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第2話.山賊ポルカ

 4.そして月夜の下で


 満月が座るディアナを照らしていた。ぼんやりと座っているように見えるが、時々、ちらり、と後ろの狩小屋を見る。
(バレて、ないよねぇ?)
 他に選択肢がなかったから仕方がないのだが、つい投げナイフを使ってしまったことを、今更ながらに後悔していた。もちろん、使わざるをえない状況も計算した上で薬を塗ったナイフをスカートの下に仕込んでいたわけだけれど。
(フェリオにもねぇ、見られちゃったし……)
「ディアナ?」
 後ろから近づく足音に、ディアナは出来る限り動揺を押し殺して振り返った。
「あれぇ? フェリオぉ、まだ交代の時間じゃないわよぉ?」
 依頼人が組織する討伐隊が来る明日の朝までは三人交代で見張りをすることになっている。疲れていたリジィは最初の当番だった。
「なぁにぃ? そんな顔しなくてもぉ、ちゃんと『のろし』あげたの見たでしょぉ~?」
「いや、そういうことじゃないさ。ただ、お前の後ろ姿は、なんか危うい感じがして、な」
 一瞬、何を言われたのか分からない、そういう顔をして見せ、ディアナはあはは~と笑う。
「やだぁ、フェリオぉ。ちょっと寝ぼけてるのぉ~?」
「……ディアナ」
「なぁにぃ?」
「お前、なんで投げナイフやめたんだ?」
「……なんでぇ、そんなことぉ、聞くのぉ?」
「いや、もったいないな、って思って、な」
 二人の会話を聞きながら、そっと狩小屋から外を伺う者が一人いた。
(今なら、イケるか?)
 自問する。一人ならばともかく、二人ならば、見つかってしまえば終わり。それは分かっている。だが、会話に夢中になっている今しか逃げ出すチャンスはないような気がした。
「今日は、甘やかし過ぎじゃねぇのか?」
「フェリオもぉ、手伝ってたじゃないぃ~?」
「いや、まぁ、その……」
「フェリオだってぇ、誰かにお膳立てしてもらって獲った賞金首もあるでしょ~?」
「……ないとは言えねぇけどな。それにしても、最近のお前の甘やかしっぷりは――――」
「あったりまえでしょ~? だって弟だものぉ。それにぃ、こっちだってぇ、甘えてるしぃ~」
「なんで、広告塔なんて始めたんだよ」
「ドールハウスぅ?」
「あぁ、元々好きだったらしいが、なんでそこまで……」
「おかげでぇ、乱暴な振る舞いはしなくなってるでしょぉ~? 大変だったんだからぁ。最初はいろいろクレームがきてぇ、なんかマナーの先生とかつけられてぇ……」
「だから、なんでそこまでしてっ!」
「あたりまえでしょぉ? だってぇ、そうでもしなくちゃ、お金足りなかったしぃ~」
「なんの」
「えぇ~? それはリジィちゃんとあたしだけのぉ、ヒミツぅ~」
 よいしょっとディアナは腰を上げ、立ちあがった。
「……さてとぉ~」
 ディアナは大きく伸びをした、その次の瞬間、彼女の体は狩小屋の入り口に立っていた。
「なにをぉ、してるのかしらぁ~?」
 ロングソードを突きつけ、ディアナは一人こっそり逃げようとしていた『センセイ』ににっこりと笑いかけた。
「……」
 センセイは状況が飲み込めていないのか唖然としている。よつんばいでディアナを見上げる様子がこれまたへっぽこである。
(なぜだ。ついさっきまであんな場所にいたのに、どうして……!)
「ごめんなさいねぇ~? せっかくのぉ、リジィちゃんの手柄をぉ、逃がすわけにはいかないのぉ」
(詐欺だ~っ!)
 センセイが心の中で叫ぶが、眼前のフリフリのひらひらを着た怪物はニコニコと微笑んでいる。
「このっ!」
 諦め悪くディアナに襲いかかるセンセイに、彼女は「あらぁ?」と声をあげた。あげつつも、その動きは容赦がなかった。
「んごっ!」
 たった一発の蹴りで悶絶するセンセイ。どこを蹴り上げたかは説明する必要もないだろう。
「えげつねぇな、ディアナ」
(そういうところは相変わらずだぜ)
 フェリオはひとり、しみじみと呟いた。

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