TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 34.それは、衝撃の事実だったのです。


 まったく、なんて一日なのでしょう。
 私は仕事で遅くなる佐多くんを待つことなく、夕飯を食べていました。徳益さんがいつも通り仕出し弁当を用意してくれるというのを丁寧にお断りして、学校帰りに買い求めたものを食しています。
 ……袋ラーメン+もやしですが、何か?
 その、ですね。そりゃ名の知れた料亭のお弁当は美味しいですし、ヘルシーですし、栄養バランスも良さそうなのですけど。

 やはり、たまにチープな味がないとダメなのです!

 残念ながら、片手鍋も菜箸もない台所ですが、電気ケトルはちゃんとあります。どんぶりは私の数少ない引っ越し荷物から引っ張りだしています。
 はい、当然の疑問ですよね。引っ越し荷物の中の調理器具を使えばいいんじゃないかって。

 私、知らなかったのですけど、IHって対応している鍋やフライパンでないと使えないのですよ。
 なので、電気ケトルのお湯を駆使してもやしを湯通しし、袋ラーメンを作った上にドンと乗せているのです。もやしは私の味方です!

 自室でずるずるとラーメンをすすると、部屋に設置されている空気清浄機が過敏に反応してウィーンと頑張り始めました。
 ふ、悪臭認定されましたか。このケミカルでチープな食欲を刺激しまくる香りをそんなふうに判断するなんて、まだまだなのです。

 そんなことを思いながら満腹になったお腹をさすると、私はどんぶりを洗って片づけます。
 さて、これから一仕事が待っているのですよ。

 白いエプロンを身につけ、夕方に届いた『夜食』を綺麗に盛りつけます。15センチ四方ぐらいのサイズの三方をダイニングテーブルの上に出すと、付属の説明書を読みながら、その上に懐紙を乗せます。そこから先はピラミッドを作るお仕事なのです。
 密封された容器をハサミで切り開き、純白の球体を一つずつ慎重に積みます。まずは一段目、3×3の正方形に並べます。
 そして二段目。1段目のへこみにそっと乗せて、今度は2×2の正方形です。
 ふ、そして、最後なのです。
 てっぺんに1つだけ乗っけてしまえば、古式ゆかしい月見団子の完成なのです!

「我ながら良い出来なのです」

 うーん、店長にカフェのメニューとして提案すれば良かったでしょうか。いやでも、さすがに一日限定というのは難しいですしねぇ……。

 急須にほうじ茶の準備もできていますし、あとは帰りを待つだけです。事前に聞いていた予定からすれば、もうそろそろなのですが。
 なんて思っていたら、ポーン、とエレベーターの止まる音が聞こえてきました。聞き慣れた足音は、おそらく佐多くん一人のものでしょう。徳益さんと一緒であれば、話しながら歩いて来ますからね。
 私は玄関へと歩き出します

「お帰りなさい、佐多くん」
「あぁ」

 あれ、何だか元気がないです?

「えぇと、お風呂を先にします?」
「……あぁ」

 何だか浮ついていた自分が恥ずかしくなりました。中秋の名月だから、お月見団子だから、久々の袋ラーメンだからと浮かれてしまっていましたが、佐多くんはお仕事帰りなのです。

 とりあえず、バスルームに向かう佐多くんを見送った私は、ダイニングに用意した玄米茶をさっさと淹れてしまうと、茶こしを外した急須ごと冷水に浸けて冷やしました。
 うん、あれはふぅふぅ冷ましながらお茶を飲むような顔ではありませんでしたし、お風呂上がりに熱いお茶というよりは、冷たいお茶の方が良いと思うのです。
 でも、熱いお茶も飲めるようには準備をしておきましょう。やっぱり選択肢があるに越したことはないですからね。
 そんなことを考えながら冷えた玄米茶をガラスの器に移し入れ、再び新しいお茶の葉を入れ直したりしていると、佐多くんが上がって来ました。……どうして、髪の毛をちゃんと拭いてから上がって来ないのでしょう。

 せっかく積み上げたピラミッドを崩さないように気をつけながら三方を運び、お盆に冷茶・熱いお茶どちらでも可能なように両方を乗せます。
 いつものテーブルに運んだ後は、ソファにどっかりと座った佐多くんの後ろに回り、タオルでわしわしと髪を拭います。え? 前からなんて、そんなそんな。私は同じ失敗はしませんよ?

