Ⅴ.忍び寄る恐怖1.re・fuse~断る~ハルピュイアの襲撃があってから3日、あたしはまだ、外へ散歩に出る気にはなれなかった。 あれから一晩で庭や屋敷は元通りになったけど、ハルピュイアが大けがを負ったのも見ていたけれど、あの鳥の王がいつまた来るかもしれないと思うと、とても庭を散策する気になれなかったのだ。 「ホントは、ひなたぼっことかしたいんだけど……」 そう呟いたら、カラクリ人形が温室へと連れて行ってくれた。風を感じたり、空を仰ぐことはできないが、お日様の光を浴びることはできた。 「不思議な場所……」 温室は見たことのない植物がたくさん植えられていて、いくつか食卓で見かけた果物もあって、つまみ食いをしたくなるほどだった。 生肉を主食とするなら、温室は、この果物類は何のためにあるんだろう? 「ニンゲンノ ウタイテガ、ミツカッタトキノタメニ、ズット、セイビシテイマシタ」 カラクリ人形が、あたしの小さな呟きに律儀に答えた。 (つまり、いつか見つけるかもしれない人間の歌い手のために、いろいろ準備してたってわけ) そう考えると、いくつか合点の行くこともあった。 例えば、遠くを見通せる不思議な鏡も、音が聞こえないなら必要ない、という話をしていたのは、音がなければ歌い手がいるかどうかも分からないということだ。 人間の姿で町へ行っていたのも、人間の暮らしを見るためと、歌い手を探す目的もあったのかもしれない。 (もし、そうだとすると、離れていても、あの人形を通して音を聞いたりできるってこと?) それはあの青年人形に限った話なんだろうか。と、ここまで案内してくれたカラクリ人形に視線を動かす。 「キョウハ、ココデ、スゴシマスカ?」 「えぇ、ここは気持ちいいし、そのつもり」 「デハ、オチャノジュンビヲ、シテキマス」 カラクリ人形はカタカタギシギシと温室を出て行った。 (まさか、ね) 獣が寝ているという時間だって、あの人形達は勤勉に働いている。それに何体もあるのだ。いちいちラスが把握して動かしているとは思えない。……でも、機会があったら聞いてみよう。 「ずいぶんと満喫してるのネ」 地面に咲いていた、名前も知らない、青い大きな花を見ていたあたしは、その声に慌てて上を見上げた。 「そんなに構えなくてもいいわヨ」 どこから声が届いているのか分からないが、その声は、あのハルピュイアのものに違いなかった。 「何しに来たの?」 「もちろん、あなたに会いにネ」 木々の合間を探し、温室の天井に視線を移したあたしは、ようやくその姿に気がついた。 「驚いタ? 鳥はアタシのしもべなノ」 室温調整のため、細く開けられた天井近くの窓、そこには、あたしも良く知っているセキレイという鳥がとまっていた。こちらの視線に気がついたのだろう、長い尾羽根を上下に揺らしてみせる。 「いつか、アタシのところに来てもらう時のために、どんな生活してるのか、見に来ただけヨ。そんなに、怖がらないデ」 「でも、あたしを、……殺そうとしたじゃない」 「奪えないと思ったからネ。あのケダモノの力になるぐらいなら、壊した方がましでしょウ?」 壊す、という言葉を使ったハルピュイアに、あたしは胸がムカムカした。「壊す」は、物に使う言葉だ。つまり、あたしは今、目の前の鳥に物扱いされているということ。 「アタシも縄張りを、狩り場をこれ以上減らすわけにはいかないノ。―――アタシと一緒に来る気はナイ?」 「ここの生活は気に入っているわ。それに、人間を物みたいに『壊す』とか言う人と一緒に行けるわけないでしょ」 あたしがギロリ、と精一杯強く見えるように睨むと、ハルピュイアは沈黙した。さっきまでピコピコ動かしていた尾羽根も止まってしまった。 あたしは、ここで気を抜いちゃダメだと、セキレイから視線を外さないよう、体に力を入れた。 「……ふふフ。あは、あはははははハ…!」 突然の哄笑に、あたしは怯えを見せないように、ぎゅっと拳に力を込めた。 「対等だとでも思ってるノ? それとも、あのケダモノがそういう風に扱ってるノ? そんなわけないわよねェ? だって、アタシ達にとって、歌い手は単なる道具、ペット、家畜だもノ! あははははハ!」 けたたましい声の中に、「家畜」という単語を聞き取ったあたしは、自分の頭に血が上るのを感じた。 自分の履いていたサンダルを脱ぐと、それを大きく振りかぶった! バシィンッ! 鳥をめがけて投げたサンダルは、セキレイには届かず、ずいぶん下方のガラスに当たる。 「その耳障りな笑いをやめてよ!」 「あはハ。怒ったノ? 怖い、怖イ! 長居すると、またケダモノが来ちゃうものネ。そろそろ退散するワ」 もう片方のサンダルを構えるあたしをバカにするように、セキレイは温室の天井近くをぐるりと旋回して、悠々と出て行った。 | |
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