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第14話.そして最後の鐘が鳴る5.戦い終わって酒飲んで星のよく見える窓の近くに小さなテーブルを置き、二人は向かい合って座っていた。 一人は白髪混じりの鳶色の髪を、後ろで一つに束ねたあごひげの男。もう一人は褐色の肌に、金髪の童顔の男。後者には、頬に大きな火傷の痕がある。 「あんなこと言ってしまって、良かったんですか?」 火傷の男が声を出した。 「あんなこと?」 「結局、全員にヒマを出したのと同じことではないですか」 「あぁ、だってみんな迷っていただろう? だから、契約破棄をしたい人間はいつでも受け付けると、今日は帰ってゆっくり考えてくれとは言ったが」 「警備上の問題もあるんですけどね」 「そのときはそのときだ。老いても、私はティタニエだよ。ドムイの戦いを忘れたわけではないだろう?」 目の前の男の自信満々の物言いに、火傷の男は、その深緑の瞳を閉じてため息をついた。 コン、コン ためらいがちなノックの音に、二人は視線で会話を交わした。 ―――誰だ? ―――全員帰したはずではありませんでしたか? 「アの、イラっしゃいまスカ?」 独特なイントネーションに、ティタニエは、はっ、と短く息をついた。 「いるよ、シーア。帰ったのではなかったか?」 あえて入る許可を口にしなかったティタニエに、シーアは「シツレイイタしまス」とワゴンを押して入って来た。 「マダ、ホカにもノコっているヒトがタクサン、イます」 ワゴンに乗っているのは、隣国で有名な酒『樽しずく』の瓶と、三つのグラスだ。 「帰るように言ったでしょう。何故、残っているのですか?」 火傷の男――宰相の問いに、シーアはきょとん、として見せた。 「カエってもヨいとはキきまシタ。……カエらなくテハ、イケまセンか?」 慣れた手つきで、シーアはグラスを二人の前に並べると、『樽しずく』の酒瓶のキャップに手をかける。ワゴンには、ぽつんと一つのグラスが残っていた。 「じゃぁ、質問を変えよう。その酒はどうしたんだ?」 「シャチョさんから、ツケトドケでス」 ポン、と景気のいい音が響き、その芳醇な香りが二人の鼻をくすぐった。 「安い酒じゃないだろうに、よくもまぁ、そんな金が出るものだ」 笑顔らしきものを浮かべ、ティタニエはずっと気になっていたことを、問いかけた。 「―――その三つ目のグラスは、誰のものだ?」 シーアは、唇に笑みを浮かべて見せ、二人の前のグラスに飴色の液体を注ぎ、そして口を開いた。 「ワタシのデス、てぃたにえサマ。……いいえ、国主サマ♥」 口調をがらりと変え、シーアは三つ目のグラスの影に置かれていた、銀色のカードをテーブルの上に差し出した。 二人の目が、そこに彫りこまれたかぼちゃの馬車に集中する間に、自分のものだと宣言したグラスに、素早く酒を注ぎ入れる。 「……お前が、そうなのか」 呆然と呟くティタニエに、シーアは「恩を仇で返すようで悪いんだけどね♥」と答えた。 「まったくですよ! あなたは何てことをしてくれたんですか! 下手をすれば内乱に逆戻りですよっ!」 珍しくも宰相メリレが声を荒げた。 「その言葉はそっくり返すわ。アイヴァンに関してね」 笑みを消したシーアが射るように言い放った。 「……どちらにしろ、内乱が起こることはこっちも本意じゃないから、しばらくはアフターサービスに努めるわ。スレッジハンマーのときみたいに」 (……のときみたいに、実際に行動するのはダファーだけど) シーアはグラスを傾け、飴色の液体を嚥下する。 「それで、最初から、シーアはエレーラだったのか?」 シーアが酒を飲み下したのを見て、ティタニエもグラスに口をつけた。 「えぇ、あたしも見極めたかったの。英雄と言われている国主サマが、どれだけの男なのかってね。それ次第で、やり方も変えないといけないから。―――悔しいけど、迷っちゃったわよ」 シーアは軽く肩をすくめて見せた。 「まさか、アイヴァンで儲けたお金を全て、国のためにつぎ込んでるとは思わなかったから」 一蓮托生と思ったのか、メリレの手もグラスを掴んだ。 