TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 44.それは、前夜だったのです。


 文化祭を明日に控えた金曜の午後、教室で机のセッティングを終えて一息ついていた私に声を掛けてきた男子がいました。

「ってことで、こんな感じでシ・ク・ヨ・ロ!」
「……どうして恩田くんから渡されるのですか?」

 てっきり玉名さんか、それでなくても文化祭実行委員のどちらかから渡されると思っていたのです。

「俺も諏訪から渡されたんだけど、俺ならもうフラグ立ってっから大丈夫逝ってヨシ!って言われてさー」

 え、恩田くん、それ明るく言ってよいのですか?

「いやー、何のフラグか知らねーけど、文化祭だし、アレかな、告白イベント☆キター的な? ぼっちな諏訪ワロスwww」

 あ、気付いていないのですね。まぁ、私も先日、文化祭の準備をしている最中に高森さんや玉名さん達の会話を聞いて、なるほどと思ったばかりなのですけど。

『オンダってさー、チョー激ヤバなフラグ立ってるよね』
『あー、あれね。本人気付いてないのかしら?』
『フラグ、ですか?』
『ミオも気付いてないのー? ニブいにもホドがあるってばさ』
『そうそう、張本人なのにね』
『私が何かフラグ立てたのですか? 恩田くんに?』
『ミオがって言うよりはー、間接的に?』
『そうそう、「羅刹による惨殺フラグ」がね』
『ちょ、どうしてそんなにニコニコと恐ろしいことを言っているのですか、二人とも』
『えー? だってねぇ?』
『ねぇ?』
『そうなったらミオが止めるでしょ』

 どうやら羅刹係というのは、伝言や不登校改善だけでなく、ストッパーも兼ねているみたいです。
 大丈夫です。さすがに寝覚めが悪いので殺人なんて絶対に阻止しますから!

 ぐっと拳を握り締め、渡された紙を開きました。
 そこに書いてあったのは文化祭で回るコースプランです。
 最初から一年A組のお化け屋敷で「脅かし役を再起不能に!」とか書かれていて不穏なこと極まりないのですけど。

「……恩田くん、聞いてもよいでしょうか?」
「ん? 何か変なとこあったか?」

 机を並べて四人掛けのテーブルを作った席で、渡されたコースプランを広げていた私は、その記載に誤記を見つけて声をかけました。恩田くんは向かいの席のイスに座って、身を乗り出して覗き込んで来ます。恩田くんも中身をちゃんと見ていないのですか?

「これ、三年G組に二回も行くことになるのですけど」
「あー、これミスってねーよ? あのクラスが一番の敵だかんな」

 確かに同じ飲食店ですけど、何もそこまで目の仇にしなくても……

「あそこがパニックになれば、オレらのクラスに客が来るって算段って言ってたな。孔明の罠だぜ!」

 恩田くん、色々な言葉を使いたいのは分かるのですが、ちょっと使い所が変ではないでしょうか? 嵌った側が「おのれ孔明の罠か!」って言うのが普通の使い方ではないのですか? それとも、誰か女性用の服を相手に贈って怒らせたのでしょうか。

「……えぇと、あと、これは明後日も同じコースを廻るのですか?」
「いや、明日の校内発表の状況を確認してから、明後日の一般公開日のコース決めるとか言ってたぜ?」

 あー、なるほど、そうなのですか。
 というか、二日間ともに私、羅刹とデート確定ですか。一緒に回ろうと誘いましたが、二日間も、なんて一言も口にしていないのですけど。

「直前までもめてたかんなー、外回りのとことか」
「え? そうなのですか?」

 私は「ほら、ここ見てみ」と指差された箇所を見ます。なんだか、やたらと書いて消した後があるのです。

「外はどっちかっつーと、部活のヤツが多いだろ? だから―――」

ガラララッ

 教室に入って来たのは、明日の準備も手伝わずに姿を消していた羅刹でした。どこかで時間を潰していたのでしょうけど、まぁ、教室内に居ても、逆にみんな困ってしまったでしょうから、よいのです。力仕事向きな体格ですが、誰も彼に仕事を振れないでしょうし。