「なんで団子なんだ?」
「今日は中秋の名月なのですよ?」

 これを用意した徳益さんと違って、佐多くんは別に季節感は気にしないのでしょうか?
 風呂上がりということで、冷茶を選んだ佐多くんのグラスにお茶を注ぎながら、「きなこか黒蜜なら、すぐに用意できますよ」と言ってみたのですが、人の話を聞く気がないのか、ひょいと天辺のお団子を摘んで口に運んでしまいました。

「……このままでいい」
「そうですか? それなら良いのですけど」

 水気を拭い取ったタオルを脱衣所に持って行こうとしたら、ぐい、と手首を掴んで引っ張られました。どうやら、いつもの体勢になりたいみたいです。仕方ないですね。ライナスの毛布は文句を言わないのです。
 導かれるままに、佐多くんの足の間にちょん、と座ると、筋肉質な腕がまるで拘束するように、すがりつくように回されます。

「あの、元気出してくださいね?」
「何がだよ」
「その、お仕事で何かあったのではないですか?」
「ねぇよ」
「……でも、ちょっと元気ないですよね?」
「気のせいだろ」

 うん、これは、アレですね。佐多くんは、元気がないのを悟られたくないタイプなのですね。それなら、直接慰めるのはやめた方がよいです。うん、私のお客様メモに書いておきましょう。

「そうだ、佐多くん。せっかくですから、お月見しませんか? ベランダからでもよく見えるのですよ」
「月……か」

 立ち上がろうとする気配があったので、手荷物扱いを避けるために素早く跳ねるように先にソファから飛び降りまう。私のいつにない俊敏な動きに、佐多くんが目を丸くします。ふっふっふ、いつまでも小脇に抱える手荷物ミオさんではないのですよ。

「ウサギみてぇ」
「……」

 おかしいですね。いつまで経っても小動物認定から抜け出せないみたいです。
 気を取り直して、リビングのカーテンを開けると、そこからでも綺麗な満月が見えます。早速、ベランダに出ようとカチャリと鍵を開けたら「外には出なくていい」なんて声とともに、リビングの電気が消されてしまいました。

「満月だから、明るいだろ」
「はい、これはこれで乙なものなのです」
「……アンタはよくジジ臭いセリフ使うよな」
「ふなっ!? ひどくないですか?」

 私の中に男前ミオさんは居ても、ジジ臭いミオさんはいない、……はずです。いや、おじいちゃんの影響があるかもしれませんけど。

 笑いを含んだ吐息とともに、窓辺に立つ私の隣に佐多くんが立ちます。
 窓ガラスに移った影に、身長差がありありと投影されてしまいます。えぇと、もしかして佐多くん、2メートルぐらい身長があるんでしょうか? 私の身長がざっくり150センチとすると、比率は3対4になるはずですよね。窓に移った影を目測で―――

「何見てんだ?」
「へゃっ? いや、その、なんでもないのです?」
「……アンタが言い始めたんだから、ちゃんと月見ろよ」
「それもそうですね」

 まだ南中するには早い時刻ですが、ぽっかりと丸く浮かぶ月は、星の輝きを霞ませるように皓々と照っています。日頃は街頭で下から照らし上げられる高層マンションも更なる高みから光を当てられて、夜なのに何だか夜じゃないみたいです。

「月の模様も綺麗に見えますね。ウサギが餅をついてるとか、壷を乗せた女の人とか、国によって色々と言われてますけど、佐多くんは何に見えますか?」
「……月は月だろ」
「佐多くん。情緒を理解しない人はモテないらしいですよ?」
「んだよ、それ」
「バイト仲間に、『ムードを無視する人なんて嫌いよ』って彼女さんにふられてしまった人がいたのです」
「へぇ。……で、アンタは?」
「えぇと、まぁ、どうでも良いではないですか」

 はい、私もどちらかと言えば「情緒を理解しない」チームなので、あまり大きな声では言えないのです。空気を読むのはできても、そういったロマンチックなことはサッパリですので。
 えぇと、なんだか隣から視線を感じるので、とっとと話題を変えましょう。

「それにしても、佐多くん。月が綺麗ですねぇ」
「……アンタは」
「はい?」

 どうして窓に額を押しつけているのでしょう。

「あの、やっぱり具合が悪いですか? それとも、お仕事ですごく疲れることがあったとか……」

 早く休んだ方が良いのです、と袖を引っ張ったら、なぜか真正面から抱きつかれてしまいました。

「や、やっぱり、早く寝た方が良いのです。部屋まで歩くの支えますし」
「……なんつーか、アンタ……いや、やっぱいい」
「いやいやいや、よくないのですよ?」
「あー……はなしたくねぇな」
「別に落ち込んでいる理由とか、話してもらわなくてもよいのですよ。だから、早く部屋に行きましょうよ」

 寝た方が良いと言っているのに、何故かぎゅうぎゅうと抱きついてくるだけで、一向に動く気配がありません。ちょっと、本当に体調が悪いのではないですか?

