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第11話.王子様のススメ

 1.旧友は危険を嗅ぎ分ける


「はいよ、百万イギン」
 ハンターズギルドのカウンターでその男は顔色一つ変えずにその大金を受け取った。
 ぼさぼさの黒髪と、そのたくましい体つきに、誰もが納得と感心の目を向ける。ランクBのハンターに対して、わざわざイチャモンをつけて小金をせびろうとする輩もいるわけがない。だが、それでもまとわりつく視線に、彼は多少の居心地の悪さを感じた。
「よぉ、フェリオ」
 そんな彼の名前を呼ぶ人間がいた。
「……クロ」
 フェリオはかつての仲間の名前を口にした。
 相手は、フェリオと同じぐらいの背の高さにも関わらず、そのひょろりとした体格からあまり威圧感を感じさせることがない。黒い肌に赤く焼けた髪が特徴的だった。
「なんだ、生きてやがったのか。しばらく話聞かねーからよ」
「そっちは派手にやってるらしいな。あのエレーラ追っかけてんだって?」
 さらりと出たその単語にフェリオは思わず苦笑を浮かべた。
「まだまだだけどな。クロはいま、どうしてんだ?」
「それがよ、……結婚したんだ」
「マジにか? おいおい、いつの間に」
「そんでさ、ここの近くで小物屋やってんだよ。義理の父親から店受け継いでさ」
「へー、じゃぁ、店長か。……ぷっ、似合わねぇな」
「わりぃな。自分でもそう思うぜ」
 わはは、と二人で笑う。
「さて、そういうわけだ。その百万イギンのうち、いくらか落としてけ。もちろん、少しぐらいはサービスしてやっからよ」
「おいおい、小物屋なんて、オレが何買うってんだ?」
「言い寄る女の一人や二人、いるんだろ? 隠すな隠すな」
 懐かしくも変わらないクロの態度にフェリオは肩の力を抜いた。ランクBになってからというものの、かつての仲間はどこかよそよそしくなってしまっただけに、ひとしお。
「……へりおサン」
 特徴的過ぎるカタコトの発音に彼がぴくりと反応した。ハンターズギルドの中で女の声は珍しい。
 振り向いた先には案の定、注目を浴びている白い仮面の女がいた。正確に言えば、仮面で覆われているのは上半分だけで、不安そうな口元はちゃんと見えている。
「おっ、知り合いか? 丁度いいじゃねぇか、その子に買ってやんなよ。いまどき三つ編みのおさげなんて、流行らないって」
 クロは戸惑うシーアに右手を差し出した。
「ハンターあがりの小物屋店主、ターミングだ。よろしくな」
「あ……、ハイ。シーアンドリロン、と、デス。シーアとヨんでクダさい」
 シーアがおそるおそる右手を差し出すと、ぎゅっと握られる。
「シーアちゃんね。よろしく。どっか地方から出てきた子かな」
 さすがハンターあがりと言うべきか、クロはシーアの仮面にも言葉にも動揺を見せない。
「ハイ。……アノ」
「なにかな?」
「ソノ……、テを」
 シーアは握られたままの右手を見た。
「いやぁ、右手が離れようとしないんだよ。君があまりにかわいいから」
「……ア、アリガト、ございマス」
 それでも、まだクロの右手は離れない。シーアの口が当惑を示すように歪んだ。
 それを見て、ようやくフェリオが助け舟を出すことにした。
「あー……クロ?」
「なんだよ、嫉妬か?」
「いや、ディアナの、ディアナ・キーズが大事にしてる子だからな、シーアは」
 途端に、クロがパッと手を離す。
「あー……、あのキーズね。はいはい、そりゃ、ウカツなことはできねーや」
 ひとり状況が飲みこめないシーアが首をかしげた。
「いいか、シーア。クロって野郎にいじめられたってディアナに行っとけ」
「おい、そりゃないぜ。だいたい、向こうがこっちのこと覚えてるわけない……」
「クロサンでスカ。ワかりまシタ」
「おいおい、ちょっと待てよー。うちの店で安くするからさー。それだけはナシにしてくれよ」
 クロが両手を合わせてシーアに拝み倒す。
「ダイジョブです。へりおサンがヨコでミテたダケ、ハナすとヨいデス」
