でない時なら、お会いしましたよ」 じゃらじゃらと鎖のついた手を振り、ダファーが答えた。 「……まさか、ボルギア家の首飾りのときのエレーラって」 「はい、わたしでした」 言われて、確かにその可能性が大きかったことに気づいたリジィは、鎖に構わず準備運動をしているフェリオに声をかけた。 「とりあえず、油断しない方がいいと思うよ。姉さん相手ぐらいにやってみなよ」 「……あぁ? 俺はいつでも本気だぜ」 自信満々なフェリオの返事に、リジィは軽く肩をすくめた。テーブルに置いたままのカップを持ち上げ、そこでお茶がないことに気づく。なんとなく、そのまま置くのが気まずくて、飲むフリをした。 「オ待たセしまシタ」 勢い良く入って来たシーアが両手に水ヨーヨー用の風船を手にして戻ってきた。 何が面白いのか、ぱっしゃんぱっしゃんと軽く叩いている。 「シーア」 「ハイ、シャチョサン」 「水、入れたのか?」 「ハイ。シャチョサン」 そのやり取りに、思わず顔を見合わせる鎖付きの二人。 「ま、いいか。―――片付けはお前が一人でやれよ」 「ハイ、シャチョサン」 よくねーよ、と抗議の暇もなく、シーアが二人の肩にそれをくくりつけた。フェリオは左手首に鎖、右肩に風船。ダファーは右手首に鎖、左肩に風船という格好だ。 「えぇー? ここなんですか?」 さすがにダファーが声を上げた。肩、ということはそこより下は被害を受けるということ。 「頭の上でもいーけどな」 マックスの言葉に、さすがにそれ以上の反抗は見せられなかった。 シーアが、マックスにコインを手渡す。 「お、気がきくじゃーん? そんじゃ、これが落ちたら開始な」 言うが早いかピィンとかん高い音を立てて、コインが弾かれた。 くるくると回転しながら放物線を描くコイン。 ――― ラウンド ワン ――― そして、それは重力に逆らうことなく床に落ちる ――― ファイト! ――― カィンという音とともに闘いが始まる。 先に動いたのはフェリオ。 鎖のついた腕をぐっと引き、バランスを崩させようとする。 「ちょっと、体重差があり過ぎですよ」 途方にくれて呟くダファーだが、その足はしっかりと耐えている。 「なんだ、だらしねーな。そのぐらい耐えろよ」 無責任なヤジを飛ばすマックス。その隣のシーアがリジィに話しかけた。 「オトウトサン。チョット、オカりしテもヨイでスカ?」 「え? 僕?」 「ムコウのヘヤに、ツレテいくの、ヨイでスカ?」 「……まぁ、いいけど」 ダファーとフェリオの闘いを見ていたいけれど、とは思うものの、シーアの言う通りに部屋を出た。 「コッチでス」 言われるがままに隣の部屋へ行く。 「チョット、おマチくだサイ」 シーアは部屋の真ん中にリジィを待たせ、隅にある戸棚を開けた。そこから取りだしたのは――― 「それは……!」 「でぃあなサンからアズかりまシタ。オトウトサンにワタしてホシイといいまシタ」 茶色のカバン。それは、ディアナがハンターをする間、ずっと手放さなかったカバンだった。 「えれーらデつかうノデ、クロいカバンはアゲられナイと、いいまシタ」 シーアが差しだすカバンに、おそるおそるリジィは手を触れ、そして持ち上げた。 「重い……」 中にはディアナが使っていたであろう、たくさんの道具が入っていた。 「ありがとう。シーアさん」 「どういタまシテ」 「……『どういたしまして』」 「どういタシまシテ」 「姉さんに会うことがあったら、ありがとう、って言っておいてくれるかな」 その言葉に、シーアは、一瞬、きょとんとしたように見えた。と言っても仮面の下の表情までは分からないが。 「……ハイ。よろコンデ」 ![]() 戻ってきた二人に、マックスがのんびりと声をかけた。 「なんだ、それ渡しちまうんだ」 「ハイ、でぃあなサンにいワレまシタ」 シーアは淡々と答える。 「それで、どうなってるんですか?」 リジィはいまだ闘い続ける二人を見る。 「決着がぜんぜんつかねーでやんの。そろそろ飽きたんだけどよー」 決着がぜんぜんつかない、と評された二人は、今は睨み合っていた。 ―――と、ダファーが動いた。 右手首の鎖を勢い良く引き下げる。それに対し、慌てて力を込めてこらえるフェリオ。そのタイミングを見計らって右手にかけた力をゼロにし、 フェリオがほんの少し体勢を崩したところに左のハイキックを叩き込む。 