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第8話.うさぐるみとストーカー

 4.ストーカー事件。その顛末。


(あ~、何やってんだろ、僕は)
 小物屋でハンナと二人楽しげな会話をしながら、心の反対側でつぶやく。
(元はと言えば、姉さんが受けた依頼なんだよなぁ。なんで僕がこんなこと)
「リリーさん、これどうですか?」
 髪止めを手に話しかけてくるハンナはかわいいと思う。年齢は聞いてないがまだ十代だろう。
「うん、いいんじゃない? ハンナの赤毛によく似合うと思う……わよ?」
 姉のことは大事だけど、でもリジィも年頃だ。
(それが、何が哀しくて、こんな女装に女言葉で……!)
「あの、リリーさん?」
「はい?」
「……その、そんなに握ったら、お人形さんがかわいそうですよ」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと、どこまで縮むかな~、なんて」
 あはははは、と乾いた笑いを洩らす。
「えと、大丈夫ですか? やっぱりこんなこと―――」
「いやいや、仕事だから。そう、お仕事ですもの」
 ハンナは申し訳なさそうな顔をした。
「大丈夫よ。姉さんの言ってたように、初めてじゃないから」
 この年になって女装がキマるのもどうかと思うには思うが。さっきから二人組のチャラチャラした男に会う度に声をかけられるのは、本当に、本当に誤算だ。今は女性しか来ないような店にいるから気になる視線もないが、こうまで注目されると、どれがストーカーの視線なのか分からない。
「リリーさんも、何か買っていかれませんか? その、お姉さんに」
「あぁ、僕……わたしは別に、今更買ってもね」
「お姉さんってスゴいですよね。あそこまでドールハウスの服を着こなしている人って初めて見ました。あんなお姉さんがいて、うらやましいです」
「……ドールハウス、好きなの?」
「はい! できれば着たいなぁ、って思ってるんですけど、やっぱり値段が高いし」
「あぁ、そうよね。結構、値がはるわよね」
「そうなんですよ。でも、年いっちゃうと着れなくなっちゃうなぁって思うと、やっぱり二の足踏んじゃうんですよね」
 リジィは珍しいものでも見るような顔をした。
(本気で好きなんだ。ドールハウスの服)
 リジィは、実はドールハウスの服は好きではなかった。ドールハウスの服を買い求める人の中にその服が似合う人間は三割にも満たないからだ。姉が言うには「女の子の憧れ」だそうだが、やはり自分に合う服を選ぶのが一番だと思う。
(でも、この子だったら似合うよなぁ)
 くりくりと大きい目の少女は、今は薄い緑のワンピースを着ている。よくよく考えると、よくこの格好で庭木に跳び蹴りをぶちかましたもんだ。
「あの、リリーさん。ちょっと、これ買ってきますね」
 どうやら気に入ったらしいその髪止めを持って、ハンナが店員に話しかけた。
(姉さんたちは、どこに陣取っているんだろう)
 ストーカーを探しがてら周囲を伺っても、その気配はない。よほどうまく隠れているのだろう。
「リリーさん。そろそろ次の場所に行きませんか?」
「あ、うん。そうね。……次はどこに行くのかしら」
 ナチュラルに出てくる女言葉に鳥肌モノだったが、ぐっと堪える。
「その、私の部屋、なんですけど」
「え、それはちょっと、マズくないか? ……一応、その、男なんだし」
「いいえ、昨日出かけた友達は、ウチでお茶を飲んで、その後、帰る途中に遭遇したらしいんです」
「いや、でも、ほら」
「大丈夫です。そんなこと気にしていられません」
 会ったばかりの男が女の部屋に入ることを『気にしない』というのもどうかと思ったものの、リジィは「これは仕事だ」と自分に言い聞かせた。
「分かりました。それじゃぁ、お邪魔します」


「どうぞ、上がってください。その、狭いんですけど」
 促されるままに入ったその部屋は、想像していたよりも『女の子』の部屋だった。
 棚にはぬいぐるみ。タンスの上にはギンガムチェックの布がアクセントとしてかぶせられている。きちんと整頓されたいい部屋だな、と思った。
「今、お茶いれますね」
「あ、おかまいなく」
 と、その目が机の上の封筒で止まった。全部で五通。ごくありきたりな封筒なのだが、差し出し人が全て書かれていない。
「この、手紙は?」
