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第6話.戦士ではなく怪盗として

 5.逆襲終わって


「おう、ちゃんと届いたぜ」
「あ、そう? 良かった。最後になって裏切られたらどうしよう、って思っちゃった」
 正義新聞の出張所で、そんな会話が始まったのは夜明け前の、1日で最も暗い時間。
「それで、記事は明日の発刊に間に合うの?」
「いや、この近辺には今日出すさ。いいネタだからな」
 カリカリと男は机に向かっている。書き物をするにはもったいない位の巨漢は、もちろん正義新聞社長、マックスである。
「あ、そだ。寝巻き貸してくれる? あたしの服、宿に置きっぱなしなのよ」
 エレーラ=ディアナはソファーに倒れ込むように座るなり、そう言った。どうやら仕事が終わってしまえば遠慮はないらしい。
「あー、そだな。血の付いた服着てるわけにもいかねーし、その格好はもっての他だしな」
 マックスは立ちあがると、部屋の隅に無雑作に放り投げられた旅行カバンから、ごそごそと衣類を引っ張り出した。
「ほれよ、あいにく男モノしかねーけど、……ゴーグルはどーした?」
 彼はソファーに力を抜いて倒れ込むディアナに尋ねる。
「あぁ、ちょっとね。……新しいの作って」
 彼女はよいしょっと声をかけて黒装束の頭巾を取り去った。燭台の灯りしかない薄暗い部屋に金色の流れが生まれる。
「やっちまったのか」
「そうね、やっちまったわ」
 マックスの手から、彼女には大き過ぎるであろうシャツを受け取ると、彼女は力なくほほえんだ。
「着替えるからあっち向いててね?」
 そうおどけて見せるディアナの言葉に、何かを感じとったのか、マックスは彼女から目を逸らさないばかりか、その黒装束に手をかけた。
「ちょ、ちょっと……!」
 有無を言わせず、ぺいっと衣服をはぎ取る。
「お前、なんだこの杜撰な処置はーっ!」
 腹に巻かれた包帯は、その半分が朱に染まっていた。
「やだちょっと、年頃の娘の衣服はぎとって、そのセリフ?」
「うるへー。包帯替えるからちょっと待ってろ!」
 少しでも身体を隠そうとするディアナに、容赦なく黒装束を引っ張るマックス。
「ちょっと、社長。うるさいです―――?」
 そんな中に彼が乱入したのは、不幸なタイミングと言えば不幸なタイミングであった。
「あれ?」
 彼が目にしたのは、半裸のか弱い女性に今にも襲いかからんとする巨漢。
「あー、失礼しました」
 そのままくるりと背を向けたとしても、誰が責めることができようか。
「ちょっと待ちなさいよーっ! 人の裸を見たからには、ちゃっきり払うもの払ってもらうわよっ!」
「おい、ダファー。お前んとこに包帯あっただろ、あれ持って来いや」
 何も見てない聞いてない、と目を閉じ耳を塞いだ彼の背中でドアがバタンと閉まった。