 シーアは小さく微笑みを見せた。
 つまり、クロだけでなく、傍観していたフェリオにも責任はある、と。
「ちょ、ちょっと待て。俺が何をした」
「何もしなかったから、いけねぇんじゃねーか」
「そうデス」
「~~~~~~~!」
 頭を抱えるフェリオ。喜んでシーアに握手するクロ。
「ソウでシタ。シンブン、トドけにキタ、でシタ」
 本来の目的をようやく思い出したシーアは、ぽん、とフェリオに正義新聞を差し出した。


「あー……、なんっでこうなるかな」
 クロの営む小物屋で、フェリオが一人、愚痴をこぼしていた。
 幸いと言うべきか、賞金が入ったばかりなので懐が寒いことはない。ない……、が。
「あれ、シーアちゃん。それ、めちゃくちゃ似合うよー」
 店内から聞こえてくるクロの声がやたらに耳障りだった。
「ソ、そうデスか?」
 シーアはすすめられるがままに、アクセサリーだのリボンだのを、とっかえひっかえやっている。
「おいおい、フェリオ。見てやんなよ。かわいいだろー?」
 仕方なく目を向けると、そこには三つ編みおさげに白いリボンをつけたシーアがいる。黒い髪に白いリボン、合ってはいるのだが、仮面がそこはかとない不気味さをかもし出している。
「なぁ、シーア。その仮面なんだけどよ」
「ダメデス! トりまセン!」
 シーアは慌てて仮面を両手で押さえた。
「いや、別にいーけどよ。それって別のデザインねーの?」
 フェリオの質問に、シーアが口をとがらせた。
「コレでヨいのデス! シャチョサンみたいなコト、シナイでくだサイ!」
 ぷいっとそっぽを向くシーア。口ぶりからすると、あのふざけた社長に落書きでもされたのだろうか。
「あーあ、フェリオは分かってないなぁ。シーアちゃん、口紅してみな~い?」
 クロは上機嫌でシーアの相手をする。シーアがかわいいのか、それともフェリオという財布があるからか。
 シーアは、クロの取り出した淡いピンクの口紅に、はた、と動きを止めた。
「アノ、モウ、ヨいデス。シゴト、ある、オモいダしマス」
「えぇ~? じゃあ、せめてリボンだけでも。どうせ支払いはアレなんだし」
 アレ呼ばわりされたフェリオは、それでも自分の財布を出した。
「そんぐらいなら、いーぜ。遠慮すんなよ。だいたい、全然おしゃれしてねえじゃねぇか」
 シーアは二人に畳み掛けられ、「リボン、ダケ、おネガいしマス」と答えた。
「おいよー。二本で百五十イギンね。……フェリオ、それも買ってってくれんだろ?」
 クロはフェリオが手にしていたイヤリングに目を止めた。白い象牙の玉がついた、一見して高価そうなものだ。
「あぁ、ちょっとな。きれいに包んでくれねぇか?」
「おぉー? もしかするとプレゼントか? なんだ、やっぱりオンナがいるんじゃねぇか」
「ディアナにだけどな」
「……あー、そりゃきれいに包まねーとな」
 シーアは一足先に店を出て、きょときょとと辺りを見まわした。
「シーア、ちょっと待ってろよ。ディアナに届けて欲しいんだからな」
「ハイ、へりおサン」
 答えつつ、誰かを見つけたのか、一方に向かってぶんぶんと手を振った。
「コッチデス。ぺねろぺサン!」
 きれいにラッピングされた包みを手にしたフェリオが店を出たとき、近付いてくる老人が見えた。
「なんだ、知り合いか?」
 足取りもしっかりしたその歩みに、フェリオは目を凝らした。
「ぺねろぺサン、デス。イッショに、シンブンクバる、シテまシタ」
「へー」
(正義新聞もなかなか広範囲に展開してるんじゃん?)
 と、そこまで考えて気づいた。確か、社長の他に社員はいなかったハズ。
「なぁ、シーア」
「ハイ、へりおサン」
「正義新聞って、社員はいないよな」
「ハイ。ソウデス」
「じゃぁ、あのじーさんはなんで配ってるんだ?」
「……?」
「あぁ、つまり、あのじーさんと、正義新聞の関係って何だ? これで分かるか?」
「ぺねろぺサン、シンブン、クバるヤク、デス」
(だ~か~ら~っ!)