「2度目だな」
「はい?」
「アンタにコクられんのも2度目ってこと」
「ふぇぇぇぇぇっ?」
「イイ機会だから、自分の発言でも思い返してみろよ」

 動揺して奇声を上げてしまった私を、ぽいっとリリースした佐多くんは、スタスタと窓辺から離れ、途中、残ったお団子をひょいひょいっと摘むと、「オレ、寝るわ」と自室に引っ込んでしまいました。

「私、別にコクってないです、よね?」

 呆然とした私の口から漏れた言葉は、誰もいないリビングにぽつんと置いてけぼりにされたのでした。


「知らないうちに告白、なんてあるのでしょうか」

 お昼休みの相談相手は、もちろん玉名さんです。お昼を抜いていた頃は、この時間は図書室に逃げ込んでいたのですが、今はコンビニおにぎりを食べることが多いのです。ここ数日は明太子が連続ですね。でもコンビニで調達というのは、やっぱりコストパフォーマンスがよろしくないです。

「なにミオっち、まさかの恋わずらい?」
「いえ、違いますよ。その、バイト先のお客さんからコクられたと言いがかりをつけられてしまって、困っているのです」
「コクったの? やるじゃん!」
「コクってません! でも、自分の発言を思い返してみろ、だなんて言われてしまって、困っているのです」
「ふむふむ、つまり須屋は行間を読めない、と」

 突然、恩田くんが会話に割り込んで来ました。クラスの別の男子と一緒に食べてた筈なのに、……って、あぁ、食べ終わったんですね。男子は早食いが多いのです。

「オンダ、あんた死ねば?」

 失礼なことを言われた私の代わりに、玉名さんが恩田くんに冷たい一言をくれてやりました。ありがとうございます。
 玉名さんは胸を押さえて悶えるフリをする恩田くんを、あっさり視界から外して、こちらに向き直ります。あれ、アイラインとマスカラがちょっと復活してます。ナチュラルメイクと言うにはちょっと濃くなっているんじゃ? あぁ、このぐらいないと落ち着かないんですか。まぁ、いきなり変えるのはツラいですよね。……って話が逸れました?

「―――で? 思い当たるふしはあるの?」
「う~ん。どうも夜空が重要ポイントらしいのですよ」
「はぁ? 何ソレ?」
「二回とも、日が落ちてからの会話ですし、共通点はそこしかないのです」
「うーん、それだけじゃビミョー。何かもっとないの?」
 うぅん、1度目は公園ですし、2度目はマンション。場所は関係ないですよね? 座ってたり立ってたりするので、姿勢でもないと思います。

「そうですね。お月様がまん丸できれいだったことぐらいですかね。だから、星はそんなに見えないので―――」
「ミオっち、それだよ」
「須屋、それだ」

 玉名さんだけでなく、胸の痛みから復帰した恩田くんまでもが、私に人差し指を突きつけました。やっぱり、人を指すのに使うから人差し指ってことなんでしょうね。それなのに、指さすのは失礼だなんて、ちょっと礼儀の在り方がよく分かりません。
 ……話が逸れました。

「……ぇっ?」

 漏れた声に「反応遅い」とか詰られてしまいました。すみません、思考が逸れていたものですから。

「はー、あんなに有名な話なのに、知らないとか」
「須屋の辞書には風流って言葉がないのか」
「ちょ、恩田くん、さすがに失礼で―――す?」

 玉名さん任せにするのも悪いかと、直接文句を言おうとしたら、手にしていたスマホの画面を突きつけられました。
 いったい何を検索したのでしょう?