「本物のシーアはどうしたんです?」 「あなたの調べたとおり、村に帰ってからは出てきてないわ。誘拐される前の婚約者には愛想つかされたけど、ほかの人の後妻になって、ちゃんと暮らしてるわ」 苦々しい笑みを浮かべ、シーアはグラスを傾けた。 「さすがに、詳しくツッコまれた時は焦ったけど、よく考えたら、あの村って外界の人を嫌ってるのよね。普通に調査したんだったら、ここまではバレないんだけど♥」 湿っぽくなりそうな雰囲気を、慌てておどけて変えたエレーラを、ティタニエが目を細めて見つめた。自分が好きだった、可愛らしいメイドを思い出しているのか、少し微妙な表情である。 「あなたがここに来るのはいいのですが、捕まる、ということは考えなかったんですか?」 メリレの言葉に、シーアは、つい最近も似たようなことを言われたような気がして、くすくす、と笑い出した。 「私の知っている宰相は、そこまで愚かじゃないから♥」 自分の倍以上も年上の相手を前に、シーアは『愚か』という言葉を使った。だが、メリレは、特に怒るわけでもなく、ただ、静かにうなずいた。 「さて、あたしの用事はこれぐらいだけど、あなた達の方から何か聞きたいことでもあるかしら?」 ワゴンに手をかけたシーアに、口を開いたのはティタニエの方だった。 「……謝罪をする、と言ったらこの場で聞いてくれるか?」 伏せ目がちなティタニエの言葉に、シーアはあっさりと首を横に振った。 「いらないわ。それはあたし個人じゃなく、あの騒ぎで迷惑をこうむった人全てに向けられるべきだから」 シーアはそう答えると、カラカラとワゴンを押して出て行った。 残された二人は、しばらく無言でグラスを傾けた。 「―――なぁ、メリレ」 「なんでしょう、ティタニエ」 「やったこと全てを国民に明らかにして、田舎に帰ろうか」 「それで、ルツ菜を栽培するんですか」 「……悪いか?」 「いいえ、お供します」 ![]() ドンドンドンッ 借金取りもかくや、という勢いで乱暴にドアがノックされた。 室内にいた、マックスとダファーが顔を見合わせる。 「誰だと思います?」 「……さてな、この叩き方は、見当つかねーな」 と、そこにティーセット一式を持った彼女が台所から出て来た。 「ちょうどいーや。シーア。ちょっくら見て来いやー」 その名前で呼ばれた彼女は、外していた仮面をつけ、黒髪おさげのかつらを、ぼすっと被った。表立って逆らいはしないものの、口元が不満げに尖っている。 「ハイ、どちらサマ……?」 そぉっとドアを開けたシーアは、いきなり強い力でドアを押し開けられて、「っ」と小さな悲鳴を上げた。 「悪いな、邪魔するぜ」 承諾の声も待たず、乱入者はずかずかと中に入って行った。 「チョっと、へりおサン!」 止める間もなく、彼はリビングのドアを開けた。 「おや、フェリオさんじゃありませんか。そんなに焦って、どうしました?」 笑顔で彼に声をかけたのはダファーの方で、マックスは苦い顔で彼を見るだけだった。 「ディアナは、どこにいる?」 「ディアナさんでしたら、リジィさんが、サミーさんの所にいますから、そっちではないんでしょうか」 淀みなく答えるダファーを一瞥すると、フェリオはマックスを正面から見据えた。 「おい、社長さん。どっか部屋と、シーア借りたいんだが」 マックスは虚をつかれたように、一瞬、瞠目したが、すぐに「隣の台所でも使え」と答え、とらえどころのない笑みを浮かべた。 「……と、その前に。ダファー、ちょっくらコップとってこいや。どんだけかかるかは知らねーが、すぐに終わる話じゃねーんだろ?」 「あぁ、多少の時間はかかると思う」 フェリオの答えに、ダファーがため息をついて、台所へ足を向けた。 「アの、へりおサン……? ハナシって」 「簡単なことだ。お前の素顔を見せてくれ」 言い切ったフェリオに、絶句するシーア。ダファーが台所からコップを二つ持ってきたのを確認したフェリオは、呆然とするシーアを台所に引きずっていった。 「ダファー。お前はどっちに賭ける?」 「……賭けになるとは思えませんよ」 バタン、とドアが閉まり、シーアの前には真剣な顔のフェリオがいた。 