第11話.王子様のススメ3.彼女は軽口に耳をすませる「あー、遅かったですね。ディアナさん」 「……アニキは?」 「部屋でひとり悶々としてますよ。どうぞ早く行ってください」 ダファーに言われるまでもなく、ディアナはマックスの部屋に向かった。化粧バリバリの娼婦のままで。 コンコン 「んあぁ?」 中から聞こえた人外の返事に、黙ってドアを開ける。 「遅くなっちゃった」 パタン、と後ろ手にドアを閉めた。 「……あいつの所か?」 「あたり。『樽しずく』で飲み明かすとこだったわ」 「いや、いーけどよぉ。俺に関係ねーもん」 「アニキ、すねてるの?」 「ばか。別にそんなんじゃねーよ」 「ごめんね、『樽しずく』は明日にでも買ってくるから」 「……そっちかよ」 「じゃぁ、どっち?」 「……」 「……」 しばし見つめあう二人。 「まぁいいや。『樽しずく』十年ものな」 「だめ、五年もの。ハンターやってないんだから、お金もそうそうかけられないの」 実は樽しずく、十年ものを買おうとしたら十五万イギンはする。ランクCの中でも安い賞金首はそれぐらいだ。 「それで? その後、動きはあるの?」 「いや、特にねぇな。予定通り、四日後に決行だ。今、ダファーを送り出したとこなんだけどな」 「そこで会ったわ。 ……まずったなぁ。ちゃんと渡しとかなきゃいけなかったのに」 「香水なら、俺が渡した」 「あれ、そうなの?」 「近い位置にアンダースン警部がいるからな。ちゃんとしとかねーとまた怒られるだろ」 「そうなのよね。あたしのしたことじゃないのに、怒られるのはあたしなのよ」 やってらんないわー、とディアナがぶーたれる。 「明日の昼には出るからな、ちゃんと荷物まとめとけよ」 「は~い」 間伸びした返事をして、ディアナはくるりとドアに向かう。 「ところで、ディー」 「なぁに?」 「おまえ、そんなイヤリング持ってたか?」 「うん、ちょっとね~」 答えをぼかして「おやすみなさい」と部屋を出る。 ドアの外で、ふぅ、とため息をついた。 (バレたら没収されそうね) 彼女の耳には白い象牙の玉が飾られていた。 ![]() ハーティアという街がある。 隣国ウェルフォントが峠を隔てて向こう側にあるこの土地に、始めに住み付いたのは猟師と木こりだった。 だが、隣国ウェルフォントに伸びる峠越えルートができあがると、内乱の続くウェルフォントから逃れた難民が山を越えて住み付いた。やがて、山を越えて来るものが難民だけにとどまらなくなってきた頃、兵士が駐屯するようになった。 内乱が終結した数十年前になると、きちんと整備された街道ができ、商人達の交易ルートとなって宿場町として発展した。 だが、このハーティアには、そんな歴史的背景とは全く無関係の『特産』があった。 フェリオがこのハーティアに到着したのはトォックの街を出て二日目のことだった。、 市場で買ったりんごを片手に、この町で最も有名な広場へやってきた彼は、目当てのものを見つけると「おぉ」と呟いた。 目の前にそびえ立つのはぐねぐねと天に向かって伸びる奇怪なオブジェ。その名を『太陽と月の塔』という。 ―――隣国ウェルフォントがこの上なく乱れきっていた頃、ここハーティアに一人の男が生まれた。名をパット・トゥグという。彼は様々な人間の交わるこの町をこよなく愛する画家だった。そして、軍の視察に来ていた貴族の次男坊がその才能に惚れ込み、パトロンとなった。トゥグはまたたく間に名をあげ、大陸で五指に数えられるほどの芸術家となった。そして彼とそのパトロンはこの地に画家のためのアカデミーを設立したのだった。そのために、この街には石を投げれば当たるぐらいの確率で自称・他称を問わず『芸術家』がごろごろとしているのだ。