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第8話.うさぐるみとストーカー

 2.昔話とうさぐるみ


 何人かのハンターがチームを組むっていうのも、よくある話だが、ずっと仲間としてやっていくってのは難しいもんだ。
 ある四人のランクCハンターがランクBの賞金首を狩るためにチームを組んだ。その賞金首はとんだクセ者で、逃げることに関しては一級品だったって話だ。なかなか見つからなかったんだとよ。そんなチーム行動が予想以上に長くかかると、一人が自分の弟分をチームに参加させたいと言ったそうだ。もちろん、他の3人は反対したさ。何しろその弟分はランクDだったから足手まといになると思ったんだろ。だけど、結局は参加することになっちまった。
 新たに参加したランクDの弟分は、自分が邪魔者扱いなのにすぐに気がついて、なんとかしなければと思ったみたいでよ、他のメンバーがやりたがらない雑用を引き受け、野宿の際には食事係を進んでやった。そうこうする内に、少しずつ仲間として認められてきた。まぁ、そうでもしなきゃ、やってらんなかったんだろう。……どっちもな。
 そんなある日、とうとう目的のランクBを取り囲むことに成功した。あとは、思う存分タコ殴りにするだけだ。その賞金首は生死不問ってワケでもなかったから、逃げられない程度にだけどな。ランクCの四人が思い思いに痛めつけ、ランクDの弟分はそれに参加することもなく、少し離れたところで荷物番をしていたそうだ。
 そして、縄でぐるぐる巻きにしたそいつを引き渡す時に、捕らえた人間は誰かと聞かれた。もちろん、事前に話し合っておいた通り、一人が「自分だ」と名乗りをあげた。これでランクBハンターになれる、と誇らしげにな。
 ……ところが、だ。
 たった今、引き渡されたばかりの賞金首が、自分を捕まえたのはそいつじゃない、と言いだした。自分はそいつらなんかに捕まっていない。たった一人の男に捕まったんだ、ってな。そして、事もあろうに、そのランクDの弟分を指差してのたまった。
―――俺はそいつに負けた。


