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小話

 お姉ちゃんへ。


「たっだいまー」

 今日の宿と定めている道場に足を踏み入れたディアナは、入るなり目にした光景に「やっぱりね」と呟いた。
 道場の床にはフェリオとリジィが荒い息を吐いて転がっている。

「あら、お帰りー」

 一人道場に立っているのは、涼しい顔をしたサミーだ。

「今日は、他のお弟子さんたちはぁ?」
「あぁ、今日はお休みの日だから、いないのよ」

 にっこりと微笑むサミーはどこからどう見ても若奥様で、そこにはランクBとランクCのハンターを落とした片鱗はない。道場に通う弟子の大半も、サミーを女性と信じて疑っていないほどだ。実際はサミュエルという男性なのだが。
 彼が本来の道場主で、奥さんがヤードで働いている人間ということを知っている人は少ない。弟子の中には、道場主であるサミーの夫は武者修行の旅を装った蒸発をしていて、真剣に後がまを狙っている者すらいるのだ。もちろん、真実を知る一握りの人間がそれをこっそり笑っていることは言うまでもない。

「アニキと兄さんに差し入れしてきたけどぉ、サミーお姉ちゃんからだって言わなくて良かったのぉ?」
「いいのよ。誰だって妹から差し入れもらった方が嬉しいんだから」

 サミーは帰って来たディアナをぎゅっと抱きしめた。フローラルな香りの中、ちょっとだけ汗の臭いが混じっているのを感じ、フェリオとリジィちゃんも頑張ったのね、と呟いた。

「なぁ、ディー……、どうして、その人、そんなに強ぇんだ? ほかの二人も、御してるみてぇだし」

 荒い息を繰り返しながらフェリオが尋ねると、ディアナはサミーの腕の中で首を傾げた。

「お姉ちゃんにアニキと兄さんが頭あがらないのはぁ、なんかアニキと兄さんの初恋に関する弱みをぉ、お姉ちゃんが握っているから……みたいなのよねぇ?」

 サミーは自分の話をされているにも関わらず、にこにことそれを聞いているだけで、自分からは語ろうとしない。

「あたしが知っているのはぁ、アニキと兄さんの初恋の相手が同じってことだけなんだけどぉ、……お姉ちゃん、教えてくれないよねぇ?」
「さすがにそれはね。二人のためにも内緒にさせてちょうだい」

 ディアナを解放したサミーは、転がっている二人に近寄るとタオルを上にかける。

「そもそも『父さん』の弟子になったのは、アタシが最初だったのよ。その後にマックスとウォリスが、ほとんど同時期に来てね。それから2、3年してからかしら、ディアナちゃんが来たのは」
「弟子入りした頃かぁ……。あたし、最初はお姉ちゃんの性別知らなかったから、男の人だって知ったときはぁ、すっごくビックリしたのよねぇ」
「あぁ?」

 聞き捨てならないセリフだったのだろう、ぐったりと道場の床に倒れていたフェリオが、がばっと起きあがった。

―――ディアナが弟子入りしたのは、親の仇を討つためだった。ハンターになるとは決めたものの、自分の腕前があがらず、焦っていた時に変わり者が経営している道場の話を聞いたのだ。
 当時、暴れ回っていたランクCの盗賊団が彼女の親の仇だった。結局は他のハンターに狩られてしまったが、その時も「親の仇が取れなくても、同じような被害者を減らすために、目標は今まで通りでいいじゃない」と慰めてくれたのはサミーだった。

「そういえば、初日からぁ、恥ずかしいところばっかり、お姉ちゃんに見せてる気がするわぁ~」
「は、恥ずかしいところ?」

 フェリオが明らかに動揺するのを、ディアナもサミーもあっさり無視をして昔話に花を咲かせる。

「そうだったかしら? まぁ、かわいかったけど」
「もぉ、お姉ちゃんてばぁ~」

 住み込みで弟子入りしてからしばらくは、ディアナは夜中に飛び起きることが多々あった。両親が盗賊に殺された過去を夢に見ては起きるディアナを、抱きしめて慰めてくれたのは同室で寝泊まりしていたサミーだったのだ。

「お姉ちゃんが、よく抱きしめてくれたじゃないぃ? 胸ないなぁ、おかしいなぁ、でも、胸ないなんて言うのも失礼だよねぇ、ってずっと思っていたのよぉ?」
「ディ、ディー、抱きしめてって」
「あのころは同じ部屋だったものねぇ」

 慌てるフェリオを面白がる二人を見ながら、フェリオと同じく床に懐いていたリジィは(遊ばれてるって気づいてるのかな、あれ)とぼんやりと傍観する。

―――夕食の支度をする、というサミーを見送って、疲労困憊の二人が回復するのを道場の床にぺたりと座って待っていたディアナは、こてり、と首を傾げた。

「ディー、どうした?」
「……ねぇ、フェリオぉ? そういえばフェリオの話って興味ないし聞いたことなかったけどぉ、フェリオの親ってどんな人なのぉ?」

 さりげなく「興味ない」と抉りながら尋ねる姉を、「素直じゃないんだから」と思いつつ、リジィは口を挟まないことにした。確かに自分達姉弟の話はぶっちゃけているのに、彼の話は聞いたことがなかったな、と。

