第5話.橋のある川4.ドラ息子にはキレ者を「ごめんくださぁい。誰かいらっしゃいますかぁ~?」 橋の上のお邸でディアナが呼び鈴を鳴らした。後ろにはイヤそうな顔のフェリオと右頬を少し赤くしたリジィがいる。 店主の話からエレーラの予告状が来た可能性が高いと判断したディアナは、邸でカマをかけることを提案した。フェリオは危険だからと反対したが、「じゃぁ、参加しなくてよし!」とあっさり切られそうな雰囲気にしぶしぶ承諾することになった。そして、リジィは――― 「うぅ、まだヒリヒリする」 赤くなった右頬を軽く押さえた。 店を出た直後にディアナに問い詰められ、「仕方なくヒゲ店主のほっぺにチュ」のことを白状し、結果として姉に頬をつねられたのだ。 「身体は安売りしちゃだめよぉ~」 そんなことを言いながらヒネリを加える姉は、どちらかと言えばリジィへの馴れ馴れしさとディアナをお姉さん呼ばわりしていたことに腹を立てていたようで、しばらくブツブツと文句を言っていた。 「ごめんくださぁい! ……あ~、来た来たぁ」 邸から出て来たのは、人相の悪い二人の男。 「忙しいんじゃ、明日にしくされこのアマ!」 初対面でこれかよ、とやれやれ顔のフェリオの隣で、リジィが剣の柄に手をかけた。 「ダメですよぉ。今日でないと警備に雇ってもらえないじゃないですかぁ~」 にこにこと答えるディアナに、応対の二人組が「え」と顔を見合わせた。 「ランクBのハンター二人とランクCのハンター一人をぉ、本日の警備に雇ってもらえませんかぁ? ……って取り次いでいただけますぅ?」 ハンターのランクを聞いた二人が一歩下がる。ハッタリでなければ、自分たちなどかなわない相手だ。 「……へっ、ランクBにCだぁ? どうせ、ウソに決まって―――」 黙って自分のハンター証を見せたディアナに、男の言葉が止まる。一人が隣の相棒を見ると、そちらもこっちを見た。 おい、どうするよ。どうするったってどうすんだ。追い返せって言われてんだろ。かなうわけねぇだろバカ。んじゃどうすんだよ。オレ、けがしたくねぇよ。オレだって。でも追い返せませんでしたって言えるか。へたすりゃ減棒だよな。勘弁してくれよ。オレだって勘弁して欲しいぜ。っていうか情報洩れてんのか。バカ言え、それこそやべぇよ。じゃ、どうしてコイツらここにいんだよ。それもそうだよな。とりあえず、ケガよか減給のがいいだろ。判断あおごーぜ。そだな。 「……ということで、ちょっとここで待ってろてめぇら」 目の前で相談して出た結論がこれか、とフェリオが軽く肩をすくめた。 ディアナは二人が邸の中に入るのを確認して「間違いないみたいね」と声を出した。 「姉さん、足、そろそろ放してくれるかな」 リジィの声に、「先走っちゃだめよぉ」と言いながらディアナが体重をわずかに移動させた。パニエを着けてふわりとふくらんだスカートのせいでフェリオからは彼女の足元は見えなかった。―――たぶん、自分と同じように制止のために動いたのだろうが。 ややあって、二人組が足早に戻って来た。 「おう、案内するから付いて来な」 くい、と親指で邸を指差す。ランクBとCのハンターと知りながらここまで傲慢な態度がとれようとは、意外に大物なのか、それとも単にバカなのか。 (……バカだな) 彼らの震える足に気づいて、フェリオはそう判断を下した。 ![]() 「へぇ、まるではきだめにツルだね」 3人を待たせた挙句、最初の言葉がこれだった。 目の前に座るのはクリス・アルレーテ。今はこの邸の主となっているが、確かにドラ息子の噂に間違いないようだった。 「うん、確かに見たことある顔だね。『アンティークドール』の広報やってるんだったかな。ねぇ、アルデオ」 クリスは隣に控える30過ぎぐらいの私兵に尋ねる。 「そうですね。ハンターの中ではそれなりに有名な部類だと思います」 淡々と答えるアルデオに少し重々しくうなずいてみせると、クリスはディアナに視線を定めた。 「……さて、本題に入ろうか。ボクとしては、警備が必要だと押し掛ける理由が知りたいところだけど」 「そうですねぇ~……。とりあえずぅ、怪盗エレーラ・ド・シンを追いかける身ですからぁ」 即座に核心をついたディアナのセリフに、居合わせた私兵が息をのんだ。 「へぇ、怪盗エレーラね。ボクはどういう情報からそうなるのかが知りたいところだよ」 対して動じた様子を見せないクリスに、ディアナはおや、と思う。 自分ではないが、予告状はきっちり届けられたはず。形だけとはいえ、邸の当主が知らないわけはない。それでも尚この対応。 「はいぃ、それは企業ヒミツですぅ~」 答えつつ、クリスを観察するディアナ。 「ふぅん、やっぱりそういうものか。……アルデオ、そういうことなんだが、どうなんだ?」 「はい、確かに今朝、そういうものを発見しましたが、特に外部の助けを借りるほどでもないと判断しましたので」 アルデオはちらり、とハンター3人組を見る。 「そういうわけだ。まぁ、1人ぐらいならボク付きのメイドとして雇ってあげてもいいけど。この邸には華がないからさ」 「そちらはお断りしますぅ~」 ディアナはきっぱりと切って捨てた。アルデオとか言う私兵が取りしきっていると分かったなら、このおぼっちゃんの近くにいる理由などない。第一、そんなことをしたら、ストレスで死んでしまうだろう。 「残念だね。キミは死んだママンに良く似てたから、是非ともウチにいて欲しかったんだけど」 本当に残念そうというよりは、ないものねだりのだだっこのような表情を浮かべるクリスに苛立ってきたのか、アウトオブ眼中のリジィとフェリオがちらりと互いを見る。 (あの坊っちゃんよりは、こっちの方がマシだよな) 視線はそう語っていた。 「それでは~、私たちはこれで失礼しますぅ。お時間つくっていただいてありがとうございましたぁ~」 「いやいや、キミみたいな可愛い人の力になれなくて残念だよ」 ハンターに飽きたらいつでも来てくれよ、と続ける言葉に「考えておきますねぇ~」と曖昧な返事をすると、ディアナはペコリとお辞儀する。後ろの2人もそれに合わせた。 「……忘れてましたぁ。今夜は邸の付近をうろついているかもしれませんけどぉ、そのぐらいは構いませんよねぇ~?」 にっこりと微笑むディアナはクリスを見据えつつもアルデオを視界の端に置いた。 「あぁ、そのぐらいなら構わないだろ、アルデオ?」 「はい、ですが、『とばっちり』を受けてもこちらは関知しませんが」 ―――あんまりウロウロすんじゃねぇ、と脅しをかけているのか、アルデオはにらむようにディアナを見た。 「それは自己責任ですからぁ~。……それでは~、今度こそ失礼しますぅ~」 ディアナは入って来た時と同じようにあの2人組の後に付いて行く。余計な場所を覗かせないようにするためだろう。道筋は覚えているのに、案内役が付くのは。 (……アルデオ、ね) ディアナは心の中で要注意人物と丸をつけた。 | |
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