TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 27.それは、始業式だったのです。


「おはようございます」
「はよー、ミオ……って、良かったー、生きてた」

 ……玉名さん、久々に会ったクラスメイトにさすがにその言い方は酷くないでしょうか。

「生きてた……って、別に死んではいませんよ?」
「やー、ほら、登校日にさー、羅刹に持ってかれたじゃん? だから、新学期にちゃんと会えるか心配で」
「べ、別にそこまで心配するようなことでは―――」
「あぁぁぁぁぁっ!!!」

 突然の絶叫に振り返れば、何故か教室の入り口で恩田くんがこちらに人差し指を突きつけていました。

「須屋! 無事か! 無事だったのか! ちゃんと足あるよな?」
「……ね、ほら、オンダだってこう言ってるじゃん」
「……みたいですね」

 玉名さんのことを大袈裟だと思っていたら、もっと大袈裟な人がいたみたいです。
 それにしても恩田くん、人の足をじろじろ見るのはやめてもらえませんか? 人様に見せられるような細い足ではないのですよ?

「良かったー。俺、新学期早々に机の上に花飾るとかやりたくなかったし」
「……さすがに、ひどくないですか?」
「オンダひどいよねー。マジ冷血」
「そんなドイヒーなこと言ってねぇって! だってあの羅刹だぞ? 俺、あいつが人肉食ってても驚かねぇ自信あるし」

 恩田くん、まだ業界用語ちっくに言うの続けていたんですね。
 あと、さすがにカニバリズムはどうかと思います。

「え、えぇと、二人とも心配おかけしました?」
「なんでギモン系? ってか、あの日って、あれからどうなっ……」

 あれ、玉名さんの言葉が微妙なところで切れました。
 ついでに、いつの間にか教室が静かになってませんか?

 ―――えぇ、この空気には覚えがあります。こっそり後ろを伺えば、ちょうど佐多くんがどかりと自分の席に座ったところでした。
 窓側から2列目の最後方の席で、腕組みをして目を瞑ってます。……近寄るなオーラがバシバシ出てる感じで、すごく怖いですね。

 しばらく静まりかえっていた教室ですが、少しずつひそやかに会話が再開され、先ほどまでのガヤガヤとした雰囲気ほどではありませんが、それでもお互いに夏休みに何してたとか、そんなことが口に上がります。

「えぇと、話題変えるけどさ、ミオっち、綺麗になったんじゃん?」
「え? そうですか?」
「あー、オレも思った。何か雰囲気変わったよな」

 うーん、変わる要素、何かありましたっけ?
 夏休み前から変わったことと言えば……

「ま、まさか、太りました?」

 そうなのです。食料事情が随分と改善されたのです。
 毎食毎食、あんな美味しいごはんを食べていれば、そりゃもう……

「あー、前よりも血色は良くなったかも? なに? クガクセーやめたの?」
「玉名さん、苦学生って辞めようと思って辞められるものではないと思うのですが……」
「えー? 新しいパパ見つけたら、もうクガクセーじゃなくね?」
「まぁ、確かに、新しい『お義父さん』には会いましたし、苦学生……ではなくなりましたけど」

 そうなのです。
 お母さんのダーリンさんが、私の状況を耳に入れたらしく、授業料や日々の生活費を補填してくれたのです。
 あまりご迷惑をおかけするつもりはなかったのですが、扶養家族なんだから、当たり前だと押し切られてしまいまして……、結局、私の銀行口座の残高が久々に6桁に回復しました。
 とは言え、あちらの家族に入るのも何だかなぁ、と別居のままなので、あまり生活に変わりはありません。
 これでバイト三昧の日々を送る必要性はなくなったのですが、カフェ・ゾンダーリングのバイトもそれなりに楽しいですし、色々とシフトに便宜を図ってくれた店長さんにも悪いですし、あまり変わらないシフトで働いています。
 え、佐多くんのところですか? 相変わらず住み込みですよ? 頑張って働く必要なくなったので、と辞めることを匂わせたら……察してください。最近、佐多くんよりも徳益さんの方が怖いと感じるのは気のせいではないと思います。

