TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 38.それは、騙し討ちだったのです。


「ミオって、こーゆーのホント上手だよね」
「そうですか?」

 私は手にした白い幅広レースをざくざくと縫い、きゅーっと糸を引っ張ってギャザーを寄せました。それを隣で眺める玉名さんが、感心したような声を上げています。

「バイト先でこういうのが好きな同僚がいまして、その人を手伝ったことがあるのです。元々、縫い物は嫌いじゃありませんし……」

 百円均一のカチューシャに合わせ、レースの幅を少し調節すると、自分でも納得のいく出来映えです。

「だからってー、フリフリのカチューシャとか、エプロンとか、作れるモンなの?」
「う~ん、うちの教育方針のおかげもあると思うのです」
「何? そんなに独特なワケ?」

 食いついてくる玉名さんに、私はちょっぴり首を傾げました。独特……ではないと思うのですけどね。
 そんな私たちの会話が気になったのか、先ほど私がざっくり仮縫いしたフリル付きエプロンをあちこち眺めていた高森さんたち被服グループが「何なに?」と寄って来てしまいました。
 そんな、大したものではないのですよ?

「欲しいものがあるなら、まず作れるか考えてみなさい。……おじいちゃんやおばあちゃんと同居していた時に、何度も言われたのですよ」
「あー、昔の人っぽい考え方だよねー。ぶっちゃけ買った方が安いじゃん?」

 玉名さんの言うことももっともです。大量生産品で事足りるなら安価で済ませることができますよね。
 ……事足りるなら、ですけど。

「その、服に関しては、あまり合うものがなくて、ですね。昔から手直しをしていたのですよ。あと、母は一手間加えてオリジナリティを出すのが好きだったので、よく手伝わされましたし」
「ふ~ん?」

 あぁ、玉名さんが私をニヤニヤと見つめてます。私の言いたいことが分かってくれたんですね。さすが一学期の頃からの付き合いです。

「えー? でも須屋さんて、結構どんな服でも似合うと思うけど? 暖色系も寒色系も合いそうだしー」
「アヤカー、すっごい勘違いしてるってば」

 玉名さんが、質問してきた高森さんにニンマリと人の悪い笑みを浮かべました。とってもイヤな予感がします。

「ミオのおムネ様ってスゴイんだよー♪ 普段はベストとかカーディガンとか着てるけどー……」
「ちょ、玉名さんっ!」

 イヤな予感が的中なのです。
 慌てて玉名さんの口を塞ごうとも思ったのですが、残念ながら針糸を持った状態では危険極まりないのです。

「えー? そんな風に見えないけど……」
「須屋さん、ちょっとごめんね」

 ひゃっ!
 突然横から伸びて来た手が、私の胸元に触れました。
 犯人は高森さんと仲の良い津久見さんです。ちょっと悪ノリが多いところはありますが、悪い人ではないのですよ。悪い人では……うぅ。

「ちょ、ほんと? なんで隠すの勿体無い!」
「津久見さんっっっ」

 ぎゅっと腕を交差させて身を縮めると、高森さんがパコッと手にしていたノートを丸めてはたいてくれました。

「ごめん、須屋さん。ハナも謝んなさいよ」
「あー、うん、ごめん。ちょっと好奇心に負けたー……」

 津久見さん、私の胸を触った手をわきわきさせながら言っても、謝罪の心は伝わらないのですよ?

「確かに、このボリュームだったら大きめの服買って手直しとか必要かもねー……」

 津久見さんは、じっと私の胸を見たと思えば、自分の胸を見下ろして「くっ……うらやましくなんてないんだから」と拳を握り締めて呟いてます。
 私はむしろ津久見さんのスレンダーボディが羨ましいのです。正直、邪魔に思えることがたくさんありますから。持久走とか本当につらいのです。

「と、とりあえず、このデザインで大丈夫だと思う。あとは男子のギャルソンエプロンだけど」
「そっちは直線なのでもっと楽ですよー」

 私は近くにあったプリントの裏に二種類の長方形を書き込みました。

「上の部分を折って、紐部分を巻き込むような形にすれば大丈夫です。一枚布で作ろうとすると、どうしても余り布が多くなってしまうので、こっちの方が布は少なくて済むと思います。縦横の長さは……うーん、誰か男子の寸法を測ってみないと分からないのですけど」