「これ、返すぜ」 握られた拳を突き出し、おそるおそる出したシーアの手のひらに、小さく硬い物が乗せられた。 「コレ……」 シーアがそれに気を取られた瞬間、仮面を抑えていた紐を、あっさりと解いたフェリオは、そのまま仮面に手をかけた。 「あ……っ」 小さく反論の声を上げても遅く、そのまま仮面は取り上げられ、床に落とされてしまった。 カラン、と乾いた音が響く。 シーアの素顔を覗き込んだフェリオが、にやり、と笑みを浮かべた。 「やーっぱりな」 見慣れた顔に、困惑の色を見つけ、フェリオは彼女のおさげを、かつて自分が贈った白いリボンとともに、軽く引っ張った。 「いたっ。……もう、外せばいいんでしょ?」 彼女は耳の後ろで止めていた黒髪を、あっさりと外して見せた。ふわりと、押さえつけられていた金の髪が広がる。 「まったく、こうも早くバレるとはね」 白いリボンの代わりに、彼女は渡された象牙のイヤリングを、耳にはめて見せた。 「ディー。三人目、見つけたぜ?」 「そうね、見つかっちゃったわ。……で、なんだっけ?」 約束を忘れたかのように見えるディアナだが、フェリオはそれがフリだと見抜いていた。 「見つけたら、キス百回」 「……うそつき」 迫って来る彼の顔を、ぐに、と遠ざけ、ディアナが仮面を拾い上げた。 「こたえてくれる、って約束だったよな」 「そうね」 感慨深げに白い仮面を見つめるディアナは、動揺すら見せない。だが、無表情こそが動揺の証だと、フェリオは心の中で呟いた。 (押すなら今しかねぇっ!) 心の中の自分に励まされ、フェリオはディアナの両肩をがしっと掴んだ。 「オレの気持ちは、もう伝えただろ?」 「……好きだっていう、アレ? うん、ありがとう」 一大決心を「アレ」扱いされ、初っ端からヘコみそうになったフェリオだったが、こんなことで退いていては、一生捕まえられない、と何とか自分を奮い立たせた。 「オレのことは、どう思ってるんだ?」 「フェリオはフェリオでしょ?」 淡々と答えるディアナの唇に笑みに似たものを見つけ、フェリオの頭で緊急警報がファンファンと鳴り響いた。ここでペースを取り戻されてはいけない。 「だから、好きとか嫌いとか―――」 「好きよ?」 あっさりと望む答えを返されたフェリオは、きょとん、と動きを止めた。 (い、いやいやいやいやっ! ディアナのことだ、そうそうこっちの望む答えなんて返すはずがないっ!) 悲しきは、今まで散々もてあそばれた経験か。 「オレが聞いてんのは、……あー、そう、恋愛対象としてだな」 「人類の半分は恋愛対象でしょ? あ、でも、ベルちゃんぐらいになると別かな」 さすがに五歳児はねー、とディアナは首を傾げて、微妙な笑みを浮かべる。 その表情に、フェリオの首筋を冷たい汗が流れ落ちた。敵は平静を取り戻しつつある。有無を言わせず仮面をはいだショックから、完全に立ち直られてしまったら、それこそなす術がない。 「好き同士だったら、付き合っても、問題ないよな?」 「付き合うって、具体的になに?」 ―――あぁ、オレは今、今までで最も手ごわい敵を相手にしている。 「だから、それは、いつも一緒にいるとか」 「ハンターやってたときは、結構、一緒にいたわよね。フェリオが追っかけてきて。……そゆこと?」 ―――敵の中では付き合うことと、追っかけは同義らしかった。 「宿をツインで、とるとか……」 「経済的よねー。それって」 ―――敵の前では、きっと新婚旅行も経済的なのだろう。 「そ、そう、結婚とか」 「フェリオの故郷ってどこだっけ?」 逆に問いかけられ、何も考えずに「タウリノだけど」と国名を答えるフェリオに、ディアナは人差し指を唇にあてて「うーん」と唸った。 「あたし、ラストンベリーなんだけど、届出とか結婚の形態そのものが違うわよねぇ?」 ―――神よ。どうして人は国に分かれてしまったのでしょうか。 もはや続ける言葉もなく、口をパクパクさせるフェリオに、ディアナは極上の笑みを浮かべた。 「つまり、一緒にいればいいのよね?」 今までで一番脈のあるセリフに、フェリオの表情が緩んだ。 「―――三人で」 (さんにん?) ディアナの言葉の意味を問いかけるより前に、バタンと玄関のドアの開く音がした。 