それを右手で受け止めたフェリオがそのままダファーの足を引っ張りあげようと力をこめる。 ダファーはすかさず右手首とフェリオが掴む左足に全体重を預けた。 二人の手首に食いこむ手錠。 「っっ!」 痛みか、それとも重みに耐えきれないと悟ったか、フェリオは勢いよくダファーの左足を放った。 放られたダファーはその勢いを利用して、右手で鎖を掴んで、ぐぐっと投げる素振りを見せるが、どだい無理な話。相手の左手首を痛めつけるだけに終わる。いや、むしろこっちが本当の目的だったのだろう。 「あー、ちゃっちゃと終わらないかなー。ぶっちゃけ飽きたー」 マックスが早くカタをつけろと暗にぶーたれているのに対し、ダファーが苦笑いを浮かべた。 「無茶言わないでくださいよ。わたしだって、いっぱいいっぱいなんですから」 ダファーもフェリオも、手錠につながれた手首は真っ赤になり、ところどころ血がにじみ出ていた。 「シャチョサン。どくた、すとっぷデス」 「あぁん? 男の闘いに水なんて差せるか?」 「……ソレでも、トメるデス!」 「あーのーなぁ? これはテストなんだよ。だいたい……あぁ、そうか」 マックスは何か思いついたように、ぶつぶつと呟く。そのまま自分の机にすわり、猛然と何かを書き始めた。 「シャチョサン!」 「シーアが止めたきゃ止めていーぜ。……そこのリジィには荷が重いから頼むようなことはすんなよ」 何かを書き続ける右手と、無責任にひらひら手を振る左手と。マックスの興味はすっかり逸れてしまったらしい。この間にダファーの言う「ロクでもない記事」でも書くのだろうか。 「……モウ!」 シーアがうろうろと歩き回る。何かよい物はないかと探しているが、雑然とした部屋の中には、活字を刷る前の紙束ぐらいしかない。 「マド、あけタラ、ミズイリになるデスか?」 呟き、フェリオの後方にある窓を開けてみるが、風もたいして強くないため、雨も吹き込まなかった。『水を差す』の意味をそのまま誤解してるのだろうか、とリジィが声をかけようとした。 「おい、リジィ、ちょっと来いや」 ちょうど、その時、マックスがちょいちょい、とリジィを呼んだ。睨み合う二人の動向も気になったが、逆らえるものでもないし、すぐに呼ばれるまま机に座るマックスの元へ行く。 「あのフェリオってヤツの綴りだけどよ……」 マックスがそう言ったとき、パンっと破裂音が響いた。続いて、びちょっという音。 「……そうきましたか」 右肩から水をしたたらせた男が苦笑した。ダファーだ。 対するフェリオは左半身を濡らしたまま、呆然と一点を見つめていた。 その先には、銀色に光るかぼちゃの馬車のカード。 フェリオが慌てて振りかえった先には両頬に手をあてているシーアが立っていた。そして、その後ろには開け放たれた窓がある。 「ディアナ……か?」 のろのろと呟いたフェリオの声にはっとしたか、慌てて後ろを振り向くシーア。 「アレ、ドコにいったデスか? でぃあなサン?」 窓の向こうに呼びかけるが、返事はなかった。 「あーあ、びしょびしょじゃないですか。シーアさん。タオルと雑巾出してください」 「ハイ。だふぁサン」 窓を開けっぱなしにしたまま、シーアが部屋を出る。 呆然と窓を見つめるフェリオの頬を湿った風が撫でていった。 「社長。こんな結果になりましたけど……」 ダファーの呼びかけに、マックスが「あぁ?」とガラも悪く返事をした。 「なんだ、そうなっちまったの? んじゃ、その原因に決めさせろや」 マックスはカリカリと何かを書きつづけている。 「原因って、ディアナさんですか?」 「ちゃうちゃう。シーアが窓開けたんだろ? そこにディーが来た。今、ここにディーがいねぇんだから、シーアに決めさせとけ」 「はぁ……。あ、リジィさん。そこの机の上に手錠の鍵があるんで、とってもらえます?」 「あ、うん」 ほうけていたリジィが、ようやく我を取り戻し、鍵を放り投げた。 「リジィ、ディアナがやったのか?」 フェリオが声を絞りだした。 「いや、僕は丁度こっちを見てて、……でも、ダファーと、シーアさんは見たんだよね」 「わたしは見ました。シーアさんの方も見ていましたよ」 と、そこに丁度バケツに雑巾とタオルを持ったシーアが入って来た。 