 私の描いた絵を、高森さんはふむふむと覗き込んで「これなら楽そうね」と頷いてくれました。

「女子の頭と裾のレース部分だけ、須屋さんにお任せしてもいいかな? 正直、ここまで綺麗に皺を寄せられる自信がなくて」
「あー……、その、仮縫いで留めるだけでしたら、できます。ミシンは全部お任せでも良いですか?」
「上縫うだけなら大丈夫。頼むわね、須屋さん」
「はい、ミシンはお手伝いできなそうなのですけど」
「え?」

 高森さんが不思議そうに聞き返してくるので、私はへらり、と笑みを浮かべました。ちょっと恥ずかしいのです。

「私の家、ミシンがなかったので、手縫いはともかくミシンの作業に自信がないのです」
「そういうことなんだ。うん、仮縫いだけでも十分だし、そういう分担でいいわよ」

 ありがとうございます、と高森さんにお礼を言うと、私は針と糸を片付けました。本当はおじいちゃんの所にはミシンがあったのですけど、昔懐かしい足踏みミシンだったので、家庭科室の電動ミシンを扱いきれる自信がないのです。足での調節に慣れているせいか、速さとかボタンで調節するのって、何だか怖いのですよ。

 文化祭は着々と近づいています。
 2年C組の出し物は『喫茶店』。女子は制服の上にフリル付きのエプロン、ヒラヒラのカチューシャを付けて、制服のリボンタイをエプロンと共布のリボンに代えて給仕をします。男子は制服の上に黒のギャルソンエプロンです。制服のタイは外しますが、なんだかボタンも2つ3つ開けようかと頭を寄せ合って相談しているのが聞こえました。

 文化祭当日は、私にホール当番は回って来ません。その代わりにこうして準備を手伝ってます。

「そういえば、上手く羅刹の要望は聞き出せたの?」
「あー、なんだか希望らしい希望がないみたいなのです……」

 そうなのです。
 文化祭で一緒に回ろうと約束した佐多くんなのですが、展示系を見たいのか、飲食系を見たいのか、はたまた出し物系を見たいのか、さっぱり掴めないのです。それに、この間から何だか拗ねているような……? 正直どうしたら良いか分からないのです。

「だってさ、アヤカ。予定通りいっちゃう?」
「だよねー」
「いっちゃえ、いっちゃえー」

 どうして女子がニンマリと目を三日月にして不穏なセリフを口にしているのでしょう。というか、玉名さんもそっち側なんですか。

「いやー、諏訪っちが発案だっけ? アイツもワルだよねー」
「いやいや、それにノっちゃうウチらもでしょ」

 えぇと、話が読めないので、分かるように説明してもらっても良いですかー?
 なんだか仲間外れな感じがして寂しいのですけど。

「ミオ、安心していいから」
「はい?」

 玉名さんが、私の頭をさわさわと撫でてきます。

「アタシたちが、当日回るコースをプロデュースしてあげるの」
「そうそう、安心して須屋さんが回れるようにね」

 え、本当ですか?
 みなさん優しいので―――

「まずはF組のクレープ潰してもらわないとねー」
「その後、西側の階段付近で立ち話でもしてもらえば、羅刹を避けて人の流れはこっちの階段に来るし」
「やっぱ打ち上げ費用は稼がないとね」

 あれ、全然優しさからではなかった、ですか?

ブィー、ブィー、ブィー

 その振動音に、その場にいた全員が自分の携帯を確認しました。もちろん私もです。……はい、私の所に着信が来ているのですが、知らない番号なのですよ。

「ちょっと、すみません」

 普段なら知らない番号からの電話は受けないのですが、文化祭の周回ルートを相談する流れから逃げたかったこともあって、私はそそくさと廊下へ逃げました。

「えぇと、もしもし?」
『あぁ、ミオちゃん。まだ学校だよね、今いいかな?』

 聞き覚えがあるこの声は、おそらく徳益さんです。

「すみません、どちらさまですか?」
『え? 俺だって。分かんないかな? ちょっとショックかも』

 このテンションは、たぶん間違いなく徳益さんだと思います。でも、確証が取れるまで固有名詞は出してはいけないのです。長年の蛇との戦いの中で、私はきっちり学んでいます。振り込め詐欺にだって引っかからない自信もあります。