「え? お母さん再婚したの? マジで?」
「はい。……と言っても、あちらの新婚夫婦を邪魔するつもりはありませんので、相変わらず別居状態ですけど」
「ってことはさ、今日の午後は一緒に遊べるワケ?」
「あー……、それは、その、明日の模試の勉強をさせてください。」

 特に日本史がさっぱり頭に入っていなくて困っています。
 私、どうも暗記モノは苦手なようです。

「えー……。あ、でもさ、これからは遊べるチャンスがあるってことっしょ?」
「はい、たぶん」

 バイトがなければ、少しぐらい遊んだって良いと思います。だって、私だって女子高生のカテゴリの端っこぐらいにはいるわけですから!

「あー、オレもオレも! 遊び慣れてねぇ須屋が、どんな面白行動見せてくれるか気になるしー」
「オンダ、ウザい!」
「ひでぇ!」

ガララララッ

「おーう、席つけぇ」

 瀬田先生が、何やらプリントを持って入って来ました。
 うーん、瀬田先生は、相変わらず細い針金みたいな体型をしていますね。あの体型を保つ秘訣とかあるのでしょうか。
 栄養状態が良くなったので、私も油断していたら、脇腹の辺りにそこはかとなく怪しげな何かがへばりついてしまうかもしれません。ちょっと考えておいた方が良いのでしょうか。


「じゃぁ、ミオっち、明日の模試が終わったら、遊びに行こうねー」
「あ。はい、バイトはないので、おそらくぅぅっ?」

 突然、二の腕を掴まれて変な感じに語尾が上がってしまいました。
 腕の痛みを堪えながら犯人に視線を向ければ……はい、予想通りですね。なんだか怖いオーラを出す羅刹が仁王立ちしています。あれ、羅刹が仁王っておかしいですね。

「え、と、佐多……くん?」
「帰るぞ」

 ちょ、痛っ! 無理やり引っ張らないで欲しいのです!

「ちょ、待ってください! だから、力尽くはだめって言ったじゃないですか!」

 ぶんっ!と思い切り振り払おうとしたら、私の右手が机にガツンと当たってしまいました。

 ……じんじんと痛いのです。うぅ。

 左手で患部を覆うようにしてしゃがみこみ、悶絶する私を、佐多くんが見下ろしていました。いつの間にか掴まれていた腕を放してくれています。

「一緒に帰るのは構いません! でも、ちゃんとクラスメイトに挨拶ぐらいさせて欲しいのです!」

 精一杯の怖い顔をしてぎっと睨み上げれば、聞こえるか聞こえないかぐらいの低く小さな声で「あぁ」と言ってくれました。
 うん、ちゃんと話せば分かってくれるようになって、嬉しいのです。

「それでは、玉名さん、また明日」
「あ、うん。ばいばいミオっち」

 目を丸くした玉名さんが手を振ってくれたので、私も小さく(痛くない方の)手を振って、再び佐多くんに視線を戻しました。

「行くぞ」
「はい」

 もうドナドナされることは諦めました。というか、下手に抵抗すると後が怖いのです。

 相変わらずモーゼの十戒ばりに人の波が避けるので、歩きやすいんだか歩きにくいんだか分からない廊下を抜け、駐輪場に止めてあったバイクの後ろに素直に乗れば、佐多くんは乱暴な運転をすることなくマンションまで運んでくれました。

「アンタ、手ぇ大丈夫なのか」
「ちょっとぶつけただけなのです。少し赤くなっていますけど、もうほとんど痛みません」

 たぶん、押したら痛いのでしょうけれど、気にしてたらどうしようもありません。日常のよくある些細なケガですよ。

 1階玄関にいるコンシェルジュさんから、届いていたというお昼のお弁当を受け取り、降りて来たエレベーターに乗ったところまでは、特に問題ありませんでした。

「……佐多くん?」
「なんだ」
「この体勢はなんなのでしょう?」

 なにゆえに。
 なにゆえに、私は姫だっこされているのでしょうか?

