TOPページへ    小説トップへ    ダブルフェイスハンター

第7話.きらいなもの、なーんだ

 1.食卓のセロリVSフェリオ


「あ」
「あ」
 ばっちり目が合ってしまった。男同士、目線をそらすこともなく見つめ合う。一人は細身の、女に間違われてもおかしくないような顔立ちの青年。もう一人は筋肉質でがっちりとした、青年と言うにはちょっとトウの立った男。
 ざわざわと騒がしい食堂の中で、そこだけが静かであった。
「おまたせぇ~」
 それをあっさりとぶち破ったのは、スカートふわふわフリルひらひらの服を着た、アンティークドールのような女性だった。
「ディアナ!」
「姉さん」
 名前を呼ばれ、ようやくそこで、自分の弟以外の人間がいることに気付いて、「あれぇ?」と首を傾げるディアナ。
「えっとぉ、なんでぇ、フェリオがぁ、いるのかなぁ~?」
 二人分のA定食をテーブルに置きながら、ディアナは微妙な顔をする。その目は、自分の弟に確保してもらったテーブルと、フェリオの手にあるC定食を乗せたトレイを見比べていた。
「あぁ、俺は席を探して……」
「じゃぁ、簡単じゃない~? どこかからぁ、イスを見つけてくればいいのよぉ~」
 リジィの座る四人掛けのテーブルにはイスはたった二脚しかない。その片方にはリジィがどっかりと座っている。ぐるり、と見回せば、四人掛けのテーブルを六人で使っているところや、逆に一人で使っているところもある。フェリオは持っていたトレイをテーブルに置くと、うろうろとイスを探しに行った。
「姉さん……」
「食事はぁ、みんなでとった方がぁ、楽しいでしょぉ?」
 弟のセリフを先んじて封じたディアナもイスに座る。
「それにぃ、せっかくのお祝いなんだからぁ、……ねぇ?」
 ホクホクと笑顔を浮かべるディアナに、まさか反論もできずにリジィは「まぁね」と頭をかいた。
「せっかく大物捕まえたもんね。ちょっとぐらいは寛容になってもいいか」
―――ハンターという職業がある。恐喝・詐欺・強盗・殺人、様々な罪を犯し、警察機構たるヤードが捕まえられない、もしくはヤードが着手しないような事件の犯人にかけられた賞金を得るために、彼らを狩るのが主な仕事である。一言でハンターと言ってもその技量は大きく幅があり、街のゴロツキに毛が生えた程度から伝説を作るレベルまで様々である。そんな彼らの技量を計る為にあるのが賞金首のランク。これまでに捕まえた賞金首の中の最高額によってハンターの技量を推し量るものだ。ランクAにもなれば、もはや希少種である。
「えへへ~、それじゃぁ、かんぱい~」
 気の抜けるようなディアナの声とともに三人のグラスがカチン、と音をたてた。
「にしても、良かったじゃねぇか、無事に仕事が終わって」
 乾杯の理由を聞いたフェリオがガツガツと食べながら声を出した。
 パク・テトラで負った傷のため、休養を取っていた姉弟を置いて、フェリオは先にその町を出た。とはいえ、1つ2つ仕事にカタをつけたら、その懸賞金を見舞い代わりに戻ろうと思っていたのだが、……まさか、もう復帰しているとは。恐るべき回復力か。それともあの「兄」の看病の成果なのか。
 あの「兄」を思い出して苦い顔をしたフェリオをヨソに、ほややん、とスープを口に運びながら、ディアナは微笑んだ。
「そうね~、丁度いい場所にランクBもいたものよねぇ~」
 「それもランクCとセットとはね」
 リジィも頷く。
(どうせ両方とも賞金ランク上がりたてのBとCだろ)
 なかなか尻尾を見せなかったため、依頼人がやむなく賞金を上げたところを捕まえたのだ。実際の腕前としてはCとDだったんだろうとフェリオは思う。
「フェリオぉ、良くないこと考えてるでしょぉ~」
「……! 良くないことってなんだよ、いきなり」
 少しばかり批判めいたことを考えていたため、フェリオは思わず、皿にフォークを取り落としてしまった。
「あのねぇ、隠れているのを見つけるのだってぇ、ハンターの技量なのよぉ? ただ腕が強いってだけじゃぁ。ハンターとしては三流なんだからぁ」
 もぐもぐと何かを噛むリジィもうんうん、と頷いた。
「それにぃ……」
「おいおい、まだあんのかよ」
 フェリオが正論を吐かれてうんざりして声を上げた。その隣に座るディアナはビシッとナイフで皿の上に乗っかったそれを指し示した。
「セロリ、それ意図的に残してるでしょぉ~?」
 サラダに入っていたセロリが端に寄せられているのを目ざとく見つけたディアナは、まるで口うるさい母親のようだった。