「あぁ?」

 唸るような低い声を洩らし、佐多くん、じゃなかったトキくんがこちらを睨みました。途端に、恩田くんがビシッと固まったかと思いきや、「じじじじじゃぁ、オレは渡したから後はシクヨロろろろろろ」なんて言って廊下の方へすっ飛んで行ってしまいました。うーん、最後の嘔吐っぽい表現もネットスラングなのでしょうか? 聞いたことないですけど。

「ミオ」
「はい」

 すぐ隣まで来たトキくんの口から「ちっ、また恩田か」なんてボヤきが漏れました。あ、もしかして、恩田くん、私の次に名前と顔が一致したクラスメイトなのではないでしょうか? 周囲でこちらを伺うクラスメイトが「恩田、死んだな」「おい誰が白い百合手配すんの?」なんてヒソヒソ話しているのは、この際、気にしない方がよいですよね。
 ……訂正します。羅刹係としてクラス内殺人は阻止せねば!

「そろそろ帰るぞ」
「あ、でも、まだ準備が―――」
「須屋さん、後は少人数で大丈夫だから、いいよ?」

 別の男子に背中を押されてそう言ってくれたのは、諏訪くんでした。文化祭実行委員がそう言うのなら、きっと大丈夫ですよね。……いえ、むしろ、羅刹を持ち帰れというミッションなのかもしれません。


「というわけで、明日はこんな感じなのです」

 恩田くんから手渡されたコースプランを広げ、私は今日のことを報告しました。
 あ、ちなみにトキくんは皆が準備で騒がしいのを横目に屋上にある昼寝スポットでくつろいでいたらしいです。風通しの良い日陰があるのだそうですよ。まぁ、作法室では茶道部が明日の準備をしているでしょうし、課外室も部活の発表スペースになっちゃってますからね。邪魔をしない場所のチョイスとしては妥当なのではないでしょうか。
 え、クラスの準備を手伝うという選択肢はおそらくありませんよ? おそらく逆に効率は下がりますから。トキくんもクラスに馴染もうとする意思はないみたいですし。

「……」
「トキくん?」

 あれ、なんだか不穏な空気なのです。私、何か失敗してしまいましたか?

「なんで、あいつらの決めたコースを回るんだ?」
「え? それは、その」
「好きなように回らせろよ」
「あ、トキくん、もしかして行きたい所があるのですか?」
「違ぇ」

 うぅん? トキくんの不機嫌ポイントが分かりません。これ、どう答えるべきなのでしょう?
 迷ったときは正直に。これ鉄則ですよね。

「えーと、ですね。その、私もこういう催し物を誰かと回るってしたことなくて、相談に乗ってもらっただけなんです」
「はぁ?」
「いや、去年とか中学の時とか、友達と適当にひやかして回るってことはあったんですけど、その、男の子と回るなんて初めてで、困ってしまったので……」

 女の子同士だと、その場のノリであちこち見て回れるんですけどね。男の子って、ほら、ツボが分からないじゃないですか。

「あ、でも、別に、全部これの通りに回らなきゃいけないわけではないのですよ? あくまでクラスの皆が考えてくれたコース案ですから」

 あれ、どうしてトキくんの眉間に皺が寄っているのでしょう。私、また地雷を踏んでしまいました? おかしいですね、マインスイーパなら得意なのですよ?

