TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 28.それは、遊興だったのです。


「やー。終わった終わったー」
「マジ終わったわ……」
「え、えと、恩田くん、終わったのニュアンスが違いませんか?」

 テストも無事に終わり、私は玉名さんとモスドに来ていました。元々二人で、という話だったのに、何故か恩田くんもついて来ています。

「それにしても、モスドなんて久しぶりなのです。んー、ポテトが美味しい!」
「ちょ、ミオっちってば、ポテトにカンドーすんの?」
「だって、外食も久々なのですよ!」

 外食なんてコストパフォーマンスの悪いこと、とてもできませんでしたし、それにたまにはジャンクフードを食べないと身体に悪いのです!

「んー、モスドのポテトにカンドーしてるところ悪いんだけどさー、ミオっち?」
「はい?」
「羅刹とどんなことになってるワケ?」

 ふごっ!
 ちょ、粉っぽいポテトが喉に、って飲み物飲み物!

 私は恩田くんが差し出してくれたドリンクをちゅーっと吸って、ふはぁ、と大きく息をつきました。

「えと、玉名さん。どんなことって、……どんなことなんでしょう?」
「やー、やっぱさ、気になるワケよ。昨日だって登校日だって、何だかんだとお持ち帰りされたワケだし?」
「――玉名、お持ち帰りって、激しく妄想掻き立てられるからやめろ」
「はいはい、おジャマなセーショーネンは黙っててっての」

 玉名さん、あの、そんなに見つめられると困るのですけれど……。
 うーん、それにしても、どう言えば良いのでしょうか。できるだけ他人のプライベートを暴露しない程度に、玉名さんの好奇心を満足させる……と言うと?

「あの、バイト先のお客さんだったのですよ」
「え? バイト先って、あのカフェ?」
「あ、違います違います!」

 そういえば、以前、玉名さんに私のバイト先の話をしたことがありましたっけ。変なコンセプトのカフェだって。
 まぁ、羅刹もゾンダーリングに来たことはあるんですけどね?

「掛け持ちしているもう一つの方です。……あ、ダメですよ。どんなお店か話したら、お客様のプライバシーを暴露したことになっちゃいますので」
「ちぇ、つまんなーい。―――で?」
「……で?」

 え? これ以上話すことはないと思うのですが?
 首を傾げた私に、何故か玉名さんはヤレヤレと大袈裟な仕草で肩を竦めて首を振りました。……欧米の方ですか?

「単なるバイトと客が、あんな風に仲良くなるってありえないしー?」
「……玉名。個人的には俺はお前のデリカシーのない所はどうかと思うが、今だけは応援するぞ」
「オンダは黙ってポテトでも頬袋に詰めてなよ」

 あ、恩田くんがしょげました。
 どうも玉名さんは恩田くんに当たりが厳しいですね。何かイヤなことでもあったのでしょうか?

「で?」
「……あの、何を期待されているのでしょう?」
「馴れ初めとかー? ラブなハプニングとかー?」

 馴れ初め、……って、先ほど話しましたよね?
 ラブなハプニングなんて、―――ハプニングはありましたが、むしろラブではなくスリル、ショック、サスペンスなハプニングでしたよ? 曇りときどき血の雨みたいな。

 とりあえず、これまでの佐多くんとの遣り取りを思い出してみます。

「えぇと、怖がりつつも、ちゃんと顔を見て話すところが気に入られてしまったみたいです……?」

 確か、そんなようなことを言っていた気がします。いつそんなことを言われたか、ですか? ……恥ずかしい初ちゅーとセットの記憶なので忘れさせてください。うぅ、飼い犬に舐められたと思って忘れるべきなのですよね、きっと。

「あ、やっぱ怖いんだ?」
「怖いですよ?」
「そりゃ怖いだろ」

 3人で顔を見合わせて、なんだかクスクスと笑ってしまいました。

「あー、良かったー。ミオっちってば鈍いからさー、てっきり羅刹のことも怖くないって言うんじゃないかと思ってたー」
「いやいやいやいや、怖いですよ? それに佐多くんと校内を歩くと、人の波が分かれるんですよ? モーゼみたいに海を割っちゃうんですよ?」
「あー、それ分かる分かる。俺だって羅刹が向かいから歩いて来るの見たら、脇に避けるだろうし」

 ポテトをつまみながら、佐多くんをネタにクラスメイトと会話する。何だか、妙な話だなぁと思いつつ、やっぱりくすぐったいような笑いがこみ上げて来ます。

「でも、理由なく人を殴るわけではないようなので、そこまで恐れる必要もなかったのかな、と最近では思いますけど」
「そうかー? だって野球部の、ほら、何つったっけ、エースピッチャー」
「あー、菅尾センパイのこと?」
「そうそう。理由もないのに2回も腕折られてんじゃん?」
「……初耳なのです」

 それは、ちょっと、私の持つ佐多くんのイメージと異なりますね。私が勘違いしていたのでしょうか? それとも人に知られていない理由があるのでしょうか?

