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小話

 七夕まつり 星に願いを


「うわぁ~、きれいねぇ~?」
 ディアナが声を上げたのも無理ないことだった。
 町の中央、様々な店が並ぶ目抜き通りは、何本もの笹が飾られていた。
「姉さん、七夕まつりって言うんだって。ちょうど今日の夜がメインイベントらしいよ?」
 宿の手配から戻ってきたリジィは、はい、と紙縒りのついた縦長の紙を差し出した。ついでに姉の隣を歩いていたフェリオにも渡す。
「リジィちゃん、これはぁ?」
 こてん、と首を傾げて尋ねる姉は、その愛くるしい瞳を隣の恋人(?)ではなく弟に向けた。
「短冊って言うんだって。願い事を書いて、この笹にくくりつけるんだって、―――ほら」
 リジィは一番近くに飾られた笹から、ひらひらと揺れる黄色い紙を摘まんだ。
『もっと字がうまくなりますように』
 子どもが書いたようで、その字は確かに拙い。
「へぇ、こっちは『客足が伸びますように』って切実だな、おい」
 フェリオがめくった短冊は、流れるような字でそう書いてあった。おそらく、目抜き通りに並ぶどこかの店主の願いなのだろう。
「ふぅん? すっごく、すてきねぇ~」
 ふわふわした喋り方、ふわふわしたワンピース、ふわふわした金髪のディアナは、人通りの多い中でも一際目を引く存在だ。だが、本人はいつものことと気にする素振りも見せず、目抜き通りから一本外れたところにあるギルドへと真っ直ぐ足を運んだ。
「こんにちはぁ~」
 お祭気分はギルドも同じらしく、ハンター向けにいくつかの依頼の張られたボードの隣に、小さな笹が飾られていた。ディアナの後に続くように入ったリジィは、ちらりと目を走らせそこに飾られた短冊が「ランクCに上がれますように」だの「○○(賞金首)を捕まえられますように」だのといった仕事一色なことに苦笑する。
「あのぉ、賞金受け取りに来たんですけどぉ~」
 店内にたむろする他のハンターが目を丸くする。
 リジィとフェリオという二人の男を従えたディアナは、ハンターではなく依頼側にしか見えないからだ。新しい依頼かと耳をそばだてていた何名かが自分の耳を疑った。
「……あぁ、ランクCのフリッツ・ハールマンと、ランクDのデオン・ドゥールだね。合わせて四十万イギンだね。確認しとくれ」
 無愛想な女主人の差し出した封筒を受け取ったディアナは、慣れた様子で中身の紙幣を確認して「確かにありますぅ~」と甘い声を出した。
「あ、あとぉ、この辺りの賞金首の目撃情報ってぇ、何かありますかぁ~?」
 女主人は甘ったるい声に眉をしかめながら、無言で右手にある掲示板を指差した。どうやら、このギルド加盟店では掲示板で情報交換を行っているらしい。
 ディアナより先にフェリオがその掲示板の前に立った。
 その後を追うように掲示板を眺めるディアナとリジィを眺めていた別のハンターが「男二人も咥え込むなんざ、随分とお盛んなこって」と軽口を叩く。
 その言葉にギロリ、と鋭い視線を投げたリジィが隣のフェリオを見た。丁度相手も同じことを考えていたらしく、フェリオもリジィを見た。
「二人ともぉ、そういうときはぁ、ジャンケンって言ったでしょぉ?」
 掲示板を見上げたままのディアナの声に、頷いた男二人は小さな声で「じゃんけんポン」と息を合わせた。
「……」
「……」
 リジィが出したのは五本指。対するフェリオも五本指。
 そして、掲示板を眺めたままのディアナは、二本の指を立てていた。
「ディー」
 フェリオに呼ばれて三人の手を確認したディアナは「あらぁ?」と小首を傾げた。自分の出した手で、チョキチョキとカニのハサミのような動きを見せる。
「それじゃぁ、遠慮なくぅ~」
 やわらかな金の髪をふわりふわりとさせながら、ディアナは立ち飲みのテーブルで仲間と一緒にエールを傾けている男に近づいた。
「さっきのセリフはぁ、あなたでしたよねぇ?」
 にこにこと微笑んで話しかけて来た彼女に、フェリオほどではないが筋肉質な身体を持つその男は少し驚いた様子で「あぁ」と頷いた。
 別のテーブルで飲んでいた別の男たちが「おい、ずっと背中向けてたよな?」「あいつだって、どうやって分かったんだ?」とコソコソ内緒話をしながら伺う。
「なんだぁ? もしかして混ぜてくれんのか?」
「あたしを押し倒せるんならぁ、混ぜてもいいですよぉ?」
 ムリでしょうけどぉ? と続けるディアナの微笑みは、その男を煽るには十分だった。
「っ! 後で泣いたって知らねぇぞっ」
 立ち上がった男に、見物していた他のハンターがわっと沸く。
「やるんなら外でやっとくれ!」
 女主人の言葉に、ディアナは目の前の男から視線を外し、「お店壊さないように、すぐ終わらせますからぁ~」とひらひらと手を振った。
 相手を眼前にしての自殺行為に、リジィは額に手を当ててため息をつき、フェリオはやれやれと肩をすくめた。
「ざけんな、このアマっ! どうせ賞金首も貢がせてるくせにっ!」
 虚仮にされた男が頭に血を上らせたのもムリはない。彼とて腕に覚えのあるハンターだ。どう見ても荒事に向かないフリル・レースたっぷりの服を着て男を侍らせている女に、馬鹿にされて黙っているわけにはいかない。
「……かはっ」
 気付いた時には、男は天井を見上げていた。
 胸倉を掴もうと右手を伸ばしたのは憶えている。だが、そこから先はまったく何が起きたのか分からなかった。
「相手の力量をぉ、ちゃんと測らないとぉ、大変なことになるわよぉ~?」
 上から見下ろす女は、相変わらずにこにこと微笑んでいた。
「く、そっ!」
 がむしゃらに突き上げた拳は、手首を取られて捻られる。たまらず呻けば、相手の女は倒れたままの男にそっと顔を寄せた。金髪がふわりと喉元をくすぐる。
「これに懲りたらぁ、ちゃんと慎重に言葉は使いましょぉ? ―――うちの弟にゲスい発想抱いてんじゃねぇよ、このクズ」
 耳元で低く囁かれた後半部分は、エール片手に見物していたハンター達には聞こえなかったようだった。
「大した情報はなかったみたいだしぃ、お買い物に行きましょぉ?」
 離れ際に、遠慮なく男の腹をぶぎゅっと踏んだディアナは、何事もなかったかのようにリジィとフェリオに笑いかけた。男二人の顔が少し引き攣っている様子から、さっきの言葉は聞こえていたようだ。
 店内に傷一つつけなかったディアナに、女主人は「とっとと行きな」と手をしっしっと振った。