「アンタ、初めてなのか?」
「はい?」
「男と回るの初めてなのか」
「……そうですよ? 胸を張って言いますが、私、全然モテたことありませんし、男の子と付き合ったことだってありませんから!」
「なんで胸張るんだよ。触って欲しいのか?」
「ちょ、不埒な手は禁止なのですよ!」

 私は慌てて無駄に偉そうに反らしていた胸を戻しました。油断も隙もないとはこのことです。

「トキくんもですねぇ、そんな風に不埒なことをやっていたら、痴漢で捕まってしまうのですよ?」
「大丈夫だ。アンタにしかやらねぇから」
「小動物だって、たまには噛み付くのですよ?」

 まったく、アニマルセラピーと言っても、ちゃんと遠慮して欲しいのです。こっちは一応、花も恥らう女子高生なのですから。

「アンタ、分かってて言ってんのか?」
「何がですか?」
「……いや、いい」

 ちょ、今、「天然か、始末に負えねぇな」とか呟きませんでしたか? 常々思っていたのですけど、トキくんは私のことを格下扱いし過ぎているのですよ。れっきとしたクラスメイト!同学年なのですよ?

「アンタは行きたいとこねぇのかよ」
「え?」
「文化祭。普通は気になるところの一つや二つ、あるんじゃねぇの?」
「……別に、ないのですよ」

 実のところ、気になる出し物はあります。3年A組の「ベリーメリーぐるぐる回るランド」に興味をひかれているのです。パイプで骨組みを作ったメリーゴーランドを人力で回すというものなのですが、ちょっと楽しそうではありませんか?
 まぁ、トキくんと一緒に乗るという選択肢はないのですけどね。だって、回す役が脅えてしまいそうですから。

「へぇ? じゃぁ食いたいものは?」
「んー、正直、こういった文化祭のものってコストパフォーマンスが悪いではないですか。そりゃ、もちろん雰囲気も込みで考えればよいかもしれませんが、やっぱり原価が見えてしまうので、あまり積極的に買おうとは思わないのですよ」

 私の言い分は至極真っ当なものだったと思うのですが、なぜかトキくんがニヤリと皮肉な感じに笑みを浮かべました。

「アンタらしいな」
「そうですか?」
「あぁ。―――それはそうと、アンタの母親は来んのか?」

 すっかり忘れていたのです。
 いえ、ちゃんと文化祭があるということは伝えてあるのですけどね?

「そうですね。去年は来なかったので、今年も来ない……と思いたいのですが、お母さんは気まぐれですから、正直なところ、分かりません」
「アンタの弟が来たいって駄々こねたら?」
「レイくんですか? うーん、そういうことになったら来るのでしょうけど、レイくん、こういうことに興味持つのでしょうか?」
「さぁな。でも、まぁ、アンタに興味はあるみたいだったから、もしかしたらってことはあるかもな」

 うーん、そうすると一般公開日は、お母さんやレイくんをもてなす方向になるのでしょう。あ、それならメリーゴーランドは丁度よいかもしれないのです。

「ま、とりあえず、明日だな」
「はい、ちょっと楽しみなのです」

 楽しみ、で思い出しました。朝地さんや高森さんからのシークレットなミッションがあったのです。

「あの、さた……トキくん、黒いエプロンに興味はありますか?」
「は?」
「あと、ちょっとオプションのついたヘアバンドとか……」
「何言ってんだ?」

 うぅ、こういうことは初めてなので、どう話を持っていったらよいか分からないのです。

「えぇと、クラスに貢献するために、ですね、私たちが学校を回っている間に宣伝もできるように、と……」
「いらね」
「え?」
「嫌な予感しかしねぇ」
「……」

 おかしいですね。まだ断片的な情報しか口にしていないのですけど……。やはり、このミッションは私には荷が重すぎたのです。

「どうせ、あのイカれた給仕の格好しろってんだろ?」
「……ご明察、なのです」

 ロング丈のサロンエプロンに学校指定のワイシャツ、そこに『犬耳』というオプション付のヘアバンドを付けるのが、最終的にうちのクラスの男子に課せられた使命なのです。その格好をぜひともトキくんにもしてもらいたい!というのが高森さんや朝地さんなどの『羅刹観賞し隊』(命名:須屋ミオ)の要望でして。

「ダメ、ですか」
「阿呆。できるわけねぇだろ」
「……ですよね」

 皆さんには悪いですが、凍て付くような羅刹の眼差しに、私は潔く白旗を振りました。

<< >>


TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。