第8話.うさぐるみとストーカー3.ディアナのお仕事ゲット術「へぇ~、そんなことがあったんだぁ」 宿の食堂で昼食をとる三人。 「だからディアナと手合わせしようと思ってな」 フェリオは、今日来た目的について、そう締めくくった。 彼が言うには、荷物整理をしていたら昔つるんでいた仲間からの手紙が出てきて、そこには以前捕まえた『イヤな武器』を使うハンターの話が書いてあり、それでそういう武器を持った相手と闘う時の対処法を二人で練ろうと思ったらしい。 「んで、その『イヤな武器』ってのはなんだよ?」 二人で、という部分にカチンときつつもリジィが尋ねた。 「相手の武器を奪うとか刃を折ることを目的にした武器らしい。なんか、短剣の刃がクシみたいになってるらしいんだけどな」 「でもぉ、そういうのってぇ、ソード系ならともかくぅ、フェリオみたいな拳にはめるものにはぁ、対応してないんじゃなぁい?」 「用心するに越したことはないさ。……おんやぁ?」 何かに気づいた様子のフェリオに、つられてディアナとリジィもそちらを向いた。 「……あれ、さっきのあの子じゃない?」 「そうねぇ。でも、なんかぁ、物憂げなかんじぃ?」 視線の先にいるのは、庭木に跳び蹴りをかましていた少女である。さっきから飲み物を口にしてはため息をついていた。 「ちょっとぉ、声かけてみよぉ~っと」 止める間もなくトコトコと少女の方へ向かうディアナ。 「……姉さん。あんな感じでよく依頼をもぎ取るからなぁ」 「ギルドに丁度いい仕事がないときゃ、有効な手段かもしれねぇけどな」 見れば、相手はさすがに驚いて、ディアナがハンターだと名乗ると、今度は疑わしい顔つきになった。だが、とりあえず話を聞いてくれる人だと分かると、何かを切々と語り始めた。 「こういう時、姉さんってすごいなって思うよ」 「そうだな。外見もあるけど、普通あそこまで警戒心ゆるまないよな」 男二人はうんうん、とうなずき合う。 「そういえば、ディアナはなんでエレーラ追ってんだ?」 肉団子を口にほおばっていたリジィは、フォークでディアナを指差す。 「……ん。姉さんの腰にかけてるポーチ、どっかで見たことない?」 言われたままに腰からななめにかけた茶色の革のポーチを見るが、特に見たことはなかった。 「いや? 珍しいデザインだなとは思うけど、見たことはねぇかな。……待てよ、エレーラの使ってる黒いヤツと同じ形じゃねぇか?」 「うん。僕もそう思うし、姉さんもそう思ってる」 「……まさか、それだけか? 同じバッグを使ってるって理由だけで?」 「姉さんのあれは、昔、父さんが使ってたものなんだ。母さんの黒いバッグとセットで」 食後のお茶を口に含むリジィ。その目に映るのは遠い昔の光景。 「もう片方は行方不明。だから、姉さんはエレーラを捕まえたがってる」 「……一セットしかないって確証はないんだろ?」 「完全オリジナルのものだから、他のはない……と思う。作ってくれた人もこの世に亡い人だから、調べようがないんだよ」 ふぅん、とうなずいたが、言外に両親もこの世にいないことを匂わされ、きまずくなってふい、と視線をディアナの方に戻す。……あの少女がディアナに対して感謝の言葉を述べているようだった。だが、ふと何かに気づいて、いきなり首を横に振った。 「ちょっともめてるか?」 「うん、そうみたいだね」 関わるつもりはないので、無責任にながめる。 と、ディアナがこっちを向いて、指差した。少女がこちらに気づいて、何かを迷っているようだ。そこにさらに言葉を重ねるディアナ。……と、少女を連れてこっちに向かってきた。 「……ど~ぉ? 近くで見ると全然オッケーでしょぉ?」 「あの、でも、悪いです。そんな……」 何がオッケーなのか分からないが、少女も否定はしない。ただ恐縮しているだけだ。 「だいじょぶよぉ、だって初めてじゃないしぃ~」 イヤな予感がしてリジィが「あの、姉さん?」と声をかけた。 「リジィちゃん。これから女装してねぇ?」 ![]() 話は簡単なことだった。 ディアナが声をかけた少女、ハンナはストーカーの被害に遭っているらしい。 ハンナの知人に声をかけ、「あいつは悪い女だ」とあらぬ噂を流し、借りた覚えのない金を返すように手紙が来たり、挙句の果てにはハンナの職場に来て、彼女の給料を前借りしようとまでしたということだ。その時は事なきを得たが、結局その職場も辞めざるを得なくなってしまった。 そのストーカーは、どうやらハンナが昔、付き合っていた男らしいが、もちろん借金などした覚えもなく、とても困っているという。 ディアナは自分が今日一日、自分が一緒に行動すれば、そのストーカーが出てくるかもしれない、と考えて提案するが、その男は『逆上すると何をするか分からない』そうなので、危険だからやめて欲しいと言われた。