「あ、それ、たぶん彼からの手紙です。今朝、配達されてたんですけど、一日に一通ずつ増えていくんですよ。昨日は四通でした」
「ちょっと、見てもいいですか?」
 了承をとって中から便せんを抜き出す。
『ハンナ。君のことは今でも愛している。何も言わずにオレの所へ戻って来て欲しい。母さんと父さんは説得する。二人ともとても怒っていたようだけど、二人で謝ればきっとなんとかなる。』
 いたって、普通の文面のようだった。
『もちろん、君が帰って来てくれれば、お金なんていいんだよ。夫婦になる君のためだったら、あのぐらいの金はどうってことはない。君の瞳に映るオレを見るのはすごく好きだった。もちろん、今でも好きだ。……でも、君が帰って来ないなら、金は返すのが道理というものじゃないか?』
 ちょっとキナ臭くなってきた。
『オレの友人が、君には悪い噂があるというように言っていたけど、オレは全く信じていないから、安心してくれ。友人は君のことを売女だとか、いろいろ』
 何が言いたいのか分からない文面になっている。
『でも、ハンナはそうやってオレの気を引きたいだけなんだよね。わざわざそんなことしなくても、オレは君を見捨てたりはしないのに。今回のことだってそうだろう?』
 どうやら、大きな勘違いが出てきたようだ。
『もちろん、オレは君のために借金取りの役を演じてあげるから心配することはないよ。役に成りきって君の周りの人間を、全て引き離してあげるから、それに飽きたらいつでも戻って来てくれてかまわないからね』
 もはや、ストーカーと呼ぶに足る文面だった。
「……こんなのが、毎日?」
 考えただけでムカムカとした。
 怒りを紛らわそうと部屋を見渡すと、本棚が目に入る。
『ジャックは豆の木』
『黒雨姫』
『ブレーメンの聖歌隊』
「あの、……何か?」
 お茶を持って来たハンナが本棚に見入るリジィに声をかけた。
「いや、童話が多いんですね」
「友達が童話作家をやってて、その影響で読むようになったんです。童話の原典って、結構面白くて」
 この年にもなって、恥ずかしいんですけどね、とハンナが二人分のお茶をテーブルに置いた。
「リリーさん、いえ、リジィさん。私、恐いんです」
 向かい側に座ったハンナがじっとリジィを見つめた。
「確かに彼――ジンクとは円満な別れ方じゃなかったけど、でも、それだけでこうなってしまうなんて……」
「ハンナさん……」
 声をかけると、濡れた瞳がリジィを射抜いた。
「男の人って、みんなこうなんでしょうか。私、こんなことなら、誰とも付き合わない方が良かった……」
 向かいに座ったはずのハンナがじりじりとリジィの方ににじり寄ってきた。
(え……)
 ただならぬ様子に気づいたリジィがちょっと身を引いた。
 ハンナの目はリジィのよく知る酒場のお姉さんの目だ。
 ハンターという職業は決してモテるわけではないが、一般の人から見ると、ランクC以上のハンターは狙い目らしい。
 ランクCと言ってもマグレで一度ランクCをとった人間もいれば、コンスタントにランクCを捕まえる人間もいる。
 一概に『ランクC以上だから』とも言えないはずなのだが。
「リジィさん、私、どうしたらいいのか……」
 一人で盛りあがるハンナはリジィの様子に気づいているのかいないのか、しきりにまばたきをしている。
「ハ、ハンナさん、落ちついて……」
 据え膳食わぬは男の恥とは言うが、依頼人に対してそれをやったら、姉に半殺しにされるのは目に見えている。
「私、本当はリジィさんがいることで安心しなきゃいけないはずなのに……」
 申し訳なさそうにうつむいたハンナに、リジィが安堵のため息を洩らす。
「いや、それは、この格好ですから。仕方ないですよ」
 依頼人の気持ちを考え、そう答えたのがいけなかった。
「リジィさん。とても優しいんですね」
 再び顔をあげ、うるうる攻撃をしてくるハンナに、「しまった」と心の中でつぶやく。
「私、いま、わかりました」
 何が分かったというのか、いきなりリジィの手を掴んできた。
「こんなにドキドキして、落ちつかないのは―――」
 その手を自分の胸元にあてる。リジィの手には柔らかな感触が広がった。
(姉さんより小さいな)
 そう感じることが一層、保護欲をかきたてる結果になってしまった。
「はしたないとは、思わないでください。でも、私……」
 十分に潤んだ瞳がさらにまばたきを繰り返す。
「ハンナさん……」
 名前を呼ばれ、感極まったのか、ハンナはリジィの胸に飛びこんできた。
(うわわっ!)
