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第7話.きらいなもの、なーんだ

 2.職場のディアナVS『兄さん』


「へぇ、なるほどぉ~」
 集まった他のハンターと情報交換したことを、さらにリジィとフェリオとで確認し合うと、ディアナはうんうん、と相槌をうった。
「正規の手段で手に入れたけど、モノがモノだからって隠しておいたらしいよ」
 話題の中心となっているのは、エレーラの狙っている『狸の置物』である。どうやら、話を総合すると、かの名工オーギュストの作った陶器で、東の辺境の文化に影響されているものの、その芸術的価値は高く、国宝級の逸品であるということであった。
「下手に持ってることがバレたら、いろんな人に狙われるだろうしね」
 三人で納得していると、突然、声をかけてくる者があった。
「いやぁ、皆さんお揃いで」
 笑顔を浮かべ、片手を上げて挨拶をしたのは―――
「ダファーじゃないぃ。今日は遅かったのねぇ?」
 挨拶に答えたのはディアナだけだった。よほど男二人に嫌われているらしい。
「えぇ、情報収集に忙しくて、でも、おかげで色々と見えて来ましたよ」
 にこにこと笑みを崩さないダファー。男二人が嫌がっているのを、むしろ楽しんでいるふしさえある。
「問題の狸ですけど、どうやら借金のカタに取り上げた物らしいですよ? しかも強引に担保にさせて、かつ裏で返済できないよう根回しまでしていたようです」
 他のハンターに聞こえないように声を落としたダファーの言葉に、フェリオがなるほどな、と頷いた。つまりエレーラが狙うに足る人格だということだ。
「あ、そうそうディアナさん」
 呼びかけられ、「なぁに?」と首を傾げつつ返事をしたディアナに、ダファーが少しだけ意地の悪い顔を浮かべた。
「今日はアンダーソン警部が間に合いませんで、どうやらあの人がじきじきにいらっしゃってるようですよ」
「……ほ、ほんとぉ?」
「嘘ついてどうするんですか」
 ディアナの顔がくしゃっと歪み、お腹をさすり始めた。
「リ、リジィちゃん。ちょっとぉ、お腹が痛くなってきたかもぉ~」
 リジィの背中に抱きつきながら、ディアナが「う~」とうめいた。
「……ダファー」
 いやいやながら、リジィは彼に声をかける。
「もしかして、警視正?」
 ダファーは「はい、ご明察」と答えた。
 一人話題に取り残されたフェリオが口を出そうとしたその時、部屋のドアが大きく開け放たれた。それまで情報交換や世間話をしていたハンター達がしん、となってそちらに注目する。
 まず入ってきたのは中年の男だった。ヤードの制服を身にまとった、いかにもうだつの上がらなさそうな男である。
 次に入って来た『彼』に、ディアナは、ぎくり、と身を震わせた。こっそりとリジィの影に隠れるように移動する。ややくすんだ金色の髪の、眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな印象を与えるその男だったが、その目は油断なく部屋に集まったハンターを値踏みしていた。
 そして、最期に入ってきたのは、両手の指という指にゴツい宝石のついた指輪をはめた、ちょびヒゲの小男だった。成金を絵に書いたようなその男にフェリオが眉をひそめた。これが間違いなく今回の雇い主のオルコット氏であろう。
「ここに集まったハンター及び警備職の諸君に、まず言っておこう」
 『彼』は自己紹介をすることなく、いきなり切りだした。
「ハンターのDランク以下、およびガードマンのS検定合格者以外は、全て外回りの警備となる。それがイヤな者は部屋を出ていって構わない」
 しん、と静まりかえった中、一人が彼らの脇を通り抜け、続いて数人が部屋を出ていった。
「その条件に合致しても、外警備に回って構わないのか?」
 フェリオが声を上げた。『彼』はちらり、と視線を合わせ「もちろん、構わない」とうなずいた。
「ハンターならば、自分の武器が最も効率良く生かせる場所を心得ているだろう。もちろん、問題の美術品を配置した部屋を見てから、それを決めてもらっても構わない」
 フェリオはにやりと口の端をあげ「わかった」と答えた。
 それから、今度は中年のヤードの男が邸内の制限区域――依頼人のプライバシーに関する部屋――及びヤードの配置について説明し、続いて依頼人のオルコット氏が警備の日当について話した。その後、くだんの狸の保管場所へ行き、この部屋での禁止事項などを徹底した上で、元の部屋へと戻ってきた。
「以上が、この仕事に関する説明です。予告の時間まではこちらで待機してください。邸内を歩き回るのはかまいませんが、あくまで先ほど説明した区域のみにしてください」
 中年の警官が最期の説明を終え、依頼人と『彼』とともに退室すると、それまでピンと張りつめていた空気が、ほっと和んだ。
「……あれが、警視正か?」
 フェリオがディアナに向かって尋ねる。
「そうなのぉ。若いけど、けっこうなやり手なのよぉ?」
 それは分かる、と頷いたフェリオ。
「……」
 リジィは黙りこんで何か考えているようだった。どうやら、あの狭さで自分の長剣が生かせるかと検討しているようである。
「んで? ディアナは中と外、どっちにいるんだ?」
「そうねぇ~……」
 ディアナが考え込む姿勢を見せたとき、部屋に一つのドアから、ヤードの制服を着た、若い男がまっすぐディアナの方に向かってきた。
「あの、ディアナ・キーズさんでよろしいでしょうか?」
「はいぃ~。そうですけどぉ?」
 いかにもストイックな格好や合理的な服装の群れの中、ディアナのふわふわフリフリドレスは良くも悪くも目立っていた。
「……あの、ウォリス警視正がお呼びです。あちらの部屋までご案内します」
 小さく声をひそめたそのセリフに、ディアナの表情が凍る。
「こ、断るって言うのはぁ、だめぇ?」
 明らかに脅えた表情を見せるディアナに、若い警官がちょっと困った顔をした。
「その『たぶんイヤがるだろうから、首根っこ捕まえて来い』とまで言われてしまったんですが、……ランクBの方にそんなことできませんよねぇ?」
 明らかに自分の行動を見透かされていることを察して、ディアナはがっくりと肩を落とした。
「分かったぁ。あなたも言われてきただけだもんねぇ~」
 と言いつつ、がしっと隣に立っていたリジィの腕を掴んだ。
「でもぉ、誰も一緒に連れてくるなとは言われてないわよねぇ~?」
 にっこりと微笑むディアナに、若い警官は何も言わなかった。
 ただ、一人取り残されたフェリオが淋しげな背中をしていた。