「こんにちはー。今夜サミーさんのところで、ちょっとした宴会やるんで……」 いま、その声は、まずい。 フェリオが思うのが先だったか、それとも目の前の彼女が動いたのが先だったのか。フェリオが気付いた時には、ディアナは台所のドアをあっさり開け放って、新たな来訪者の方へと駆け出していた。 「リジィちゃんっ!」 金色の髪をふわりとなびかせ、彼女は、自分に良く似た弟に抱きつく。 「うわ、姉さんっ?」 ぎゅっと抱きしめられ、リジィが低く呻く。 「なんだ水入りかよ」 「だから、賭けにもなりません、て、言ったじゃないですか」 頭をかくマックスの手にはコップ。そして彼の向かいにいるダファーの手にもコップ。 「……盗み聞きしてやがったな」 地獄の底から響くようなフェリオの声に、「じゃぁ、何のためにコップを持ち出したと思ってたんですか?」と、あっさりと肯定したダファーの左耳を、ぐるっと赤い輪が囲んでいる。見ればマックスの右耳にも同じように痕がついていた。 はぁ、と大きなため息をついたフェリオの耳に、脳天気なディアナの声が聞こえてきた。 「リジィちゃん、三人でお墓参りに行こうねっ!」 ![]() 「あらー、いらっしゃーい」 宵の口、フェリオが尋ねたのは、隣に大きな道場のある一軒家だった。 迎えに出たのは、ふわりとしたワンピースに身を包んだこの家の主である。 「えーと、サミーさん、だったっけ?」 「一度、会ったわよね? フェリオちゃん」 「……ちゃんはやめて欲しいんだけどな」 人の話を聞かない『彼』に案内され、フェリオは宴会会場である、道場にたどり着いた。 「あ、来た来た。よぉ、フェリオ」 手を上げて彼の名前を呼んだのは、今や彼のライバルとも言える、リジィだった。 「まさかオレが、こんな宴会に呼ばれるとはな」 「いいんじゃないの? ほら、エレーラを知ってる数少ない人間だし」 「……あー、それもそうか」 ぐるりと見渡せば、確かにそういうメンツしか集まってはいなかった。 「はい、フェリオちゃん。エールでいいかしら?」 サミーに「ちゃんはやめてくれ」と懇願しつつ、エールを受け取ったフェリオは、素朴な疑問を口にした。 「奥さんが、ヤードだって言ってたよな」 「そうよ? だから今日は残業でいないの」 「……なのに、どうしてあの人がいるんだ?」 フェリオが指差したのは、少し離れたところでマックスとやり合っているウォリス警視正だった。 「さぁ? 優秀な警部さんにでも仕事まかせて来たんじゃないの? フェリオちゃんが来るって言ったら、絶対行くって言ってたから」 にこにこと恐ろしいことを言う、目の前の女性、もとい男性は、絶対にディアナに悪影響を及ぼしているに違いない、とフェリオは心の中で舌打ちした。 「おや、フェリオさん、来ましたね。残念ながらディアナさんは、あそこでベルくんと共同戦線はってますけど」 話しかけてきたダファーの指差す先には、マックスの魔の手から、まだ幼い妹を守ろうと奮戦する少年と、その隣で威嚇するディアナの姿があった。 「いやぁ、フェリオさんに聞きたいことがあったんですよ。……いいですか?」 「別に構わねぇが、……なんでダファーが酒持ってねぇのかは気になるけどよ」 「あぁ、これですか? 最初からあの方々とペースを合わせてたら、とてももちませんからね。―――で、本当にあの人で後悔しませんか?」 囁くような質問に、フェリオは余裕の笑みで「当たり前だろ」と即答する。 「それならいいんです。あぁ、私は邪魔しませんから、どうぞ、お好きなように」 「僕も別に邪魔する気はないけどね、……姉さんが承諾するなら」 フェリオが掲げていたグラスに、リジィのグラスが重なり、チンと高い音をたてた。 ついでに、とダファーもグラスを重ねる。 「ま、あの二人はそれだけじゃ承諾しないだろうけど」 リジィが手にしたジャーキーで、マックスとウォリスを指差す。 「あら、男三人で何のはなしー?」 ひょい、と覗き込んだサミーに、「そういえば、サミーさんはどうなんですか?」とリジィが尋ねた。 