「そうなんだぁ~。あのゴーグルってばぁ、すっごく危険なシロモノだったのねぇ~」
 ベッドに半身を起こし、弟の話を聞くディアナを横目で見ながら、フェリオは先ほど渡されたばかりの正義新聞に目を通していた。
 一面にはでかでかと『放蕩息子を装った策士!その悪事が明らかに!』と安っぽいレタリングの文字が躍っている。記事の内容はAAAの流行った年にプリオ地方で特効薬アイヴァンの買占めを行ったことから、パク・テトラを牛耳るために行った細かな悪事まで多岐に渡っていた。
「少し離れた僕もすごい閃光と爆発音に目と耳やられちゃってさ、フェリオの方がもっとツラかったみたいだけど」
 リジィが先ほどから姉に語っているのは、エレーラと対峙した時の話である。コインで牽制し、エレーラをやる気にさせたと思った途端、エレーラのはずしたゴーグルが轟音と閃光を撒き散らし、それに驚いている隙にまんまと逃げられたのだと。
「でもぉ、フェリオにエレーラの首とられなくてぇ、よかったわ~」
 腹に穴が空いた挙句、まる一日昏倒していたはずのディアナは、そんなことがあったなどと微塵も見せないような回復ぶりで、ほややんと微笑む。
「あー、千載一遇のチャンスをあんなことで逃すたぁな」
 フェリオは投げやりに呟いた。本当はもっと言ってやりたいことがあるのだが、ここは正義新聞出張所。少し離れたところにはマックスが睨むようにこちらを伺っている気がする。さらにはディアナがそのマックスのシャツをぶかぶかと着こなしているのが、彼的にツボ過ぎた。
「それで、エレーラの最後のセリフに、フェリオが―――」
「あ、こら、バカ言うなって」
 リジィの口を慌ててふさぐフェリオ。
「ムキにならないでよ。ささいなことじゃん」
「うるせぇ、だいたい『あたしは怪盗だから盗むのと逃げるのが本職』とか言うからいけねぇんだよ!」
「だからって、その後『オレはそういうお前を捕まえるのが仕事』とか言っちゃってさ。エレーラに聞こえてるかどうかもわかんないのに」
「別にいいだろが! ハンターとして当然の言葉だろ」
「へー、僕には出来そこないのプロポーズみたいに聞こえたけど?」
「お前が勝手にそう感じただけだー!」
 ディアナはそんな2人を不思議そうに見つめた。
「いつの間にぃ、そんなに仲良くなっちゃったのぉ~?」
「「なってないっ!」」
 楽しそうにじゃれ合う三人を少し離れたところで見つめていたマックスは、大きなため息をついた。リジィとフェリオがここにやってくる前にした会話をふと思い出す。
―――これを機に、エレーラ一本にする気はないのか?
―――それは、『ディアナ・キーズ』を行方不明にするってことかしら。
―――まぁ、そうなるわな。
―――じゃぁ、遠慮しておく。まだまだダファーには頑張ってもらうわ。
―――お前だって気づいてんだろ。
―――なにを?
―――あのランクBのハンターがどれだけ危険か。
―――そうね。でも、リジィちゃんと離れるぐらいなら。
―――リジィもこっち側に引きいれりゃいーさ。
―――本気で怒るわよ。
―――あいつだって、アイヴァンの犠牲者じゃねぇか。
―――それでも、イヤなの。
―――バレるのが恐いんだろ。
―――当たり前でしょ。決して誉められるようなことじゃないもの。
―――だったら、
―――リジィちゃんには、表の道を歩いて行って欲しいの。
―――おいおい、こっちは裏かよ。
―――当たり前でしょ? ヤードにバレたらどうなると思ってるの。
―――つまり、このスタンスのままってことか。
―――そういうことになるわ。
「社長、お茶、いりますか」
 声をかけてきたダファーを、マックスは凝視する。だが、すぐにふい、とそっぽを向いた。
「あー、相手が男じゃやる気しねーわ」
「……その様子からすると、またしつこく言い寄ってフラれたんですね」
 ダファーは有無を言わせず、彼の机にお茶のなみなみと注がれたカップを置いた。
「うるせー。そういや、次のアレ、どうなった?」
「はい、タカヒの高利貸しですね。そりゃもう埃でいっぱいで、叩けば叩いた分だけ出てきそうですよ」
「そーか。じゃぁ、次はそこな。一応、2人の傷がふさがるまでは待ってやっから」
「……『ふさがるまで』、完治するまでじゃないんですね。まぁ、別に構いませんが、だからと言って、わたしにふざけた記事を書かせないでくださいね」
「あぁ、題材はストックがあるからな。さしあたって次回は『天才少年に犬耳生える!』かな」
 ほくほくと微笑むマックス。対して苦い顔でため息をつくダファー。
「もうちょっと、何とかなりませんか、それ……」
 彼の懇願は、もちろん聞き入れられることはなかった。

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