第10話.シンデレラの三人の義兄4.怪盗エレーラ・ド・シンの理由「オゴるなら、話そうか?」 「……はぁ?」 二人が泊まっている宿の一階。食堂には三時のお茶を楽しむ人がまばらにいるだけだった。 「なんだ、いきなり」 「なんなら、さっきマックスさんから受け取った紙を見せてくれたらでもいいよ?」 「だから、なんだっつの!」 「姉さんのことで僕が知ってること」 「……聞いてどうすんだよ」 「じゃぁ、どうして僕をここまで引っ張ってきたんだよ」 「だ・か・ら! 聞いたところで過去の話じゃねぇか。そりゃ、確かに……気になるけどよ」 「だから、オゴるなら話そうかって言ってるんじゃないか」 フェリオは、目の前に座るリジィを見て(普通、逆じゃねぇか?)と思った。 「……話したいのか?」 「……」 逆に尋ねられ、リジィは口を閉ざした。口に手をあてて、何かを考え込んでいるようだ。 「話した方がいい気もするし、話さないままの方がいい気もする」 「だったら、オレに丸投げするなよ」 「ついでに、さっきの紙も何が書いてあったか気になるし」 「……あー、あれな」 「何だったの?」 「オレの闘う時のクセだよ。あんのマッチョ、たったあんだけでいろいろ見抜いてくれやがった」 「あぁ、そっか。マックスさんだもんね。そのぐらいのイヤがらせはするか」 「あれで、なんでブンヤなんかやってんだよ」 「さぁ? 好きだからじゃないの?」 「……」 「……」 無言の二人。雨のせいもあってか、優雅にお茶をする客が新たに来ることはない。 食堂のささやかなざわめきの中で、とても特徴ある発音を聞いた気がして、フェリオは顔を上げた。 「……あ、イたデス」 間違いようもない、その姿。仮面に上半分隠れた顔と、黒髪のおさげ。そして、カタコトの言葉遣い。 「シーアさん?」 「ハイ。そうデス」 「……え、と、どうしてここに?」 「でぃあなサン、レンシュウする、ハナす、ヨイと、イいまシタ」 そう言うと、シーアはリジィに四つ折りの紙を手渡した。 『リジィちゃんへ シーアにあたしのことを話させるから、フォローと言葉遣いの訂正よろしく♥ ディアナ』
間違えようもないその丸文字に、リジィは怒ることも忘れて、笑いだした。(……姉さんらしいや) その手紙一枚がディアナが変わらず姉であることを教えてくれた。 「はいよ、姉さんからだ」 手紙を渡されたフェリオは、それを一読するなり、「じゃぁ、オゴる相手はこっちだな」とシーアを見た。 「えぇっと、シーア? 昼間から酒いっとくか?」 「……サケ? ナンでスカ?」 首を傾げるシーア。それに合わせて黒髪のおさげがゆらゆら揺れる。 顔が仮面で隠れているだけに少し不気味だ。 「さすがにそれはちょっと……あぁ、ケーキセットあるね。これでいいかな?」 「……ハイ。おマカせしマス」 「お前がオゴるんじゃねぇだろーよ」 ![]() 「んで、何を話してくれんだ?」 ケーキセット二つにエールジョッキ。それを囲んで三人が頭を寄せ合った。 「チチオヤとハハオヤのハナシ、デス」 シーアはそう言うと、チョコレートケーキの先っぽをフォークでつついた。鋭角な扇形に切られたケーキがぷるぷると震える。心なしか、シーアの口に笑みが浮かんだように見えた。 と、二人の視線が自分に向けられていることに気づいたのか、シーアはゆっくりと話し出した。 「でぃあなサン、の、オヤタチは、モノトりに……」 「『両親は』」 すかさずツッコむリジィ。 「ハイ、リョウシンは、モノトりにアって、ナくなりまシタ」 「……ふーん」 なんと相槌を打ったらいいか分からないが、それなりに言葉を出す。 「ハハオヤの、イモウト……フウフ? にヒキトられテ」 リジィは何も言わずに、自分の目の前の苺ムースに手を出した。 「りじサン、と、キョウダイ、シまシタ」 「『兄弟になりました』」 リジィに訂正されるがまま、言葉を紡ぎ直すシーア。 「……はぁ? そんだけ似てて兄弟じゃねぇの?」 「僕の母親と姉さんの母親はすごく似てたらしいよ」 驚くフェリオと淡々と答えるリジィ。その間で、シーアはきょときょととした。 「エ、と、ツヅき、ヨいデスか?」 ―――つたないシーアの話を要約すると、こうだった。 リジィの両親に引き取られたディアナは十三になると家を出て、師匠の所へ弟子入りした。 ハンターを目指した理由は親の仇討ち。