「あぁ。あんまり、聞いて愉快な話じゃねぇけど、いいか? ―――オレはクォールドって町のスラムの育ちで、物心ついた頃には母親しかいない、って状況だった。その母親も、結局は働き過ぎで死んじまったけどな」

 ぽつり、と天井を見つめながら語り始めたその内容は、決して軽いものではなかった。

「一人になってからは、まぁ、スラムのゴロツキみたいなのに育てられて、ヤバい仕事とかしながら生活してた。そんな生活をしていた時にな、スラムを仕切っているボスの娘に気に入られちまったんだ。もちろん、ボスはそれが面白くない。結局は、その町を飛び出して逃げるようにハンターになった。そんだけだよ」

 この男もなかなか濃い人生を歩んで来たようだ、とリジィは顔の上にタオルをかけたまま、自分の両親を思い出す。比べてみれば何のことはない、恵まれているじゃないか、と自嘲して―――

「ねぇ、フェリオ?」

 リジィの姉であるディアナは、同じ感想を持たなかった。

「情報収集に使っている広報とか、民間発行の雑誌とかってなぁに?」
「突然だな。アリメ誌とかベアル・タイムズとかコンタッド・ニューズあたりだぜ?」

 挙げられた大手情報誌を「ふぅん?」と訝しげに相槌を打ったディアナは、話を聞きながら抱えていた疑問を口にすることにした。

「へぇ、ダイナスティには目を通してないんだぁ?」

 ダイナスティは、マックスの発行している正義新聞ほどではないけれど、ゴシップ記事の多い情報誌だ。マックスも、ダイナスティの胡散臭い部分を見習っているふしがある。

「いや、オレそういうのあんまり読まないし」
「ダイナスティで不定期連載していた小説がぁ、最近まとめられて本になったんだけどぉ、しってるぅ?」
「げっ」
「そのフェリオの話ってねぇ、すっごいそれに似てるのよねぇ?」

 ディアナの目は笑っていない。分かっているだろうに、ちくちくと甚振るように言葉を刺していく。

「すまん。ちょっと悪のりした」
「あたしの家族のこととか知ってるのにぃ、あたしがフェリオの家族のこととか知らないのってぇ、なんかぁ、こー、不公平かなぁ?」

 拗ねるように唇を突き出して不満を呟くディアナの顔に、フェリオの指先がピクリ、と反応する。その言葉は、まるで自分ももっと知りたいと、愛着を示されているようで、今まですげなく扱われていた反動か、フェリオの胸をざわつかせるには十分だった。
 その様子をタオルの隙間から確認したリジィに(フェリオ、手のひらで転がされてるなぁ)などと思われているとも知らずに。

「あー、別に面白い話じゃねぇけど、オレ孤児だから」
「ふぅん。それでぇ、どうして最初からホントのこと言わなかったのぉ?」
「いやなんか、別に、お前らみたいなドラマがあってハンターになってたわけじゃないし」
「そんなのどうでもいいじゃん。フェリオはフェリオなんだからぁ」

 その言葉をどう解釈すればいいのか、フェリオが頭を猛回転させている隙に、ディアナはすっくと立ち上がった。

「あ、そろそろお姉ちゃん手伝ってくるね」

 混乱するフェリオを放置して、ディアナは道場に背を向けた。母屋の方へ足を動かしながら、思い出すのは弟子入りした最初の夜、慰めてくれたサミーの言葉だった。

「ねぇ、ディアナちゃん。確かにあなたはつらい思いをして大事な人と別れることになってしまったけれど、でもね、それをちゃーんと見ている人がいるのよ。あなたはね、そういう風につらい別れをしてしまったけれど、きっとこの先ね、あなたの前にステキな人が現れるから。もしかしたら、もう貴方の前に現れている身近な存在かもしれないし、これから出会う人なのかもしれない。でもね、ディアナちゃん、覚えていて。あなたはね、あなたのお父さんお母さんのためにも幸せになることをあきらめちゃいけないのよ」

 その固い胸で抱きしめてくれながら、背中をさすってくれながら、声を殺して涙を流すディアナを宥めてくれたのだ。みっともないところを晒してしまった羞恥よりも、あの時は、安心感が先立って、すぐに寝入ってしまったのだと覚えている。

「あたしの大事な人って、あの時身近にいたリジィちゃんと、あのときまだ会ってなかったフェリオと、その両方ってことなのかな。お姉ちゃんってやっぱりすごいな」

 いつか同じように誰かを導けるように見習わないと、とディアナは弾むような足取りで大好きな姉の下へ向かって行った。

<<兄さんへ。


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