「私……、あなたになら……」
 ワンピースの胸元に手をかけるハンナ。
「いや、ちょっと待って。ハンナさん。落ちついて」
「落ちついてなんかいられません。こんな、私……」
(うわぁぁぁーっ)
 拍車がかかったのか完全にワンピースを脱ぐ体勢になるハンナを慌てて両手で押さえる。
「せ、せめて、そういう話はストーカーをどうにかしてから、冷静に話し合いましょう。……あぁ、そろそろ出てもいい時間ですかね」
 まくしたてて、生ぬるくなった紅茶をぐいっとあおるリジィ。
「僕……、あぁ、わたしが出て行っても、しばらくは顔を出さないでくださいね」
 女装モードに心と口調を切り替えて、リジィは立ちあがった。
「あの、リジィさん。せめて、もう少し―――」
「いえ、もしかしたら、その前の彼氏がもう来てるかもしれませんし。―――あ」
 何気なく窓の外に目をやったリジィはハンナのアパートの前にたたずむ男を見つけた。これと言って特徴のない、やや細い青年だ。
「……そうです。あの人がジンク、元カレです」
「やっぱりそうですか。……じゃぁ、僕は行きますね。くれぐれも彼に見つかるような場所にはいないでください。何をするか分かりませんので」
「はい、よろしくおねがいします」
 ワンピースの胸元をはだけさせたまま、ぺこりと頭を下げるハンナから慌てて目をそらし、リジィは外へ出るドアを開けた。
(うわぁ、こっち見てるよ、見てるよ~)
 真正面からこちらを睨みつける男に、リジィの気が引き締まった。刃物は持っていないようだが、用心するに越したことはない。
「あの、ちょっといいですか?」
 すぐさま声をかけてきたその男に、リジィは「かかった!」と小さくガッツポーズをする。
「実はですね、そこのアパートに住むハンナという女性のことで、お願いしたいことがあるんですけど」
「はぁ、ハンナにですか?」
 まるで自分とハンナが親しいように名前を繰り返し、続きを促す。
「実は、お金を貸したままなんですが、返してくれないんですよ。いつの間にか引っ越してしまうし―――」
「ハンナからは借りた覚えがないって聞いてますけど、何か借用書みたいなものでもあるんですか?」
「……ハンナとは結婚の約束までした仲なんですよ。そんな相手に借用書なんて考えますか?」
「結婚の約束?」
(そんな話は聞いてないけど……、思い込みかな?)
「……それに手紙だってやり過ぎじゃないですか?」
「手紙? それはいったい何のことですか?」
(この人じゃない? それとも、とぼけてるだけか?)
 リジィがもう少し詳しく聞きだそうとしたその時、アパートのドアが勢いよく開いた。
「いいかげんにしてよ! もうあなたとは会わないって言ったじゃない!」
(なんで出てくるんだっ? 隠れてるように言っただろっ!)
 リジィが心の中で絶叫する。
「ハンナ! いいかげんに金を返してくれ!」
「知らないって言ってるでしょっ! もうたくさん!」
 つかつかと歩いてくるハンナにリジィは頭を抱えた。
「結婚する前に、借金を返したいからって、お前が借りた百万イギン。あれはオレのなけなしの……」
「そんな借金なんて知らないって言ったでしょ! 妄想もたいがいにしてよね!」
「なんだと、このっ……!」
 男――ジンクが手を振り上げたのを見て、リジィの体が素早く反応した。
 ぶたれると思って目を閉じたハンナが次に見たのは、ジンクの手首を掴むリジィ。その背中はたくましく見えた。女装していても、それなりに。
「リジ……リリーさん。ありがとうございます」
 かばわれた体勢のままで「いいかげんに帰って」とジンクに罵声を浴びせかけるハンナ。なかなかどうして強いものである。
「ハンナ、お前、やっぱり―――」
「私は、あなたとは会いたくないの。どっかに行って! ―――ねぇ、リリーさん。この人と話し合いでなんて、解決できません。だから、お願いします」
 見上げポーズで両腕を胸の前に組むハンナ。その目はうるうるとしている。
「いや、でも、ほら、言い分はちゃんと聞かないと―――」
「さっきからなんなんだ、お前は。レズを呼んだ覚えはないんだよっ!」
 ジンクは怒りのままにリジィの肩をぐいっと引き落とそうと―――
「おぉっ?」
 宙でくるりと回り、地面に尻餅をついたのはジンクだった。
「さすがです、リリーさん! もう、この調子でバンバンバーンとお願いしますっ!」
 目の前の出来事に興奮して歓声を上げるハンナがギュっと抱きついてきた。
「……あぁ、いや、そうじゃなくて」
 なんでこんな困ったことになったのか分からないまま、混乱した答えを返すリジィ。だが、そこに救世主が現れた。
「リジィちゃんはぁ、私のだからぁ、盗っちゃだめよぉ~」
 いや、さらに混乱を招くかもしれない。
「姉さん」
 助かった。と一応思う。姉さんの前ではハンナも思いきった行動はしないだろうし。
 と、隣にいるフェリオがちょいちょい、とリジィの方を指差した。
 なにか? と声を出そうとしたとき、先ほど投げ飛ばしたジンクが後ろから襲いかかってきた!