「いいじゃねぇか。俺はこの臭いがダメなんだよ」
「フェリオぉ、好き嫌いしてるとぉ……」
 んく、とディアナが口の中に残っていたトマトを飲み下した。
「大きくなれないわよぉ?」
 これでもかと自信たっぷりに言うディアナ。こころなしか胸を張っているようだ。
「……」
「……」
 内心、おもしろがって見ていたリジィは、自分の姉を見た。女性の平均ぐらいの身長だろうが、その服のせいかもっと小さく見える。
 次に視線をフェリオの方に移した。ほぼ平均の自分の体格よりもさらに一回り大きい。縦にも横にも。……別に太っているわけではない。筋肉が多いためだ。
「……姉さん。そりゃちょっと説得力ないよ」
「悪いが、俺もそう思うぞ?」
 二人に言われ、む~、と頬を膨らませたところに、第三者の介入があった。
「あぁ、ここにいましたか」
 正義新聞の犬、ダファー・コンヴェルである。いつも通り、何を考えているのかわからない微笑を顔に貼り付けて現れた。
「ちょっとぉ、遅かったじゃない~」
 ディアナが怒りの矛先をぐるりと向けた。完全なとばっちりである。
「すみませんね。今回の記事は何故か人気があって、増刷することになったんですよー」
 おかげで、まだお昼食べてません、と言うダファーはちらり、とリジィに目をやった。彼は「我関せず」とばかりに一心不乱に定食を頬張っている。
「はい、定期購読分と、今回の耳より情報です」
 新聞二部と封筒二枚が机の上に置かれた。
「いや、俺は新聞はいらねぇって」
 フェリオは封筒だけを取る。逆にディアナは新聞だけを取った。
「ディアナ、それ読んでんのか?」
 三流新聞の典型とも言ってよいようなソレを?
「えぇ~? だってぇ、エレーラの情報を得るんだったらぁ、これでしょぉ?」
 怪盗エレーラ・ド・シン。このランクAの賞金首の狙うエモノと、この正義新聞が取り上げる記事が合致することの多いことは、彼女の賞金を狙うハンターなら誰もが知っている事実である。だからと言って、その記事全てを読むということは非常に骨の折れることだ。特に『精神的』に。
 ディアナがひらひらとさせる正義新聞の今日の一面には、でかでかと見出しが載っていた。
『人間がカエルを出産?』
―――とてつもなくうさんくさい一面記事だった。?マークが小さく、離れたところにある点なんか特に。
「情報はこれだけじゃないしぃ、紙面にいろいろ詳しいこととかヒントになるようなことが書かれてることだってあるんだからぁ~」
「ダファー」
 いつになく真剣にフェリオが話をふった。
「それ、本当か?」
「えぇ、……と言っても、わたしは記事の方には全く関知してませんが」
 ほら、雇われハンターですし。と答えるダファーにあからさまに肩を落とすフェリオ。
「あれぇ? まさか、フェリオぉ、本気でエレーラのこと狙ってるぅ~?」
 腹を空かせたダファーにトマトをあ~ん、とさせながらディアナが尋ねる。
「もちろん」
 短く答えると、トマトを待つダファーの口に自分のささみフライを突っ込み、ディアナの差しだしていたトマトをぱくり、と頬張った。
「……フェリオ、そこまでやると見苦しいよ」
 こっそりリジィが呟くものの、誰も気にしてはいないようだ。むしろ、予想以上の物をもらえたダファーはホクホクとしている。
「ほへへは……ん、それでは、私はこれで」
 ささみフライを飲み込んだダファーはそそくさとその場を去った。ささみフライを取り返されることを恐れたのだろうか。
「なぁ、ディアナ」
「なぁに~?」
「……その、記事って、誰が書いてるんだ?」
 指差す先に新聞を見つけ、ディアナがにんまりと笑った。
「もっちろん、アニキに決まってるじゃない 会ったでしょ? 社長よ」
「……あの、ヘンな記事ばっかり?」
「うん、昔っから、あーゆーのが好きみたい」
「で、たとえば今回のこの封筒、またワケわかんねぇけど、新聞のどの記事読んだら分かるんだ?」
 ダファーがまた意味不明な単語の羅列だけの暗号に苦しめられ、助けを求めた。
「セロリ、食べたらねぇ?」
 天国からいっきに地獄へ。ノンストップです。お荷物お忘れなきよう。
 フェリオが恨めしく見つめる先には皿により分けられた薄黄緑色の筋ばったソレがあった。
「……」
 見つめ合う(?)フェリオとセロリ。
「あの、姉さん」
  姉より先に食事を終えたリジィが、おそるおそる声をかけた。
「……その、新聞の方、見せて」
 実は一面記事の見出しが気になっていたリジィであった。


