[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

TOPページへ    小説トップへ    美女と野獣

Ⅴ.忍び寄る恐怖

 3.re・mind~再び気付く~


 あたしは寝そべったままのラスの、顎置き台になっていた。自分の上に、あの凶悪な犬歯が見え隠れしているのは、正直、生きた心地がしない。
「答えずに逃げられると思うな」
 ラスの声が、直接お腹に響いてくる。
「……鳥が、来たんです」
 あたしは絞り出すように声を出した。すると、この体勢では声が出しにくいことを分かってくれたのか、頭を持ち上げてくれた。……とはいえ、目の前に口があるので、やっぱり怖い。
「小鳥の口から、あの、鳥の王の声がして、その、偵察に来たようなことを言ってて」
「あのブサイク鳥……! 性懲りもなく覗きに来たか!」
 吠えるように怨唆の声を上げたラスに、あたしは体を震わせた。
「それで合点がいった。ユーリア、お前、履き物を投げつけたな?」
「……はい」
 やっぱり、サンダルのことも知っている。カラクリ人形が見たもの聞いたものは、全部報告されているんだろうか?
「その後、すぐにここへ来た。なぜだ?」
「あの、どこに居ても監視されるような気がして、窓のない部屋に行こうと思ったんだけど、ここなら、来ないかも、って、その、思って……」
「考え方は悪くない。あいつもまだ本調子ではないはずだ。オレに会えば使役越しに攻撃されるのは分かっているだろう」
 それにしても、もう少し網を目を細かくするか、とぶつぶつ呟くラスの隣で、あたしはそっと上半身を起こした。
「……カラクリ人形が見聞きしたものは、全部報告がいくものなの?」
「報告?」
「だって、あたしが温室に居たことも、サンダルを片方探してたことも、いつ知ったの?」
 するとラスは、じろり、とあたしを見ると、ふん、と鼻息で笑った。その息があたしの顔にかかり、髪の毛を乱す。
「根本的にアレらのことを誤解しているようだが、アレらは、広い意味ではオレの一部だ」
「え?」
「適当に作ったヒトガタに、いくつかの命令をインプットしただけのものだ。まぁ、命令の優先順位を自身で判断させるためのAIは組んであるから、人間から見れば、単体で動いているように見えるだろう。アレらの体験したものは、必要に応じてオレにフィードバックしている」
 なんだろう。言っていることがさっぱり分からない。
「とはいえ、きっちりと人間の形を取った方は、AIを組んでも動きにぎこちなさが出る。精巧にできているからな。だからアレを動かす時は、常時オレに接続して、体感したものを瞬時に把握できるようになっている。そこの小さいのは、さすがのオレも全てを接続してリアルタイムで体感情報を把握するのは面倒だが、情報を得ようと思えば、すぐにでも接続できる。そういうことだ」
 そういうことだ、と言われても……。話の半分も理解できなかったんだけど。
「難しく言い過ぎたか? 要は、アレらの見たものや聞いたものは、オレが知ろうと思えば、そのまま分かるってことだ」
 カラクリ人形が見たものは、ダイレクトに伝わる……ってことは?
 あたしの体がカァーっと火照る。鏡を見なくても分かる、絶対耳まで赤くなってる。賭けたっていい。
「なんだ、顔が赤いな。風邪でも引いたか?」
 ほら、やっぱり。
 あたしの上半身がぐらりと揺れて、そのまま寝床に倒れ込む。仰向けになった顔を見られたくなくて、両手で覆うように隠した。
 あたし初日からお風呂入れてもらってて、それってつまり素っ裸の状態を見られてるも同じってことで、それに、あたしが今までカラクリ人形に話しかけてたアレやコレやも伝わってるってことで……!
(い、や―――――っ!)
 あたしの様子がおかしいことに気づいたのだろう。ずしん、という衝撃とともに、あたしの胸の下に、また顎を乗っけられた。
「よく分からんが、落ち着け」
「こ、この上なく、落ち、着いて、ますっ!」
「嘘をつくな、と何回言わせる気だ?」
 うんざりした声に身の危険を感じるが、それでも本当のことを言うのは恥ずかしい。
 というか、人の裸を見ることに、何の罪悪感もないんだろうか? まぁ、種が違うということで、別になんとも思わないのかもしれないけど。あたしだって、ラスの裸をこうして見ているわけだし。家で飼ってるメイちゃん(ヤギ)の裸どころか糞尿の世話までしていたけど、そんな風に思ったことなど―――
『家畜』
 ふいに脳裏に浮かび上がった単語に、あたしは唇を噛みしめた。
『アタシ達にとって、歌い手は単なる道具、ペット、家畜だもノ!』
 耳鳴りのように、けたたましい笑い声がこだまする。ダメだ。思い出しちゃいけない、のに。
「ユーリア?」
 ラスの口からあたしの名前が響く。その拍子に、目にたまっていた涙が、ぽろり、と流れ落ちた。
 すっかり忘れていたんだ。いや、忘れていたかったんだと思う。
(あたしは、ただ歌うだけのカナリヤだ)
 この屋敷に来た時には、ちゃんと覚悟していた筈なのに、ラスに怯えずに会話できるようになって、誤解が生まれてしまった。そう、対等なんかじゃない。
「ごめん、なさい。いろいろ、衝撃的なことが、多くて、混乱してる、みたいで」
 ラスはあたしの言葉をどう解釈したのか、お腹の上から顎をのけてくれた。
「部屋に戻って、頭の中整理するわ」
 ゆっくり体を起こし、ラスに背を向ける。引き留められるかもしれないと思ったが、もしかしたら、引き留められたいのかもしれないとも思った。
「また、クソ鳥の使役が来たら知らせろ」
「……カラクリ人形に伝えればいいのね?」
「そうだ。鳥が来たと言えば伝わるようにしておく」
 あたしは「分かったわ」と返事をして、ラスの部屋を後にした。すぐ後ろにはカラクリ人形が一体、ついてくる。
 とりあえず、部屋に戻って、ベッドに籠もろう。紗幕を引いてしまえば、人形からは直接見えなくなる。
(とりあえず、夕食の時までに、何とか立て直さないと)
 あたしは、足取りも重く、自分の部屋へと向かって行った。

<<前 次>>


TOPページへ    小説トップへ    美女と野獣