もはや特産と言っても差し支えない。 だが、この『太陽と月の塔』がトゥグの作品かというと、それはまた別の話で、実はトゥグのパトロンとなった貴族の作品だったりする。専門家の評価は『極めて低い』が、それでもこの街の人間にとってはかけがえのないシンボルとなっている。 「よぉ、ニイさん。似顔絵描くよ。オットコまえに」 「えー、『太陽と月の塔』ブリキバッヂ、百イギン~。ペナントは千イギン~」 観光地独特の雰囲気に、フェリオはにやにやしながら手近な階段に腰かけた。喧騒に耳を傾けながらぼんやりとりんごをかじる。 「期待の新星、アカデミーの有望株ハーラ・ヘダムの絵はいかがっすか~。将来、値ぇ上がるよー」 「……アレ、へりおサンですヨネ?」 「ねぇ、あれがそう? へんな塔だよねー」 「あぁ、そうみたいですね。……人を指差すのは行儀悪いですよ」 「ちょっと、今の人見た? チョーかっきー」 「ハイ、スミまセン」 「えぇ? うそうそ、どんなどんなぁ?」 フェリオは、聞き覚えのある声を聞いた気がしたが、とりあえず無視することにした。だが、耳のアンテナはきっちりとそちらに向いてしまっている。 「だふぁサン、イヤなヨカン、するデス」 「……奇遇ですね。どうもあの影は、あの人な気がしますしね」 「ニげる、ヨイ、オモうマス」 「そうですね、そうしましょう」 (おいおい、そりゃあんまりじゃねぇの?) フェリオは立ちあがり、人の流れの中に声の主を探す。……探すまでもなく、すぐに見つかった。シーアの仮面が良く目立つ。 「お……」 い、と声をかけようと口を開いたとき、別の人間が先に二人に声をかけた。 「どうも、奇遇じゃないですか、正義新聞の方」 それは、茶色の巻き毛の若い男だった。服の仕立ても良いもので、どこから見ても貴族のおぼっちゃんだった。きっと『太陽と月の塔』を作ったとかいうパトロンはこんな感じだったんだろうな、とフェリオは思う。 「どうも、直に会うのは久しぶりになりますね。カラフルなマントを手に入れたそうで、いつものことながら、すばらしい経済力ですね」 にっこりと受け答えをしたのはダファー・コンヴェル。言わずと知れた正義新聞の雇われハンターだ。シーアはその影に隠れるようにして相手の様子を伺っている。 「やぁ、こちらが噂のお嬢さんですね。エレーラ様が告発なさった人買いの元にいたとか。どうも、はじめまして。あなたのことはサロンで話題にもなりました。話にたがわぬ可憐な方だ」 「……アノ」 「私はアレクサンドル・デュワーズ・ノワ・サンドルパースブルグ。女性にでしたらアレク、と呼んでいただいて結構ですよ」 「……シーアンドリロン、デス。よろシク」 アレクと名乗った青年は、胸ポケットに差していたバラのつぼみをそっと手渡す。 「お近づきの印に。―――あなたの前では、花も恥じ入って開けないようですが」 どこまでもキザなセリフを連ねるが、シーアは特に照れた様子もない、むしろ隣で聞いているダファーの方が笑いをこらえて変な顔になっていた。 実は、それを見ていただけのフェリオも、鳥肌が立っていたりする。 (やっぱ、やめるか。こんなヤツに関わりたくねーし) フェリオが回れ右をしようとした、ちょうどその時、ダファーが彼に声をかけた。 「どうも、フェリオさん。お久しぶりです」 名前まで呼ばれては、無視することもできない。フェリオは心の中で「こんちくしょう」と、ダファーを三回ぶちのめしてから、にこやかに振り向いた。 「よぉ、久しぶりだな。いつもながら早いこった」 「いやいや、それほどでもありませんよ。……会長さんは初めてですよね。このハンターは―――」 「フェリオ・ドナーテルさんですね。