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第7話.きらいなもの、なーんだ

 4.家族でわきあいあい


「あーっ、もぉ! また逃がしたぁ!」
 ぜったいに、ダファーのせいだぁ!と憤りを隠さない姉を、弟が複雑な顔で見ていた。オープンカフェで食事を取りながら正義新聞を手にしている。
『非道! 美術品目当てに貸した金を盗む』
 一面にでかでかとあるのは、昨日の被害者オルコット氏の記事である。この記事を作るためにディアナがエレーラを取り逃がしたと言ってはいるが、ただ単に張っていた場所が悪かっただけだろう、と思うリジィだった。
「ほらほら、紅茶でも飲んで落ちついてよ、姉さん」
 リジィが湯気の立ったティーカップを勧めると「熱くて飲めない~」と予想通りの答えが返ってきた。いつも通りの日常にほっと一息するリジィ。今日はフェリオは何故か暗い。たぶん一太刀も浴びせられなかったことを悔やんでいるんだろう。あれだけのハンターやガードマンを出し抜いてエレーラと切り結ぶのは容易ではないけれど、まさかヤードの人間があそこまで活躍するとは思わなかっただろうし。
(アンダーソン警部じゃ、あぁはいかないからな)
 さすが、警視正だけのことはある、と思っていると、人の流れの中に私服を着た本人を見つけ、「あ」と声をあげた。
 向こうもこちらに気づいたらしく、まっすぐ向かってくる。
―――と思いきや、一応コーヒーを買って、こちらの席へ向かった。何とも律儀な人である。
「姉さん」
「なぁにぃ?」
 どうやらまだ姉は気づいていないらしい。
「……とりあえず、後ろから『兄さん』が来てるから」
 え?、という顔をしたディアナがゆっくりと後ろを振り向く。
「にゃぁぁぁ~っ!」
 人間語とは思えないその悲鳴に、ぼんやりとしていたフェリオがハッと目を覚ました。
「え、えぇとぉ、どうしてここにぃ?」
 慌ててリジィの後ろに隠れながら、ディアナが尋ねる。
「……なんだ、聞いていないのか?」
 ウォリスはディアナの様子に特に動じた様子もなく、たった今までディアナが座っていたイスの隣に座る。本人は逆隣にに座っていたリジィの後ろにいるが、フェリオがそれを至極珍しいものでも見るような顔つきで眺めていた。
「えぇっとぉ、何のことですかぁ?」
 びくびくとしながら、目の前のウォリスの様子を伺うディアナ。
「それに―――」
 ウォリスは大きくため息をついた。
「なぜ、弟の背中に隠れる?」
「か、隠れてなんかぁ、ないです~」
 リジィの背中からちょこん、と顔だけを出し、反論するディアナ。
―――これのどこが隠れていないのだろうか?
「まぁ、いいか。……ところで、座らないのか? 紅茶が冷めるぞ?」
 この上なく意地悪な笑みを浮かべるウォリスに、ディアナは渋々従った。
「あの~、あたし達はぁ、知りあいのハンターにランチのおいしい店をぉ、教えてもらっただけで~」
「その知りあいというのは、マックスの『息子』のことだろう?」
「え? あぁ、はい~」
 二人の会話に入りこめず、フェリオが隣のリジィをつんつん、とつついた。
「おい、ダファーって誰の息子なんだ? って言うか、ディアナは警視正が苦手なのか?」
「僕だって、そんなに詳しいわけじゃないよ。……ウォリス警視正が苦手かどうかなんて見れば分かるだろ」
 ぼそぼそと話す二人が見えているだろうに、それを全く無視して、ウォリスはとても『楽しそうに』ディアナに話しかけていた。
「なんだ、まだ猫舌なんだな」
「治るぐらいだったらぁ、もっと別のことしてますぅ~」
 びくびくと応対するディアナ。さっきから「助けて」と弟に視線を送っているのだが、フェリオとの会話に夢中になって、こちらを見る様子もない。
「……あれ、噂をすればダファーじゃねぇか。隣にいるのは ―――あぁ?」