「何かさー、昨日の遣り取り見てたら、この二人付き合ってるんじゃないか、って気にもなったけど、……ミオっちだもんねー」
「玉名さん、何だかすごく失礼なことを言われているような気もするのですが?」
「あぁ、須屋って恋愛経験値ゼロどころかマイナス行ってそうだしなぁ、分かる分かる」
「恩田くん、なんだかとても失礼ですよ?」
「俺の方だけ断言! 須屋ドイヒー」

 そんな風にして、三人でしばらくおしゃべりを楽しんでいましたが、恩田くんはこの後、用事があるということなので、先に帰ってしまいました。

「さて、おジャマ者はいなくなったし、行こうか、ミオっち!」
「なんだか、玉名さん、すごく生き生きとしてますね」

 当社比(?)5割増しで元気になった玉名さんに連れられて、私は駅ビルに入っている服やアクセサリーのテナントをぐるぐる回りました。あっちがいい、いやこっちが似合うとか言いながら回るのは楽しいのですが、洋服屋をはしごするのはお母さんのお供で慣れているのですが、やはり疲れるものです。
 結局、色違いでお揃いのバレッタをお互いに買い、駅ビルを出たところで玉名さんと別れることになりました。

「じゃ、ミオっち、また明日―」
「はい、また明日」
「ちゃんと忘れずに、それ付けてくんだからね!」
「はい。大丈夫……です」

 改札の向こうへ行った玉名さんに手を振って、私は心地よい疲れの残る体をぼんやりと動かしました。
 なんだか、こういうのって、久々です。友達とどうでも良い話をしたり、服をコーディネートし合ったりするのって、やっぱり楽しいですね。

 少し、注意力散漫だったからでしょうか。
 私がうっかりキルゾーンに足を踏み入れてしまったのは。

「手間、かけさせんじゃ、ねぇ、よっ!!」

バキッ!

 鈍い音とともに、私の足元に男の人が転がって来ました。うわ、頬が腫れて痛そうなのです。

「おい、そこのお前、巻き込まれたくなかったら……げぇっ!」

 私に声を掛けた加害者の人が、何故か私を見るなり蛙の潰れたような声を上げました。ちょっと、失礼ではないでしょうか。
 でも、おかしいですね? 私、この加害者さんの顔に見覚えはないのですけれど。

「あの、私の顔に何かついていますか?」
「……やべーやべー、うっかり顔合わせたとかバレたら、俺今度こそ殺される。いや、殺されるならまだしも、今度こそ新しい世界を開いちまう、って俺何言ってんだ。いやとにかくここは見なかったことにしてもらえば、ってそれはそれで後が怖いし、どうすりゃいいんだ俺っ!」
「あ、あのー?」
「いやいや、きっとこの子なら俺と会ったことを内緒にしてくれんじゃね? そうそう、何つってもあの人を懐柔した人だしな。すばらしい感触の持ち主でもあるし、って何言ってる俺。そんなこと口にしたってバレたら今度こそあちらの世界にコンニチハしちまうだろ!」

 え、えぇと。
 声を掛けずに去った方が良い感じですね。たぶん。

「あ、それじゃ、私、失礼します……」

 一応、挨拶だけして帰ろうと後ずさりしたところで、何故か目の前の人がガシッと腕を掴んで来ました。

「ちょっと待ってくれ! ホントに後生だから他言無用で頼む!」

 は、はぁ?

「お前と顔合わせたことがバレたら、トキさんとハヤトさんに何されるか分かんねぇ!」

 あー、佐多くんや徳益さんのお尻愛、いえ、お知り合いの方でしたか。あれ、今どうして不穏な漢字変換をしてしまったのでしょう? 変な電波でも受信したのでしょうか?