「……」
『相変わらずガードが固くて安心したよ、ミオちゃん。ハヤトだよ。徳益ハヤト』
「お疲れ様です、徳益さん。緊急のお仕事ですか?」

 ようやく名乗ってもらったので、丁寧にバイトな対応をすれば、通話口の向こうで苦笑したような声が聞こえました。

『ミオちゃんて、そういうとこ本当にビジネスライクだよね。ちょっと困ったことが起きちゃってさ、こっちに来て欲しいんだ』
「……今すぐ、ですか?」
『うん、もう犬飼を向かわせてるからさ、学校の前で拾われてくんない?』
「学校の前は目立ちますし、別の場所になりませんか?」
『んー、それなら校門から出て北の交差点でどうかな。原木書店の前』
「分かりました。あとどのぐらいで到着するか分かりますか?」
『おそらく、あと5分ってとこかな。突然でスマンね』
「佐多くんも、そっちにいるのですよね? あと、前回みたいな暴力を思わせる現場とかではないですよね?」
『あぁ、それは大丈夫。こっちにいるし、暴力的なことにはなってないから』

 あれ、何でしょう。今の答えに、どこか違和感があります。

『それじゃ、よろしく』

 疑惑を感じた直後に切れた電話に、言い様もないモヤモヤしたものを感じるのですが、向かうと言った手前、それを翻すのもどうかと思います。雇用主ですし。

「……どこが、引っかかったのでしょう」

 とりあえず、クラスの女子にバイト先から連絡があったことを伝えて先に帰らせてもらうことにしたのでした。


「えぇと、ここ、ですか?」
「はい」

 すっかり顔を覚えてしまった運転手の犬飼さんが、丁寧にも後部座席のドアを開けてくれました……って、恐縮なのです!!

「す、すみません。こんなことさせてしまって」
「いいえ、構いませんよ」

 慌ててドアの外に転ぶように出れば、丁度その建物から出て来た徳益さんが手を振って合図していました。

「すまんね、ミオちゃん。こっちだよ」

 犬飼さんにお礼を言って、徳益さんの方へと歩き出します。
 目の前にはドドンと大きなビルが建っています。記憶に間違いがなければ、ダーリンさんことドゥームさんの職場であり、蛇男こと宮地さんの勤め先であり、佐多くんとお父さんの仕事先の会社のビルです。
 徳益さんはスーツ姿……ではなく、ワイシャツにスラックスだけ、というややラフな格好でした。クールビズ採用、ということでしょうか?

「ちょっと急ぎで確認を取りたいことがあってね。はいこれ入館証」

 ストラップに「来館06」と印字されたカードが入っています。なんだか、大人の世界にドキドキします。
 ビルの入り口のゲートで、まるで電車の自動改札のようにカードをかざすと、難なく通ることができました。セキュリティがちゃんとしているんですね。
 そのまま徳益さんに先導されて、エレベーターホールへ。そして、エレベーターで上がった先は一四階とそれなりに高層です。あれ、そもそもこのビル何階建てなのでしょう? 入る前に確認しそびれました。

 カーペットの敷き詰められたフロアを歩き――制服姿なのに、誰にも何も言われないのが不思議なのですが――到着した先に掲げられたプレートには『会議室1403』とありました。会議室が千以上もあるのではなく、最初の二桁が何階かを表していると考えるのが自然ですよね。

コンコン

「―――どうぞ」

 ノックの音に反応して聞こえて来た声は、佐多くんのものではありませんでした。まぁ、佐多くんが「どうぞ」なんて言うはずもありませんし。
 それなら、誰だろう、と考えた私を置き去りに、徳益さんは会議室のドアを開けました。

「やぁ、一ヶ月ぶりぐらいかな、ミオさん」

 クールビズの波など知らないかのようにチョコレートブラウンのスーツに身を包んだその人は、私の名前を呼んで、軽く右手を挙げて挨拶をしてきました。黒い縁の眼鏡にはとても覚えがありますし、何よりも醸し出すその雰囲気が―――

「はいはい、入って入ってー」

 背中を押され、私はその蛇のテリトリーに足を踏み入れることになってしまいました。

「お、久しぶり、です。佐多、さん……」

 何とか搾り出した挨拶に、佐多くんのお父さんはにっこりと微笑みを向けてきました。

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