 フェリオがディアナとウォリスの座る席の後ろに目をこらす。
「そうだね、ダファーだ。……あれ」
 姉さん、とリジィが呼びかけた時には、ディアナはウォリスに首根っこを掴まれていた。
「兄さん、放してくださいぃ~。逃げなくちゃぁ~!」
 まるで子供のように手足をばたつかせるその様子は、とてもハンターには見えない。
「逃げてどうする。だいたい脅え過ぎだ」
 一方のウォリスはダファーの隣にいる人物を睨みつけながら、片手で軽々とディアナの動きを封じていた。
 近づいてくるのは、とても二十過ぎには見えない童顔の男、ダファー。そして、その隣には、筋肉マッチョと呼んで差しつかえないようなたくましい身体をした、無精ヒゲの男がいた。フェリオも体格はいいが、その人物にはとても及ばない。
「よぉ、ディー。元気してるか? ……と、お前も居たんだっけなぁ、ウォリス」
「いやいや、相変わらずのむさくるしい男っぷりだな、マックス」
 表面上にこやかに挨拶をした二人がバシバシッと火花を散らす。
「どうも、ディアナさん。昨日はどうも」
「……挨拶するヒマがあるんだったらぁ、助けてくれてもいいんじゃないぃ?」
 無理ですよ、と爽やかに笑ったダファーは、そのまま目の前を通り過ぎて、店内のカウンターまでまっすぐ向かう。どうやら男二人は目にも入らなかったらしい。
「なんだ、ディー。いつまでそんなヤツに捕まってるんだ?」
 筋肉マッチョ――マックスは、言うが早いか、ウォリスの手からひょいっとディアナを奪う。まるで猫の子のように。
「あ、ありがとぉ……」
 ございました、と言う前に、マックスはディアナに頬ずりをする。いや、頬ずりといっても、その効果音は「すりすり」ではない。「じょりじょり」である。
「にゃぁ~っ!」
 頬を押さえて悲鳴をあげるディアナに、マックスがでかい声で笑う。
「あっはっはー、これだからディーいじりはやめらんねぇなあ」
「お前はっ! どうしてディアナが嫌がることばかりするんだっ」
「へへーん、うらやましかったら、お前も頬ずりぐらいすればいいじゃねぇか」
「そういう問題ではない!」
 ぎゃーぎゃーと口ゲンカを始めた二人から目を放さないように、そろり、そろりとディアナが二人から離れる。だが、それに気づいたマックスが再びディアナを捕まえ、さらにそこにウォリスが手を引っ張り、とうとう奪い合いが始まってしまった。
「……」
「……」
 それを見守るリジィとフェリオの目にはある共通した感情が溢れていた。……人はそれを憐れみと言う。
「いやぁ、毎度ながらすごいですね」
 そこへ割り込んで来たのはダファーだった。一応マックスの分の飲み物を買ってきたものの、マックス本人はそれに気付ける状態でもない。
「ダファー。お前、マックスさんの『息子』だったんだな」
「その言い方はやめてもらえますか。ただ単に弟子なだけですよ。
―――まったく、どこの淋しがりやのお爺さんがそんな家族ごっこなんて考えたんですかね」
「なるほど、それでいくと、ダファーとリジィは『従兄弟』ってワケか」
 うんうん、と一人頷くフェリオに、リジィが苦い顔をした。
「もしかして、妬いているんですか? 自分一人だけ『家族』じゃないから」
「んなことはねぇさ。―――そうだ、ダファー。お前に聞きたいことがあったんだ。ディアナがもらってるエレーラの情報、暗号にしないで横流しできねーか?」
 言われて「えー?」、と不平を洩らすダファー。
「だめか?」
 尚も食い下がるフェリオに、「あぁ!」と手を打った。
「あそこで警視正とやりあってる、ウチの社長と、手合わせして勝ったら、たぶん認めてもらえるんじゃないですか? 特例として」
 え、とフェリオが振り返る先には、ディアナを引き寄せてアカンベをしている筋肉ダルマ。
「……アレに?」
「はい、その条件でオーケー出ると思いますよ。どうぞ、本人と交渉してください」