「し、失礼しまぁす」
 そっとドアを開けると、部屋の中にたった一人、ウォリス警視正がいた。
「……わたしは、ディアナを呼んだはずだが、どうして君しか見えないのかな、弟くん」
 ウォリスの目には、リジィの影からはみだすフリフリのスカートがもちろん見えているのだが、それを一切無視して問いかけた。
「どうしても、直接目を合わせるのもイヤだと。……よろしければ、僕だけ退室しましょうか?」
 リジィはこんな状況に慣れているのか、冷静に答えた。
「ディアナ」
「は、はいぃ~」
 あくまで弟を盾にしながら、ようやく顔を見せたディアナに、「ちゃんと出てきなさい」と酷な要求がとんだ。
「でもぉ、なんでぇ、呼ばれたのかぁ~」
 まるで職員室に呼ばれた生徒のように萎縮して、ディアナがもじもじとする。
「ディアナ!」
「はいぃっ!」
 一喝され、慌ててリジィの影から出たディアナは、びしぃっと『きをつけ』と体勢で固まる。
「別に怒るために呼んだわけじゃないから、ちゃんと聞きなさい。
―――すまないが、出てもらえるかな?」
「だめぇっ。リジィちゃんもいるのぉ!」
 厳しい顔つきで眼鏡に手をやるウォリスと、ふるふると「捨てないで」と濡れた目で見上げる姉と。
「……出ていきたいのはヤマヤマなんですけど、ちょっと後が恐いので」
 リジィの決断に、ウォリスがため息をつく。
「お、お説教だったらぁ、手短にお願いしたいなぁ~……なんて」
 彼が自分を呼んだ理由の推測を口にしつつ、ディアナはもじもじとした。
「そうだな。わたしもあいにく仕事中だ。手短にいくか」
 その言葉に「え」とディアナが表情を歪めた。
 ウォリスはすぅ、と大きく息を吸いこむ。
 何かを察したリジィが一歩下がって、両手で耳栓をする。
「何度言ったら分かるのか知らないが、ハンターの仕事にそれを着て来るのはやめろと言っただろう。最近、きちんと鍛錬してるか? それにちょっと目の下の隈が目立つな。ちゃんと睡眠はとっているのか? 油断しているとすぐに肌に出るからな、気をつけなさい。ちゃんと果物もとっておくんだぞ。そうそう、師父の法要が一ヵ月後にあるから今度、日程を詰めよう」
 立て板に水のごとく淀みなく言葉を連ね、「以上だ」と冷静にしめくくるウォリス。
「……は、はぁ~い」
 勇敢にも「師父の法要についてはぁ、了解しましたぁ」と答え、ふらふらと出て行こうとするディアナに、リジィが従う。
「ディアナ」
「は、はいぃ!」
 まだ、あるのか、とディアナが体を震わせた。
「あんまり無理はするなよ」
「……はい」
 二人が出て行ったあと、一人残った警視正は深いため息をついた。
「どんな猿芝居を演じろと言うんだ……」
 その声は、一人だけしかいないその部屋に、大きくこだました。