 そんなことを考えていたら、その男の人が、一瞬で土下座をしてきました。
 え、なんだかすごく滑らかな動きだったのですけれど、土下座に慣れているとか? いえいえ、そんな失礼なことを考えてはいけません。

「あ、あの、顔上げてください」
「頼む! ここで俺と会ったことは他言無用で!」
「わ、分かりましたから、だから、その姿勢をやめてください!」

 今は誰にも見られていないのでまだマシですが、うっかり知り合いに見られでもしたら、大変なのです!

 ようやく顔を上げてくれた人は、私より二つ三つ年上の男の人に見えました。黒髪をツンツン立てていて、両耳に鋲を打ったように3つ4つピアスがくっついています。少し涙目なのは、……どうしてでしょう?

「あの、ここで見たことを誰にも言わずに忘れてしまえば良いのですね?」
「マジで頼む! 俺、トキさんに殺されたくねぇ!」
「……事情はよく分かりませんが、納得はしました」

 私はごそごそと鞄を探ると、絆創膏を2枚取り出しました。

「他言はしません。約束します。だからお名前も聞きませんし、どうして私のことを知っているのかとか、尋ねません。――ほっぺ切れてます」
「あ、あぁ」

 一瞬戸惑った加害者さんが絆創膏を受け取ってくれたのを確認すると、私はぺこりと頭を下げました。

「それでは、失礼します」

 よく分かりませんが、なんだか厄介事のようなので、早々に忘れることにしてしまいましょう。君子危うきに近寄らず、というやつなのです。

 佐多くんの時みたく、これがきっかけで妙な事にならなければ良いのですが。
 そんなことをぼんやりと考えていたせいでしょうか、私はついつい慣れた道を帰ってしまったようです。気がつけば、マイスイートホームなアパートが目の前にありました。

「ま、良いのです」

 せっかくなので、空気の入れ替えをしておくことにしましょう。


「おい、起きろ」
「んむー?」

 なんだか肩をゆさゆさとされているのですー。
 あれ、ほっぺたからペチペチと音がするのですー?

「起きねぇと、襲うぞ」
「めぅ~…」

 おそう、……襲う?
 あぁ、羊の群に狼が突入して、クモの子を散らすようにバラバラに逃げるのですね? それにしても、羊がクモって、糸つながりでせうか?

「あと、十秒待ってください……」

 それで頑張って起きます。
 9、8、7……って、お腹触るのは誰ですか! そこは乙女のアンタッチャブルゾーンなのですっ!

「ちょ、やめてくださ―――佐多くん?」

 目を開ければ、とても不機嫌な顔をした羅刹像が目の前に鎮座していました。

「ち、起きたか」
「……どうして人のブラウスまくってお腹を撫でていたのか聞いても良いですか?」

 おかしいですね。意識したわけでもないのに、声が平坦になってしまいました。胸を触るなら、若さであれこれ暴走しがちな青少年のリビドーが、とか尤もらしい理由で納得してあげても良いのですが、さすがにお腹はダメです。ある意味、胸よりも触ったらNGな場所です。

「アンタが先に……」
「先に?」

 ブラウスを直しながら佐多くんの顔を見上げれば、なぜか、ふい、と目を逸らされました。無防備な寝顔が云々と口の中でもごもごと言われたような気もしますが、聞かなかったことにしましょう。追及したら返り討ちに遭いそうな予感がぎゅんぎゅんします。

「アンタ、なんでここに居るんだよ」
「え? 外出ついでに部屋の換気をしに寄っただけですよ?」
「……窓全開で、扇風機つけっぱなしで、畳の上に寝転がって寝るとか、襲ってくれって言ってるようなもんだろ」

 あー……。
 そういえば、確かに。換気ついでに扇風機を押入れから引っ張り出して、風を送りながらゴロンと横になって、二つ折りした座布団を枕にウトウトしてしまったのでした。

「……えぇと、今、何時頃ですか?」
「6時」
「じゃ、そろそろ帰らないとですね」

 よっと起き上がった私を、何故か目を丸くした佐多くんが睨みつけてます。もとい、見つめてきました。
 私、何か変なこと言いましたっけ?

「あぁ、そうだな。『帰る』か」
「はい」

 私は窓を閉めると、乱れた髪を軽く手櫛で整えて佐多くんを部屋から追い出しました。

(あれ?)

 私、さすがに部屋の鍵はかけてましたよね?
 佐多くんはどうやって入って来たのでしょう?

<< >>


TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。