「はい、これ見なよ。『月がきれいですね』で検索かけたら、あっさり出た」
「え、どうして夏目漱石なんて出るのですか? 月が主体の有名な作品なんて―――って、何ですか、これっ!」

 どうして『月がきれいですね』と『夏目漱石』と『I Love You』がリンクされるのか、と読み進めていった私の手にじんわりと汗が滲みました。

「そういうこと。つまり、ミオっちはそのお客さんの前で、無意識で『愛してる』って言っちゃったわけ。その小悪魔テク怖いわー」
「いや、小悪魔って、その、えぇぇ?」
「須屋は天然で小悪魔か、すげぇな」
「オンダは黙れっての」
「ちょ、待って、ください。私、そんなつもりじゃ」

 ぶんぶんと手を振った私に、真正面に座る玉名さんが、やれやれ、と肩をすくめて見せます。斜めに座っている恩田くんがよりオーバーアクションで肩をすくめて見せたので、玉名さんにスパンと頭をはたかれました。

「ミオっちにとっては無意識でも、相手にとっちゃ2回もコクられたってことよ」
「でも、そんな」
「あれだ。須屋は『風流も解さぬ凡愚め!』ってことだな」
「オンダ、うるさいからどっか行ってなよ」
「玉名がドイヒー……」

 しょぼん、と俯く恩田くんを視界の端に置いたまま、私は思わず頭を抱えてしまいました。

「いや、でも、じゃぁ、素直に月がきれいだって伝えたいときは一体どうしたら良いのですか?」
「知らなーい」
「そもそも、月ってそんなにきれいって言うほどのものかよ?」
「オンダの方こそ『風流も解さぬ凡愚』じゃん」
「ぐふっ!」

 容赦ない言葉のナイフに刺された恩田くんが首を押さえて苦しむ演技をしていますが、どうでもいいです。

「ミオっち、どういう状況で2回もそんなこと言ったのか知らないけどさ、例えば、二人っきりで夜空を見上げるとか、そんなムード満点な状況でもない限り、告白だなんてフツー思わないし、そいつの自意識過剰なんじゃない?」

 まさか、玉名さんの言うようなシチュエーションだったとは言えず、私の口は貝になりました。お口チャックです。

「そう、ですよね。そのお客さんの自意識過剰ということで、気にしない方がよいのですよね」
「あんまし付きまとうような客なら、ちょっと怖いし、バイト変えた方がいいんじゃない? クガクセー辞めたんだったら、なおさら時給にこだわんなくてもいいっしょ?」
「今のバイト先はストーカー対策バッチリなので、むしろ安心なのですよ……」

 ただ、徳益さんの情報収集能力とか交友関係とかが想定以上だっただけで。

「どっちにしろ、そんなのをコクられたなんて真に受けるヤツが悪いんだし? 気にしなくていいっての」

 そうですね。玉名さん。
 でも、相手が羅刹だと知っても同じこと、……言えますか?

 とにかく、「コクられた」の謎は解けたのですし、これからは言動に気をつけましょう。うっかり3度目とかは、これでなくなったはずです。

「ねぇ、須屋さん」
「はい? ……あれ、高森さん?」

 玉名さんや恩田くん以外に話しかけてくるクラスメイトは珍しいので……す?

「あの、頼みごとの件って、どうなったかなって思って」
「……す、すみません! 別件でテンパってて忘れてましたっ! 今日にでもやってみます!」

 慌ててぺこぺこと頭を下げると、それを見ていた恩田くんが「リーマンかよ」なんてツッコミを呟いてました。別にサラリーマンが毎回謝ってるわけではないと思うのですよ。全国の頑張るサラリーマンさんに失礼なので、謝ってください。

「あ、いいのいいの。どうなったかな、って気になって。えぇと、よろしくね」
「はい。……あ、っと、結果報告は、いりますよね?」
「してくれると嬉しいかな。やっぱ気になるし」
「分かりました。それじゃ、明日にでも報告しますね」
「明日? 今日中にできるの?」

 ちらり、と高森さんが佐多くんの指定席に目をやります。そうです。今日も佐多くんはお仕事でお休みなのでした。でも、どうせ夜には戻って来る予定なのですし……って、違います。一緒に住んでることは内緒なのです。

「あー、そうでした」
「別にそれほど急がないから、タイミングの合った時でいいからね」
「はい」

 よろしく、と手を振って自席に戻る高森さんを見送って、私は小さく息を吐きました。

「ミオっち~、何アレ?」
「ちょっと伝言を頼まれただけなのです」
「誰に?」
「う、うーんと、そこはちょっと内緒、なのです?」
「ふ~ん? なんだかのけ者で寂しーなー」
「俺ものけものでさみしー……イテッ」

 あぁ、恩田くんがまたはたかれました。どうして懲りないのでしょうか。まぁ、今回はちょっと助かりましたけど。

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