『いつもお仕事ごくろう様です。今回、そちら所有の狸の置物をいただくことにしました。
 つきましては、今度の日の曜日にお伺いします。
         エレーラ・ド・シン』

 三人が情報にあった街に着いたときには、既にその話で持ちきりであった。
「狸の置物ねぇ?」
 地方新聞の号外を手にしたフェリオが疑わしげに声をあげた。これまでのエレーラの狙った獲物とは、また違う匂いがする。いったい、狸の置物など、どんな好事家が欲しがるのだろう。
 不幸にも今回のターゲットとなってしまった高利貸し、オルコット氏のインタビュー記事には、『私はそういった物を所有している覚えはない』という発言が載せられていた。
「しかも、狸の置物なんてないって言ってるわりには、警備募集のビラ配ってるし」
 所有していないものを狙われて、その警備を募集。……あると公言しているようなものではないか?
「よっぽどぉ、まずいものなのかしらぁ?」
 所有しているだけで、お縄になるようなものか、と推察するのはディアナ。
 三人は宿に荷物を預けるとすぐに今回の標的の邸へ向かった。
「すみませぇん、警備の募集のビラをぉ、見て来たんですけどぉ……」
 フリフリのピンクのドレスを来たディアナに声をかけられ、邸の門に立つ警備員が眉をひそめた。ゴシックロリータ風の少女に、筋肉質な男、女顔の青年である。
「あ~、今回の募集はハンターと、一部の職種に限られてまして……」
 マニュアル通りに応対をするものの、どうにもちぐはぐな三人に戸惑ってしまう。
「はい、ハンター証です」
 アンティークドールの少女が差し出したライセンスに書かれたランクBの文字を見つけ、慌てて確認する。
「えぇと、ディアナ・キーズさん?」
「はい、そうですぅ」
 どうやら間違いないらしい。後ろの二人のライセンスもランクBとCだ。
(いやぁ、珍しいもの見たなぁ)
 三人を中へ通しながら、警備員が頭をかいた。
 一般の人間がハンター証を見る機会というのは以外と多い。……と言うのも、これみよがしにランクDのライセンスを掲げるゴロツキがいるからだ。とはいえ、ランクBなどはめったに存在しないし、また、これ見よがしに見せびらかすこともない。彼自信もランクBのハンターを見たのは初めてだった。……極めてイロモノだったが。
(ホンモノ……だよなぁ?)
 三人を、邸内の案内係に渡しながら、それでも疑いの目を向けていた。

<<6-5.逆襲終わって >>7-2.職場のディアナVS『兄さん』


TOPページへ    小説トップへ    ダブルフェイスハンター