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第10話.シンデレラの三人の義兄

 6.それぞれの道へ


「どうも、昨晩はお疲れ様でした」
 ダファーがにこにことやってきたのは、昼になる頃だった。
 二人、向かいあって食事をしていたフェリオとリジィが顔を上げる。
「……なんだ、お前か。シーアが来たらいじってやろうかと思ったのに」
「シーアさんは、事務所引越しの準備です。……おやぁ? シーアさんがお気に入りですか? 二股はいけませんよ」
「違うっつの。お前よりかはシーアの方が話してて楽しいからだって」
 そういうもんですか、と分かったような分からないような相槌をうち、ダファーは二人に新聞を渡す。
「おかげさまで、三回続いた『あなたの周りの超生物』が休載できました」
「あれ、そうなんだ」
 実はこっそり気に入っていたリジィが残念な声をあげる。手にした正義新聞の一面には『どこまで広い? P伯爵の麻薬流通ルート』と書かれている。
「……『盗まず盗む! 快盗エレーラの華麗な手口!』 おいおい、言いすぎじゃねぇのか?」
「あ、それ、ディアナさんが考えたんですよ。その見出し」
「……」
「……姉さんらしいと言えば、らしいか、な」
 新聞をぱらぱらめくる二人をにこにこと眺めるダファー。
「なんだ、ニヤニヤしやがって」
「いいえ。まさかうちの新聞をお二人が読む日が来ようとは思いませんでしたから」
「……それは、必要に迫られて、だなぁ」
「はいはい。別に構いませんよ。どんな理由があろうとも。……さて、私はもう行きますけど」
 そこで言葉を切り、ダファーはリジィをひた、と見据えた。
「リジィさん。逃げないでちゃんと来てくださいね」
 よほど手伝いがイヤだと感じているのか、ダファーが念を押す。
「あー。分かってる。ちゃんと場所は覚えてるから」
「それを聞いて安心しました。……あと、フェリオさん」
「なんだよ」
「次回はご希望通りにシーアを配達に行かせますね」
「だぁかぁらっ! 違うって言ってんだろうが」
 フェリオの反論を聞いているのかいないのか、「それでは」とダファーが去る。
「……へー、フェリオって、あぁいうのが好みなんだ」
「別に。反応は面白いんだけどな」
「でも、シーアさんとエレーラって共通点あるよね」
「あぁ? んなもんあったか?」
「二人とも、顔半分隠してるじゃん」
「……どぁほぅ」
 フェリオはこれ以上の会話を打ち切ろうと、新聞に目をやった。
「……『エレーラの残したマント 王子様の集いが買収へ』?」
 意味もなく見出しを読み上げる。
「……?」
―――王子様の集い?
 向かいに座ったリジィは、もぐもぐと食事を再開している。読み上げた見出しに驚く様子もない。
 記事には快盗エレーラの私設・非公認ファンクラブ『王子様の集い』が、エレーラの残したカラフルなマントを買い取ろうという動きがあるとかないとか書かれている。
「すごい熱烈なファンクラブだよ。一度、会長と会ったことがある」
 リジィが思いだすのもイヤ、と顔をしかめた。
「しかも、貴族の子弟の道楽っぽいしね、アレらは」
「それは、エレーラに狙われないようにする防護策とかじゃねぇの?」
「いや、ぜんぜん違うと思う。酒場のちょっと有名な歌姫とか、そういうのに対するファンクラブ。そんな感じだった」
「……」
「エレーラの手がかりになる遺留品とかを買うのは今に始まったことじゃないし、アンダースン警部も『証拠品をなんだと思っとる』って、怒ってたよ」
「金持ちだから、余計に手に負えねぇな、それ」
「まぁ、フェリオも似たようなもんじゃないの? エレーラの追っかけ」
「追っかけの意味が違うだろっ!」
「そうかな。でも、意外とフェリオってエレーラの情報少ないんだね。……僕が多すぎるのかな」
「いや、ディアナを追う口実で狙い始めたから、それほど熱心に調べてなかったんだよ」
「じゃぁ、やっぱり追っかけじゃん。 ……まぁいいか。ごちそうさま」
 ばふっと手を合わせ、空になった食器を持ち上げるリジィ。
「僕は荷物まとめたら出るけど、何か言うことはある?」
「いや、どうせセゲドで会うんだろ。……弟よ」
「……久々に聞いたよ。全然諦めるつもりはないんだね」
 呆れ顔を浮かべたリジィは席を立ち、フェリオに背を向けた。
「元気でな」
「そっちこそ」
 男同士の別れは、そんなふうにあっさりと終わった。


「ねぇ、アニキ」
「ん? なんだ? なんかいい記事書けたか?」
「そうじゃないんだけど、気になったことがあって……」
「何か、イヤな予感のする聞き方だなー、おい」
「アニキの初恋の話ってなに?」
「……」
「あと、サミーお姉ちゃんは結婚してるけど、アニキと兄さんってまだよね?」
「……あー」
「聞いちゃいけないことだった?」
「いやぁ? 別にいいけどよー。今度、ウォリスにも同じ質問してみろや」
「ぶー。答えになってなーい。ダファーも教えてくんないしー」
「……きつく口止めしたからな」
「じゃぁー、せめてヒント! いっこだけ!」
「しゃぁねぇな。……俺の初恋とウォリスの初恋は同じ相手だったよ。ほら、これでどうだ!」
「えぇー? 意外ぃ。女の好みは違うと思ってたのに。……あ、レタリングできたよ」
「『ミドリアカアオガエルの謎に国際研究機構が着手  か?』 ……もうちょっと『着手』と『か』を離して、あと、『か?』を少し小さめに」
「はーい。よりウソくさくしまーす」
「いや、一応、ウラはとれてんだけどよ」
「どうせ、こっちの方が正義新聞ブランドに合ってる、とか言うんでしょ」
「……まぁな」

―――シンデレラが母親を亡くしたとき、味方になってくれたのは、魔法使いのおばあさん。あるいは、鳥となった母の魂でした。
 でも、このシンデレラには、そのどちらもいませんでした。その代わりに、3人の義兄がいたのです。
 たとえ王子様の舞踏会がなくても、シンデレラは強くたくましく生きていました。

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