「よっ、と」
 軽くタイミングをはかって、そのまま腕を固めて地面に抑えつける。一般市民に対してならこのぐらいで十分かな、と少し体重をかけておいた。
「んで、フェリオ。何か言いたそうだったけど、何?」
「いや、別に」
 まさか、ジンクが後ろから襲いかかってきそうだったとは今更言えず、ごにょごにょと答えを濁した。
「ハンナさん。これで解決かしら?」
「はい! ありがとうございました。あとは、今後この人が私に付きまとって来ないように誓約書とか書かせればいいんですよね」
 ハンナが差し出した両手をディアナが握りしめきゃいきゃいと喜ぶ二人。それは十代の女の子二人が友達の告白が上手くいったのを喜ぶ姿に似ていた。
「じゃぁ、今度はハンナさんねぇ?」
「はい?」
 何を言われたのか分からぬままに聞き返すハンナに、フェリオが一枚の紙を見せた。
「アカ詐欺でぇ、賞金首になってるのぉ、知ってたかしらぁ?」
 ぎくり、と体を震わせるハンナ。だが、逃げようにもディアナはハンナの手を放す気配もない。
「リジィちゃん、その人はぁ、放してあげてねぇ?」
 言われるまでもなく、リジィが慌ててジンクの上から動き、手を貸す。
「あなたも、被害者の一人、ということですか」
 いさぎよくすみません、と謝るリジィに、ジンクはただ呆然とした顔をしていた。
「あかさぎ、……結婚詐欺なのか?」
「そうですよぉ。アカ詐欺としては破格のランクDですぅ。賞金はぁ、十万イギン」
 普通、アカ詐欺は三千イギンあたりでランクGなのだが、それを考えると本当に破格だった。それでも、被害総額には遠く及ばないだろうが。
「やっぱりぃ、地方名士ならともかくぅ、ならず者の親分からとったらぁ、ダメでしょ~」
 手配されちゃうわよぉ、とディアナが言うが、ハンナは弁解すら口にしなかった。
「ハンナ……」
 むしろ否定して欲しがっているジンクが声を出した。
「あ~、これだから坊ちゃんの相手はイヤなのよ。いい加減に真実ぐらい認めたらどうなの? とっととウチに帰って被害届でも出しておきなさいよ」
 まるっきり開き直りの口調であっさり認めるハンナに、ジンクが信じられない、とつぶやいた。
 ハンナは、今度は自分を捕まえたままのディアナを真正面から見据える。
「この際だから言っておくわ。私はアンタみたいなワガママな女が大っ嫌い! 弟に女装まで強要して、アンタそれでも恥ずかしくないの?」
「じゃぁ~、自分のことも嫌いなのねぇ?」
「アンタみたいに、のうのうと生きてきた人間になんて言われたくないわ! アンタに私のツラさなんて分かんないでしょ! 親を亡くして、たった一人で生きていくためには、人を騙していくしかなかったんだから!」
 次から次へと出てくる悪口雑言に、ディアナは涼しい顔をしている。
「そうねぇ、あなたみたいな人はぁ、嫌いじゃないんだけどぉ、賞金首だしねぇ~」
 生きていくために他人を犠牲にするのは悪くないわぁ、と微笑むディアナ。まるっきり悪役のスタンスだ。一方、彼女とは全く違う反応を返したのはリジィだった。
「別に親がないからって、悪人にならなきゃいけないのか?」
 淡々としているが、それだけに怒っている。
「リジィちゃん。何もされなかったぁ~? リジィちゃん、年上に弱いからぁ、どうなってるか心配だったんだけどぉ」
(としうえ……?)
 リジィは、予測もしていない言葉に怒りも忘れ、首をかしげた。
「本名アナ・グリーブズ。三二歳ってあるぞ」
(さんじゅう、に?)
「さてとぉ、じゃぁ、引き渡しにぃ、行きましょっかぁ~」
 ハンナ=アナ・グリーブズを引っ張って行くディアナにフェリオが付いて行く。
 女装したままのリジィと、被害者のジンクは呆然とアパート街に立ち尽くしていた。
(あれが、さんじゅう、にさい……?)
 ハンナの部屋での『攻防戦』を思いだし、いろいろと思うことはあったが
 ―――ただ、やけに夕焼けが目にしみた。
 
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