 にっこりと微笑むダファー。困惑するフェリオ。
「……どうでもいいけど、誰か止めない?」
 リジィが見つめる先には、腕を引っ張られる姉の姿があった。
「……ムリですよ」
「俺もそう思う。だいたい、ディアナがそんなんで、マイっちまうタマでもねぇだろ」
「そっか。誰かアレを止められる人がいたと思うんだけど……」
 いつだったか、初めて姉に兄弟子達を紹介された時に、とてつもなく冷静な人がいたような気がした。
「リジィさん。もしかして、会ったことがありました?」
「……え?」
 突然、そう尋ねられ、リジィが困惑した表情を浮かべた。
「もしかして、あの人と会ったことがあるんですか?」
「え? あの人? あれ、兄弟子は『兄さん』と『アニキ』の二人だっただろう?」
 ディアナを挟んで延々とケンカを続けるウォリスとマックスを指差し、リジィが言う。
「はい。ディアナさんの兄弟子はあの二人です」
「そうだよな。でも―――」
 何かが引っかかる、そう思ってリジィが考えこんだ。
「俺だけ置いてけぼりかよ。……おーい、ディアナ。ケーキ追加してくるけど、お前いるかー?」
 フェリオが返事を期待せずに問いかけると「一緒にぃ、お願いぃ~」とちゃんと答えが返ってきた。どうやらそれぐらいの余裕はあるらしい。
(……にしても、そろそろ限界じゃないのか?)
 そう思ったリジィの脳裏に何年か前の光景が浮かび上がる。それは今と同じように姉が兄弟子二人に取り合われていて、そこに―――
「そうだ。兄弟子じゃない。姉だ!」
 思わず叫んだとき、まさにその『姉』がこちらへ向かってくるのが見えた。
(姉さん!)
 再び手を引っ張られているディアナに「後ろ後ろ」とブロックサインを送ると、すぐに気づいてきょときょとと探す。
「あぁ~。サミーお姉ちゃんだぁ!」
 げ、と怯んだ兄弟子二人の隙をついて、ディアナが彼女に駆け寄った。
「あら、ディアナちゃん、久しぶりねぇ」
 にこにこと低めの落ち着いた声で答えたのは、温和な顔立ちの若奥さんふうの女性。フレアスカートから伸びる白い足はすらりと細い。その腕に首が座ったばかりの赤ん坊が抱かれていなければ、ナンパの標的となっているだろう。
「うわぁ、二人目産まれたんですかぁ~? おめでとうございますぅ~」
「今度は女の子なの。グロリアって言うのよ。……もう、相方がでれでれしちゃって」
 サミーお姉ちゃんと呼ばれたその女性はディアナに「ちょっとよろしく」と、赤ん坊を渡す。胸の上に乗せたガーゼに赤ん坊の頭がぽすっと乗っかった。
「うわぁ、かぁ~わいいな」
 ちっちゃーい、と歓声を上げるディアナにくるりと背を向け、サミーは先ほどまでディアナの取り合いをしていたマックスとウォリスにまっすぐに向かってきた。その顔は微笑みを浮かべている。
 だが、対して男二人は「しまった」表情である。
「ウォリス、マックス、久しぶりね」
「……サミー姉さんもお変わりなく」
「ご無沙汰しています」
 背中をやや丸めるようにして答える男二人。
「まぁた、ディアナちゃん取り合って、ケンカしてたの?」
「……」
「……」
 答えはない。
「前回、ディアナちゃんがイヤがったら、即座にやめるって言ったわよね? 約束したわよね?」
 頭が熱くなっているのを、どうやったらやめられると言うのだろうか。
「約束破ったら、……アタシがどうするって言ったか、覚えてるわよね?」
 やや凄みを帯びたその言葉に、マックスが半歩、下がった。つられてウォリスも足をすって後退する。
「あの、お久しぶりです」
 まさに一触即発、とても乱入できないその雰囲気に、勇敢にも割り込んだのは……なんとリジィだった。
 いや、正確にはマックスの無言の訴えを承諾したダファーが押し出したのだが。
「あら、まさか、リジィちゃん? 男っぽくなっちゃったわねぇ。……でも、まだディアナちゃんと顔立ちが似てるのね。やっぱり兄弟って似るものかしら」