だが、ハンターになってすぐ、その物盗りは別のハンターに捕らえられてしまう。それにランク的にディアナはまだまだだった。 ディアナは自分と同じような人間を増やしたくない一心で(かどうかは分からないが)、ハンターとして着実に名をあげた。フェリオと出会ったのもその頃だった。 そして、トリプルエーが流行った年。もう一つの悲劇が起きた。 「僕と、僕の両親がトリプルエーにかかったんだ。僕は詳しいことは知らないんだけどね。気づいたら、自分一人と、姉さんしかいなかった」 リジィはそう語った。 ―――親子三人がトリプルエーにかかった。アイヴァンはとてつもなく高価なものになっている。家の全財産と、ディアナがハンターで稼いだ金と合わせても、ようやく一人分のアイヴァンしか手に入らない。それだって、明日にはまた値段が上がってるかもしれない。そういう時期だった。 「イチニンブン、カう、……カって、ナヤんだ、とイってまシタ」 シーアが話す言葉はリジィも知らないことを紡ぎあげる。 「りじサンにツカうか、キかナイとワカる、サンニンでワケるか」 ―――両親は前者を選んだ。自分の死の恐怖に打ち勝ったのか、それとも、自分達の血を残す永遠を選んだのか、それは分からない。 「姉さんは、アイヴァンを買い占め、私腹を肥やした人間を探している。……そうだよね?」 「ソウデス」 シーアは自分のするべき話を終えて、ふぅ、とため息をついた。そして、ある一点を見つめた。 「……りじサン」 「なに?」 「ソレ」 シーアの視線の先には半分残った苺のムース。 「あ、あぁ、これ? うん、ちょっと甘すぎてね」 「……」 シーアの視線はそのピンク色のふわふわを見つめている。 「えぇと、食べる?」 途端に口元に笑みを浮かべるシーアだったが、さすがにすぐには手を出さない。 「ヨいデスか?」 「うん。ほら、残すのもアレだしね」 そっとムースの乗った皿を差し出すリジィに、「りじサンはヨいヒトデス」とシーアが感激する。 「……あー、んで、リジィ」 「うん。まだ何か?」 フェリオは甘いだけの物体Xにフォークを刺したシーアを、さりげなく視線から外して尋ねた。 「それで、お前はどうして、話すかどうか悩んでたんだ?」 「昔、正義新聞でアイヴァンの特集を組んでたことがあってね。その記事に匂わせてあった買い占めた人間、それがあと一人なんだ」 フェリオはくいっと自分のジョッキをあおった。 「できれば、それが終わるまでは、姉さんを捕まえて欲しくない。そう思う」 きっぱりと言い放つリジィにもはや迷いはない。 「ゴチソサマ、でシタ」 ぱむっと両手を合わせ、シーアが軽くお辞儀をした。見れば苺のムースは跡形もない。 「シーア」 「ハイ、へりおサン」 「……『フェリオ』」 「ヘリオ、サン?」 「『フェ』!」 「ふ…えリオ、サン?」 上目遣いでシーアがフェリオを見た。仮面の下の表情は読めないが、ビクビクしていることは態度から明らかだ。 「……フェリオ。大人げないよ」 「いや、なぁんか、恐がられてるような気がすんだよな」 「……アノ」 「なんだ?」 「へりおサンも、『じょりじょり』スル、デスか?」 ―――じょりじょり。 言われてフェリオは自分の顎を撫でた。 (そういや、今朝、剃るの忘れたな) ざらりとした感触にそんなことを思いだす。 「あんなんやるのは、お前んとこの社長だけだ」 ![]() 「それで? 今度のターゲットでおいしそうなのってあるの?」 「おいしい……とも言えるかな。ある意味おいしいぞ」 「なぁに?」 「これ」 「……」 「おいしくないか?」 「おいしいと言えなくもないかもね」 「……そういや、わざわざアイツに理由を話すまでしなくても、と思ったんだけどな」 「シーアのこと?」 「そう。わざわざ宿まで、ごくろーなこった」 「別に深い理由じゃないんだけどね。ただ―――」 「ただ?」 「そんなことで、あたしを追うのを躊躇するような男には興味ないの」 「それで? 興味の対象に入ったんだろ?」 「……そうよ。全然、動じた気配もなかったわ。『よくある話』って感じで」 「へー」 「あ、手出ししないでよ。アニキはすぐにちょっかい出したがるんだから」 「いや別に? ただ、ウォリスに言っとこーかなぁと」 「今度の法要の時でいいじゃない」 「それもそうか」 | |
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