そこで、出てきた案がリジィを女装させるというものだった。なぜ、男の姿ではいけないのか、というのは、ディアナに言わせると 「ストーカーはぁ、むやみに刺激するとぉ、逆上して何やるか分からないからぁ~」 ということらしかった。 ランクBやランクCのハンターに対して危ないも何もないと思うのだが、穏便に事を済ませたいというハンナの意見もあって、結局リジィは女装をすることになってしまった。 ![]() 「……?」 リジィの準備が終わるまで、と自分の用事を済ませたフェリオは、宿に戻って来るなり不審な声を耳にした。ディアナとリジィの部屋からである。 「もぉ、動かないでぇ~」 「だって、姉さん……」 廊下に声が洩れるのを気にしているのか、えらく小さな声でぼそぼそと話す二人。 「……お願いだからぁ、ちょっとだけ、こうしててくれるぅ?」 「うん、……あ」 「ぁん。ちょっとぉ、動かないでってばぁ……」 「ごめん、でも、ちょっと我慢できないかも」 予想もしていなかった展開に、フェリオはドアの前で耳をすませる。 「んねぇ、早くしないとぉ、フェリオが戻ってきちゃうわよぉ」 「うん、それはちょっと困る。こんなところ見られたくないし……」 ―――フェリオの脳内に妄想が花開くには十分すぎる会話だった。 「何やってんだーっ!」 思わずドアを勢い良く開けてしまったフェリオの目に映ったのは…… 「あぁ~っ! ノックぐらいぃ、しなさいよぉ~」 「うわ、ドア閉めろよっ!」 女性二人が化粧道具を広げてなにやら楽しげな(?)風景だった。 言われるがままにドアを閉めるフェリオ。 「……まさか、リジィ、か?」 午前中、自分と手合わせをした男の名前をつぶやく。 「そうだよ。悪かったな!」 答えたのは、すらりと背の高い、モデル体型の女性だった。ハスキーボイスがまた魅力的である。 「やっぱりぃ、スカーフ巻いた方がいいかなぁ?」 喉仏が気になるのか、ディアナが意見を求める。 改めてまじまじと見ると、確かにちょっとアレな部分は見える。ロングスカートから覗く足はやや筋肉質、喉仏は気になるほどではないが、 やはり骨ばった所は否めない。 「……胸がある」 最初の感想がそれだった。 「ホンモノっぽく見えるでしょぉ? 結構苦労したんだからぁ~」 えへんと胸を張るディアナ。苦労してるのはむしろリジィの方ではないのだろうか? 「リジィちゃんてばぁ、ムダ毛のお手入れもしてなくてぇ……」 そう聞かされるフェリオも、スネ毛ぼーぼーである。 「そのくせ、化粧のノリはいいんだもん。イヤんなっちゃう」 オレンジ系のチークを薄くつけ、最期に口紅を塗る。ディアナの手にはためらいも迷いすら感じられなかった。 「はい、おしまいぃ~」 化粧道具をしまいつつ、ディアナが手鏡を差し出した。 「今回のコンセプトはぁ、『大人の女性に、あの子もこの子もクラクラ☆』よぉ~」 「……いや、コンセプトは必要ねぇだろ」 フェリオがツッコむ。リジィは鏡の中の自分を凝視していた。見とれているのか、最終チェックに余念がないのか。判断はつきにくい。 「それじゃぁ、ハンナさんのところに行こうねぇ~」 あまりの出来に言葉もない(と、ディアナは思っている)リジィの腕をぐい、と掴み、ディアナが部屋の外へと引っ張り出した。 フェリオが同情するような目でリジィを見ている。見ているだけだ。 「おまたせぇ~」 宿屋の一階で待っていたハンナは弾かれたように顔をあげた。 その目に映っているのは、ふわふわの服を着た可愛らしい女性と、彼女に連れられてくる大人っぽい女性。そして、その後ろにいるガタイのいい男性だ。 頭の中で記憶と照らし合わせて引き算をすると、見たことのないその女性が誰だかは分かる、はずなのだが。 「あのぅ、ほんとうに、リジィさんですか……?」 おそるおそる尋ねると、「そうです」とハスキーボイスが返ってきた。確かにそれは男の声だと思うのだが、目の前の女性から放たれた言葉とあっては、こんな声の女性がいてもおかしくない感じがする。 「それじゃぁ、昨日お友達と歩いたコースを行きましょうか」 ヤケクソなのか、役になりきったリジィがにっこりと微笑んだ。思わず見惚れるハンナ。 「じゃぁ、あたしたちはぁ、物陰で見守ってるからぁ~」 いつの間にか数に入れられているフェリオは「え、俺も?」な状態だ。 女友達同士のショッピングに向かうリジィとハンナを見送ってフェリオはさりげなく腕をディアナの方に突き出してみた。 「……なぁにぃ~?」 「俺らは尾行すんだろ? だったら、怪しまれないようにカップルを装って―――」 「あぁ、尾行する気はないからぁ~。あたし達はぁ、情報収集するのよぉ?」 「は?」 | |
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