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第5話.橋のある川

 5.水底の暗がり


「え、そうするんですか?」
「……だって、エレーラの格好はもうイヤって言ったじゃない」
「それは、そうなんですけど」
「3人で夜中に邸の回りうろつく予定だから、たぶん『手分けして』バラバラに動くことになると思う。……ていうか、そうさせるから」
「だからって、それは無理がありませんか?」
「そっちがイヤって言ったんでしょ? それに、今回は、アイヴァン関係だからあたしがやりたいの」
「はぁ、分かりました。2人と別れたときに落ち合いましょう。……それにしても、なんであの人来てるんですか」
「それはこっちのセリフ。社長に許可とって情報流してるんでしょうね」
「はい、事後承諾でしたけど。でも、あなたが教えなければここには来れないはずだったんですよ」
「……だって、ストーカーされるよりは、一緒に行動した方が良かったんだもん」
「そうですね。わたしも似たようないきさつで、情報を渡すことになってしまいました」
 2人はそろって「はぁ」とため息をついた。
「まぁ、それはいいわ。……それより、邸の内部なんだけど」
「見取り図はあります。予告した『オーフィナの竪琴』は今はここの部屋に移されているようです。あとはアイヴァンの証拠、なんですけど」
「あたしが注意を引いてる間に探すんでしょ?」
「はい、わたしと協力者の方と2人で。あとはドラ息子の私室と故人の私室だけなんですが」
「そう、見つかるまでは適当に逃げまわってるから、合図ちょうだいね」
「はい。そうしましたら、ここの部屋へ来てください。ここで入れ替わりましょう」
「はいはい。……あ、そうそう聞きそびれてたわ。その協力者のこと」
「信用できると思います。元々の情報源であるだけでなく、その方も奥様と娘さんをAAAで亡くされてますから」
「そう。……それなら、信用してもいいかもね。実はね、今回はちょっとイヤな予感がするの」
「乙女の勘というやつですか」
「そうね、でも今までアイヴァン関連の『仕事』は手ごわかったし。ちょっと賭けてみるわ」
 そうして話し始めた提案に、驚いた顔を見せた相手は、最後にはそれを承諾した。


「そっちだ! そっちに行ったぞ!」
「もたもたすんな!」
 橋に建てられたお邸は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「竪琴だけは傷つけんじゃねぇぞ!」
「わかってっけどよぉ!」
 上から下へ、下から上へと移動するその騒ぎを橋の上から見上げるのはフェリオとリジィ。
「おい、ディアナはどうした?」
「見当たらないってことは、ちゃっかり中に入ったかもしれないね」
 これだけの騒ぎだ、多少、妙なのが紛れ込んでいても気に止められることもないのだろう。
「まったく、ディーはそういうところは平気で無茶するからな」
「案外、フェリオがいるからだと思うけど」
「なんだ?」
「フェリオっていうランクBハンターがいるから、エレーラを横取りされまいと頑張ってるのかも、ってこと」
「そいつはマズイな。オレはディアナに先んじてエレーラ見つけねぇと―――」
 言葉を止めたフェリオの視線の先にあるものを見て、リジィはゆっくりとロングソードの柄に手をかけた。
 半分しかない月が照らす先にはピンクのワンピースに、きらりと光る同じロングソード。
 その向かう先にムチを持った人影が闇に溶けていた。
「言ってる側からこれだもんな」
 フェリオが足音を殺して走り出す。
 目の前ではまるでダンスでも踊るようにロングソードとムチが舞っていた。ディアナが間合いを詰めようとすると、即座にムチが飛んで威嚇する。逃げるエレーラにディアナはぴったりとムチの間合いぎりぎりで付き従っていた。
 邸の塀から橋へ下り、そのまま橋の欄干の上で曲芸のように打ち合う2人。
 一瞬の隙をついて間合いに入ったディアナに、エレーラはムチの柄で打ち合う。互いの武器の打ち合う硬い音が響き渡った。
「そろそろ、いいかしら?」
 口を開いたのはエレーラ。相変わらず艶めいた響きにフェリオがかつての雪辱を思いだして唇を噛んだ。
 エレーラが笑みを浮かべ、ディアナの肩が緊張でぴくり、と震え―――
 そこで、時が凍りついた。
 2人の動きはぴたりと止まる。いや、まるで標本のようにそこにつなぎとめられたのだ。たった一本の矢によって。
 背中からディアナの脇腹を貫いた矢はそのままエレーラに達していた。
 エレーラの口が何かつぶやく。声にならないその声はディアナにしか聞こえないに違いない。だがそのディアナも聞こえているのかいないのか、反応はない。
「姉さん!」
 リジィの絶叫が響き渡った。駆け出す彼の目の前で、ひとつになったエレーラとディアナがゆっくりと倒れる。その先に地面はなく、ざわざわと流れる川が2人を受け止めようと腕をのばしているだけだ。
「―――っっ!」
 リジィの言葉にならない叫びとともに、ドボンと水音がした。
「何やってんだよ。あれじゃ賞金首を捕えたことにならないじゃないか!」
 癇癪を起こしたように叫ぶのは、邸のバルコニーに立つ男。リジィがにらむように見上げると、邸の当主クリスの隣に大振りのボウガンを手にした私兵アルデオがいた。
「そこのハンター。アレと一緒に落ちた女の仲間だったよな。ボクが褒美をあげるよ。あ、それとも殉職手当てになるかな」
 クリスが無造作に放り投げた革袋はじゃりん、と重い響きを立てた。
「……っこの」
 罵倒を浴びせかけようとしたリジィの口を、フェリオが押さえた。
「ありがたく頂戴しとくぜ。……それと、今落ちたヤツの捜索の邪魔まではもちろんしないだろうな?」
 怒りに我を忘れる一歩手前の――それでもリジィが先にキレなければ沸騰していたであろう――フェリオは、軽く肩をすくめて見せた。こんなヤツに怒るヒマすら惜しい。
 尚も暴れようとするリジィをぐっと押さえると、いやに簡単におとなしくなった。
「そこまで野暮なことするもんか。たとえ仲間じゃなくて怪盗エレーラを引き上げたとしてもね。……そうそう、万が一エレーラの死体を引き上げても、こっちに報告すんなよな。ボクの配下は気が荒いヤツが多いから」
 クリスの言葉に、フェリオは近くにいる数人の私兵を見る。こちらがランクBとCのハンターと知れ渡っているのか、金のたんまり入った革袋を気にしつつも近付いてくる気配はない。
「あぁ、そりゃありがたいこった。そんじゃ、失礼するぜ」
 何気ない動作で革袋を拾い上げると、フェリオは振り返ることすらせずに、リジィの腕を掴んで邸から離れた。
 私兵の気配でクリスが引っ込んだことを確認すると、ぐっとリジィの耳にささやく。
「オレは向こう岸を探す。ここから下流に沿って探すんだ。見つけたら互いにカンテラで合図」
 こくり、とうなずいたリジィを見ると、彼はすぐにきびすを返して向こう側に走り戻った。
 残されたリジィはややよろよろした動きでカンテラを取り出すと橋の下へ。向こう岸でも同じようにカンテラが灯ったのが見えた。
 群生する葦の向こうで真っ黒な川面がざわざわと流れていた。
「……っく」
 喉を突いて出ようとする嗚咽を押さえ込むと、リジィはぬかるむ岸辺へ下りていった。

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