もちろん、エレーラ様に群がる蛾のようなハンターですから、知ってはいますよ。なんでもランクBだそうじゃないですか」 「……エレーラに様付けたぁ、初めてだな」 驚くというよりも、むしろ挑発的な声色で答えるフェリオ。あっと言う間に彼の中の『いけすかない男』ナンバーワンに登りつめた、目の前の男をどう料理してやろうか、と舌なめずりをする。 「えーと、フェリオさん。この人は―――」 「私はエレーラ様の私設ファンクラブ『王子様のつどい』の会長をつとめている、アレクサンドル・デュワーズ・ノワ……」 「あー、あの噂のアレか。アンダースン警部が怒ってるって言ってたやつ」 自己紹介を遮られ、アレクの眉がはねあがる。 「それで、わざわざこの街に来たのか? ごくろうなこった」 「ふん。今回のターゲットが私の叔父ですからね。デュワーズの者としては、見届けなければなりませんから」 相手もこっちの悪意に気がついたのか、やたらとふんぞり返ってアレクが答えた。そして胸ポケットから銀のカードを取り出した。 「ご覧なさい、これがエレーラ様の予告状です」 アレクが差し出したそれは、フェリオにはなじみのあるものだった。快盗エレーラの飛び道具に使われる銀のかぼちゃのカード。ただ、違うのはメッセージが書かれていることだけだ。 『アカデミーの学長さんへ トゥグの「秋思」をいただきにあがります。隠さないでちゃんと飾っておいてくださいね♥ 快盗エレーラ・ド・シン』 見覚えのある、やたらと丸っこいその書体に (きっと、あの社長が彫ったやつなんだろーな) と思うフェリオ。それをエレーラのものかもしれないと思っているアレクに憐れみに近い視線を投げた。 「へー。こんなものまで私物にするんだ。そりゃアンダースン警部も怒るわな」 「何を言うかと思えば。あんな仕事しか頭にない方に所有されるぐらいなら、私達が綺麗に保管いたしますよ。何しろ、あのエレーラ様の予告状ですから」 実は、その予告状に当の本人が一度も触れていないと知っているダファーは、そっと笑いを噛み殺した。 フェリオは、予告状をしまうアレクを見て、ふと、あることに気づいた。 「そこまで言うからには、予告の時間にお前も立ち会うんだよな」 「それはもちろんですよ。私や会員にはエレーラ様の雄姿を目に焼き付ける『義務』がありますから」 「エレーラの遺留品は、やっぱりお前らが回収してくんだよな」 「もちろんですよ。この『王子様のつどい』会長の名にかけて、叔父の邸内の遺留品は、すべて私達のものに」 「……ふ~ん」 「なんですか。バカにしてるんですか?」 「いや? その遺留品増やしたら、いくらくれるかな、と思ってさ」 「……なるほど、そこまで金をたかるんですか。ハンターという職業は」 「そりゃそうさ、こんなヤクザな職業、いつまでやれるか分かんねぇからよ。今のうちに稼いどくってもんだろ」 「……」 「……」 しばし、にらみあうように見つめあう二人。 ややあって、先に口を開いたのはアレクだった。 「いいでしょう。あなたが、エレーラ様のカードをたくさん投げさせるのでしたら」 「ゴーグル落としたらいくらだ?」 「……自信がおありのようですね。エレーラ様の素顔の値段、ということでしたらいくらでも出しましょう」 「ゴーグル落としたら、いくらかな。契約書に書いてもらわねぇと」 ゴーグルの下は決して素顔ではないと知っているフェリオは念を押すように言葉を重ねた。 「そうですね。ゴーグルが私の手元に来るのでしたら、……百万でどうです?」 アレクの言葉に、フェリオがにやりと笑う。対して、二人のやりとりを見つめるダファーは微妙な顔をしていた。 「よし、じゃぁ、一筆よろしくな」 フェリオが自分の荷物から紙と携帯用のペンとインクを取り出した。 