「あぁ、ディアナちゃんとフェリオちゃんの話? アタシは別にかまわないけど、ディアナちゃん泣かしたら、許さないわよ」 ねーリジィちゃん、と同意を求めた先では、彼が苦笑いを浮かべていた。宴会の準備に――肋骨が折れているにも関わらず――あちこち振り回されたのには、心配させて泣かせたという理由があったかららしい。 と、ずっと妹グロリアを守るベルナルドの隣にいたディアナが、フェリオに気付いて、ホテホテとこっちにやって来た。 「フェリオ、来てたなら声かけてよ。気付かなかったわ」 「あぁ、なんか忙しそうだったからな。あっち、いいのか?」 フェリオが見ると、妹をマックスの魔の手から守っていたベルナルド少年が、そぉっと妹を抱き上げてこっちに来るところだった。 「なんか、兄さんの方に気をとられたみたいよ。……いつもながら仲いいんだから」 「ディアナさん。それは社長に言ったら怒られそうですよ」 「ウォリスさんにも怒られるんじゃないかな、姉さん」 二人に畳み掛けられ、ディアナがぷぅっと頬を膨らませた。 「ふんだ! どうせ二人して、あたしがアニキと兄さんとやりあうのを見物してたんでしょ。特にアニキが手合わせしようってうるさいんだから」 「そうですね。会得した秘伝がどれほどのものか確かめたがってましたから」 「秘伝……? あぁ、そういえば言ってたな。おう、ちょうどいいや。オレは逆に傍目で見たかったんだ」 さらりと、手合わせしてやれよ、みたいなことを言われ、ディアナがイヤそうな顔でフェリオを見つめた。 「なんだよ。別にホントにそう思ってるんだから、いいじゃねぇか」 「フェリオ、あたしにそんなこと言っていいの?」 「? 手合わせのどこがいけねぇんだ?」 ただ思うままを口にしたフェリオは、この後、自分のセリフを後悔することになった。 ディアナはフェリオに背を向けると、「アニキ、兄さん」と二人を呼んだ。 それまで、互いの襟首を掴み合い、唾を飛ばしていた二人が、くるりとこちらを向く。 二人の視線がこっちに向いたのを確認したディアナは、フェリオの方に向き直ると、笑顔を浮かべた。 「そんなに手合わせに興味があるんだったら、フェリオがやってよね」 有無を言わせず、顔を近づけ、そのまま唇を重ねた。 一秒、二秒、三秒…… たっぷり五秒間のキスをして、ぷはぁっと唇を男らしく拭ったディアナは、何が起こったのかわからず呆然とするフェリオを、げしっと二人の兄の方に蹴り転がす。 「アニキ、兄さん。思う存分手合わせしてやってね♥」 その言葉に、二人の兄がハッと我を取り戻した。 「きさまは、俺様がじきじきにいたぶってやるからな! 覚悟しろよー」 「待て、マックス。私が先にやる」 順番争いを始めた二人に遅れて、ようやく何が起きたかを理解したフェリオが、慌てて声を上げた。 「今のは、どう見ても、オレが、唇奪われたんだろーっ?」 その非難に、マックスとウォリスが二人同時に振り向いた。 「「問・答・無・用!」」 「ちょっと待てーっ! 納得いかねぇぞオレはーっ」 大きく響いた叫び声に、「一軒家で良かったわー」とサミーが微笑んで、うとうとし始めたベルナルドとグロリアを、よいしょ、と持ち上げる。 「じゃ、ちょっと寝かしてくるわ」 この手合わせはみものねー、などと呟きながら、サミーは道場に背中を向ける。 「……姉さん。やったね?」 「ちょっとしたお遊びのつもりだったんだけど、予想外に目がマジになってるわね」 「いや、アレはマズいですよ。アレは」 とは言うものの、誰も止める気はさらさらない。唯一止められるであろうサミーも子供と共に退場し、姿はなかった。 「ちょ、ちょっと待て、うわぁっ!」 「うっせー、一発ぐらい殴らせろ!」 「よくも私の目の前で、あんな行為に及んだものだっ!」 観客のほのぼのとした視線に見守られながら、フェリオは倒すべき『兄』との対決を余儀なくされた。 「それで、姉さん。今のは意図的に直接対決を作ったんだよね?」 「んー? だって、アニキと兄さんを倒さなかったら、先に進めないんでしょ?」 ディアナは満面の笑みで弟に答えた。 つまりは、そういうことらしい。 | |
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