 にこにこと微笑みかけるサミーに、リジィは心臓をばくばくとさせながら応対する。今回は、こんな役回りばかりだ。
「いえ、サミーさんも相変わらずおきれいで何よりです。ところで、ベルナルドくんは元気ですか? 姿が見えないようですけど」
 サミーの息子の名前を覚えていた自分にちょっとホッとするリジィ。でなければ、何を話したらよいかも分からなかった。
 視線の端でフェリオがケーキを持って戻ってくるのが目に入った。
「あぁ、ちょっとおつかいに出してるから。もうすぐ来るわよ」
「そうなんですか。―――そうだ。ちょっと紹介したい人がいるんですよ。フェリオ、ちょっといいかな?」
 さらに増えた見知らぬ人間に驚くものの、一応やって来るフェリオと入れ替えに、赤ちゃんを抱いたままのディアナがテーブルについた。ようやく安心とばかりに冷めた紅茶とケーキを目の前に持ってくる。
「サミーさん。……よければ、ウォリスさんも聞いて下さい。えぇと、この人が―――」
 リジィは心の中で「ごめん」と謝る。対してフェリオは、とりあえずディアナを射止める布石として、彼らに紹介してくれるリジィを見直していた。
「この人が、現在、姉さんにコナかけてるハンターです」
 その後、ただでさえ混迷していた状況が、いっきに収拾のつかない方向へ転がったのは言うまでもない。


「あ~、ひどいメに遭った」
 フェリオはぐったりとテーブルに突っ伏していた。
「ナイスフォローだったわぁ。おかげでぇ、怒られずに済んだって二人とも感謝してたわよぉ、リジィちゃん」
「いや、僕はダファーに無理やり押し出されただけだから。……にしても、無事に切り抜けられてよかった」
「……ひでぇよ。俺一人だけ丸損じゃねぇか」
 あの後、ディアナに甘い兄弟子達が散々フェリオをこきおろしたり、サミーがフェリオを無責任に応援したり、と一層騒ぎが大きくなった。それをディアナは平然とケーキを食べつつ眺め、リジィは後から来た、ベルナルドくん(五歳)と話しながら聞き耳をたて、ダファーに至ってはいつも通りの微笑みで見守っていたのだ。つまり、誰も助けの手を差し伸べなかったのである。
「でもぉ、これでヤードの警視正と縁ができたじゃないか」
「あぁ、ついでに敵視もされたな」
 投げやりに呟くフェリオ。
「……だけど、サミーさんだっけ? なんかしっくり来なかったんだよな。俺が今まであったどの女とも違うタイプでさ」
「あれ、―――あぁ、言ってなかったっけ」
「きれいな人でしょぉ、奥さんいるけどぉ~」
「え? ダンナだろ?」
「違うわよぉ、だってサミーお姉ちゃんはぁ、男の人だもん」
 フェリオの表情が凍る。
「え? いや、だって、二人目って、名前もサミーって、それに、あの胸……」
「……気づいてなかったのぉ? 今日はちょっと喉仏が目立つ服装だったのにぃ~」
 白のブラウスに薄桃色のフレアスカート。そこに赤ん坊という小道具がついているのに、どうして男性などと思うだろう。
 ふと、あることに気づき、フェリオはじっとディアナを見つめた。
「ホントはぁ、サミュエルっていう名前なのぉ。……なぁにぃ?」
「いや……、ディアナ達の師匠って、すごい変わり者だったんだろうな、って思っただけだ」
 ウォリス警視正ですら変わり者に見えるから恐ろしい。
「あぁ~! ひっどぉい!」
「日頃は真面目なくせにディアナに合うとメロメロになる警視正に、無駄にムキムキマッチョな新聞社社長に、若奥さんの格好で出歩く男に、ピンクのひらひらフリフリでハンターやってるお前! いったいどこが変じゃないって言うんだ」
「……ごめん、姉さん。僕もそう思う」
 一気にたたみかけられ、弟にまで同意され、ディアナが「わーんっ」と泣いた。
「二人ともぉ、だいっきらいぃ!」

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