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小話

 兄さんへ。


「えぇと、兄さん、お久しぶりぃ?」
「……珍しいな」

 ウォリスは休憩時間に押し掛けて来たディアナを見て、目をやや大きく見開いた。

「あ、ディアナさん。自分は席を外しますので」
「えぇ~? 別に気を遣わないでいいのにぃ。……むしろ、居て欲しいなぁ、って」
「……警視正」
「ピエモフ警部、構わない」

 パウンドケーキを差し出した妹を、がっちり隣に座らせたウォリスは、素直に座ったディアナを珍しそうに見つめる。

「弟とアレはどうした?」
「んーと、はぐれた、かなぁ?」
「意図的にか」
「えへへぇ~。―――あ、ありがとうございますぅ」

 お茶を差し出すピエモフ警部、ことスワンに頭を下げたディアナは、「そういえばぁ、最近、お仕事忙しいって聞いたんですけどぉ」と、パウンドケーキを勧めた。

「そうですね。先日の式典の件はディアナさんも知っているでしょうけれど、あの事件の余波がまだ、といったところでしょうか」
「具体的にはぁ?」
「混乱に乗じて何かやらかせないか、という、まぁ、ゴロツキが王都に流れて来た、とかですね。大きな動きを見せる勢力は、次々と快盗エレーラが落としていますし」
「……ピエモフ警部。少ししゃべり過ぎでは?」
「すみません。でも、このぐらいの情報提供でしたら、ハンターであるディアナさんにしても差し支えはないと思うのですが」
「ディアナ。お前は、もうエレーラを追う気はないのか?」

 ウォリスの問いに、ディアナはひっそりと「兄さんは優しいなぁ」と呟いた。わざわざスワンに対して偽装するタイミングを作ってくれるのだから、本当にこの『兄』は『妹』に甘い。

「うーんとぉ、少なくともぉ、ここでウェルフォントの後始末をしている間はぁ、どうでもいいかなぁって」
「どうでも? ですが他のエレーラ狙いのハンターは、逆にここに出没するのが分かっているのなら、と集まっていますが」
「うん。でもねぇ、きっと今、このタイミングでエレーラを捕まえちゃったらぁ、後悔する気がするのぉ~」
「後悔、ですか?」
「AAAの特効薬アイヴァンの件についてはぁ、感謝の気持ちもあるから、かしらぁ?」

 こてん、と首を傾げたディアナに、彼女と彼女の弟の情報を思い出したスワンは口を噤んだ。もちろん、伝染病AAAの流行によって命を落とした人は数知れない。彼ら姉弟のような悲劇も各地で起こっていたのだろう。それを、あの病で被害を受けなかった自分がどうこう言えるものではない。

「そういうもの、ですか」
「うん。あたしもぉ、ちゃんと説明できる自信はないけどぉ、そういうものなのよぉ」

 少しだけ気まずい雰囲気になったところを破ったのは、ウォリスだった。

「ところで、東の方を回っていたようだが、あちらはどうだった?」
「んーとぉ、これと言っておもしろいことはなかった、かなぁ? あ、おみやげにお酒買って来たのぉ、受付のお姉さんに預けたからぁ、後で受け取っておいてねぇ?」
「東の方、というと―――」
「焼酎っていう強いお酒があったのぉ。あ、ピエモフ警部とぉ、アンダースン警部にもぉ、ちゃんと届けてあるからねぇ?」
「あ、はい。お気遣いありがとうございます」
「……マックスにもか?」
「アニキにもぉ、ちゃんと渡したわよぉ?」
「そうか」

 そこで、もう一人の兄との会話を思い出したディアナは、じっと隣のウォリスを見つめた。

「あのね、兄さん。聞きたいことがあるのぉ」
「なんだ?」
「アニキと兄さんの初恋って~」
「―――そうだ、ピエモフ警部。例の女性とはどうなった?」

 あからさまに話題を逸らした上司に威圧され、スワンは渋々口を開いた。

「そのまま、結婚を前提に話は進んでいます」
「え? ピエモフ警部にぃ、いつの間にそんなイイ人がぁ~?」

 ディアナの遠慮ない視線に、スワンははにかむような笑みを浮かべた。その表情から、いわゆる付き合いたてのアツアツ期らしいと判断したディアナの表情も緩む。

「見合いですよ。―――父の職場関係の人ですが、彼女がいるおかげで自分はヤードの仕事に専念できるようになりました。それまでは、どうしても、父の仕事を継ぐことも頭にチラついてしまいましたし」
「ふぅん? でもぉ、そんな顔するってことはぁ、もうデレデレだったりして?」

 直球のからかいに、スワンは少しだけ頬を染めて「からかわないでください」と反論する。警部という職にありながら、そんなところはまだ可愛らしいと、ディアナはニマニマと彼を見た。彼の上司であり彼女の『兄』であるウォリスはそんな純粋さはとうに捨ててしまっているので、なおさらスワンの初な様子が浮き彫りになって際立つ。

「ねぇ、どんな人なのぉ? かわいい系? 美人系?」
「……その、色々と男前な人で、まぁ、父が見込んだ人なので商才も度胸もある人ですし」
「どんなところが好きなのぉ?」
「そ、そうですね。好き、というより尊敬できる、というか。お互いに不足している部分を補えるような……って、ほら、その、ディアナさんもフェリオさんとそういう関係ですよね?」

 照れ隠しにディアナに水を向けると、その隣のウォリスが極寒の冷気を放つ。彼にとってフェリオはまだまだ「自分たちのかわいい妹を奪った憎いあんちきしょう」なのだ。
 そんな隣の兄を苦笑して眺めつつ、ディアナはノロケるべきか、かわすべきか、ちょっとだけ迷った。

「ブレて折れそうになったあたしを、ちゃんと見続けてくれた人だからぁ、ちょっとピエモフ警部の言う関係とは違うかしらぁ?」

 休憩室の気温がぐぐっと下がり、言葉選びに失敗したと後悔するピエモフ警部の二の腕に鳥肌が立つ。

「兄さんたちもそうなのぉ。あたしを支えてくれてるから―――だから、兄さん、大好きよ?」

 続いた言葉に満足そうに頷いたウォリスは、お茶をこくりと飲む。いつの間にか冷気は引っ込んでいた。

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