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第3話.ニックネームはスワン

 1.スワンという人間について


「最近、どうよ?」
 ヤードの資料室で年若い警官二人が資料片手に談笑をしていた。
「新人が来ちゃってさ、俺、教育担当になっちった」
「うわ、マジ? めんどくさそー。オレんとこにも新人来たけどさ、警部がじきじきに面倒見てるぜ?」
「え? お前んとこの警部ってアンダースン警部だろ? エレーラ・ド・シンの担当の」
 エレーラ・ド・シン。悪質な金持ちばかりを狙う女怪盗の名前に、もう一人がゲンナリとした。
「そうそう、あのエレーラ。オレの最近の仕事、一般市民からの苦情係になってるよ。エレーラを捕まえるなって」
「まぁ、あれだけ嫌われる金持ちばっかり狙ってればね。ランクAの賞金首になってるのも、お偉いさん方の圧力だって言うしな」
 怪盗エレーラ・ド・シンは人を殺さずに盗みを続けている世にも稀な賞金首である。そんな彼女が最高ランクの賞金首になってしまっているのは、いつか来るのではないかと脅える世の中の『あくどい』金持ちが働きかけているのだ、というのが定説だった。
「でも、アンダースン警部の方が上のお偉いさんにせっつかれて大変そうだよ。あの人も可哀想に」
「そうそう、なんで警部じきじきに研修担当なんだ? それにあの人、エレーラ追っかけてるからひとつの部署にとどまってないだろ?」
「まぁ、ほら、キャリア組だし。今、この部署に来てるけど、これがなかなか……」
「あれ? もしかして、噂の―――」
 そのとき、二人の後ろにあるドアがガチャリ、と開いた。
 入って来たのは見た感じ、ヤードで働くほどの体力は無さそうな青年だった。彼はあごまで積み上げられた資料を両手で抱え、部屋の中央にある机まで行くと、どさっとそれらを置いた。
「お疲れ様です」
「お、おう、お疲れ」
「お疲れさん。スワン、そんなに何の資料を読み漁ってるんだ?」
 資料を棚に戻しながらスワンと呼ばれた青年が「エレーラ・ド・シンの資料です」と答える。
 初めて彼を見た警官は、同僚とスワンのやりとりを聞きながらスワンの容姿に見とれていた。優しげなはしばみ色の目にさらさらとした栗色の髪。凛々しいという修飾よりもかわいいという言葉が似合う顔立ち。
 女性職員がきゃいきゃいと騒いでいたのも分かる気がした。……悔しいが。
「ところで先輩、こちらでは何を?」
「……あ、あぁ、警部が読み散らかした資料を返却に来たんだ。あんまり借りっぱなしだと管理役がうるさいからな」
 手に薄っぺらな資料をひらひらさせて答える間にも、スワンはてきぱきと自分の借りていた資料を戻し、新たな資料の山を築きあげた。
「そうですか。……では、お先に失礼します」
 再び山と積み上げられた資料の束を持ち上げ、スワンは資料室を出ていった。
 残されたのは警官二人。
「あれが、噂のスワンか? キャリア組では一番の有望株って話だけど」
「見ての通りさ。女性職員が有望株って言うのも分かる気はするけどね。……ところで、スワンというニックネームの由来を知ってるかい?」
「いや、残念ながら。容姿から言われてるのかと思っていたけど」
「あぁ、確かに。うちの女どもも、きゃーきゃー言ってるからな。でも、違うんだ」
 警官は肩をすくめた。
「ほら、白鳥って、湖に優雅に浮かんでいるじゃないか」
「あぁ」
「でも、水の下では一生懸命に足を動かしている。そういうことさ」
 言われて男はしばし考えた。
「つまり、隠れた努力家ってことか?」
 もう一人の男は、手にしていた資料をようやく棚に戻しながら「そういうこと」と答えた。
「最初に来たときは涼しい顔で何でもかんでもこなしやがるから、かなりムカついてたんだけどな」
「……あんなの見せられちゃなぁ」
 先ほどの資料の山を思い浮かべ、うんうんと頷く。
「ま、どっちにしても、長い期間いるわけじゃねぇし、下手すりゃ上司になって戻ってくるんだから、放っておくのが一番ってね」


 賞金首を狩るハンターという職業があれば、もちろん治安を維持する警察機構が存在する。一般にヤードと称されるその組織の仕事はひどく広範囲で、その仕事を挙げ連ねればキリがない。スリ、窃盗、強盗、その他もろもろの凶悪犯を捕まえることはもちろん、遺失物の管理や道案内など、もはや雑用としか言えないこともやっている。
 もちろん、それぞれに管轄というものがあって、何を担当するか――なんてことは決まっているのだが。
 そして、忘れてはいけない。階級というものがある。
 おもに、功績のあった者が階級が高く、目立った活躍がない者は階級が低い。これは当然というものだが、もう一つ、キャリアという仕組みがある。
 ヤードに入る前に一定以上の教育を受けた者はキャリアと呼ばれ、その出世スピードは段違いに早い。もちろん、教育を受けただけの頭でっかちもいるにはいるだろうが、なにしろ、人の上に立って指揮するには経験と同じぐらい知識も重要なのだから仕方がない。
 キャリアは一般のヤード職員と同じように九ヶ月の実地研修を行う。
 だが、その後はまったく違う。キャリア組には最初からポストが用意されているのだ。そういうわけで、この九ヶ月の研修期間は一般のヤード職員にとってキャリア組をこきおろす絶好の機会だった。
 とりあえず、スワンと呼ばれる彼は、それを免れたようだ。

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