「ダファーとシーアには証人になってもらうからな。よろしく」 複雑な顔で頷くダファー。シーアは何かを反論したそうに口をぱくぱくとさせているが、アレクの手前、エレーラの正体に関わることが言えないでいる。 「これでいいでしょう。カード一枚につき一万イギン。ゴーグルであれば百万イギン」 「あぁ、もちろん。さ、お二人さん。確認してくれ」 ダファーとシーアは、二枚の紙が同じ内容であることを確認すると、そろって頷いた。これで略式の契約が成立。 「それでは、私は失礼しますね。これでも忙しい身ですので。……そちらのレディも機会があれば、また」 「おうよ、明日はよろしくな」 ひらひらと手を振って、フェリオが応える。 と、アレクの姿が見えなくなると、シーアがフェリオの上着のすそを引っ張った。 「……へりおサン」 「ん? なんだ?」 「どうシテ、アンなヤクソク、スル、でスカ?」 「金が欲しいから」 即答したフェリオに、シーアが絶句する。 「そりゃ、金になるところを見逃す手もないだろ。ゴーグルはともかく、カードが一枚一万イギンなんて太っ腹じゃねぇか。―――それに」 「ソレに?」 「せめて十枚ぐらいは投げさせないとな、いつぞやの酒代ぐらいは取り返しておきたいし」 「……サケ、でスカ?」 「あぁ、そういえば『樽しずく』で一杯やったそうですね。そんなに高いものだったんですか?」 困惑するシーアに代わって、ダファーが言葉を返した。 「いや、十万はいってねぇけどな。次回のための投資はしとかねぇと」 「ここらへんは、おいしい地酒はありませんよ」 「山一つ越えれば、銘酒があるだろ」 「なるほど、そうきましたか。それでまたディアナさんを釣るんですか?」 「釣れるなら釣りたいね。……さて、オレはそろそろ帰るな」 「はい、また明日お会いしましょう」 ダファーの隣で、シーアも小さく手を振った。 ![]() その日の夜。正義新聞ハーティア出張所(という名の一室)。 「もう、なに、あれ? ちょっと図に乗りすぎなんじゃないの?」 「図に乗らせたのはお前だろ」 「む~~~~! アニキのいじわる!」 「じゃぁ、カード投げなきゃいいじゃんよー」 「……それもそうなんだけど、フェリオ相手にそれ考えるのは無理なのよ~」 あ~ん、とソファの上で枕を抱いたままじたばたする。 「まぁ、どっちにしろ―――」 「どっちにしろ?」 「今回もゴーグルとられるようなことがあれば、またシゴくか」 「うそ、やだ、ぜーったいやだーっ!」 再び子供のようにじたばたとするディアナ。 「いーじゃん。今は俺だけしかいねぇし」 「ぜったい兄さんの方にも話が伝わっちゃうよ~。だってアンダースン警部が、ちゃんといるんでしょ?」 「はっはっは、分かってるなら話は簡単、ゴーグルは死守しとけー。俺もキツいが、あいつのシゴきもキツいぞー」 「……わかってるわよ」 「くれぐれも変な気を起こさねぇように」 「変な気ってなに?」 「……まぁ、言葉のアヤってやつだ。とりあえずしくじんなきゃ、それでいーさ」 「そうね。やられっぱなしは、イヤだからね」 ディアナはゆっくりと起き上がった。どこにでも売ってそうな服に身を包み、どこにでもいそうな雰囲気をただよわせる彼女は、まさしく「普通の人」に見える。 「今日はもう寝るわ。おやすみなさい」 「ほいよ」 ディアナはマックスに手を振り、その部屋から廊下に出た。と、ドアを閉めると同時に大きなため息をついた。 「はぁ……。まったく、なんてこと約束してくれたんだか」 | |
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