 暴れると、ちょうどお腹の上に乗っけているお弁当が大変なことになってしまうので、とりあえず理由を尋ねることしかできません。

「俺がしたいから」

 そうですか。筋力トレーニングの一環と思えば良いのですかね? 佐多くんのお仕事についてぼんやりとしか把握できていないのですが、きっと身体を使うお仕事ですから、日々のトレーニングが欠かせないのですよね?
 ……そういうことにさせてください。
 幸い、このマンション内は空調が効いているので、密着してもそれほど暑苦しくはありません。まぁ、落ち着かないのですけどね。

 マンション内に入ったところで、ようやく下ろしてもらえたので、私は自室にそそくさと戻って制服からTシャツ&インド綿のロングスカートというラフな格好に着替えると、冷蔵庫から麦茶を取り出したり、インスタントのお吸い物を作ったりとパタパタ動き回ります。
 え、佐多くんですか? いつものリクライニングソファに寝そべって、そんな私を眺めています。食事の準備(と言っても大したことはしていませんが)を邪魔すると怒られるのが分かっているので、大人しくしているのです。この点については、ちゃんと躾けることに成功しました! これでわんこトレーナーへの道に一歩近づけましたね……って、そうではないです。

「佐多くん、準備が整いましたよ」

 私が声をかけると、佐多くんはソファテーブルの方へと移動します。その様子は、まるで悠然と歩くライオンです。王者です。

「ミオ、遠い」
「はいはい、食事は向かい合って食べた方が美味しいと思うのですよ」

 これも毎度の遣り取りです。誰かと食事を一緒にする時は、向かい合って食べるのが普通だと思うのですが、羅刹的にはそうではないらしく、私と隣に置いたり、あまつさえ膝で抱え込もうとします。食べにくいからと対面で食膳をセッティングするのですが、毎回文句を言われます。

 今日はスズキの塩焼きがメインですか。少し冷めてしまっていますけど、白身がまだふかふかしています。塩加減もちょうど良いですね。
 それにしても、この煮物、美味しいのです。油揚げと一緒に煮ているこのお野菜、何なのでしょう? 独特な味なのですが、青臭い感じ……というのとも、少し違うような……?

「どうした」
「あのー、佐多くん。これ、何ていう食材なのでしょう?」
「……ずいきだろ」
「ずいき?」

 聞いたことがないのです。うーん、いつも行くスーパーでは見たことないですねぇ……
 あー、今日は菜飯ですか。この白ゴマが何とも良いアクセントです。さすが料亭の味。

 それにしても……、毎食毎食、こんな感じで、実は不満があるのです。
 え、不味いとかではないですよ? むしろ美味しいです。
 正直、私には勿体無い食事の数々だと思うのですが……。

 この夏、ほとんど素麺を食べていないのです!
 たまにはカップ麺を食したいのです!
 カレーライスもそろそろ食べたいのです!

 とまぁ、こういうわけなのです。
 贅沢な悩み……なのでしょうか?

「ミオ?」

 弁当もきれいに食べ終わり、麦茶をちびりちびりとやっていた私の向かいの羅刹が、すっくと立ち上がりました。
 ……はい、いつものことです。
 立ち上がった羅刹は、私をひょい、と持ち上げると、自分の膝の間に座らせて抱え込みスタイルになりました。
 ……くどいようですが、いつものことです。

「ミオ」
「はい、何でしょう?」
「明日、出かけるのか?」
「もちろん学校に行きますよ?」
「……違ぇ、その後だ」

 学校の後?
 明日はバイトがない日のはずなのですが……って、あぁ。

「そうですね。玉名さんと遊びに行くかもしれません。模試の後ですから、久々に羽根を伸ばしても良いと思いますし」
「……」

 あれ、何だか拘束している腕がぎゅうぎゅうと?

「佐多くん? 何だか力加減、が、って痛い! 痛いのです!」
「行くな」
「え? えーと、でも、明日の午後は佐多くんもお仕事で、ここに待機している必要はないのですよね?」

 あれ、何だか盛大なため息をつかれてしまいました。
 えぇと、えぇと……?

「も、いい」

 何故だか、随分と呆れられてしまったようです。

<< >>


TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。