「―――で、どうなったのさ?」
「賞金首が言うには、ランクDの弟分が捕まえたところに、他の四人が出てきて手柄をよこすように強要したということだった。ハンター達は、その弟分も含めて反論したさ。でも、賞金首の言うことが嘘だとして、それによるメリットがないからと、結局そのランクDのハンターが捕まえたことになった」
 復讐みてぇなもんだったんだろうな、とフェリオはぼんやりと青空を見上げた。隣で真剣に聞き入るリジィがさらに先をうながす。
「別にその後はどうってことはねぇ。チームは解散。弟分はランクBハンターとして一人立ち。兄貴分ともそれっきり会うこともねぇ。それだけの話さ」
「その、弟分はツラくなかったのかな」
「そいつは、その後、今度こそ自力でランクBを狩ったらしいから、なんとかなってんだろ。……チーム組んだり、うかつに人の手柄をもらったりするもんじゃねぇ、って教訓話さ」
「ふぅん……」
 教訓話の感想でも告げた方が良いかと思うリジィだったが、それも面倒になって、相槌だけにとどめた。見れば、フェリオは腰に下げたバッグから何かを取りだす仕草をしている。
(……?)
 一瞬、パントマイムでもやっているように見えたが、それは細く透明な糸状の何かだった。
「それ、なに?」
「……あぁ、昔使ってた俺の武器だ。カタールと二つ使ってた。……コインも合わせりゃ三つか。近距離と中距離と飛び道具は使えるようにしといた方がいいって言われてな」
 くるくると巻き取ったかと思うと、サッと中空に投げつける。その先にあった木の小枝がスパリと切れた。
「うわ、あざやかだなぁ」
 思わず出た賞賛の言葉に自ら狼狽するリジィだったが、ふと、あることに気づいて声をかけた。
「……それ、いつだったか姉さんに意地悪する時に使っただろ」
「あぁ、クモ引っ掛けてな」
 クモ嫌いのディアナを引っ掛けたことを思いだし、くつくつとフェリオが笑う。丁度荷物の中からあの時使ったクモのおもちゃが出てきた。
(そう言えば姉さんも投げナイフ使ってたよな。……僕も何かやろうかな)
 あとで姉に相談することに決め、リジィは再び視線を糸に定める。
「昔ってことは、最近使ってないんだよね。……何か理由があるの?」
「まぁ、ないこともないけどな。……そういや、ディアナが投げナイフやめたワケ知ってるか?」
 フェリオはくるくると糸をいじりながら、あっさりと話題を変えた。
「姉さんは投げナイフをやめてないよ。ただ、切り札としてとっておくようにしただけだって」
「なんだ、そうなのか。……そういや、いつだったかも使ってたな。かなりきわどい所に隠し持って」
 太股にナイフ付きベルト。これほどなまめかしい光景があろうか。
 ただ、いつものロリータ風のふわふわスカートでは、どれだけナイフを隠し持っても分からないだろうが。
「……なんか顔がゆるんでないか?」
「いやいや。……にしても、切り札か。よく言ったもんだ」
「フェリオもそれは切り札だって言い張るんだ?」
「それはないな。―――リジィ、この仕事やって、賞金首を殺したことはあるか?」
「ないよ。生死不問の賞金首にはまだ当たってないし」
「そっか。俺は、これを使って一度だけやっちまったことがある」
 突然の告白に、リジィの目に透明な糸が赤く映る。もちろん錯覚だということは自覚していた。
「それから、ちょっと封印してたんだけどな。……でも、これを使わねぇと、エレーラは捕まらない気がする。使わないにこしたことはないがな」
「ふぅん。……やっぱり、この職業ってあるよな。実際、この職業続けられるのも何歳までかって思うし」
「まぁ、ランクCまでいっておけば、それなりの再就職口はあるさ。こんな物騒な世の中だ」
 俺らみたいなのは、殉職はあっても職にあぶれるこたぁねぇ。そうつぶやいて空を見上げるフェリオ。リジィは、なんとなく、最近フェリオがいいヤツに思えてくるのが気にくわなかった。まぁ、あいつに比べれば全然いい人間だけど。
(ダファー・コンヴェル)
 リジィはあの『童顔笑顔魔人』を思いだし、木剣を握りしめた。
「……リジィちゃ~ん?」
 突然響いたノーテンキな声は、のどかな裏庭に良く似合った。
「姉さん、こっち」
 声を上げると、間もなくリボンとフリルいっぱいのサマードレスに身を包んだディアナが現れた。腕にうさぎのぬいぐるみを抱えているあたりが、また可愛らしさを強調している。
「あれぇ~? なんでぇ、フェリオがいるのぉ?」
「いちゃあ悪いか?」
 透明なテグスとクモのおもちゃを慌てて鞄に詰め込んだフェリオの行動に、幸いにもディアナは気づかないでいる。
「姉さん。それがこの夏の新作?」
 彼女が身に付けている薄いブルーの袖のないサマードレスは、まだ季節には早い服装だった。
「そうなのぉ。新しく支給されたんだぁ~」
 かわいらしい笑みを浮かべてくるり、と一回転するディアナは、とても年相応には見えない。……これでも二十を軽く過ぎているはずなのだが。
「へぇ、じゃ、今日はドールハウスに行って来たんだ」
「そうよぉ? だって、貴重な収入源だものぉ」
 普段着にするにはちょっとアレな服を着て、動きやすさが命のハンター業にいそしむディアナは、一部では名の知れたハンターだ。特に、職業にミスマッチな可愛らしい外見に憧れる男性も女性も多いと聞く。
 実際に、ドールハウスというフリルたっぷりのドレスを主に製造している服飾メーカーの雇われ広告塔としては、まずまずの成績をあげていると言って良いだろう。ディアナを雇ってから、売上が伸びたという話だ。
