第8話.うさぐるみとストーカー1.朝飯前のひと運動ドンドン 至極平和な朝の光の中で、リジィがうたた寝をしていたその部屋に、無粋なノックの音が響いた。 「……むぁい」 半分以上寝ぼけまなこで立ち上がり、のそのそと入り口へ向かう。襟元がよれよれになったシャツの裾を掴んでシワを伸ばす仕草をしてみるが、あまり意味もなく終わった。 「あー……どちらさまですか?」 あくび混じりに尋ねながら、ドアの前で立ち止まる。 「その声はリジィか。ディアナはどうしてる?」 その声に聞き覚えはある。あるのだが、名乗りもしないことに少しむっとした。ただでさえ人のうたた寝の邪魔をしておいて。 「どちらさまですか?」 今度ははっきりと尋ねる。 「俺だよ、俺」 「……申し訳ありませんが、『オレ』という知りあいはいません。部屋を間違えてるんでしょう。」 鍵を開けることなく遠ざかる足音に、廊下の人間の焦る様子が手に取るように分かったが、リジィは眠い目をこすりながら、再びベッドへと向かう。 「おい、冗談だろ。開けてくれよ。ちゃんと用事があんだよ」 いきなり人の泊まっている宿に押しかけて、何を言うのか。この男は。 「あ~。姉さんなら外出中だよ。これで満足か? フェリオ!」 リジィはとうとう怒鳴りつけたが、廊下の気配が消える様子はない。 (くそ。眠気がどっか行ったじゃないか) 腹を立てつつ、ギルドに情報収集にでも出掛けようかと着替え始めると、意外なセリフが飛び込んで来た。 「じゃぁ、お前でいいや。ちょっと付き合えよ」 「……僕はそんな趣味はないぞ?」 「あほう。何言ってんだ。ちょっと手合わせするだけだ」 フェリオの口から出た『手合わせ』という言葉に、少し驚くリジィだったが、すぐに身なりを整え、自らの武器を持ち出した。 「真剣でいいんだよな?」 「……木剣があれば、そっちのが」 軽く舌打ちをして、リジィは姉との練習によく使う木剣を荷物から取りだした。 ![]() 「……にしても、なんでいきなり手合わせなんか」 「正直言うとディアナとやってみたかったんだけどな」 暗にお前じゃ物足りないと言われ、少しだけ傷つくリジィ。反論できないのがまた悔しい。 「まぁ、お前とやってみたこともないしな」 リジィはカタールではなく練習用のグローブをつけた拳を構えた。呼応するようにリジィも木剣を構える。宿屋の裏手のちょっとした空き地に緊張の糸が張りつめた。 「……」 「……」 間合いを計りながら、じりじりと互いを伺う二人。リジィは滅多に戦うことのない格闘系の相手に、やりにくさを感じていた。間合いは明らかにこちらの方が広いが、向こうの身軽さは決してあなどれない。 (動かない、のか?) こちらが動くのを待っているように感じ、それならば、とリジィがぐぐっと腰を落とした。 次の瞬間、リジィが一気に間を詰め、木剣を振り下ろす! 「っ!」 待っていましたとばかりに、フェリオは横に避け、がらあきの脇腹に拳を叩き込む! 「っつ!」 これは予測の範囲内の動きだったのか、リジィは体をひねって避けた。と、避け様に回し蹴りを放つも、あっさり避けられる。 一連の動きが終わり、再び間合いをあけた。 「……へぇ」 (ランクCにちゃんと見合った動きをするもんだ) 心の中でつぶやき、今度は自分から動くフェリオ。対するリジィは何を狙っているのか避ける様子はない。 「くっっ!」 拳が来ると思いきや、蹴りを繰り出され、慌てて避けるリジィ。無理な回避にほんの少しバランスが崩れる。 「せぁっ!」 その隙を狙って、気合とともに拳を繰り出すフェリオに、リジィは木剣で受け流す。両手で柄を握らなければ受けられない拳の重さにぎょっとした時、リジィは腹を蹴られ、後ろにたたらを踏んだ。 「……ってぇ」 本気だったらと思うとぞっとする。確実に肋骨をやられたことだろう。痛みに舌打ちをしながら、木剣を構えるリジィ。 「ふんっ!」 続けざまにくる拳を木剣を突いて怯ませ、なんとか間をとろうとするも、その連続攻撃に防戦一方になってしまうことを恐れ、リジィが一転攻撃に出る。 (おいおい、ここで来るかよっ?) フェリオが慌てて横に薙ぎ払われる木剣を避け、がら空きの脇腹に再び拳を――― 「させるかっ!」 どんなバランス感覚をしているのか、リジィが膝をちぢめて避ける。だがそこに、さらに膝蹴りが待っていた。 (なんで、そこに膝がっ!) 叫ぶ間もあればこそ、膝を顔面に受けることを覚悟したリジィ。だが、その寸前でフェリオの膝が静止した。 「寸止め寸止め……と」 軽い口調で言い放ち、フェリオがゆっくりと膝を下ろした。 「なんだ、意外とやるんじゃねぇか」 「あー……」 息を吐いて、リジィがごろん、と寝転んだ。 「ランクBならイケるんじゃねぇの? こないだ捕まえたヤツみたいな」 最近、ディアナとリジィで捕まえたランクBとCのコンビの名前を挙げて、フェリオもどかりと腰をおろす。 「……うん。そうかもね。でも、あれは潜伏場所を見つけた姉さんの功績だから」 「ま、それもそうか。自分のランクより上の賞金首を人に恵んでもらうのは、いろいろアレだからな」 グローブを外し、手をぷらぷらとさせるフェリオは、ふと、何かを思い出したようにリジィを見た。 「そういや、これは昔つるんでた仲間から聞いた話なんだけどな」 と、フェリオはあるランクBハンターの話を語り始めた。 | |
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