 失礼しました、と部屋を出た二人に、「どうも、お疲れ様です」声をかけた者がいた。
「……ダファー」
 げんなりとリジィがその名前を口にする。
「あぁ、ディアナさん、ちょっと手伝って欲しいことがあるんですけど」
 にこにこと微笑むダファーに、リジィがちらり、と姉を見た。
「姉さん、僕が行こうか?」
 ぎょっとして自らの弟をまじまじと見つめるディアナ。
「リジィちゃん。成長したのねぇ~」
 さっきまで自分の影に隠れていたとは思えないセリフを吐く。まるっきり子供扱いだ。
「でもぉ、ダファーが頼むことって、ヨゴレな仕事だからぁ、リジィちゃんにはやらせられないのぉ~」
「……今回はさしてヨゴレでもないんですけど」
 ぼそぼそ、と言うダファーを「うそつき」と一蹴し、ディアナは弟を控えの部屋へ向かわせた。
「終わったらぁ、外回りに直接行くからぁ、今日は別行動ねぇ?」
 ダファーに「お手伝い賃いくらぁ?」と無情な要求をしながら去っていく姉を見送りながら、リジィは無理に二人に割って入ることはせず、控えの部屋に向かった。
―――そこには、いじらしく姉の帰りを待っていたフェリオの姿があった。
「よう、ディアナはどうした?」
「ダファーに持ってかれたよ。その用事が終わったら、直接外回りに行くってさ」
 そっけなく答え、リジィは自分のロングソードの手入れでもしようとカーペットの上に座りこんだ。
「なぁなぁ、あの警視正とディアナって知りあいなのか?」
 やっぱりこう来たか。とリジィは心の中で毒づいた。エレーラの予告状にあった時刻まであと数時間しかないと言うのに、この余裕はどこから来るのだろう。
「……知りたい?」
 自分の武器に刃こぼれがないか確かめながら、意地悪く聞き返すと、案の定、「もちろん」と即答が返ってきた。
「セロリ」
 一言だけ、その単語を呟くと、「うっ」と呻き声が返ってくる。
「情報の断片だけならタダでいいよ。余計分からなくなるかもしれないけど」
 いつになく自分の優位を感じつつ、さらに意地の悪い提案をすると、「……断片だけでいい」と絞りだすような声がした。どうやら、セロリは本気でダメらしい。何かイヤな思い出でもあるのだろうか?
「―――あの人に言わせると、僕は『甥』にあたるらしいよ。『妹』の『息子』だから。でも、僕にとっては姉さんの『兄』だから、やっぱり年の離れた兄さんみたいなもんかな」
 条件一。Aから見て、Bは妹の息子。
 条件二。Bから見て、Aは姉の兄。
―――さて、AとBの関係は?
 まるでなぞなぞのような情報に「?」をいくつも浮かべるフェリオを眺めつつ、リジィはロングソードの手入れに集中した。
(―――にしても、エレーラ関連の仕事のときって、いつも姉さんと別行動な気がするなぁ。やっぱり、僕はまだ足手まといと思われてるのかも)
 自然と浮かんだ考えが真実に近い気がして、ずどんと落ちこんだリジィは、隣でぐるぐると考えこんでいるフェリオをちらり、と盗み見た。
 確かにランクBはまだ遠い。でも、いつまでも姉のお荷物でいるわけにもいかない。
「……なぁ、フェリオ。ランクBになるために足りないものって何なのかな?」
 突然、自分の思考とは全く別のことを言われ、彼がきょとん、とする。
「―――お前がか? そりゃぁ、大人の魅力ってヤツかな」
「……」
「冗談だよ。あ、こら、ロングソードを構えるなって。……別にBとCの違いなんてハッキリしてるわけでもないさ。強いて言うなら、運だろ。上手くランクBの賞金首に出会えることと、その時にそいつを捕まえられるかだからな。その確率を上げるために若干の努力が必要なだけさ」
 いつになく真面目に答えたフェリオに、ちょっとびっくりしながら、リジィは礼代わりにちゃんとした情報を提供することにした。

<<7-1.食卓のセロリVSフェリオ >>7-3.狸を挟んで攻防戦


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