 ただ、目の前で「似合う~?」とほほえむ姉を見ると、どちらかと言うとタダで支給されるドールハウスの服に釣られただけのような気がしてならないリジィではある。
「んで、そのウサギも支給品か?」
 左手に抱えたうさぎのぬいぐるみを指差すフェリオに、ディアナが待ってましたとばかりに意地の悪い笑みを浮かべた。
「このうさぐるみはねぇ~、……フェリオぉ、避けないでねぇ?」
 言うが早いか片手でうさぐるみの首根っこを掴み、フェリオの方にその顔を向けるディアナ。すると、うさぐるみの口がパカリと開き、パンという軽い音と共に何かが発射された! 二発、三発、四発―――
「うわ、うわわっ!」
 リジィと手合わせをしていた時とは別人の慌てようで、フェリオが手にしたグローブでそれらを打ち落とす。すばらしい動態視力と反射神経だった。
「……銀玉鉄砲?」
 地面に落ちた銀色のかたまりを目にして、リジィがつぶやいた。
「リジィちゃん、せいかいぃ~。……もぉ、なんで避けるのぉ?」
「避けずに打ち落としただろ。っつーか、当たると地味に痛ぇからな」
 ディアナは文句を言いつつも、うさぐるみの背中のファスナーを下ろし、銀玉を拾ってそこに詰めていった。
「まさか、それも支給品か?」
「そうなのぉ。なんでもチカン撃退用なんだってぇ。別のオプション考えて来いって言われちゃってぇ~」
 銀玉鉄砲うさぐるみ。その言葉だけで凄まじい破壊力な気もするが。
「あとねぇ、チェーンがあってぇ……」
 開いたファスナーから、軽い質感のチェーンがカラカラカラ……と伸びてくる。
「せぇのぉっ!」
 チェーンを持ってうさぐるみを振りまわすディアナ。何も知らない人が見れば、ロープにくくりつけたぬいぐるみを虐待しているだけに見えるそうだが―――
「えいっ!」
 それを受け止めようと立ちはだかるフェリオにぶつかる直前、うさぐるみの可愛らしいはずの腕と足、ついでに鼻の先からトゲのような鋭い刃物がジャキン、と生える!
「うぉわぁぁっ!」
 慌ててしゃがむフェリオの頭上を危険物と化したうさぐるみが通り過ぎた。
「な、なんだ、そのオプションは……!」
―――うさぐるみを持ってドールハウスのひらひらの服を着た女性がいたら、ただちにヤードに通報しましょう。
 そんな看板が設置される日も遠くないだろう。
「あれぇ? 避けられちゃったぁ?」
 無邪気な声を出すディアナが、今はとても凶悪に見える。
「軽さ第一で出来てるからぁ、たいした『殺傷能力』はないのよぉ?」
 ぬいぐるみに殺傷能力を考える時点で間違っている気がしたが、フェリオは何も口にしなかった。
「……くさりガマというか、フレイルというか」
 鎖を持って振りまわす点を重視すればくさりガマ。その先にあるトゲの生えた武器を重視すればフレイル。どちらにしてもエグいことには変わりがなかった。
「これにぃ~、新たにつけるオプションってないかしらぁ?」
 トゲトゲを引っ込めたうさぐるみの背中にチェーンをしまいながら、ディアナが意見を求める。
「十分だ」
 被害者は簡潔に答えた。
「えぇ~? でもぉ、何か考えないとぉ、特別手当てもらえないしぃ~」
 文句をたれるディアナは、「リジィちゃんはぁ、どう思う~?」と弟に振り向いた。
「……僕にはちょっと荷が重いよ。まぁ、考えてみるけどさ」
(この上さらに、どう危険にすりゃいいのさ?)
 うさぐるみを凝視しながら答えるリジィに「さっすがぁ~」と歓声をあげるディアナ。
「あれ? ディアナ。お前ケガしてんのか?」
 肩口に傷あとを見つけ、フェリオが声を上げた。
「あぁ、昔の傷よぉ。やっぱりぃ、目立つかしらぁ~?」
 こういう服着るとねぇ、と言うディアナに、ぼふっと男物の上着が放り投げられた。
「姉さん、その格好じゃ寒いでしょ。それ羽織っておきなよ」
「うわぁい、ありがとぉ~」
 本当に寒かったのか、いそいそとリジィのシャツを羽織るディアナを見て、フェリオが舌打ちした。
(俺がそれをやりたかったのに……)
 せっかく話題を変えた苦労も、あっさりとんびにかっさらわれてしまった。
ザザザザザ……
 誰かが裏庭に近づいてくる気配に、三人がバッと振り向いた。駆けているその足音はどんどん近づき……
「もう、いやっ!」
 姿を現したのは十代後半ぐらいの少女。スカートの裾が乱れるのも気にせず、駆ける先にあった庭木にドカンと跳び蹴りをくらわした。
「いったいなんだっていうの? 私が何したって言うのよーっ!」
 叫びながら、げしげしと庭木にヤツアタリをする。
 ……と、そこでようやく先客の存在に気が付いた。
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
 もはやどっちが「ごめんなさい」なのか分からないが、少女はそのまま今来た方向へ走り去ってしまった。
「……なんだありゃ?」
「なんかイラつくことでもあったのかな?」
 ディアナは一人だけ無言だった。ゆっくりと、先ほど蹴りをいれた庭木に向かう。
「おい、ディアナ?」
 少女が蹴ったと思われる場所をしげしげと見つめ「どうやらぁ、初犯みたいねぇ?」とつぶやいた。
「初犯って姉さん。別に木を蹴るぐらい……」
「初めてでぇ、あんなに勢い良く蹴るかしらぁ? 普通は、もっとおとなしいもんじゃなぁい?」
 言われて顔を見合わせる男二人。
「この木に対しては『初犯』でも、他の木にたいしては『常習犯』だったのかもしれないぞ?」
「……なるほどぉ!」

<<8-1.朝飯前のひと運動 >>8-3.ディアナのお仕事ゲット術


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