 フェリオは怒りたくなる衝動をぐっと堪えた。ここで声を荒げれば、またシーアのご機嫌取りをしなくてはならなくなってしまう。
「おぉ、嬢ちゃん。こんなところにいたんじゃな」
「スミマセン。でぃあなサンの、トモダチの、ミセ、ミてまシタ」
 ぺこり、と謝るシーアを、老人がわしゃわしゃと撫でる。白い豊かなヒゲと貧相な頭頂部を併せ持った人間だ。―――どうして逆ではないのだろう、とシーアは老人を見る度に思う。
「そうかいそうかい。……で、この人がその友達かの?」
「チガうマス。へりおサンは、でぃあなサンの……」
「オレはディアナの仕事仲間でフェリオ。シーア経由でプレゼントを渡そうとしたんだが、待ち合わせてたんだったらすまなかったな」
「ほうほう、これが嬢の言ってた男か。なるほどなるほど、社長によう似とるわい」
「……あんまり嬉しくねぇ誉め言葉だな。ところで、あんたは何で新聞配ってるんだ? シーアに聞いてみたけど意味が通じねぇし、社員のわけがねぇし」
「ほうほう、こりゃバイトじゃよ。わしみたいなバイトがあの新聞社を支えておるんじゃ」
「……ってことは、大半がバイトかよ」
「バイトというのも違うかの。わしらみたいな引退後の人間がある意味で社員じゃ。わしらが社長に記事の元ネタを提供し、社長が新聞を作り上げてわしらが配る。社長はほれ、浮き草みたいにふわふわしとるからのぉ、社員なんぞやっておれんて」
(シルバー人材センターかよ)
 喉元まで出たその単語を慌てて飲み下し、フェリオはまったく別の話題を自分の口に紡がせる。
「ってことは、エレーラと一緒に移動してるってことか」
「そうじゃよ。快盗エレーラを追って社長が動き、わしらは時に応じて居場所を提供するんじゃ。これがなかなかおもしろうてのぉ」
 フェリオは今まで腑に落ちなかった何かがストン、と流れたのを感じた。
「つまり、あの場所も話題も問わない紙面は、じいさんばあさんの噂話から始まってるってわけか」
「まぁ、一概にそうとも言えんよ。特に怪盗エレーラ絡みの記事は、社長が直々にウラをとっておるそうじゃし」
「……じいさん。なんであんた、そんなに詳しいんだ?」
「なぁに、わしも社長と一緒に動いておるからのぉ。あの社長さんは次々にわしの『あいであの泉』に働きかけてくる、いい人じゃし」
「……」
 目の前のかくしゃくとした老人の言葉に、フェリオは何かイヤなものを思い出した気がした。
 この老人を、シーアはなんと呼んでいただろうか。確かぺね―――
「ぺねろぺサン。そろそろ……」
「あーっ! てめぇ、まさかあの悪趣味な鎖付き手錠作ったじーさんじゃねぇかっ?」
「おや、アレを知っておるのか。アレはいいぞぉ。イヤでも接近戦に強くなる」
 かっかっかっ、と高笑いする老人にフェリオは頭を抱えた。
(なんで、こんな危険なじーさん飼ってんだっ!)
「~~~~~っ!」
 怒りのままに地団駄を踏むフェリオ。そんな彼に、まるで猛獣をてなづけるような心持ちでシーアが声をかけた。
「えと、へりおサン」
「あぁ?」
「コレ、トドけル、イわレまシタ」
 渡されたのはどこにでもありそうな茶封筒だった。だが、それだけでフェリオは中身に思い当たるものがある。
「サンキュ」
 フェリオは受け取りつつ軽くウィンクをする。
「ハイ、それデワ」
 ぺこり、と一礼して老人と手をつなぐシーア。フェリオは見送ることもせずにスタスタと宿に向かった。今すぐに封筒を開けてしまいたいが、どこに誰の目があるかも分からない。
(……買い物しなかったら、忘れたまんまだったかもな)
 別れ際に渡されたことを思うと、そういうことなのだろう。
 今度会ったら、いじめのネタにでもしようと考えながら、フェリオは早足で往来を抜けた。

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