「んねぇ、リジィちゃん。この願い事って何でもいいのぉ?」
 宿に戻ったディアナは、食堂で注文の皿が来るのを待ちながら短冊をひらひらとさせた。
「えぇと、元々は芸事の上達を祈願するものだったらしんだけど、今は何でもありみたいだよ」
「芸事の上達ね。オレもこんな風習聞いたことねぇな」
 何を書こっかなぁ~?と小首を傾げて即興で歌うディアナの前に、ドン、と皿が置かれた。
「鶏肉のコデーミルク煮だよ。トト魚のフリッターと菜飯にヒゲ鯰の漬け焼き、あとエール3つだね」
 給仕のおばさんが、ドンドンドンっとテーブルに料理を置いていく。これだけの量を一度に持ってくるとは思わなかったので、ディアナは目を丸くした。
「お客さん、七夕は初めてかい?」
「たなばた? あ、この祭ですか?」
「そうさ。どうもこの地方独特らしくってね、遠くから来た客は、やたらと珍しがるのさ」
「あのぉ、何か由来があるんですかぁ?」
「由来が知りたいなら、夕方に広場で劇をやるから見るといい。町の大根役者がやってるだけだから、見ごたえはないかもしれないけど、ちょいとロマンチックな話だからね。ここであらすじを聞くよりかはオススメだよ」
「うわぁ、そうなんですかぁ~。ねぇ、リジィちゃん、フェリオ、いいかなぁ?」
 見てみたい、とはしゃいだ様子を見せる彼女を、男二人が止めるわけもなかった。
―――傾きかけた陽の中で、広場の急ごしらえの劇場は、あちらこちらに篝火が灯されていた。
「結構、人が来ているんだね」
「観光の目玉、になってるのかは知らねぇが、町の外からも客は来てるみたいだな」
 一歩先を行くディアナは、後ろを歩く男二人に構わず、木箱に横板を渡しただけのベンチが並べられた客席を見渡すと、最前列の端にちょこん、と腰掛けた。
「ディー、そんなところでいいのか? 真ん中の方も空いてるぞ?」
 もっと見やすい位置があるだろう、と示すフェリオより先に、リジィは隣に陣取った。
「あたしは、ここでいいの」
 頑なに拒むディアナに、ついでに隣をリジィに取られたのを見て取ったフェリオは「そうか?」と少しだけ腑に落ちない様子で彼女の後ろの席に腰を落ち着けた。
 見物人がそんなに多くないこともあってか、端の席でも十分に舞台を見渡せるのだとフェリオにも分かるが、わざわざ端を選ぶ理由が分からない。
 目の前で楽しそうに話す姉妹をぼんやり眺めているうちに、司会と思しき男が舞台の中央に立ち、これから劇が始まることを告げた。