「たおる、モテきまシタ。……ドウゾ」 シーアはおそるおそるといった感じでフェリオにタオルを渡し、ダファーにも一枚渡す。 「ジュウタン、しかナイ、セイカイでシタ」 床材が剥きだしになった床を雑巾で拭くシーアはそう呟いた。 「シーア……つったか、お前はディアナを見たんだな?」 「ハイ。トテもミゴトでシタ。アコガれてシまいマス」 フェリオが大きくため息をついた。こんなに近くにいたのか、とボヤく。 「シーア。ちょいとこっち来いや」 マックスが手招きをすると、素直に歩きかけたシーアだったが、ピタリ、と足を止めた。 「……シャチョサン。アレ、ヤラないデスか? ダイジョブですカ?」 「あー……分かった分かった。今は『じょりじょり』やんねーから」 あぁ、こんなところにも犠牲者が。リジィは思いはするが口には出さない。 渋々と、武器のつもりか雑巾を手にしたままマックスの方に行くシーア。それをにやにやと笑って待ち受けるマックス。 「まぁ、いいから。これ見ろよ」 さっきまで何かを書いていた紙をひらり、とシーアに渡す。 「コレ、……? へりおサンてダレですカ?」 「アレ、アレ、さっきまでダファーと闘ってたヤロウだ」 言われてシーアがフェリオに顔を向けた。 「それデ、これ、ドウするデスか?」 「お前が、あいつに渡すかどうか決めていい」 マックスの意図が掴めず、シーアは小さく首を傾げた。 「お前が渡せば、俺はディアナの情報を流す。お前が渡さないなら、それはディアナに渡す」 「へりおサンはでぃあなサンと、カンケイ……どのカンケイでスカ?」 どんな関係なのかと率直に尋ねられ、フェリオが戸惑った。改めて問われると、自分と彼女とをつなぐものがあまりにも少ない。 「あー……ディアナから聞いてねーか? ほれ、顔見られた原因」 「……あっ!」 言われて何かに思い当たったのか、シーアはじろじろと遠慮なくフェリオを見た。睨むわけでもなく、むしろ値踏みする感じで。 「ソレなら、ワタしマス。でぃあなサンが、オナじヒトにニカイもマけまセン……」 シーアはおそるおそるフェリオに近づく。そして、右手に持った紙をそっと差しだした。 「……サンキュ」 フェリオの手がそれに触れる直前、シーアがさっ、と右手を引いた。 「ジャン、ケン、ポン!」 シーアの声に慌てて手を出すフェリオは、条件反射のグー。それを読んでいたのか、シーアはパーだった。 「ア、チむイテ……ホイ!」 ぐいっ、と右を向こうとしたフェリオ。そこにばっちーん、と容赦ない平手打ちが飛んで、左を向かせた。 「っっっ!」 「ワタシもイタいデス」 シーアが自分の左手をぷらぷら振って答えた。 「デモ、でぃあなサンは、モット、イタかった。ハズ、デス」 シーアは再び右手の紙を差しだした。 「……ありがとよ」 今度は紙をひったくるように奪い、フェリオが呟いた。その右頬は真っ赤になっている。 「なんだ、渡しちまったんだ」 マックスが心底つまらなそうにボヤいた。 「まぁ、いっか。……おい、フェリオ・ドナーテル!」 食い入るようにその紙を見ていたフェリオが弾かれたように顔をあげた。 「エレーラの次のターゲットは、四日後にバシュホーンだ。その後は法要の関係でしばらくねぇ」 「……」 「あと、その紙は、見終わったら隠滅しとけ」 「あぁ、もちろんだ」 マックスはそれだけ言うと、また、机に戻った。 「あと、リジィ。オヤジの法要で、ちょっと手伝ってもらいたいことがあんだ」 「……僕も?」 リジィがちらり、とダファーを見た。 「バシュホーンのが終わったら、オヤジの方へ来い」 「うん。分かった」 リジィは「姉さんに会えるの?」と喉元まで出かかった質問をぐっと飲み込んだ。フェリオの手前、聞けることでもないし、今は、むしろ会ってもどんな顔をすればいいのか分からなかった。 「じゃぁ、バシュホーンまではリジィは空いてるってことだな」 「え?」 「丁度いいや、バシュホーンまで付き合え」 「えぇ?」 「じゃぁな、社長さん。邪魔したな」 「二度と来なくていーぞー」 マックスの投げやりな声と、いつも通りのにこにこ顔のダファーに見送られ、リジィはずるずると引きずられていった。 | |
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