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Ⅴ.忍び寄る恐怖2.re・ly~頼る~ハルピュイアの使者が出て行った窓を睨みつける。 (ムカつくし、腹立つし、仕返しもできなかったし……!) あたしはどろどろに渦巻く感情の波にまかせて、そばで咲いていた花を荒らそうと手を伸ばし、止めた。 大きく深呼吸をする。二回、三回。 まだ波立つ感情を押し込めるように、ゆっくりと投げつけたサンダルを探しに行く。 (ダメ。考えないようにしなくちゃ……) 落ち着いた呼吸を意識し、草むらの中をかき分けて入る。素足の左足が湿った土で汚れるのが分かったが、その不快な感触ですら思考を邪魔してくれる材料になった。 「もう、どこに行ったんだろ」 あたしは心の中で、必死にサンダル、サンダルと唱えた。 「ドコニ、イマスカ? オチャヲ、モッテキマシタ」 「ここにいるわ。ちょっと捜し物をしているの」 すると、ギシギシとカラクリ人形が近づいて来た。 「ナニヲ、サガシテイマスカ?」 「えぇっと、サンダルをね、ちょっと……」 左足を指さすと、カラクリ人形は「ワカリマシタ」と返事をする。人間相手だったら追及を免れないところだが、こういうところはちょっと安心するというか、物足りないというか。 「アレデスネ」 さすがと言うべきか、すぐさま見つけてくれたカラクリ人形からサンダルを受け取ると、あたしはそのまま履こうとして、 「え?」 「シツレイシマス」 カラクリ人形に止められ、体を持ち上げられると、休憩用にこしらえてあったテーブルの方へと運ばれてしまった。 「あの……」 あたしは何が起きたのか分からないまま、イスに腰掛けた。 カラクリ人形はあたしの左足を持つと、手にした布であたしの足を拭き始めた。 「いや、その、自分でやるから……」 さすがに何か気恥ずかしいものを感じて声を上げたが、カラクリ人形はあたしの抗議など意にも介さず、自分の仕事をさくさくと終えてしまった。 「ドウゾ」 勧められるままに、あたしは綺麗になった左足をサンダルに滑り込ませる。正直、カラクリ人形に顔を向けたくなくて、視線を宙に這わせ、―――その先にあるものにギクリ、と体を強ばらせた。 「オチャノ ヨウイヲシマス」 視線の先には、先ほどまであのセキレイがいた所、細く開けられた窓があった。 「ごめんなさい、ちょっと、その、ここでお茶は、遠慮したいの。本当にごめんなさい」 茶器を準備し始めたカラクリ人形に重ねて謝ると、あたしは「自分の部屋に戻るから」と言いおいて、片づけをするカラクリ人形を放って足早に温室を出て行く。 またハルピュイアが鳥の形を借りてやってきてしまったらどうしよう。 あたしはハルピュイアに対する恐怖と、未だ名前のつけられない渦巻く感情に翻弄されながら、必死で歩く。 (自分の部屋に戻っても……) もし、どこかの隙間から、鳥がやって来たらどうしよう。 (イヤだ。会いたくない。あの鳥の言葉は聞きたくない……!) 鳥が来ない場所に行きたい。窓がない場所? 倉庫とかあったっけ? (あそこなら……。でも……) 一つだけ、絶対大丈夫な場所があった。ただ、そこに行くのは、別の不都合がある。 その不都合な理由と恐怖とを天秤にかける。 (……でもやっぱり怖い!) あたしは階段を上った。目指すは三階。この数日、何回か行き来していたから、迷うことはない。 (……でも、立ち入り禁止とも聞いたような) 足の運びが遅くなったが、それでも恐怖に押し出されるように、避難場所へと向かう。 (起きてる、かな) ノックをするのも躊躇われて、ドアノブに手をかけると、鍵もかけていない扉があっさり開いた。 「し、失礼しまーす……」 部屋の中からは、相変わらずのバラの香気が漂ってくる。あたしは細く開けたドアの隙間から、するりとその中へ体を滑り込ませた。 目を細めて寝床を覗くと、灰色の毛皮が微かに上下しているのが見えた。流石に睡眠の邪魔はしたくない。 (とりあえず、ここにいれば大丈夫だよね) あたしは扉のすぐ近くに腰を下ろして、膝を抱えた。 「……何か用か?」 寝起きのせいか、少ししわがれた声に、あたしは膝に埋めていた頭を、弾かれたように持ち上げた。 「起こしてしまってごめんなさい。―――ちょっと、その、人恋しくなって」 「嘘をつくな。……温室で何があった?」 温室で、と限定されたあたしは、体が震えてしまわないようにぎゅっと膝を抱える腕に力を込めた。 (どうして、温室に居たって知ってるの?) カラクリ人形から何らかの方法で、逐次連絡がいっているのだろうか。でも、ラスとカラクリ人形が話をしているのなんて、見たことがない。 「―――答える気はないようだな」 不機嫌そうな声に、あたしはしまった、と腰を浮かす。だが、もう遅かった。 ガチャリとあたしの隣の扉が開き、カラクリ人形が2体入ってきたかと思うと、座り込んでいたあたしを軽々と抱え上げた。 「ちょ、あのっ……!」 静止の声も空しく、あたしはラスのいる寝床の前まで持って来られると、そのまま、ぽい、と投げられた。 空中で体勢を立て直すなんて器用なことのできないあたしは、そのまま綿の敷き詰められた寝床に顔から突っ込んだ。 「んんっ!」 何とかそこから這いだして逃げようとしたところを、右肩に軽い衝撃を受け、ころん、と仰向けに転がった。 「!!」 胸の下にずしん、と何かが乗る。その「何か」を見た途端、あたしはそれを確かめたことを後悔した。 「答えずに逃げられると思うな」 その声はものすごく近い場所から響いてくる。 思わず「逃がしてください」と懇願したくなった。 | |
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