 天の星々を司る王の娘、織姫は与えられた美しい布を織る仕事に明け暮れ、年頃の娘らしく装うことも知らない姫君でした。
 娘のことながら、それを不憫に思った王は、天の川の対岸に住む彦星という男と夫婦にします。
 ところが、夫という存在を持った織姫は自らの仕事を忘れ、彼のために化粧など身を飾ることに夢中になってしまいました。
 それに腹を立てた王は、織姫を川のこちら側に連れ戻してしまいました。泣きくれる織姫に、王は年に一度だけ、対岸に住む夫に会うことを許しました。
 その日になると、夫婦を不憫に思ったカササギが天の川の中に翼を並べて橋にして、織姫が対岸に渡るのを手伝ってあげるということです。
 ですが、その日に雨が降ってしまうと、カササギも橋を作ることができません。夫に会えない織姫は涙をこぼして対岸の彦星を見つめることしかできないのです。
「―――今宵は空も晴れ、星も綺麗に瞬いています。きっと織姫も愛する彦星に会えることでしょう」
 そのナレーションと同時に、客席からパチパチと拍手が贈られた。
  「そんなに会いたいなら、身体鍛えて泳いで渡ればいいのに」
 素のままで呟いたディアナの感想を、リジィもフェリオも聞かなかったふりをして、むしろ彼女の声を掻き消すように手を叩いた。
 劇が終わると、出店が見たい、とディアナが可愛らしいアクセサリの並んだ露天に向かった。
 先ほど劇で見たばかりの言い伝えに因んだ出店が並んでいるが、罰を与えられた織姫の名を冠して、化粧道具や装身具を並べるのはどうなんだろう、とフェリオは胡乱な目で見つめる。まぁ、星を模したイヤリングを眺めるディアナは可愛いのだが。
「ねぇ、リジィちゃんは、短冊にどんな願い事書いたのぉ?」
「僕? 短弓が上達しますように、って」
 ディアナの姉弟子であるサミーから基本を教えてもらった中・長距離武器は、あとは自己研鑽あるのみだった。ロングソードしか戦う術を持たないリジィにとっては、新鮮であるがゆえに馴染めず、それでも戦略の幅が広がる武器だ。今は野宿の時に獲物を捕らえるのにしか使っていないが、精度を上げて牽制や先制に使えるようにしたいと考えている。
「リジィちゃんはぁ、練習熱心だものぉ。大丈夫よぉ?」
  「そう言う姉さんは? 何をお願いしたの?」
「あたしはぁ、『うまく料理できるようになりますように♪』って」
 長さの違う三つの鎖の先に小さな星のついたイヤリングをしゃらしゃらと振るディアナは、どうしようかなぁ?と眺めている。
「ディー、オレが買ってやろうか?」
「ん~、あたしが耳に付けなくてもいいならぁ?」
 お前の買うイヤリングを付ける気はないと暗に断られたフェリオに、売り子が生暖かい笑みを向けた。
 ざっくりと切られ、店から一歩離れたフェリオに、リジィが近づく。
「フェリオ、お前、誤解してると思うけど……」
「いや、大丈夫だ。ちゃんと理解してるさ。ディアナの願い事のことだろ? ありゃ、頭に『賞金首』がつくヤツだってことぐらい、分かるさ」
『(賞金首を)うまく料理できるようになりますように♪』
 同じことを考えていたのか、とリジィは苦笑いを浮かべた。
「それはそうなんだけど、そうじゃないよ。姉さんは―――」
「リジィちゃぁん、こっちのペンダントかわいいのぉ~」
 姉に呼ばれて、はいはい、と店先に戻る。これは、ディアナがリジィに言うなと釘を刺しているのだ。
「まぁ、そんなに落ち込むなよ」
 それだけ告げると、リジィは姉からカササギモチーフのペンダントを見せられ、感想を口にした。
 残されたフェリオは、なんとなく星空を見上げた。
(一年に一度でも、旦那と心が通じ合えているならいいじゃねぇか、織姫さん?)
 あれだけ頑張って告白して。
 あれほど頑張って(自称)兄たちと渡り合って。
 これほど頑張って(弟も同行だが)一緒に旅するようになって。
 それでも、一方通行にしか思えない自分の気持ちが、ちょっぴり切なくなった。
(短冊に書くだけで願いが叶うなら苦労しねぇんだが)
『好きなオンナを口説き落とせるようになりますように』
 こっそり飾った短冊が、それを見かけた見知らぬ男たちから同情を集めていることを彼は知らない。


「姉さん。ちょっとフェリオが不憫なんだけど」
「どぉしてぇ?」
「さっきのイヤリングの話。あれ、わざと言ったよね?」
「……」
「うん、もうちょっと言い方がさ」
「リジィちゃんでも気が付いたのにぃ、気が付かないフェリオが悪いのよぉ~?」
 にっこりと微笑まれ、リジィは項垂れた。
 姉の耳に飾られているのは、象牙のイヤリング。普段ならその日の気分に合わせてアレコレ変える姉が、イヤリングだけは固定になっているのに気が付いたのは、また一緒に旅をするようになってすぐだった。
 フェリオからの求愛と共に贈られたそれを、外すつもりはない。そういうことだ。
(フェリオも、自分で気がつけばいいんだけど……)
 ハンターとしてなら優秀なくせに、こういった面でイマイチ鈍い彼に、リジィは姉の隣でそっとため息をついた。

>>アニキへ。


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